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果報は寝てまって

 デートが近づいている。

 幼なじみのあいつは「お出かけ」でも「外出」でもなく確かに「デート」って言った。


(ゆう)のヤツ、どこまで本気なんだか……)


 金曜日の朝。

 おれは電車に乗っている。勇は朝練がある日だから、今ごろは体育館で汗を流してるはずだ。

 つり革をにぎって、片手でスマホを操作する。

 しらべているのは〈デートの常識〉。


(なになに……レディーファーストをやりすぎるな? 女子は自分をひっぱってくれる、多少オラオラ系の男子が好き……これほんとか?)


 お店のドアをあけてあげたり、男は車道側を歩くっていうのは、必ずしも正解じゃないらしい。

 デートっていうのは、なかなか奥がふかいんだな。

 なにが正しいかを考えはじめたら、それこそキリがなさそうだ。

 ま、でも……相手は勇だし、とくに気をつかう必要もないか。

 おれはスマホをポケットにしまった。


(とはいえ、デートな以上、やっぱ緊張するな……)


 窓の外はどしゃぶり。視界が白くかすむぐらい、めっちゃ雨がふってる。


(ん?)


 いま、なんか……。

 気のせいか?


伊良部(いらぶ)だろ?」


 気のせいじゃない。

 おれの幼なじみの、めずらしい名字が話題にでている。

 声がした方向をみると、同じ学校の生徒がいた。入り口のそばでドアに背中をつけて立っている。

 おれは耳に全神経を集中した。


「おれ、彼氏のほうとめっちゃ仲いいよ」

「まじかよ」


 片方は、ヘアスタイルから考えておそらく野球部。もう片方は、ちょっと茶色い髪。


「すげーの?」

「なにがだよ」

「いや、バド部のエースだろ? スポーツ選手ってヤバいぐらい激しいって言うじゃん」

「だから、なにがだよ」


 と、すこし笑ったほうが野球部のヤツだ。

 茶色い髪のほうが前髪を指でととのえながら、


「やることはやってるっしょ? そいつら、つきあって一年とかだろ?」

「いや……なんかガチガチにかてーって。そういうこと、全然させてもらえてないってよ」

「まじ?」

「キスでさえ、なんか(こば)まれるってグチってた」

「ないわー。それさぁ、つきあってねーんじゃねーの? 男のほうが思いこんでるだけってオチじゃね?」

「つきあってるんだよ、これが。でな、クリスマスに彼女を家によぶって――――」


 あっ。

 しまった。あまりにもガン見してたもんだから、こっちに気づかれた。

 おれは学校じゃ有名で、おれと勇の関係性も同じくらい有名。


「……」

「……」


 二人とも急に静かになった。

 おれも、そしらぬ感じで、しまったスマホをまた取り出して画面をみるフリ。


(まいったな)


 しかしインパクトのある内容だった。

 勇は……まだだって?

 キ、キスも?


「うれしそうだな」


 一瞬、誰がしゃべったのかわからなかった。

 が、よく見ると目の前の座席に、ゆたかなバストを持ち上げるようにして腕を組んだ元カノがいた。


水緒(みお)さん」


 電車がとまって、ちょうど彼女のとなりがあいた。

 ホコリがたつほどバンバンとたたき、おれに早くすわれとアピールする。


「……失礼します」

「うれしそうだな」と、さっきのセリフをリピート。「やはりおまえには、あの幼なじみしかいない」

「勇のことですか?」

「彼氏が極端なオクテでもないかぎり、つきあって一年でキスなしは、なしだ」


 がたん、と電車がスタートする。

 そんなにゆれてないのに、水緒さんはおれにぎゅーっと体を押しつけ、そのままおれの肩に頭をのせた。

 鼻からスーッと、幼稚園のときの女の先生と同じな、なつかしい香りが入ってくる。


「水緒さん?」

「このほうが話がしやすい」いや絶対ウソだろ。「それで……おまえはまだアクションを起こしていないのか」


 いつのまにか彼女にスマホをうばわれていた。

 なれた感じで操作して、つきつけられた画面には、


「なんですか、これ?」

「『卒業』という古い映画があってな。そのワンシーンだ」


 白いウェディングドレスの女の人が、男の人と走っている。

 どっちも、いい笑顔だ。


「幼なじみを、結婚式当日に新郎からうばいとるというストーリーで、今のおまえにぴったりだ」

「はあ……」

「アクションを起こせ、小波久(こはく)。私がなんのために、図書室であんなことをしたと思う? どうして貴重な休日をつぶしてまで、ラブホテルにおまえをさそったと思っているんだ?」


 ってことは、図書室のアレは確信犯だったのか……。

 この人の狙いはなんだ?


「幼なじみをモノにしろ。それだけだ。私が望むことは」


 肩に頭をのせたままで言い、おれのひざに指で〈の〉の字を書き続ける。

 ヘンな気持ちになるよ。


「勇には彼氏がいて――」

「関係ない」

「それは……正しいことですか?」


 ふ、と小さく息をふきだした。

 そして水緒さんは、どこかさみしそうにこう言った。


「やはり、私はおまえがきらいだよ。だが、そのムクな心はうらやましい……」


 そこで目的の駅について、水緒さんは他人のようにさっさと立ち上がって行ってしまう。

 ドアがあいたら、雨の音がめっちゃうるさかった。


 ◆


 ぬれたぬれた、とやかましい児玉(こだま)の相手をしていたら、


「お客さんだよ」


 女子の一人がおれの肩をたたいてそう言った。

 正クンにさわっちゃったー! と、楽しそうに友だちのところにいく後ろ姿。


(お客……?)


