嫌悪
業光樹は霧散して消滅し、ヨスガは解放される。
手探りで辺りを探ると、長細い物体に触れる。それが業剣だと分かり、握りしめた。
「レム……メアトさん」
躰に力を入れて、何とか上半身だけを起こす。
「律業の巫女は、まだいる。まだ感じる……」
戦う意志を証明するように剣をかざす。だが微かに気配を感じても、律業の巫女がどこにいるのかは分からない。
疲労、焦り、緊張。様々な要因が呼吸を荒く、浅くさせる。暗闇に満ちた視界で、ヨスガは意識を集中させ、神経を研ぎ澄ませようと奮闘する。
そして背後に感じた僅かな気配。ヨスガはタチガネの業剣を力任せに振るった。
しかし、その気配はすぐに消える。代わりに大地を踏みしめる音が、ヨスガにゆっくりと近づいてきた。
その正体はすぐに分かり、ヨスガは剣を下げる。
「ヨスガ、さん……」
「レム……よかった、無事だった……生きててくれた」
「ゴウレムに死はありません。あるのは、業光を失って活動を――」
的外れの方向に躰を倒そうとするヨスガ。レムは気づき、急いで支えた。
「それでも、心配なんだよ……レムが無事で、嬉しいんだよ……」
「う……わ、ワタシには、よく分かりません」
「律業の巫女は?」
「……消えました。ですが、完全に消滅はしていません」
「ならメアトさんも無事に――」
「第4罪徒、メアト・フリジエルは消息不明です。彼女と同時に、姿を消しました」
「……そっか」
安否が気になるが、今は確かめようがない。他にすべきこともある。
「レムにお願いがある……イェフナのところに、連れて行ってほしい」
ここに大事な人がいる。目が見えなくても、無事でいることだけでも確かめたかった。
「傍に行きたいんだ」
「……はい、お任せください」
レムの肩を借りて、ヨスガはゆっくり足を進めていく。そしてしばらく歩いたところで、歩みが止まった。
「ここからは、ヨスガさんお一人を先に……最上部まで運びます」
何かが破壊されて崩れる音と、地面にぶつかった音が聞こえる。
「今のワタシではルーラハが足りない。大気中のルーラハを吸収する必要がありますので」
「ごめん、無理させて」
「気にする必要はありません。……後で報酬をいただくので」
ヨスガの足元が僅かに揺れる。
「業剣を抱えたまま、膝をつけてください。王国の残骸で腕を発現させます」
微かな衝撃と共に、浮遊感に包まれる。再び衝撃が伝わると、浮遊感も消えた。
「やっと、会える……」
もう何年もあっていない気がする。イェフナの姿を想像しながらレムの到着を待った。
本当はいち早く会いに行きたいが、視界を失った状態では難しい。
「 いや 」
イェフナの声が聞こえた。
「 来ないで 」
辛く、苦しそうな声。
「 助けて 」
助けを求めている。それを聞いて、じっとしてはいられない。
「助ける……今、助けに……」
不安定でおぼつかない足取りで、声がする方向へ進んでいく。
そうして辿り着いた場所。
手のひらを前方に突き出して押すと、壁のような隔たりを感じた。
その先でイェフナの声がする。
手で押して動いた壁を、さらに押し込もうと力を込める。
「あ、れ……」
そこでヨスガの体力が底をつきた。壁に手をついたまま、前のめりに崩れ落ちる。
目は見えず躰はピクリとも動かせない。意識があるのか失っているのか分からなくなってくる。
この先にいる。大事な人が。もう少し力を込めれば会える。
何のためにここに来た。何のために戦って、頑張って来た。
「生き、て……会いたいと、思ったからだ……!」
躰中が軋む。ひび割れる音が響く。でも先のことは考えない、今出来ることに全力を出す。
手のひらに感じていた反発が消えて前によろけたのは、最後の障害を乗り越えた証明だ。
目の前には、完全に阻むものがなくなった。
「これで……」
会える。助けられる。
目は視えない。だが、助けを待っているイェフナの姿は鮮明に想像できた。
「イェフ……――」
前に進もうとするヨスガ。
「な……――ッ!?」
その歩みを許さない者がいた。何者かに後ろ首を掴まれ、乱暴に引き離される。
ヨスガは抵抗できずに、力なく地を這った。
そして何者かの足音がヨスガの横を通りすぎ、すぐに引き返して去って行く。
「 お願い 」
同時に遠ざかっていくイェフナの声に手を伸ばし。
「 気持ち悪いから、もう来ないで 」
明確な拒絶の言葉と共に、張り詰めた意識が限界を向かえた。




