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二言をさけべ

 その日の夜は、あいつを抱く夢をみた。

 抱くっていうか、抱きしめる。

 数時間前に現実におきたことと同じ光景だった。だから夢じゃなくて、ただの記憶だったのかもしれない。それを思い出していただけかも。

 とにかく、フトンをぎゅーーーっとしてるポーズで、おれは目がさめた。


「おはよ」


 (ゆう)の様子はふつう。


「じゃ、先いくね」


 こいつはだいたい一日おきぐらいで、部活の朝練にでてる。

 そういう日は、おれより一時間以上はやく家を出るから、ほぼ朝に顔をあわせることはない。

 いまみたいなケースは、けっこうレア。


「……勇」

「髪ぼっさぼさじゃん! アンタ、昨日どんだけはげしい夢をみたの?」

「おまえの夢をみたよ」


 一瞬で、かーっ、と勇の顔が赤くなった。


「おい正……。夢で私に何をしてくれた」

「え」


 起きたてで、頭があんま回らない。

 体も。

 おれは、少しブショウして両手を斜め下までしかあげず、


「いやべつに……こう、うしろから」

「バカっ‼」


 タオルを投げつけられた。

 そのまま、勇はおれの横を抜けて玄関にむかう。

 いってきまーす、といって出ていくまで、そこから見送った。

 冬なのにスカートはみじかいわ生足だわで、女子ってほんとにタイヘンだよな。

 そんな一日のスタートだった。

 そして放課後――


「古典のせんせってほんまセッカチよね」

「そうだね」


 べつのクラスの教室に、おれはいた。真ん中あたりの席にすわって。

 ほかに、もう一人だけいる。

 加賀美(かがみ)さん。

 おれが告白した、2人目の女の子だ。


「再テストはやすぎやし……できた? みしてん」

「いや、それカンニングだから」

「わかっとらんね~」


 ぶるるっ、と首を痛めそうなハイスピードで、首を横にふる。

 遠心力で彼女の髪がゆれた。

 つねに〈八〉の字に広がっている、毛先がクネクネしたヘアスタイル。


「正。私はな、じぶんの告白をオッケーしてあげたけど、三日でフってもーた。なんでやと思う?」

「なんでって……」理由はいろいろ思い当たるものの、それを自分から言うのは(せつ)ない。「うーん……」

「正はピュアすぎんねん!」


 と、おれの机から答案用紙をとりあげた。


「な? いまみたいに大人がみてない状態でのテストってな、こういうことやねん。〈ご自由にカンニングどうぞ〉ってことなんよ。大人も、私らを卒業させたいんやから」

「でも……、ズルして100点とかとっても、あきらかに不自然だろ?」

「そこは、うまいことやんねん」


 おー、と窓の外から運動部のかけ声がきこえてきた。

 空は夕焼けで真っ赤。

 この時間、勇も体育館でバドミントンをがんばっているんだろう。


「ところで正」ほおづえをついて、こっちをみる。「風のウワサでまだフリーってきいたけど、ほんま?」

「ほんま」と、おれは関西弁をマネた。


 ふーん、じろじろと視線。

 目と口は、すこし笑っている。


「ん……やっぱ、フリーの男って感じやわ~。オーラがない。いまいち()えん」


 なんか似たようなことを、同じ演劇部の片切(かたぎり)にも言われた気がする。


「恋はやっぱり、略奪愛やで」


 ぴくっ、とおれの体のどこかが反応した。


「りゃ、略奪……」

「彼氏もち、彼女もちからブンどるってことや」


 加賀美さんはほおづえをやめて、おれをまっすぐみつめてくる。


「正。まさか、自分と同じようなフリーの相手をさがしとんちゃう?」


 おずおずと「そうだけど」とこたえる。

 理由はわからないが、ドキドキしてきた。


「あ・ほ」

「え?」

「ピュアにもホドがあるで。この世のどこに〈フリー&フリー〉ではじまる恋愛があるん? そんなんあるとしても、中坊までよ。だいたいは、どっちかの恋人がバッティングしてる期間が、ぜ~~~ったいにあるもんなんやから」

「バッティングって……」

「第三者的にいうたら〈うわき〉の状態」


 くちびるに、縦に人差し指をあてた。

 リップのせいか、めっちゃプルプルだ。

 思い出した。

 加賀美さんってすっごく、大人なんだ。考え方とか行動が。そこにギャップを感じて、おれのほうも気おくれした。よかった、っていうのは言いすぎだけど、フッてくれたときに妙に安心したのをおぼえてる。


