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ゼンカの業――律業の聖煉者――  作者: 麻海 弘タカ
第1章
30/45

命から眼を逸らす者

 その意味を理解したくもないヨスガとメアト。そしてレムを置いてミトロスニアは話し続ける。


「――フォルフヨーゼの存続は、残念だけど諦めるわ。世界に満ち溢れたクリフォライトは、もう限界まで溢れてる。そんな大地で生命は育めない。もう繁栄は望めない。だから不肖の私が、世界を純化させるの――」

「巫女の聖煉で、世界中のルーラハを昇華する……。そんなことしたら……」


「今生きてる人間……いや、生命体はみんな消えるね」


 ヨスガの頭にも思い浮かんでいたはずの答えを、メアトから口にした。


「不純物を取り除き大地を救う。その手段が間違っていると、ゴウレムであるワタシは否定できません。しかし律業の巫女としては、完全に逸脱してしまっている。一線を越えている行為です」

「――だってそうしなきゃ、大地が持たない。これ以上は手遅れになっちゃうよ。衰退していくだけの繁栄に、意味なんてないもん――」


 ミトロスニアは迷いなく言い切った。


「――そもそも暴走した私のやり方は、理想論でしかなかったの。ほんの少し宿った聖煉な力で、クリフォライトを消滅させていく。……うん、長い時間をかければ、いつかは全ての悪性を消せるかも。最低でもクリフォライトが増えることはない。でもそれって、ただの現状維持で解決になってないわ――」

「だからルーラハを消滅させるのですね。この世界に在る命を全て犠牲にして、悪性の集合体を消し去る。クリフォライトは大地と生命を蝕む、有害な業光の塊。それを昇華させれば、未来に生まれる新たな生命の繁栄は守られる」


「――そうそう。さすがグラちゃん♪ 結局は滅ぶしかない命なら、今消えても問題はないでしょ? だったら不肖の私が、ニルヴァースより素晴らしい世界を創造してみせる。この世界には、その礎になってもらうの――」


 喜々として語る声色は子供のような純粋さだ。


「……それは、今生きてる人達を全部見捨てるってことだ。一人で見切りをつけて、世界中の人間を犠牲にするなんて……そんなことは、絶対にさせない!」


 律業の巫女の意識が、どうしてこんなにも歪んでしまったのか。とても残念で、無念で、心が苦しくなる。

 その原因になったかもしれない者の心当たりを、ヨスガは縋るように口にする。


「司教さんはアヴィス・メイカーに唆されたって、最期に教えてくれた。キミがそんな結論を出したのも、アヴィス・メイカーに何か言われて……そうじゃないのか……」

「それは、俺も初耳だね」


 メアトの困惑する声が、ヨスガの発言の後に続いた。


「――ふふっ、暴走した私はおしゃべりだったのね。人間の理解を超えた話だから秘密にしようって、全員で約束したのになぁ――」 

「製菓会社の入れ知恵ってさ……」


 メアトは左眼を青く輝かせ、律業の巫女を狙う。


「寒すぎて笑えないよ」


 業光を纏う青い閃光。だが律業の巫女は一瞥もしないまま、指先一つで砡眼の冷砂を空中で押し留めた。


「――こら、僕。無駄だから大人しくしていてね? いくら不肖の私でも律業の巫女。ルーラハを律するなんて雑作もないんだから――」


 親指で人指し指を弾くと、放たれた倍の速度で砡眼の冷砂がメアトを襲う。

 防御が間に合わない勢い。しかし命を奪うまでもないと見なされたのか、狙いは大雑把でメアトの急所を外し、両足を砕いた。


「ぐぁあ――しッ!」

「メアトさんっ! 何が――?」


「……メアト・フリジエルが負傷しました」


 状況を視認できない今の自分に、もどかしさと強い憤りを覚えた。

 レムも表情を変えないまま、始まりの契約者に語りかける。


「全ての生命を昇華させて無に還す。そんな独善的行為が赦されるのは、神と呼ばれる存在だけ。律業の巫女と謳われていた彼女でも、到底背負い切れない。その身に余る所業だとは思わないのですか」

