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17/30

彼氏の気分

 そしてデートの日がきた。

 あいつのアキレス(けん)の具合はというと……


「問題ない」


 と、即答。

 まあ、痛めた次の日も、ふつうに登校してたからな。

「駅で彼氏に待たれてるから、時間ずらしてね」と、おれが20分はやく登校したのが昨日の土曜日。


「だから、はやく教えてよ。『卒業』ってなんの話なの?」


 幼なじみの(ゆう)は、ちょっとイタズラっぽい表情でおれにきく。

 まだ午前中で、天気は晴れ。

 駅のホームのベンチに座って、二人で電車をまっている。


「いいだろ、べつに。そっちこそ、タヌキ寝入りなんかするなよ」

「話そらしちゃって」

「電車きたぞ」

「あ。これじゃない。次の快速」


 電車の風圧で、となりの勇のにおいが流れてくる。同じもの食って、同じシャンプーつかってるのに、なんでこんなにもおれとちがうんだ? ていうか、気がつかないだけで、おれも自分の体からこんなに〈いいにおい〉が出てたりするのか?


「……どうしたの。服のそでをクンクンして」

「おれと勇のにおいって、ちがうか?」


 なぜか顔が、ちょっと赤くなった。


「ちょ、ちょっと待って。私の体からヘンなにおいがしてるってこと?」

「そんなにアセるなよ。してないよ」


 ぐっ、とひじで強く押された。


「13人にフラれた理由がよーーーくわかりました。やっぱ正ってバカ……っていうか、コトバがよくない」

「なにが?」

「今のだと『キミはいい香りがするね』って甘い声で言っとけばいーの。自分とのちがいなんかどうだっていいから。正ほどカッコよけりゃね、それだけでキュンてするんだよ」


 なんかダメ出しされてるが、うまく話はそらせた――はずもなく、


「そんなことより『卒業』。いいかげんに教えなさいよ」


 人差し指をつきつけて、有無をいわせない顔つきだ。

 顔といえば、あんまりふだんと変わらないように見える。

 個人差はあるが、デートっていったらだいたい女の子はメイクをしてくるもんだ。おれの経験ではそうだった。

 勇はガチガチに化粧しない派か? ナチュラル派?

 質問してみたいところだが、地雷の可能性もあるしな。やめておこう……。


「ねぇ、答えてったら」

「あーもう!」おれは勇の肩をすこし押した。「わかったよ、言うよ。そのまんま。そのまんまの意味だよ」

「え?」

「思いきって男女の関係になろうってこと。つまり卒業っていうのは、おれからしたら〈童貞〉で……」

「は、はぁ?」

「あのまま保健室でエッ」


 ちっ! と、曲がったおれの口から飛びでる。勇のヤツ、人差し指をほっぺに押しつけやがった。


「……スケベ」

「なんかムラムラしたんだよ」


 そのあと、入院してるばあちゃんの話になって、お互いにしんみりした。

 またお見舞い行こうね、と勇が言う。

 ほんとは今日いきたかったんだけど、検査とかであまり都合がよくないらしくて、行けなかった。


「ばあちゃん、おれと勇のこと、どう思ってんのかな?」 

「仲のいい友だちでしょ」


 だよな、とつぶやいたあとに電車到着のアナウンス。

 おれたちはベンチから立った。


(スケベ認定はされたが、そのかわり『卒業』の話はウヤムヤにできたな……)


 ひそかにホッとする。

 実際、幼なじみを婚約者からうばいとるストーリーだなんて、幼なじみで彼氏アリの勇には言えないよ。

 車内はまあまあ混んでるけど、ひとつ座席を確保できた。

 もちろん勇に座らせる。


(おれは立ってるし、雑音が多いから会話しようにも――)


 スマホがふるえた。


「これで、おしゃべりでもする?」


 ラインだ。

 いいアイデア。


「今日は、どこに行くんだ?」

「今ごろ? もっとはやく質問しろ!」

「いや、今朝からおまえ、卒業卒業ってうるさかったから」

「スケベ」

「それはもういいだろ」

「プレゼントを買いに行くんだよ」


 そこでおれの手がとまった。

 いつになく()えるおれの頭。先読みができた。

 デートって、そういうことか……。


「おれとおまえの彼氏じゃ、サイズがちがうぞ?」

「服じゃないし」

「じゃ、何」

「てぶくろ」


 なるほどな。

 高校生で、彼氏へのプレゼントだったら、ぴったりだ。

 おれはスマホをにぎったままで、次のメッセージが思い浮かばない。

 すると、


「男目線で、アドバイスちょうだい?」


 と送られてきて「ああ」と返した。

 勇にはわるいが、すこしテンションが下がった。

 そこを見抜かれないよう、


「おっ! これとか、すげーいいぜ?」


 お店では、あえて元気がある演技をした。

 こういうときのための演劇部だ。コツはハキハキした発声と、あざといぐらいのジェスチャー。

 デパートの中のお店で、勇が品定めをしてる。


(すげーいいけど……)


 おれの評価にウソはないが、なかなかの値段のモノだ。


「いや勇……これ(たけ)ぇだろ」

「いいの。正だって『いい』って言ったじゃん」


 勇はそれをレジにもっていった。

 その背中を見てるとフクザツな気持ちになる。


(クリスマスに勇はあのてぶくろをプレゼントして、か、体も――)


 なんだこの感情は。

 くやしいっていうのも、ハラがたつっていうのも、どっちもちがうけどそれに近くて。

 いったん深呼吸するか。

 そもそも、なんでクリスマスに彼氏ん()なんかいく?

