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ゼンカの業――律業の聖煉者――  作者: 麻海 弘タカ
第1章
27/45

――メアトの業

 フォルフヨーゼ第四都市ケセドリース。

 そこに存在する貧困街は通称、砂利道と呼ばれていた。


 砂利道は弱肉強食の世界。毎日、夜間の辛い寒さを凌ぐため、子供達が薄汚い毛布一枚を巡って殺し合いをするほど貧しい地帯だ。

 その街で石コロと蔑称される子供達は、生き延びるためなら何でもする。


 秩序を犯し、法を犯し、倫理や道徳を犯しても生きようとする石コロは、恵まれた環境で生きる住人から常に目を逸らされる。視界に入れることさえ値しない存在。

 メアトも、石コロの一人だった。


 物心がつく頃から砂利道にいたメアトは、ただ生きるために、他の石コロを蹴落としてきた。そこに感情が湧くことはない。

 ただそうしないと自分が死ぬから、それ以上の理由はなく、それ以外の理由なんて必要ない。


 知らないほうがいい。知ってしまったら、ここで生きづらくなる。

 そんな風に、罪の意識から目を逸らしていた。


 だがある日、犯した悪行への天罰が下ったのか。夜、他の石コロから毛布を奪って逃げる途中、メアトはガラの悪い数人の大人達に出くわし、足をかけられる。

 砂利道には、よくそういった連中が悪ふざけで足を運ぶのだ。


 その主な理由は遊びだ。砂利道に転がる石コロを蹴り飛ばす遊び。

 子供がどこまで地面を転がっていくか見て楽しむための娯楽に、運悪くメアトは付き合わされてしまう。


 この石コロ飛ばしの相手にさせられたら、大人も子供もほぼ生きては帰れない。ボロ雑巾にされて、道端で転がったまま動かない奴を、メアトは何度も目にしていた。

 袋叩きにされ意識が朦朧としていく中で、自分もそうなるのだと思った。


 頭に石をぶつけられ、血を流してうずくまる大人が視界に入るまでは。


「――石コロの勝ち」


 その子供はメアトと同じ石コロの一つ。だがそれでも、決定的な違いがあると一目で理解が出来た。

 メアトは貧困街に転がる路傍の石。しかしその子供は、石コロの中で光る原石だ。


 汚い捨て台詞を吐いて砂利道から走り去る大人達。それを見送った同年代の子供に、メアトは手を差し伸べられる。


「立てる? えぇーっと……名前は?」


 それが宝石のように透き通った青い瞳を持つ、アラトとの出会いだった。

 無力な者が淘汰されていく環境で、よく人助けをしたものだ。


 こんな甘い奴がどうして生き残れているのか理解できない。


「とりあえず、怪我の手当てだよね」


 放っておけばいいものを。お節介にも怪我人を自分の寝床まで運び、介抱までする。

 自分でも怪我の酷さは分かる。手当てなんかされても、どうせこの砂利道では長く生きられないだろう。


 手当てをしている本人も、同じ環境で生き延びてきたなら分かっているはずだ。

 それなのにどうして、アラトは真剣な表情でこちらに向き合っている。


 僅かに心に湧いた疑問を、興味本位で口にしてみた。


「助けたいからに決まってるでしょ。ぼくたちは、同じ石コロだ。この世界で唯一の友達みたいなものだからね」


 俺はそんな風に、誰かに見てもらえたのは初めてだった。

 そして、俺も初めて人間だれかを見た気がした。


 アラトの介抱は朝まで続き、眠りに落ちた俺が目を覚ました夕方過ぎまで、目を離してはいなかった。

 本当にお節介でお人好しな奴だ。アラトは、やはり他の石コロと違う。砂利道に相応しくない人間だ。それは間違いない。


 これ以上一緒にいたら、俺はこれまでの行いについて考えてしまう。

 何かに気づいてしまいそうで怖くなった。