 廊下にでた。


「マリちゃん」


 バドミントン部で勇とダブルスを組んでる女の子。

 まだ着替えてなくて、体操服のままだ。もう一時間目がはじまるのに。

 ……すごくいやな予感がした。


「ど、どうしたの?」

「あのね、勇がね」どくんどくん、とおれの心臓が少しはやくなってる。「練習中にケガしちゃって。今日は早退するから」

「ケガ?」

「うん。アキレス(けん)をね……」


 デリケートなところじゃないか。

 勇がリビングでくつろいでるとき、その部分を自分でマッサージしていることがよくある。

 デリカシーもなく、


「切った?」


 と、マリちゃんにきいてしまった。髪切った? みたいにあっさり。

 アキレス腱を切るなんて、部のエースのあいつにとっては、ただごとじゃないのに。


「あ。大丈夫」


 そこで彼女がほほ笑んでくれて、ちょっと安心できた。


「痛みがでただけだって。なんかアキレス腱炎(けんえん)っていうみたい。炎症だって。でも切れちゃう原因にもなるから、大事をとって安静にしてる。いま保健室にいるの」

「まじか」


 あ、と体を動かしたおれを見て、マリちゃんが口を大きめにあけてつぶやいた。

 頭のわるいおれが、その一瞬ですべてをさとった。


(保健室に……おれが行っちゃいけないんだ。勇の彼氏がきてるんだな……) 


 マリちゃんに礼を言って、おれは教室にもどった。

 一時間目が、はじまる。

 好きでも嫌いでもない現代文の授業。


(勇)


 ほんとに大丈夫なのか?

 健康のカタマリみたいなあいつが学校を早退なんて、はじめてのことだぞ。

 でも、勇のそばには、れっきとした彼氏がいる。

 おれが出る幕じゃない。

 おれの出番じゃ、ないんだよ…………



「せ、先生!」



 おれは手をあげた。

「トイレにいっていいですか?」と。

 くすくす、みんなに笑われる。

 すぐに許可をくれた。

 おれが行く先は決まっている。

 おれは『卒業』とかって映画はみたことないけど、あの男の人も、アクションを起こす前はこんな気持ちだったのかな。

 ドキドキする。

 まだ彼氏のヤツはいるだろうか。


(ええぃっ‼)


 力任せに保健室のドアを横にひいた。

 勢いがつきすぎて、あわててドアをつかんでとめる。


「……あれ?」


 保健室の先生らしき机の前には、誰もいない。

 ベッドのそばにも、いない。

 ベッドには――


「勇。大丈夫か?」


 後頭部をこっちに向けて寝ている女子は、あいつだ。

 髪……いや、つむじの形でわかる。


「寝てる?」


 返事はない。

 かんじんのアキレス……足は、ふとんでかくれてるな。


「早退するんだろ? 家につくまでは寝るなって」

「……んー」


 起きた?

 勇が寝返りをうって、顔がこっちに。

 目は、しっかりとじている。


「切れなくて、よかったな」


 小さな寝息のみで、なにも言ってこない。


「なあ、勇。おれたちも『卒業』するか?」


 もし起きてたら、それどういう意味⁉ って聞き返すだろう。

 そうせざるをえない、突拍子もないセリフだ。


「んっ」


 ふとんをひっぱって、顔が半分くらいかくれた。

 おれは近寄って、もっと近寄って、勇の顔をかくすふとんを手にとる。


(キスしていいか?)


 とは、口にできない。

 いったい何を考えてるんだ、おれは。

 実際、寝てる女の子に同意もなくそんなことをしたら、ガチの犯罪だぞ。

 勇なら――――許してくれるか?


「……」


 ふとんを、そーっとひく。

 あらわれる、横向きに眠る勇の姿。ブルーのジャージで、胸元までジッパーをさげている。

 また寝返りをうって、あお向けになった。


「……」


 外は雨。

 窓は部屋の湿気で真っ白になっている。

 きこえるのは雨音だけ。

 口を近づける。

 もっと、そばに。

 勇の毛穴がみえるほどの距離まで。


 あと数センチ。


 そこから先にすすめない。


 たぶんこれは時間の問題じゃない。一時間かけたって、きっと体勢はこのままだろう。


 心の問題だ。


 おれは、勇にふとんをかけてやった。

 ゆっくり休ませてやることにして、保健室を出る。

 教室にもどると、


「おいおい、ずいぶん強敵だったみたいね~」


 と、児玉が大きな声で言いやがった。 

 そこそこの笑いがおきる。

 いいんだよ。おれが笑われたり、トイレで(だい)してきたって思われることは、べつになんでもない。

 それより――


(正しかったのか? おれの選択は?)

(正しいじゃん。ノーガードの女の子に無断でキスするなんて、男のすることじゃないぜ!)

(でも相手は勇だ)

(でも、他人の〈彼女〉だろ?)


 くそっ。

 頭におれが何人もいるのに、バシッと答えが決まらん。

 昼休み。

 児玉と紺野(こんの)が連れだって手洗いにいったところで、勇からラインがきた。


「あー。しくったー。朝練でケガして早退したよぅ」

「知ってる。マリちゃんからきいた」

「レスはやっ。あ、そっか、いま昼休みか」

「お大事にな。明日は休むのか?」

「んにゃ、一応出席の予定だね」


 そこでやりとりが終わったと思って、おれはスマホをしまった。

 ぶるるっ、とポケットの中でバイブした。

 勇から追加のメッセージ。


(!)


 冷や汗がでそうだった。

 やっぱり、おれの判断は、まちがってなかった…………か?



「ところで『卒業』って、なぁに?」



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