表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/30

合図をキミに

 その晩、ふとんの中で考えた。

 あいつが……幼なじみの(ゆう)が、おれにウソをついたことがあるかどうかって。


 ない。


 それこそ、関係がはじまるトコまでさかのぼってみたけど、やっぱりない。

 っていっても、関係がはじまったのは物心のつく前だ。

 おれたちが幼なじみになったのは、たんに家が近かったから。勇の家がとなりのとなりのとなりだったんだ。その家は今もある。()()になってるけど。

 出会って何年かは、髪が長かった。

 それをうなじのあたりで二本に分けて結んで、ふつうに女の子してた。

 勇が髪をショートにしたのは小五の秋。

 女の子が突然髪をみじかくすることにメンエキがなくて、けっこうドギマギしたことをおぼえている。


(おれに『バレてない』って、なんのことだよ、勇)


 あいつは最初からフレンドリーだったと思う。

 逆におれのほうが、大人の背中にかくれたりしてた。

 でもすぐに仲良くなったな。

 おれは勇を好きになった。

 性格がサバサバしてて、ものの言い方がストレートで、あんまウソとか好きじゃなくて。


(その勇が、おれに〈かくしごと〉か……)


 おれのほうもウソなんかつかず、素直にあいつと接してきたつもりだ。

 小学生の低学年のときにおねしょしてしまったことも伝えたし、中学の入学式の日、強風であいつのスカートがふわっと浮き上がったときもちゃんと「みえた」と白状した。そんとき、勇は「そっか」と言って明るく笑ったっけ。


(――そういえば、アレも〈かくしごと〉か?)


 勇がいないときにパソコンをさわってたら出てきた、連れ子同士_結婚できる? の検索履歴。

 でもアレは、よーく考えたらそんなにマジじゃない気もしてる。

 なんとなく調べてみただけだった――って感じで。

 いわゆる興味ホンイってやつで。

 えーと、ところで、それって……


「できるんだっけ?」

「ホワッツ?」


 次の日の放課後。

 おれは演劇部に出て、部活中。

 校舎三階にある部室。

 ここはいつも文化祭の一週間前みたいに、いろんなものがちらかってる。


「それはともかく、絵の具、鼻についてるよ?」


 片切がその部分を指さす。

 まじかよ、とおれはすぐに男子トイレに向かった。

 片切もついてくる。

 歩く姿に〈チョコチョコ〉とか〈とてとて〉という音がぴったりの、ミニマムな女の子だ。おれの元カノ。今日もツインテールで、体の動きにともなってよく()れている。


「正は小道具作りもセンスないな~」

「はっきり言うなよ。悲しくなるだろ」

「はいタオル」


 サンキュー、とおれは顔をふいた。ふわふわで気持ちいいタオルだ。


「洗って返すよ」

「いいから」と、片切はおれの手からブンどる。「気にしなさんな。私たち、もともとつきあってた間柄(あいだがら)でしょ?」そしてタオルを見つめながら声色(こわいろ)をかえて「ぐふふ……イケメンのエキスをもらったゾイ」

「おい」

「ははっ。ジョークジョーク」


 今日の演劇部は、部員みんなでクリスマス公演のセットづくりをしている。

 おれは最初、クリスマスツリーを担当していたが、ミスって枝を三本も折ってしまった。

 で、担当をかえられて、部屋のすみで小物に赤い絵の具をぬっていたところだ。片切といっしょに。


「それで、さっきの話はなぁに?」


 あ、と思い出す。


「いや……連れ子同士ってさ、結婚できたんだっけ?」

「知らないよ、そんなの」ぷー、と片切のほっぺがふくらんだ。「私と、じゃないの?」

「おまえ、おれをフッたじゃん」

「それはフラれる理由がキミにあったからだよ、小波久(こはく)少年」


 男子トイレの前からすこし移動して、廊下の窓のそばに立つ。


「ノドから手がでるほど勇ちゃんと結婚したいんだね?」

「そうじゃなくて……」


 いいから、と片切はスマホを出す。

 そして、


「あー、できるってさ。法律的な問題はナシ。コングラッチュレーションズ。おめでとう。式には、私も呼んでね?」


 あー呼ぶ呼ぶ、とおれは適当にこたえた。

 内心、ひそかな安心感がある。

 そうか。できるんだ。連れ子同士――つまりおれと勇で――結婚するっていうのは。


「あ? 勇ちゃんだ!」片切が窓の外を見下ろして言う。

「え?」


 いくらなんでもタイミングがよすぎる。

 ウソだとは思いながらも、おれはあいつの姿をさがしていた。

 やっぱり、どこにもいない。

 じろっ、と片切に流し目すると、


「ごめんごめん。でも正は正直だね。あの子の名前を耳にしたら、あっというまに目つきがかわったよ?」

「どんなふうに?」

「いとしい人を見つめるまなざし、って感じ」


 そう言って、片切はウィンクした。

 まったく……こまった元カノだ。

 ん?

