トランジスタスの槍
彼に手紙を送った。ラブレターである。
手紙そのものは、半年前には書き上がっていた。それほど長い手紙ではない。今時手紙なんて古くさいかもしれない。けれど、手紙というものは私に合っているような気がした。二晩ほどかけて、私は手紙を書き上げた。書き上がった手紙を、封筒に入れて、切手を貼った。そこで、私はふいに怖くなった。これを出してしまったら、何かが変わってしまう気がした。それもどこか悪い方に。私は手紙を引き出しに入れて、しばらくの間触らなかった。
そして今日、私はその手紙を出すことになった。なぜ今日なのかは分からない。先週でも、昨日でも、先月でも良かったのだ。それでも今日、私は手紙をポストに入れた。今朝は気持ちの良い朝だった。風がカーテンを揺らした。小鳥たちが小さく鳴いていた。でも、それだけだった。なにかが吹っ切れてしまった感じがする。実家を離れて一人暮らしを始めた時に似ている。私は一段階成長したはずだ。だけど、決定的に何かが欠けてしまった。母親の愛のようなもの。私を守ってくれるものが、一つ無くなってしまった。一枚の上着を脱いだ分、私は無防備になった。私は一段と強くなった。美しくなった。そしてか細くなった。
ポストからの帰り道、私は母親に電話をした。
「私は変わったかな?」と母親に訊いた。
「そうね、随分と変わったわよ」と母親は言った。
私は変わってしまったのだ。もう昔のようには戻れない。私は、私を待っている無限の未来と成長の事を思った。それは煌びやかに輝きながら、どこまでも続いていく。私の足は歩みを始めてしまった。まばゆい光の前に手をかざすこともできず、無数の光線が無数の槍となって私の目に突き刺さる。無限の希望は無限の絶望と同じであると、私は悟った。