「正。私ねぇ」


 椅子をがーっと動かして、こっちに近寄った。

 そして、おれの両手をとる。


「正にも、うす汚れてもらいたい」

「はい?」

「ドロドロの恋愛を、経験してほしいんよ」


 そろっ、と視界のすみで戸があくのがみえた。

 教室のうしろから、誰かが入ってくる。


「あー、きてくれたんやねぇ」

「…………まぁ」


 気のないセリフ。

 土でよごれたユニホーム。野球部の。

 おれも彼も、おたがいに顔を見合わせて、あっ、という表情になった。

 でも、すぐに彼は元の顔にもどして、


「あの……あんま……時間ないんで」

「うん。私な」立った瞬間、おれに向かって片目をつむった。どういう意味?「キミのことが好き。私とつきあってくれん?」


 コクった!

 電撃のはやさ。

 しかも、おれが見てる前で。

 しかも、幼なじみの勇の彼氏に。


「……ふざけてんスか」

「ん? どして?」

「おれ、彼女がいますから。それじゃ」


 教室をでていく寸前、ちらっとおれのほうを見た。

 おまえに言いたいことがあるんだけど、の空気がすごかった。

 たぶん彼は、おれのことをよく思ってないんだろう。


「フラれたな~。作戦失敗や」

「作戦?」

「ピュアなキミには、ないしょないしょの作戦やで」


 にっこり、と加賀美さんは満面の笑み。右目の目尻にあるちいさな泣きボクロがやや上にうごく。

 そこでチャイムが鳴って、先生がもどってきた。

 もっと話が聞きたかったけど、彼女は逃げるようにどこかへ行ってしまった。


(さて)


 今日は部活もないから、まっすぐ家に帰るか。

 帰り道で、加賀美さんのことを考えた。

 夕陽にむかって歩きながら考える。

 おれ、どうして彼女に告白したんだっけ?

 最初の朝比(あさひ)さんにフラれて……あれは夏休みに入る前の暑い日で……


「キミ、なんか、さみしそうやな~」


 そんなファーストコンタクトだった。

 話しかけてくれたんだ、彼女から。

 作戦みたいなのを感じない、とても自然な言葉だった。だからなんかグッときたんだ。胸にささった。

 やさしいな、と素直に思った。


(!)


 急に、ひらめいた。

 作戦のこと。

 あれって、もしかして……


(勇をフリーにするつもり――だったのか?)


 おれのために。

 だとしたら〈やさしい〉どころじゃない。

 おそるべき〈やさしさ〉だ。

 頭の中に浮かんだ彼女が、にっこり、と笑った。


「ちょ……ちょっと待って!」


 うしろから声。

 走ってくる足音。


小波久(こはく)くん!」


 ふりむくと、勇の彼氏がいた。

 ユニホーム姿で、頭はさっぱりとした、丸坊主以上スポーツ刈り未満ぐらいの短さ。


「いっこだけ聞かせてくれ! 勇ちゃ……伊良部(いらぶ)さんのこと、どう思ってる!」


 疑問形みたいに最後の音が上がらずに、怒鳴ったような感じだった。

 おれに怒ってるっていうか、「どうとも思ってないよな!」と、念を押すようで。


「勇は……友だちだよ」

「友だち……。じゃあ、彼女に恋愛感情は、持ってないんですよね?」


「持ってる」――とは言い返せなかった。そこは自分でも、確信がないからだ。ただ友だちよりも大事な存在だとは思っている。つきあいが長いし、ゆくゆく家族にもなるわけだし。


 おれは彼に言った。


「持ってない。おれ……キミと勇のこと、応援してるから」


 しばらく無言でじーっとおれのことを見たあと、彼は背中を向けた。

 おれも背中を向けた。

 むこうは勇に近づき、おれは遠ざかる……そんな予感がした。

 ビターだ。

 にがい大人の味。

 おれは……



「やっぱナーーーシ‼」



 遠いところで、ふりむく勇の彼氏。

 犬を散歩させてた人が、突然の大声に肩をびくっとさせた。

 下校している同じ学校の生徒も、おれに注目する。


「『持ってない』って言ったの、ナシ‼ 取り消す‼」

「……」


 加賀美さんの望みは、もしかしたらコレだったんだろうか。

 おれも少し、大人になれたか?

 略奪愛のドロドロに、つま先だけはつけてしまったようだ。


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