「――なら、神様になっちゃえばいいよ――」


 ヨスガへ向けて、手をかざす。


「――でもそのために、まずタチガネの業剣を返してもらわなきゃね。世界中のルーラハを消すには、どーしても業剣の力がいるから――」


 右腕に宿る剣は、人間を消滅させる脅威でもあると聞かされる。その事実を知り恐ろしくなる。


「――フォルフヨーゼに誰もいなくなれば、もう偽りし王冠の業も関係ない。イェフナ・レーヴンだって、きっと重荷から解放されるのを望んでるよ――」

「……――ッ!」


 ヨスガの胸に一瞬で湧き上がった怒りの感情。それと連動し、制御できずにタチガネの業剣が現れてしまう。


「――ふふっ、可愛いね。堪えきれなかった――」


 無邪気な微笑みと共に、ヨスガの背後に現れた業光樹。その蔦に口元まで拘束され、右手に掴んだ業剣も奪われる。


「――これで一つ、準備が済んだわ――」


 手のひらを合わせ、律業の巫女は喜ぶ。


「――さぁて。あとは――」


 ヨスガの肉体を構成する業光が鍍金をすり抜け、律業の巫女へ吸収されていく。


「ぐぅうッ、んぅぅぅううううううっ……!」


 内側から無理やり業光が吸い取られていく感覚。躰に力が入らなくなっていく。


「――このまま一つになりましょう。そうすれば、彼も解放されて……ふぇ?――」


 ヨスガに向かって手をかざした律業の巫女。その間に、レムが割って入る。


「――そこをどいて、グラちゃん。いい子だから、ね?――」

「嫌ですが」


 大気中の業光を腕に集めて放出し、少しでもヨスガの業光が取り込まれていくことを阻害する。


「――え~、そんなことしたら、契約違反で自己崩壊しちゃうのに――」

「分かっています。でもワタシは、こうしたいと思っている。少なくとも今は、盾となってこの身を捧げたい……そう望んでいるのです」


 少しずつレムの躰が崩れ落ちていく。

 レムの気配、業光が消滅していることをヨスガには感じ取れた。


「……ぁぐっ、ぅううううっ!」

「――ほら、ヨスガくんも邪魔だって言ってる――」


 一歩も動かず、レムは崩壊する躰で律業の巫女と向き合い続ける。


「――強情な子。誰に似たのかなぁ――」


 律業の巫女は業光樹を操り、ヨスガの前からレムを強引にどかす。


「――あんまり争いたくないの。だから、もう始めましょう――」


 動かなくなったレムから視線を戻し、ヨスガに向き直した。


「――業剣に宿る聖なる炎を解き放つ……セフィライト・リキャス……――」


 砡眼の冷砂によって頭が撃ち抜かれ、言葉が途切れた。


「……言ってること、ぜんぶ寒くて……思わず聞き入っちゃったよ」


 実態のない業光の集合体は、すぐに元の形へと復元する。


「――もう、大人しくしてって言ったのに――」

「世界の純化とか、神サマが何とかって……。重要なことは、何にも分かってない……そうじゃないんだよ……」


「――可愛そうな子。理解したくないことから、眼を背けてしまうのね――」

「お互いさま……。おたくは、ただ人間が嫌いなだけだ……。最初からずっと、何も視てない……誰も認めてない。そうだよね、劣化セラフィストちゃん」


 地面に伏した状態で、メアトは律業の巫女を見上げる。


「――そんな酷いことを言う悪い子は、お仕置きしないとね――」

「その前に、おたくが罰を受けろ……」


「――罰? どういう意味かな――」


 律業の巫女の頭上。そこにはレムとメアトの戦闘によりできた空洞がある。メアトはそこに小径を接続した。残骸に埋もれた巨大な業欣の塊があり、その周囲の小石を操った。


「――ふふっ、なぁんてね――」


 だが業光の集合体は、瞬時に転移を行う。

 メアトの目の前に現れた業光の集合体。思惑が読まれ、不意をつくはずだった一撃は空しく地面に落下する。


「――ふふっ、大きな業欣の残骸ね。それを不肖の私に落とせば、ルーラハの集合体は吸収されて消滅する。惜しかったねぇ、残念――」


 倒れるメアトの頭を、律業の巫女は一度撫でた。


「――それじゃあ僕には、お仕置きを――」


 追い詰められたメアト。

 その状況でも笑みを浮かべていることを、本人以外は知る由もない。


「あぁ……最後まで、眼を背けちゃったな……」


 律業の巫女自身が、メアトに向けて放っていた砡眼の冷砂。


「自分の命からも……!」


 小石の弾丸は地面だけでなく天井まで穿っていた。その際の亀裂が引き金となり、メアトの頭上から、彫刻として加工された巨大な業欣の塊が落ちてくる。


「――そっか、不肖の私を近づけたのは――」


 業欣の塊が律業の巫女に触れた瞬間、白く眩い光が施設一体を包み込んだ。

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