 数日が経ち、ある程度身体を動かせるまで快復していた俺は深夜、怪我の介抱で疲れて寝落ちしていたアラトの寝床から去った。

 それから途方もなく砂利道をさ迷ったが、自分が生きるためだとしても、もう他の石コロを蹴とばす気にはなれなかった。


 夜は少しでも寒さを凌げる場所を探し、汚泥に塗れた薄い布きれを運よく見つけた時は、それを巻いて眠りにつけたりもした。

 だがそんな生活は、やはり長くは続かない。精神的には、まだ限界ではなかった。辛いと思う事から目を逸らせばいい。


 だが子供の弱い身体は、とっくに限界を超えていた。

 体力は底を尽きている。身体の免疫力もない。汚泥の布きれから怪我の傷口に細菌が入り、左目は完全に視えなくなっていた。


 ついに道端で動けなくなった時、死の淵で俺は気づいた。

 俺は、アラトに憧れてしまったのだ。


 アラトのように生きれば、自分も輝けるかもしれない。路傍の石でも、磨けば光ることができる。宝石に近づけるはずだと。

 そうすれば、見てみぬ振りなんてされない。


 俺が初めてアラトと出会った時のように。

 どんなに最低な生き方でも、俺は生きているんだと、もっと誰かに認め()て欲しかったんだ。


「どうして、勝手にいなくなるかなぁ」


 耳に届いた声が幻聴かどうかさえ、もう分からない。だがすごく、心が温かくなった気がした。環境の冷たさで凍え切った身体に灯がともる。


「ぼくが絶対に助ける。だからそれまで、メアトも諦めないでよ」


 そこからどうなったのか、俺は覚えていない。

 目を覚まして気づいた時には、ケセドリースにある小さな町医者の元で治療を受けていた後だった。


 医者に聞いても、何も答えない。

 ただしばらくしたら退院だと、それだけ告げられた。


 追い出されるように診療所を出ると、俺はすぐにアラトを探した。

 きっと俺を助けたのはアラトだ。あの場所で、そんな人助けをする人間なんて一人しかいない。


 俺は初めて自分から他の石コロに話かけ、アラトの特徴を伝えて情報を探し回った。

 あいつはすぐに見つかるはずだ。宝石のように透き通った、綺麗な青の瞳。


 あいつは路傍の石とは違う、石コロの中で輝く原石なんだから。

 思った通り、アラトはすぐに見つかった。


 道端で、ボロ雑巾のように動かなくなっていた。

 全身は酷く傷だらけで、よく見なくても、数多く打撲の痕があると分かった。


 胸に湧いた熱は消え、俺は再び身体の芯が冷え切ったのを自覚した。


――ここの人がひどいことされても、街の人たちは見向きもしないでしょ?

ぼくは、そんな風になりたくない。

 だからこんな場所でも、あの人たちより立派な生き方をしてみせる――


 介抱をされていた時、眠気に意識が朦朧とする中で、アラトがそう言っていたことを思い出す。


「……また、誰か知らない奴でも助けたか……返り討ち、されたんだろ」


 初めて自分を見てくれた人。冷たくなったアラトを右目の視界に刻みつける。

 無念だったろう。辛かっただろう。こんな場所で一人、短い一生を終えたのだから当然だ。


 結局、礼を言えなかった。恩を返せなかった。なら俺がやるべきことは、何だ。


「そう、だよね……。俺はもう、誰からも認められなくていい。だから、お前の無念は俺が晴らすよ」


 お前の生き方を引き継ぐとは言えなかった。

 何故ならそれは、慈悲なき冷気が満ちるこの街で、唯一アラトが目指した生き方だったからだ。


 俺は自分だけの真理を得た。

 左眼に焼けるような痛みが奔る。痛みは一瞬。すぐさま心地よさを覚えるほどの熱に変わった。


 失っていた左眼の視力が戻る。そして俺は、律業の力を手に入れたのだ。

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