 去年みたいに、家族4人でしっとりすごそうぜ。


(きれーなラッピングだな)


 ピカピカした銀色のふくろの口を、赤と緑のチェックのリボンで結んでいる。

 そのあと駅地下で昼食にパスタを食べて、いっしょに映画をみにいった。

 昼食のとき、


(いつもの白いダッフルの下、みたことない服きてるな……)


 と気になっていて、


「そんなの持ってたか?」


 上映前の明かりがついてるときに、おれはきいた。


「最近、買った」

「へー」


 ちっちゃめのベストのような形。色は赤。

 それを、インナーのうすいピンクのタートルネックの上に合わせている。


「ベスト?」

「ちがう。ビスチェ」ぴっ、とそれを指でつまみながら言う。「じつは下着だよ」

「下着?」

「スケベ」


 ひざにのせたダッフルを引き寄せ、体をかくすような仕草。

 はは……と愛想笑いする。


(勇なりに、おしゃれはしてくれたのか)


 と思えば、やっぱり今日はデートだという気がしてきた。

 その()の本編の約二時間、おれは横目でときどきとなりの勇の様子をうかがった。 

 

「まあまあかな。正はどうだった?」

「うん」

「じゃなくて、感想は?」


 途中で寝た、とこたえたら、勇はあきれた。


(おまえを気にしすぎててストーリーを見失ったんだよ)


 映画館はエロいことする場所だ、っていう児玉(こだま)の言葉を思い出したのもいけなかった。

 ようするに気が散りすぎたんだ。


「じゃ……帰る?」

「そうだな」


 駅までの道をあるく。

 当然、手をつないだりはしない。男女二人がならんで歩くなら、手をつなぐのが当然なんだが。 

 けっこう人通りがはげしい。肩を寄せ合わないと、他人とぶつかりそうだ。

 そんなおれの心を読んだかのように、


「腕、組もうか?」

「やめとこうぜ。恋人同士でもないんだから」

「まー、そういわず……にっ!」


 がしっ、といきおいよく左腕をとられた。

 腕に、ほわん、とした感触があたる。でもぶあついコートごしだから、うれしさは半減。

 オルゴール風のクリスマスソングがきこえてきた。

 駅に近づくほど、お店も人も増えてゆく。

 すれちがった人を、肩ごしにふりかえった。勇も同じようにそっちを見る。


「めずらしいな。はじめて見たよ、グレーの学ランなんて」

「あー、あの制服は――」と、学校の名前を言う。「で、めっちゃスポーツ強豪校」

「なんで知ってんの?」

「よく練習試合で行ってるから。また強いんだよね~、ここのバドの子がさ」


 なんてことない、やりとりだった。

 一晩寝たら忘れるぐらいの。

 が、よくよく考えれば、ムシのできない内容だった。


 とくに〈練習試合〉ってところが。


「――――あ」


 声をあげたのは勇。

 おれもおどろいた。こういう出会いがしらを避けるために、学校から遠い場所をえらんだはずなのに。

 おかしくないんだ、彼がここにいても。

 野球部だって、他校との練習試合はする。

 遠目に同じ学校の制服の集団を見かけたとき、ちゃんと遠回りすべきだった。


「……どういうことですか」

「あ、こ、これはね。えっと」


 めずらしい。勇が動揺してる。

 こいつの、こんなところは見たくない。

 おれは胸をはって言った。


「親へのクリスマスプレゼントを買ってたんだ。いっしょに。おれたちは親同士が結婚する予定だから」

「それは……知ってますけど」

「誤解しないでくれ」

「そう言われても」彼が横顔を向けた。試合でケガしたのか、ほっぺに少しすりキズがある。

「おれがいっしょに行こうって誘ったんだ。まじで」

「腕、組んでませんでした?」

「それもムリヤリたのんだんだよ。彼女がいないから、せめて気分だけでもと思ってさ」


 いくぞー、と彼氏が部の仲間から声をかけられた。

 にらむ、ってほどじゃないけど、まっすぐな視線をおれに向けつづけてる。



「勇ちゃんは、おれの彼女ですから」



 捨てゼリフみたいに言って、彼は行った。重そうなスポーツバッグをかかえてる。もしかして、学校にもどってからも、まだ部活とかするんだろうか。


 勇は、下を向いている。

 おれの背の高さだと、こいつのつむじがよく見える。


「あいつらと同じ電車になるのもなんだし、どっかで時間つぶすか?」

「正」顔が、あがった。ただの光の反射かもだが、目がうるんでいるようにも見える。「あの、ありがと……」

「いいよ」

「カッコよかったね」


 それはおれのことなのか、それとも、彼氏のことなのか。

 きちんと「どっちが?」って確認しとけばよかったな。

 駅まで迎えに来てくれた勇のお母さんの車の中で、そんなことを考えたんだ。


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