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ゼンカの業――律業の聖煉者――  作者: 麻海 弘タカ
第1章
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業光の集合体

 イェフナの姿をした律業の巫女は、ヨスガを床に押し付ける泥人形達を引かせた。

 身体の拘束が僅かに解かれ、ヨスガは膝をつかされたまま律業の巫女を見上げる。


「――すごいわ。この姿を見て、どうして分かったのかしら。イェフナ・レーヴンの身体を完璧に模しているのに――」


 微笑みながら、律業の巫女はヨスガの目を見つめる。


「こうして直接会うまで、自信はなかった……。けど、会ってはっきりした」

 嫌な気配と懐かしさは、どちらもイェフナと出会う前のものだったのだ。


「――そう。不肖の私と、可愛い僕くん……ふふっ、今はヨスガくんね? 不肖の私とヨスガくんは特別な関係……。お互いを感じあえてしまうの――」


 業光を律して統べる超越者は、全てを見透かすような瞳で、子供のような無邪気も兼ね備えていた。


「けど、ここにいる巫女は本物じゃない」

「――えー、なんでそう思うの?――」


「律業の巫女は、大昔に亡くなってる……だからイェフナは律業者になった。今の巫女は、偽りし王冠の業で生まれた……本物そっくりな偽物だ」


目の前に存在する伝説の人物。その気配は、ガイアナークの司教から感じたものと同じだ。


「――もー、バレバレでつまらないわ。こんな不肖の身だけど、もうちょっと驚いてほしかったのになぁ――」


 悔しそうに顔をしかめ、肩を落とす巫女の幻影。だがすぐに気を取り直し、腕組をして補足を始める。


「――確かに、不肖の私は擬制の柱によって生まれた業光の集合体(セフィライト)。深化した同化が自我を得た偽りの巫女ね。だけど、フォルフヨーゼを憂う気持ちは変わらないの。だから姿形みためは違っているけど、思考と意志は律業の巫女なのよ――」

「そうは思えませんね。記憶に残るセラフィストとかけ離れています」


 レムが割って入る。


「この世界のルーラハを律し、安寧秩序を守り続けた人間が、混沌を招くはずがない」

「――グラちゃんよね。わぁ、とっても久しぶり。……ずいぶんと姿が違うけど、一目で分かっちゃった。って、不肖の私が造った子だもんね。分かるのは当たり前か――」


 自らを業光の集合体と名乗ったミトロスニアは、旧友に会った時のように喜び、照れた様子で微笑む。


「――この私は不肖の身。何を言われても仕方ないけど、大地の繁栄を願う気持ちは同じ。世界中に巫女の力を授けたい私がいる。その気持ちも分かってほしいの――」


 律業の巫女の言葉に、一切の罪悪感はない。


「――渇いた大地に生命は生まれない。繁栄をもたらすには、清純な水を溢れさせないといけないもの――」

「清純な水、それが聖煉の力ですか」


「どんな目的があっても、擬制の柱を使ったやり方は間違ってる……!」

「――不肖の私は、ただフォルフヨーゼを……世界中を綺麗にしたいだけ。だから別に、どうしても同化させたいーとか、思ってもないから安心して――」


「だ……だったら、こんな状況になってない。同化を止めようとするボク達を襲ってきたのはそっちだ」

「――違うよー。だってゴウレムは律業の巫女の味方でしょ。可愛い僕くんには、お話をしたくて会いに来ただけだから――」


 ミトロスニアはあっさりと告げる。ただ誤魔化している訳ではないように思えた。


「――えとえと、信じてもらえるには……うん、そうね――」


 妙案が浮かんだのか、ミトロスニアは勢いよく両方の手のひらを合わせた。


「――擬制同化を止めたいなら手伝ってあげる――」


 理解が追い付かない無言のヨスガを見下ろして、律業の巫女は微笑みかける。


「――暴走した私に会いたいよね? そこに連れて行ってあげるから――」


 ヨスガの頬に、優しく手が添えられた。


「――偽りし王冠の業・契約の柱。始血共鳴マイリンク――」


 悪意を感じない純粋な笑みを浮かべたまま、ゆっくり頷いた。


「何を……何がしたいんだ。柱を壊したら、ルーラハは消えるんじゃ……」


 擬制の柱。その業によって発生する同化現象。その末に生まれたのが、業光の集合体として現れた、巫女の意志を持つというミトロスニア。

 ヨスガはそう認識していた。


 しかしヨスガ達に協力すると言うことは、自らの消滅に加担する自殺行為だ。


「――暴走した私を止めたいなら、頑張ってみてね。応援してる!――」


 業光の集合体は、ヨスガを拘束するガイアナークの騎士二人を順番に指さした。


「――取りあえず先に、この私にはお仕置きしちゃお~――」


 両膝をつかされた状態の拘束が解かれる。

 教団騎士は儀礼剣を抜き、躊躇なくお互いの首を跳ね合った。

 

 その瞬間を間近で目撃したヨスガは、落ちた首が地面に転がって止まるまで、目で追ってしまう。

 そんな光景を、業光の集合体は満足そうに眺めていた。


「……なんだよ、ほんとに……そんなに軽いのかよ……」


 簡単に奪われる命。独白のように噛みしめながら、ヨスガは呟く。その行為の軽さを目の当たりにして、立ち上がって糾弾する気も起こせなかった。


「――そのまま、ゆっくり身を任せていって――」


 ヨスガの身体が地面の血液に呑み込まれるように、ゆっくりと沈んでいく。


「ヨスガさんを、どこへ連れていくのですか」

「――さぁ。だけど、私がいる場所には行けるわ。あっ、グラちゃんは貴重な戦力だから、一緒について来てね。ついでに、フォルネリウスにもお仕置きしに行きたいから――」


 ミトロスニアは、レムに屈託のない笑みを向ける。

 呼びかけられたレムは何度か口を開きかけ、躊躇う素振りをみせたが、やがて逆らえないと判断したのか、ヨスガからゆっくりと離れていく。


「……だめだ、レム」


 ヨスガは遠ざかるレムに声をかける。


「レムには戦ってもらう」

「――それは無理だよぉ。グラちゃんは、どんな私にも暴力禁止なの――」


 それが契約者との関係だ。ヨスガも承知している。だが――


「律業の巫女を守るためなら戦える。だから、イェフナを守りに行ってもらうんだ」


 ピタリと足取りを止めたレム。


「……ボクの代わりに、イェフナを守ってくれ」


 その発言を、レムは静かに命令を受け入れた。


「必ず守ります。その後で、きっちりと対価を求めますから、それが契約ですから、分かっていますね」

「あぁ、分かった」


 振り返ったレムに、今度は意味を理解したうえで、はっきり返事をする。


「――それなら、不肖の私も許可はしてあげる。けど……グラちゃん、なんだか人間みたいな執着ね。そんな子だったかしら――」

「そう、ですね……。この躯体は、ヨスガさんの嗜好に染まってしまいました」


 レムは立ちどまったまま、業光の集合体を軽く見やった。


「――ふぅ~~ん……――」


 腕を再生させたレムは、両手両足に鎧を形成し、イェフナの元へ向かった。

 ヨスガは血に沈みこみながら、イェフナを守りに行ってくれたレムに感謝する。


「……ボクはイェフナとマルクティアの人達、どっちも選べなかった……」

「――一人と、その他大勢の命を天秤にかける選択なら。そんな簡単には選べないよ――」


「……だから、決めたんだ。どっちの命も、守るって!」


 抵抗せず、黙って全身を呑み込ませる。

 聖域、そこに暴走するミトロスニアの本体、新生ガイアナークの司教だった男がいるはずだ。

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