まだ終わってない
イェフナのことを想う。
ミトロスニアの意志に導かれる感覚に身を任せ、気がつくと、かつて収容されていた施設に似た場所に立っていた。
青い渦に乗って眼を閉じているメアトに、ヨスガは話しかける。
「ミトロスニアは止めた」
「どうして、ここに――」
「もう、イェフナは関係ありません」
メアトに見下ろされながら、ヨスガはただ、事実のみを語る。
「マルクティアに広まった擬制同化は消えた。もう、全部終わりました」
「いや、なんでヨスガちゃんに分かるのかな……」
冷たい視線を、ヨスガは真っすぐに受け止める。
「イェフナを見つけるために、ボクも同化を受け入れたからです。だから分かります」
「……そんな業を背負い込んでまで、イェフナちゃんを守りに来たってわけか」
空中に漂う渦から、砡眼の冷砂が数発放たれる。
「なら、まだ終わってないよね」
その場から一歩も動かずにいたヨスガの頬を、閃光がかすめた。
「ミトロスニアの暴走が収まったとして……」
傷ついた頬の傷は修復されていく様を、メアトは左眼で捉えている。
「ヨスガちゃんがいたら、また同じことになるかもしれない」
「分かってます……その時は、ちゃんと受け入れる。これ以上迷惑は――」
メアトを見上げていた瞳から、衝撃と共に光が失われた。その後遅れて、神経が焼け切れるほどの激痛が奔り、ヨスガは膝を折る。
苦痛の声を大きく漏らしながら、ヨスガは閉じた瞼の下で傷ついた両目を手で覆う。
「グランドマルクティアとヨスガちゃんは、俺からしたら十分迷惑な存在だよ」
うずくまるヨスガに対し、容赦なく降り注がれる砡眼の冷砂。
「フォルフヨーゼが救われたのは結果論だ。正直に言って、俺は別にどうでもよかったんだけどね。この国の連中がどうなっても」
業光を纏った飛礫が、幾度も打ち付けられる。
「俺だけが助かるなら、それでいい。俺はこんな寒い世界でも、自分を見失うわけにいかないんだよ。……だからさ、今はミトロスニアの危機が去った安心感より、怒りの方が強いんだよね」
立て続けに全身を傷つける石の雨に打たれながら、ヨスガは立ち上がろうと足に力を入れる。
「立たなくていいよ」
「……いや、だ……」
立ち上がり、潰れた両目を閉じることなくヨスガは顔を上げる。
「ボクに出来ることは、信じてもらうこと……怒るのも、許せないのも当然だけど……それでも、信じてもらうしか、ない……」
「……そういうの寒いわ。もういいから、こっちを視るな」
「メアトさんに、認めてもらえるまで……何度でも立ちます――」
一際重い衝撃を腹部に感じ、片膝から崩れ落ちる。
「他の奴が認めても、俺は認めたりしない。だからさ……」
空気が震え、全身が寒気に包まれる。目の前で何が起こっているのか知ることは出来ないが、とてつもない圧力を感じた。
「グランドマルクティアみたいに、この世界から消えてくれ」
それでも再び両足で大地を踏みしめる。そこで聞こえた名前に、思わず反応してしまう。
「レムが……」
メアトの発言に違和感を覚えた。ヨスガはそれが思い違いだと分かる。
何故なら、聖域から戻ってきてからずっと、レムの存在を身近に感じているからだ。
「慈悲なき冷気の業――砡眼の冷砂球。レイシクル・ラウ――」
今まさに放たれようとする必殺の業。視力を失ったヨスガには知る由もない。
絶体絶命の状況でメアトの頭上に現れた、翼が彫刻された鎧を纏う救世主。
神々しい外装のゴウレムが、律業の系譜、メアト・フリジエルに狙いを定めて急加速で拳を振り下ろした。