 片切といっしょに窓から見下ろす……最近、なんか似たようなシチュエーションがあったな、と思い出した。


「あ!」

「えっえっ、どーしたの?」

「片切、あのとき見たよな? 勇のこと。勇が彼氏といるところを」


 場所は自転車置き場の近く。

 図書室でおれが水緒(みお)さんとキスした……って勇に誤解されたあの日に、部室の窓から見たんだ。彼氏とそこにいる勇を。


「もうハラくくって聞くよ。あんとき、勇はキスしたのか?」

「おろろ?」片切はニヤニヤ笑いながら、おれをひじでつっついた。「どういう心境の変化カナ? やっと彼氏くんと対決する気になったのかい?」

「片切。まじだ」


 おれは両肩をつかんだ。

 腕力のないおれでも〈たかいたかい〉できそうなぐらい、体格差がある。


「たのむ」

「お……おお、確かにマジだね……イッツシリアス……」

「してたのか?」

「……オッケー、まず手をはなしてよ、正」


 おれは、あわてて手をはなす。


「結論からいおう」


 と、片切は指を一本たてた。研究者かなんかのキャラか?


「ノーキッス、であると」

「ほんとか?」

「もちろん」

「じゃ、向かい合っただけ、って感じなのか?」

「実演しちゃる」


 そう言うと片切は、おれの両手をとった。


「こんな感じ」

「両手で握手?」

「……だね」

「勇と彼氏が?」


 だよ~、と片切は部室にもどっていった。

 その場に立ちつくす、おれ。


(握手って……そんなことするか? 手をつなぐっていうんならわかるけど……)


 考えていたら、どん、と背中に何かあたった。

 ワンテンポおくれて、やわらかいものがあたった感触。

 ふりかえるまえに「女子だ!」とおれの心が判定した。


「ごめんなさい! 考え事してて前をよく―――」


 ジャージ姿の女子。

 髪はみじかくて、かすかに深海の色みたいなブルーが入ってる。

 手には、何冊ものノート。


野崎(のさき)さん」

「えっ?」下げていた頭を、ゆっくり上げる。「正くん! なーんだ。あやまってソンしちゃったな、うん」

「いま部活?」

「そうなの。データを整理しようと思って、パソコンがある部屋に……」


 野崎さんの両眉があがった。ただでさえおっきい目が、もっと大きくなる。


「正くん、伊良部(いらぶ)さんといっしょに住んでたっけ?」

「はは……ナイショにしてたんだけどね」ウワサは一人歩きする。今では、おれと勇が同じ屋根の下に住んでいることは、みんな知っていた。中には、よからぬ想像をするヤツさえいる。「それがどうかした?」

「ナイスタイミングなの、うん」


 この「うん」は彼女の口癖だ。

 どうしてそんなことを知っているかというと、片切と同じく彼女も元カノだからだ。

 ときどき、この「うん」といっしょに片目をつむったりする。それが最高にかわいいんだ。


「これ」


 一冊のノートをわたされた。


「リハビリのメニューとか、練習再開までにしておいてほしいこととか、いろいろ書いてるの。お願いできるかな?」


 ことわる理由もないので「もちろん」と返事した。

 野崎さんは運動部のマネージャーをやっている。

 注意すべきは、彼女は勇の所属するバドミントン部だけのマネージャーじゃないってことだ。

 うちの学校は個別じゃなくて〈スポーツ・マネジメント部〉っていう大きな部が一つだけあって、そこがすべての運動部を管理している。担当する部も固定じゃなくて流動的らしい。


「もう帰っちゃってたから、どうしようかと思ってたの。大助(おおだす)かりだよ~」


 まぶしい笑顔。

 この野崎さんに、陽キャの運動部の男子たちはデレデレにデレている。

 だから当然、彼女とつきあったときは、彼らからバリバリに反感を買った。


「元気にしてる?」

「あ、ああ……まあね」

「ごめんね。フッちゃって」


 さらっと、あやまってくれた。

 さらっと、あやまれる人なんだ。

 こういうところを、おれは好きになった。


「部のほうに打ち込みたかったから……今ね、すごく充実してるんだ」

「それは、よかったよ」


 うん、と野崎さんはちいさな声でつぶやいた。


「じゃあ、おれ行くから」

「あっ、待って!」


 ぎゅっと制服のそでをつかまれた。

 わるい気はしない。

 できれば、いつまででも、つかんでいてほしいぐらいだ。


「伊良部さんね……あのね、足をいためる前から、あんまり調子がよくなくて……」


 意外な内容だった。

 勇の態度はふだんどおりに見えたけど、じつはスランプとかだったのか?


「でね」


 野崎さんが、おれの腕をひっぱり、背伸びして耳打ちする。


「野球部の外井(そとい)くんも、ずっと調子がよくないの」

「勇の彼氏?」

「そう」


 もとの姿勢にもどった。

 彼女は片手を口元にあてる。


「あんまり、ないんだけどな……」

「何が?」

「カップルで、同じタイミングで調子がわるくなっちゃうパターン。これだと、まるで〈同じ悩み〉をかかえてるみたいで……」

「ケンカとかしてたら、そういうこともあるんじゃないかな?」

「ケンカのときはね、女の子のほうがすごく調子よくなるの」


 まじ?

 データを豊富にもってる彼女の言うことだから、ヘンに説得力がある。


「ね、正くん。ケンカ以外で、二人に〈同じ悩み〉があるとしたら、それってなんだと思う?」

「うーん……」

「二人に何か共有する目的があるのなら、不自然じゃないと思わない? うん」


 ウィンクした。

 その直撃でドキドキしてるうちに、野崎さんはこんなことを口にした。



「私ね、あの二人……ほんとはつきあってないんじゃないかって思ってる」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