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ゼンカの業――律業の聖煉者――  作者: 麻海 弘タカ
プロローグ
6/45

ある男の業 Ⅴ

 何度も躓きそうになりながら、ひたすら上を目指して足を進める。途中階段が崩れた場所へ辿り着くと、業光樹を足場代わりにして上を目指していく。

 その過程で男は、業光樹の特徴に気が付いた。業欽の大樹には人間を模した装飾が施されている。


 不快感を覚える彫刻。男が思わず目を背けると、突然足に力が入らなくなった。勢いよく転倒し、原因を確かめようと違和感のある足元に顔を向けた。


「――…………あ」


 力が入らなくなった理由は、単純明快だった。男は一目で、自分の足が溶けてしまっていることに気づく。

 金属が熔けるように皮膚が僅かに液状化し、歪な形に変質した片足。


 不自然に形を変えた足を見て、男は苦悶の表情を浮かべる。足元に力が入らなかった理由は明白だが、その原因は理解の範疇を超えていた。


「お、落ち着かない、と……落ち着く……落ち着け……」


 自分の身に起こった怪現象。その恐ろしさに不規則な呼吸を抑えることが出来ない。そんな男の耳に、どこからか微かな声が聞こえてきた。

 お願いします……お願いします……と、そんな言葉が痛々しく繰り返される。


 片足の不快感に耐えながら、男は声が聞こえる方向へ進んで行く。すると、業光樹が絡み合って生まれた足場に、一人の女性が倒れていた。


「そんな……これ、なんで……」


 女性の下腹部は業光樹と一体化していた。腹を突き破った業欣の大樹からは、成長した禍実が生っている。

 系譜に連なる一族と過ごしていた男は、その異常な光景を見て、理解したくない事実を嫌でも理解してしまえた。


 人間の装飾が業光樹に刻まれていた訳ではない。

 皆融けて混ざり合っていたのだ。この地下にいる間は、最終的には自分も同じ運命を辿ることになる。


 助けて……と、女性が消えそうな声で助けを求めた。

 男は唯一、目の前の命を救える可能性があることも知っている。


「す、すぐに、何とかします……!」


 原形鋳造。業欣を本来の形に戻す鋳造術なら、腹部から生えた業光樹を取り除けるかもしれない。


「イェフナに教えてもらった……まずは、元の形を見極める」


 リキャストルの腕には自信がない。鋳造が上手くいかず、女性の腹部に負荷をかけた結果殺してしまう……そんな最悪の事態も頭によぎった。

 人体と混ざった業欣の原型鋳造など、当然した経験はない。しかし成功すれば、助けられる可能性は高かった。一先ずでも業光樹を取り除けば、地上まで連れ出し、医者に治療を任せることだって出来る。


「ルーラハで、形を固定……鋳造する!」


 目の前で苦しむ女性を救いたい一心で、男はリキャストルに集中した。そうして発動した鋳造術は、腹部から突き出る業光樹を一瞬で本来の形へ造り変える。


「で、出来……た?」


 禍実が生るまで成長していた業光樹の一部は、女性の腹部から消えて跡形もない。おそらくは、足場となっている大樹の内部で鋳造物が造り出されているはずだ。

 今の男に出来る全身全霊の鋳造術で、何とか業光樹の切除に成功した。その際に血は噴き出たが、すぐに勢いは治まって流血自体も止まる。


 見た目よりも軽傷だったのだろう。ひとまず安堵のため息を漏らした男は、か細く弱々しい声でありがとうと感謝を告げられる。


「……ここから出ましょう。辛いでしょうけど、掴まってください……!」


 男に背負われた女性は、何度も感謝の言葉を繰り返す。


「もう少しで、戻れます……そしたらちゃんと、治してもらって……」


 背中越しに繰り返し告げられる感謝の声。それを聞くたび胸が締め付けられながら、必ず助けてみせると心に刻みつけた。男からも励ましの言葉を返すと、縋られるように密着感が強まる。

 男は瀕死の女性を背負い、歪な片足を引きずりながら再び地上を目指す。すると、突如地下全体が大きく振動した。


 地鳴りが鎮まったと同時に、周囲一帯の業光樹が一斉に蠢き出す。

 男はその脈動と異変に気付くと、言い様のない危機感を覚え、駆け足の速度を上げた。


 両足から広がる溶解現象。衣服の下から溶けだす身体から、徐々に生気が無くなっていく感覚に襲われ続ける。


「……もう少しっ! 後、少しで――ッ!」


 背後に襲い来る業光樹の束。触手の瀑布が迫る。

 走りながら何度も体勢を崩してしまうのは、足元から感覚が無くなってきているからだ。それでも、このまま走り続けなければ二人は助からない。


 空洞は目と鼻の先。しかし、その唯一の脱出口は業光樹の触手によって徐々に狭まっていく。全身に焦燥感が広がる中、男は自らを奮い立たせるように雄々しく声を上げた。

 そうして地上に開かれた風穴を抜け出た瞬間、束になった業光樹により空洞が完全に塞がった。


「――っ、はぁッ……はぁ……はぁ……」


 穴を抜けて地上に戻った男は膝をつき、荒い息を整えながらガーデンを見渡す。


「――…………っ」


 その光景に、言葉を失った。地下から這い出た業光樹が広場の彫刻や建造物に絡みつき、ガーデン全域を蹂躙している。その業欣の大樹には、既に多くの人間が混ざり合っていた。

 しかし、グランドマルクティアの姿だけは確認できない。


「早くイェフナを――」


 ドクンッと、ガーデン一帯に伝わった衝撃。

 ふり向いた男の視界に映ったのは、虹色の光を纏う人影だった。その人影に吸い上げられるよう、轟音と共に地面が盛り上がってくる。


 その人影は徐々に巨大な人型へ、禍々しい鎧のような外装を身に纏っていった。


「ゴウレム――」


 身体を動かそうと力を入れるが、膝から下が言うことを聞かない。両足は既に、まともに歩行が出来ないほど変質していた。


「逃げて下さい、一人ならまだ……」


 助かる可能性はある。そう思い両手の力を抜くと、瞳から光を失った人間が背中からずるりと落ちていった。

 一体いつからこと切れていたのか、業光樹を取り除いた腹部は、大量の血液で汚れきっている。


「……ボクが……未熟だったせい、で……」


 強烈な吐き気、逆流する吐瀉物を必死に抑え込む。前日から何も入っていない胃の中から、酸味のある液体だけが口元から垂れる。

 守護神と呼ばれて親しまれていたゴウレムは、今や男にとって絶望そのものだ。


 ガーデン一帯を見渡せる程の巨体となった大地の魔神に、男は見下ろされる。

 放心状態の男に向かって伸びる腕。迫る巨大な手を、じっと見ることしか出来なかった。


「――ここにいたのか」


 そんな一声と共に、大地から突き上がる円柱の柱。白く光る数本の柱が、ゴウレムの巨躯を貫いていく。


「イェ……フナ?」


 男は生気のない目を、自らを助けた来訪者に向ける。するとニット帽を被った少女は、優しい瞳を向けて言う。


「迎えに来たぞ」


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