きっと欲しがる
おれは演劇部だ。
だからウソをつくことにかけては、そこそこ自信がある。
「おまえが好きだったんだ、ずっと」
観客とかカメラの位置とかを意識して、いかにも真剣な表情をつくってる。
夜の駐車場。
ちょうどおれたちの周囲だけ、スポットライトみたいな光で照らされている。
演技のポイントは、自分で〈ウソ〉だと思わないことだ……って部の先輩は言ってた。
「うれしい。ありがとね」
ストレートに返された。
まるでほんとの告白の返事みたいに。
予想外のことにキョドりそうになるが、がんばって演技をキープする。
勇のことだから――「はいはい」とか「あーそうですか」ぐらいの冷めたリアクションをすると思っていたのに。
「私も好きだよ」
「えっ? あ、ああ……」体の内側からカーッとくるものがある。今のおれの顔、赤くなってないよな? どうにか冷静をよそおって「まあ、ウソなんだけどな」と念をおす。
「わかってるって」
「おまえも……ウソで返してくれたんだろ?」
「さっ、帰ろっ?」
スカされた。
いや、スカすなよ。
大事なところだろ、おれたちにとって。
(いまのが、ひょっとして勇の本心――だったりするのか?)
スーパーの袋をさげて、勇のとなりにならぶ。
でも、もう問いただすことはできない。
すごくムシ返しにくい雰囲気になった。
そしておれ自身も、イエスでもノーでもないほうがいいんじゃないかという気がしている。
(……ウソの告白なんか、するもんじゃないな)
あとちょっとで家がみえる、というところで勇が唐突にいった。
「こんどの日曜日、デートしない?」
◆
「ふぅ~~~~~っ‼」
親指と人差し指と小指を立てた手を天たかくあげ、児玉がバカみたいな声をだしてる。
女子はほぼ全員、ジト目。
彼女がいない日が一日もないくらいモテる男なのに、この嫌われようだ。
スキとキライはセットっていうのは、こういうことじゃないと思うんだが……
「おいカズ」と、紺野が制服のそでをひく。「女子がひいてる。やめとけ」
「お? しゃーねーな、わかったよ……」と、今度は両手をあげて「ふぉぅ~~~~~っっ‼」
「やめろって」と、おれもなだめた。
「んだよ、ノリわりーな、てめーら」
ぶすっとした顔で児玉が椅子に座る。
6時間目のホームルームに、学期末恒例のクラスレクをやっている。
先生が発表したときはブーイングもあがったが、やりはじめるとこれが意外に盛り上がった。
イスとりゲーム。
「もってる男ってこーゆーことなんだよ」と児玉は上機嫌だ。「つぎ準ケツだべ? じゃ、あと2回で優勝じゃん。負けねーぞ、正!」
なんの奇跡か、おれも勝ち上がっていた。
スポーツじゃないにしても、こういう体をうごかす遊びはめっぽう弱いのに。
そして――――
「うそだろ」
おれが、優勝してしまった。
賞品は先生がUFOキャッチャーでとったっぽい、ぬいぐるみ。レアって言ってたけど、ほんとかどうかわからない。三毛猫が海賊船の船長みたいなカッコしてる。
放課後。
教室を出た女の子を、おれは追いかけていた。
「ま、待って!」
「……え?」
小柄な背中がふりかえる。
同じクラスの三城さん。
下の名前は、むずかしい当て字で愛恵。
おれはいつもひらがなをイメージして「めぐみ」と呼んでいる。
「私に何かご用?」
「いや、その」
ふっ、と口元が笑った。
目は、よく見えない。目がかくれるくらい前髪をのばしているからだ。で、その前髪をほぼ横一直線に切りそろえている。
彼女の性格も、すこし髪型に似て、誰かのうしろにかくれがちで控えめ。
口のわるい児玉なら、彼女をようしゃなく〈陰キャ〉と呼ぶだろう。
「移動しようか。ここじゃ教室も近いし」
「べつにおれは、誰かに見られたっていいよ」
「正がよくても、私がダメ」
さらっとおれを呼び捨てにした。
クラスの女子がみたら、さぞおどろくだろう。「あのおとなしい三城さんが⁉」って。
なにも不自然なことじゃない。
おれたちは、つきあっていたんだから。
めぐみは特別教室がならぶ校舎の非常階段まで歩いた。
なるほど、ここなら誰にも見られることはないだろう。
「これ」
おれは、イスとりゲームの賞品をさしだす。
「決勝で、わざとおれに負けただろ?」
「なんの話かな~」
「どうせ自分が勝っても盛り上がらないから、とか、そんな感じだろ?」
「へぇ、正にしてはいい推理したね」
「これでも……最近小説とか読みはじめたからな」
くすくす、とめぐみが口元に手をあてて笑う。
冷たい石の階段に、スカートも下にしかず、下着をじかにつけて座っている。つよい風がふくたびに、チラッ、としそうで気になってしょうがない。おれは手すりに背中をつけて立ったままでいる。
