ヨスガの業
……………………ぼんやりと浮上する意識。暗闇の中で複数の声が聞こえてくる。
「祭壇へ運べ。後は愚生に預けろ」
何処かに運ぶように指示する冷静な男の声。
なにを……?
微かな意識の中で考えてみる。
断片的に聞こえてくるのは、死、消滅、昇華。
そうか、分かった……。
そんな状態の人間に一人心当たりがある。
運ばれているのはボクだ。
それを理解した時、再び意識が消えかけて――
「――目を覚ましたか」
投げかけられた言葉と同時に、視界が鮮明になった。時間が飛んだかのような突然の事態に、理解が追い付かない。
「ここ、は……」
「まずは落ち着いて休んでいろ」
言われ、少し身体を動かそうとするも、思うようにいかない。
「どれくらい、眠って……?」
はっきりとしない意識の中で呟く。
「一週間、それと半刻ほどか」
七日間も眠り続けていたらしい。意識は少しずつ覚醒していくが、先程から身体の自由だけが全くきかない。
「見動きが取れないのは当然だろう」
椅子に座り、男の様子を観察していたアレクセイが言った。
「そう、か……後遺症……」
思い当たる原因を呟く。
無理を押し通したツケ。その代償が、今の状態なのだろう。
「いや、拘束されているだけだ」
改めて今置かれている状況を確認する。
暗い独房のような空間。ボロボロになった汚い作業着のまま椅子に座らされ、身体にきつく巻かれた拘束具によって縛られていた。
「――本当だっ!?」
「落ち着いて身体を休めていろ」
「落ち着けはしないです!」
現状の扱いには納得できなかったが、後遺症が原因でなかったことには安心する。
「あの、イェフナは?」
「無事だ。絶対安静の状態だが、丁重に保護されている」
「よかった。今は、どこに……?」
「この国で、最も身の安全が保障されている場所だ。そこには――」
男の言葉を遮るように、アレクセイの元に一体の彫刻が駆け寄った。文字の刻まれた粘土板を手渡されると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「どうやら、利用価値が生まれたらしい」
小さな黄金の羽を生やした彫刻に拘束を解かれていく。
「休息は終わりだ。愚生と一緒に来てもらう」
「それより、イェフナに会わせてください」
「偽りし王冠への面会と、王との謁見。……優先されるべきは、間違いなく後者だな。我が主、フォルネリウス王からの召集だ」
「な、何でボクなんかに?」
「当然、話があるからだろう」
アレクセイはそう告げるとヨスガから視線を外して歩き出す。その後ろを、ヨスガは追いかけていった。
どうやら先程まで拘束されていた場所は地下だったようだ。階段を上がって扉を開けると、華やかな内装が目に入る。
暗く不穏な空間とは正反対の美しさ。声を出す事もなく、感嘆して息をのむ。
「ここは陛下がおられる宮殿、アヴケディア。そしてここが、謁見の間だ」
アレクセイの先導で、一層華やかな装飾をほどこされた扉の前に辿り着く。
「――入れ」
部屋の中から届いた言葉。こちらを促すように扉が開くと、フォルフヨーゼの総覧者が待ち構えていた。
「随分と待たされた」
深く頭を下げるアレクセイ。その様子を黙って眺めた後、再び口を開く。
「貴様が、グランドマルクティアを修復した鋳造師だな」
「えっと、ボクは……」
その為に力を尽くした事は覚えている。
しかし結果どうなったのかは思い出せなかった。
「その認識で問題はないかと」
アレクセイの言葉で、成功したのだと分かった。
「貴様の判断は正しかったわけか……」
「……話っていうのは?」
「疑問を投げる許可は与えていない。貴様はただ、余の言葉を受け入れるだけでよいのだ」
短く謝罪し、フォルネリウス王の話を聞いていく。
「今この時をもって、貴様はフォルフヨーゼに仇為す者共を排除する剣となる。この先は余の命にだけ従い、生き続けよ」
あまりに突然の命令。全く理解が追い付かない。
「えっ……す、少し意味が……排除って、どういう――」
「手間をかけさせるな」
フォルネリウス王が無言で見守る中、アレクセイによって玉座の間に存在する泉に誘導される。それを覗きこむと、水面には見知らぬ男の顔がこちらを見つめていた。
「この人……誰、ですか?」
白に近い金色と、くすんだ灰色の髪。泉に映る青年が、自分と同じ動作をする。
「貴様は、既に手遅れだった」
フォルネリウス王の言葉の意味を理解するのを、男の脳が拒む。
「ゆえに肉体の消滅を避けるため、業欣による鍍金を施し、存在を留めたのだ」
「……元に戻――」
「姿を戻したところで、貴様に自由など在りはしない!」
語気の強まった王の声が、謁見の間に響く。
「降誕祭は失敗し、多くの民が命を落とした。全て、愚かな貴様の行動が原因だ」
「それは――そん、な……」
違う。そう否定したかった。だが完全に無関係だと否定する自信が持てず、言葉が出てこない。
「聖煉な儀式を阻害した愚か者。マルクティアの民は例外なく貴様を憎んでいる。大地の守護神を暴走させ、災厄を振り撒いたのだからな」
「あの時は、どす黒い光が……グランドマルクティアに触れていて……」
「それを誰が信じると言うのだ。貴様にしか視認出来ない存在が、災いを招いたなど……。民が信じるのは、眼前で起こった事実のみ」
フォルネリウス王の言葉には納得出来ないが、しかし語られた内容は真実なのだろう。
外見が変わり、国中の憎悪の対象となった今、これまで通り平穏な生活は送れない。
「余に従え……貴様がフォルフヨーゼで生きる術は、もはや限られているぞ」
決定事項を告げるように語るフォルネリウス王。その言葉には、男への配慮など一切感じられなかった。
「……ボクは、どうすればいいんですか」
「先刻告げた通りだ。これよりマルクティアの剣として、第二の生を全うせよ。決まった名など必要ないが、外界で活動する際にはヨスガと名乗るといい。アレクセイが名付けた、貴様の新しい名だ」
ヨスガと、新たな名前を与えられる。今はそれを、ただ受け入れるしかない。返事をする気力もなく、ヨスガは無言で頷いた。
「さてヨスガよ、貴様の問いに時を割くのはここまでとする」
フォルネリウス王がヨスガの背後を見据えて言う。
背後から聞こえてくる足音。現れたのは、華やかな黒の衣装に身を包んだ女だった。