ある男の業 Ⅱ
肩を落として歩く男に並んで、イェフナも足を進める。
「なぁ、さっきの鋳造法だけど。そろそろ原形鋳造に慣れた方がいいんじゃないか?」
原形鋳造とは、フォルフヨーゼだけに伝わっている特別な鋳造術だ。大気中に存在する業光と呼ばれる力を使い、業欣という業光を吸収して宿す金属を鋳造する特別な技術。
その特別な鋳造術を代々受け継ぎ、使いこなすのがイェフナの家系だ。先代やイェフナ含め、レーヴンの一族は業欣に備わっているとされる本来の形、それを見極めることが出来る。
一族全員に備わる生まれ持っての才能。その異才を用いてイェフナ達、レーヴンの血を引く者は、業欣から瞬時に鋳造物を造り出せるのだ。
「業欽専属の鋳造師……原型鋳造師の技術なら、手間をかけずに仕事がこなせて便利だぞ」
イェフナの言う通り。男のように幾つもの工程を経て仕事をこなすのは非効率的なものだった。
「でも、オヤジさんも手作業は止めてなかったよ」
イェフナの父である先代。名匠と謳われていた師匠も、必要以上に原型鋳造を行ってはいなかった。ずっと非効率的な鋳造法で作業をこなしていたことを指摘する。
「……う、ズルい! パパのこと言うの反則だぞー」
「ごめん、今のはただの言い訳だった。本当はリキャストルの才能がない分、自分に出来ることを頑張りたい。それだけなんだ」
男はレーヴン家の養子である。イェフナと血は繋がっていない。つまり一族に備わる異才がないのだ。研ぎ澄まされた観察眼さえ習得すれば、男も業欣本来の形を見極められると先代からも教わってきたが、未だ原型鋳造を使いこなせていない。数年修行しただけの、未熟で中途半端な原型鋳造師だった。
手作業での鋳造の方が、原型鋳造よりも完成度の高い鋳物を造ることが出来る。だから男は、まず自分に出来る鋳造技術を極めるべきだと考えていた。
「わ、分かってる! ちょっと言ってみただけだから。そんな真っ直ぐに、はっきり言われると胸が……きゅっとして……くっ」
「ん?」
何故か苦しそうに胸を押さえ、頬を赤く染めるイェフナ。心配して顔を覗くと視線を逸らされてしまう。しかし仕事に対する考え方は理解してもらえたようだった。
イェフナは帽子を目深にかぶって足取りを速めた。それを今度はヨスガが追いかける形で隣に並ぶ。
そうして広場に近づいていくにつれ、人混みも激しくなっていった。
都市の中心に建つ王宮、アヴケディア。降誕祭が行われるのは、その目と鼻の先にある ガーデンと呼ばれる大きな広場だ。
二人が会場に辿り着くと、街の守護神であるゴウレム――グランドマルクティアの巨像が、集まった大勢の市民を見守るように佇んでいる。
「律業の系譜、第1罪徒。イェフナ・レーヴン様」
背後から声をかけられ、振り返る二人。声の主は白い修道服を着た初老の男だ。
ゴウレムを崇拝するフォルフヨーゼ独自の宗教団体――ガイアナーク。その教団の一員だということは、首元で揺れる金細工の紋章でも理解できた。
ガイアナークの聖職者は、笑顔を浮かべながら丸い包みをイェフナに差し出す。
「お会いできて光栄です。私は教団で司教を務めます、オリィヴと申します。我々ガイアナークから巫女様へ……ゴウレムの御加護があらんことを」
「……これは何だ?」
突然差し出された包みに困惑するイェフナ。その様子を気にすることなく、司教は男にも包みを差し出した。
「さぁ貴方にも」
警戒するイェフナに対し、簡単に受け取る男。
イェフナは何も言わなかったが、目を見開いて警戒心のない男を凝視している。
「み、見た限りお菓子みたいだな」
「その通りです。アヴィス・メイカーの高級チョコウ。降誕祭に参加する全ての市民に配り与えております」
「……ありがふぉお、ございまふ」
「食べるのガチ早だぞっ!?」
口にチョコウを頬張りながら答える男に、思わずツッコミを入れるイェフナ。将来が心配だとぼやきながら、笑顔の貼り着いた司教からチョコウを受け取る。
「……こほん、最近話題になってるやつだな。確か、グランドマルクティアを模したアメザイトチョコウ……チョコの味にそっくりで、食べるとクセになるって聞いたことある」
「この大地で収穫されたもの全て。律業の巫女セラフィストと、大地の守護神グランドマルクティアから与えられた恵み。それらを皆と分かち合う。それが我らの喜びでもあるのです」
「なるほどな。それはいいことだ!」
「ふぉれ――」
話しづらいと気付いた男は、チョコウを呑みこんで言う。
「孤児院の子達も話してた」
「あぁ。大地の守護神のチョコウ、それでグラチョコだろ? ふふん、覚えてたぞ」
手のひらの包みを開けると、ゴウレムに似た形のチョコウが姿を見せる。
イェフナは一口サイズのチョコウを口に入れ、降誕祭の巫女に相応しい礼儀正しい振舞いで感謝を告げる。
「ご厚意感謝いたします。こっちは気にせず、引き続き神の果報を皆へ分け与えてくれ」
その言葉に司教は頭を深く下げると、布教活動に戻っていった。
「よし、そろそろあたしも行かないとだな!」
「あ、ちょっと待って!」
男は作業鞄から、事前に用意していた鋳物人形を取り出して差し出す。
「実はこれ、お守りに造ったんだ。見た目は気にいってもらえないかも、だけどさ……何か力になりたくて」
「……もしかして、それが徹夜の理由だったのか?」
頷いて肯定する。イェフナは嬉しそうにはにかみ、男から特徴的な見た目のお守りを受け取った。
「ありがと」
「降誕祭、頑張って」
男に向って元気に手を振りながら、イェフナは巨像の元へ駆けて行く。
イェフナと別れ、男はガーデンに集まる群衆に加わった。日は落ちて、辺りはすっかり暗くなっていた。