業光の集合体
イェフナの姿をした律業の巫女は、ヨスガを床に押し付ける泥人形達を引かせた。
身体の拘束が僅かに解かれ、ヨスガは膝をつかされたまま律業の巫女を見上げる。
「――すごいわ。この姿を見て、どうして分かったのかしら。イェフナ・レーヴンの身体を完璧に模しているのに――」
微笑みながら、律業の巫女はヨスガの目を見つめる。
「こうして直接会うまで、自信はなかった……。けど、会ってはっきりした」
嫌な気配と懐かしさは、どちらもイェフナと出会う前のものだったのだ。
「――そう。不肖の私と、可愛い僕くん……ふふっ、今はヨスガくんね? 不肖の私とヨスガくんは特別な関係……。お互いを感じあえてしまうの――」
業光を律して統べる超越者は、全てを見透かすような瞳で、子供のような無邪気も兼ね備えていた。
「けど、ここにいる巫女は本物じゃない」
「――えー、なんでそう思うの?――」
「律業の巫女は、大昔に亡くなってる……だからイェフナは律業者になった。今の巫女は、偽りし王冠の業で生まれた……本物そっくりな偽物だ」
目の前に存在する伝説の人物。その気配は、ガイアナークの司教から感じたものと同じだ。
「――もー、バレバレでつまらないわ。こんな不肖の身だけど、もうちょっと驚いてほしかったのになぁ――」
悔しそうに顔をしかめ、肩を落とす巫女の幻影。だがすぐに気を取り直し、腕組をして補足を始める。
「――確かに、不肖の私は擬制の柱によって生まれた業光の集合体。深化した同化が自我を得た偽りの巫女ね。だけど、フォルフヨーゼを憂う気持ちは変わらないの。だから姿形は違っているけど、思考と意志は律業の巫女なのよ――」
「そうは思えませんね。記憶に残るセラフィストとかけ離れています」
レムが割って入る。
「この世界のルーラハを律し、安寧秩序を守り続けた人間が、混沌を招くはずがない」
「――グラちゃんよね。わぁ、とっても久しぶり。……ずいぶんと姿が違うけど、一目で分かっちゃった。って、不肖の私が造った子だもんね。分かるのは当たり前か――」
自らを業光の集合体と名乗ったミトロスニアは、旧友に会った時のように喜び、照れた様子で微笑む。
「――この私は不肖の身。何を言われても仕方ないけど、大地の繁栄を願う気持ちは同じ。世界中に巫女の力を授けたい私がいる。その気持ちも分かってほしいの――」
律業の巫女の言葉に、一切の罪悪感はない。
「――渇いた大地に生命は生まれない。繁栄をもたらすには、清純な水を溢れさせないといけないもの――」
「清純な水、それが聖煉の力ですか」
「どんな目的があっても、擬制の柱を使ったやり方は間違ってる……!」
「――不肖の私は、ただフォルフヨーゼを……世界中を綺麗にしたいだけ。だから別に、どうしても同化させたいーとか、思ってもないから安心して――」
「だ……だったら、こんな状況になってない。同化を止めようとするボク達を襲ってきたのはそっちだ」
「――違うよー。だってゴウレムは律業の巫女の味方でしょ。可愛い僕くんには、お話をしたくて会いに来ただけだから――」
ミトロスニアはあっさりと告げる。ただ誤魔化している訳ではないように思えた。
「――えとえと、信じてもらえるには……うん、そうね――」
妙案が浮かんだのか、ミトロスニアは勢いよく両方の手のひらを合わせた。
「――擬制同化を止めたいなら手伝ってあげる――」
理解が追い付かない無言のヨスガを見下ろして、律業の巫女は微笑みかける。
「――暴走した私に会いたいよね? そこに連れて行ってあげるから――」
ヨスガの頬に、優しく手が添えられた。
「――偽りし王冠の業・契約の柱。始血共鳴マイリンク――」
悪意を感じない純粋な笑みを浮かべたまま、ゆっくり頷いた。
「何を……何がしたいんだ。柱を壊したら、ルーラハは消えるんじゃ……」
擬制の柱。その業によって発生する同化現象。その末に生まれたのが、業光の集合体として現れた、巫女の意志を持つというミトロスニア。
ヨスガはそう認識していた。
しかしヨスガ達に協力すると言うことは、自らの消滅に加担する自殺行為だ。
「――暴走した私を止めたいなら、頑張ってみてね。応援してる!――」
業光の集合体は、ヨスガを拘束するガイアナークの騎士二人を順番に指さした。
「――取りあえず先に、この私にはお仕置きしちゃお~――」
両膝をつかされた状態の拘束が解かれる。
教団騎士は儀礼剣を抜き、躊躇なくお互いの首を跳ね合った。
その瞬間を間近で目撃したヨスガは、落ちた首が地面に転がって止まるまで、目で追ってしまう。
そんな光景を、業光の集合体は満足そうに眺めていた。
「……なんだよ、ほんとに……そんなに軽いのかよ……」
簡単に奪われる命。独白のように噛みしめながら、ヨスガは呟く。その行為の軽さを目の当たりにして、立ち上がって糾弾する気も起こせなかった。
「――そのまま、ゆっくり身を任せていって――」
ヨスガの身体が地面の血液に呑み込まれるように、ゆっくりと沈んでいく。
「ヨスガさんを、どこへ連れていくのですか」
「――さぁ。だけど、私がいる場所には行けるわ。あっ、グラちゃんは貴重な戦力だから、一緒について来てね。ついでに、フォルネリウスにもお仕置きしに行きたいから――」
ミトロスニアは、レムに屈託のない笑みを向ける。
呼びかけられたレムは何度か口を開きかけ、躊躇う素振りをみせたが、やがて逆らえないと判断したのか、ヨスガからゆっくりと離れていく。
「……だめだ、レム」
ヨスガは遠ざかるレムに声をかける。
「レムには戦ってもらう」
「――それは無理だよぉ。グラちゃんは、どんな私にも暴力禁止なの――」
それが契約者との関係だ。ヨスガも承知している。だが――
「律業の巫女を守るためなら戦える。だから、イェフナを守りに行ってもらうんだ」
ピタリと足取りを止めたレム。
「……ボクの代わりに、イェフナを守ってくれ」
その発言を、レムは静かに命令を受け入れた。
「必ず守ります。その後で、きっちりと対価を求めますから、それが契約ですから、分かっていますね」
「あぁ、分かった」
振り返ったレムに、今度は意味を理解したうえで、はっきり返事をする。
「――それなら、不肖の私も許可はしてあげる。けど……グラちゃん、なんだか人間みたいな執着ね。そんな子だったかしら――」
「そう、ですね……。この躯体は、ヨスガさんの嗜好に染まってしまいました」
レムは立ちどまったまま、業光の集合体を軽く見やった。
「――ふぅ~~ん……――」
腕を再生させたレムは、両手両足に鎧を形成し、イェフナの元へ向かった。
ヨスガは血に沈みこみながら、イェフナを守りに行ってくれたレムに感謝する。
「……ボクはイェフナとマルクティアの人達、どっちも選べなかった……」
「――一人と、その他大勢の命を天秤にかける選択なら。そんな簡単には選べないよ――」
「……だから、決めたんだ。どっちの命も、守るって!」
抵抗せず、黙って全身を呑み込ませる。
聖域、そこに暴走するミトロスニアの本体、新生ガイアナークの司教だった男がいるはずだ。