「では、もらっておこう」
細い手がのびて、ぬいぐるみをつかんだ。
よしよし、と〈三毛猫の海賊〉の頭をなでながら、
「いや~じつはコレ、すっっっごいほしかったんだよねぇ~。だから運動不足のオタの体にムチうって、がんばったんだよぉ~」
「それじゃあ、どうして決勝でおれに勝ちをゆずったんだ?」
「んー、あそこはさぁ、人気者の正が勝ったほうが絶対にいい場面だったから。地味でくらい私が優勝するよりかは、ね……」
「もし児玉だったら?」
「全力で勝ちにいってた!」
あはは、と彼女は無邪気に笑う。
教室では、こんな明るい顔をみせたことはない。
軽くおしゃべりする相手はいるみたいだけど、親しい友だちはクラスにはいないみたいだから。
「まーでも、しかし」じろじろ、とおれの全身をながめる。「どこに出しても恥ずかしくない、ダントツのグッドガイですな。私なんかとは世界がちがうわ……」
「そんな言い方するなよ」
「では……」
「待てよ。せっかくだから、少し話さないか?」
ここで、めぐみがみごとなカンの良さをみせた。
「恋愛相談?」
うっ、とおれの心がモロに顔にでた。
「相手は誰かニャ?」と、ぬいぐるみを斜めにかたむける。
「いや、その……」
「かわいい幼なじみちゃんだニャ?」
ニャ? と頭の中にあらわれた勇まで首をかしげた。
もう観念するしかないな。
「あのさ、幼なじみが彼氏彼女に発展しないパターンって、何が原因だと思う?」
「うまくいってないの?」
「まあ……一般論ってことで」
ニヤニヤしてる。
この状況を楽しんでいるようだ。
「シビアに言うと、どっちかの魅力不足」
「ほかは?」
「仲のいい関係を壊したくなくて、どっちからも一歩をふみだせないパターンとかがあるよね」
「で、でもさ」
近くに誰かが歩いてくるのを感じて、声を小さくする。
「たとえば相手にすでに彼氏がいたら、ふみだせなくても当たり前だろ?」
「ノゥ!」と、めぐみが声をはりあげる。「好きならうばいとる。これ常識」
「そんなの……彼氏にわるくないか?」
「本当に勇ちゃんのことを思いやっていれば、彼だって自分から身をひくでしょ」
「さらっと実名をだすなよ」
あっはは、と足をバタバタさせて笑った。
スカートの生地の向こうに、わずかにのぞいたのは〈黒〉……意外というか、キャラどおりというか。
指で目をこすりながら、
「まー、はっきり言って当事者じゃないとわかんない。私には幼なじみくんもいないし、彼氏も……今はいないし」
「今は」をずいぶん強調して言った。しっかりおれの目を見ながら。
そう言われてもな……フッたのはそっちだし。
おれが彼女に告白したのは今年の4月末。で、ゴールデンウィークに2回デートして、連休明けにフラれた。
理由は、はっきりとは告げられていない。
デートの服装がダサかったからかな……と勝手に想像している。
「恋愛とはとどのつまり、イスとりゲームなのだ」
めぐみはそんなことをドヤ顔で言う。
風でゆれて、長い前髪の下の目がチラ見えした。
ぱっちりとした、手にもってるぬいぐるみそっくりの大きい目だ。
「重要なのはタイミングと、すばやさと、力ずくでもとってやろうという気合」
「おれ……まだイスに座れるかな?」
「逆に聞こう。どうして正は、今日のゲームで決勝までのこれたのかな?」
「えっと、そのぬいぐるみが――」
ちゅっ、とおれのほっぺに、猫の口があてられた。
「勇ちゃんなら欲しがると思った。そうでしょ?」
そうだよ、と心でおれは即答していた。
だけど、そんなふうに答えたら、それを受け取ってもらえなくなる。
「ほら。あげる」おれの手をとり、ぬいぐるみをつかませる。「私からのセンベツ。そのかわり、ちゃんとつかまえてあげてね?」
手をひらひらふって、めぐみは行ってしまった。
結局、彼女にあげたものが、そっくりそのまま帰ってきてしまう。
――その夜。
「まじ? いいの? やったー‼」
おれがプレゼントすると、勇はよろこんだ。
が、それもつかのまで……
「……どういうつもり? 私の私物、なんか壊した?」
めっちゃ疑いぶかそうな目になった。
「いや言っただろ、クラスレクで偶然勝ったから……」
「ウソウソ」
パッと笑顔にもどる。
「ありがと。大事にするね」
「ああ。ちゃんと添い寝してやってくれ」
「正と? いいよ」
近くで話をきいていた勇のお母さんが「なっ⁉」という表情になった。おれの父さんは平然としてる。
「正が私にプレゼントなんて、明日は大雨かな?」
ちょうどテレビでは天気予報をやっていた。
おれたちが住んでいる場所には、勇が口走ったとおり、傘マークがついていた。