籠城
レムは契約者に危害を加えた外敵を、一撃で排除する。
自らの目的を叶えるため、利用価値のある人間を失うわけにはいかない。
夜闇に輝く虹色に発光した瞳を、レムはすぐさまヨスガに向ける。
全ての鍍金が剥がされ、今にも世界から消滅しかけている契約者。その肉体を抱き起こして、業光による癒しで延命措置を試みる。
片腕に業光で編まれた手甲を形成し、それをヨスガの肉体の中心に置いた。
「ヨスガさんには、果たすべき使命があるはずです」
大気中の業光を集束させて傷を完全に癒し、一時的に存在の消滅を防ぐことは出来る。
しかし、それ以上の措置は出来なかった。
契約者を救うあらゆる手段を模索し続けるレム。
その最中に前触れもなく、数十人の教団騎士が白い業光の裂け目から現れた。
「……ワタシの邪魔をするのですね。ミトロスニアの泥人形」
青白い肌と虚ろな目をした教団騎士達。その全員が、顔のない黒茶色の怪物に変異していく。
儀礼剣を抜き、一直線にレムに向かっていった。
「――本命は釣れなかったか」
慈悲なき冷気の業――砡眼の冷砂。
「レイシクル・ガン」
頭上から降り注いだ石の飛礫。業光を纏った光砡が、レムに襲い来る教団騎士を例外なく撃ち抜いていった。
「律業の系譜、第4罪徒……メアト・フリジエル」
「はい正解」
突然その場に現れた律業者。慈悲なき冷気の業を背負う砡眼のメアトは、レムを指さして言った。
砡眼の冷砂に貫かれた教団騎士達は泥のような血液を流し、人間の姿に戻って絶命する。
「そっちは、かかって来ないのかな?」
顔面の一部。皮膚が剥がれ落ちていたスヴァイドがいつの間にか立ち上がり、一連の様子を呆然と眺めていた。
「わ、私は、どうして……ここは……? な、なぜ……まだ、赦されて……ぁああ――」
よろめいて狼狽えるスヴァイドの足に当たった剣。それに気づいたレムは、僅かに驚きの表情を浮かべる。
「タチガネの業剣――」
レムは普段より強い口調で教団騎士に訴える。
「その剣を、こちらに渡してください」
「――ひぃい! ぁああ、ぅうっ……ァァあああああああ――っ!」
発狂して走り去っていくスヴァイド。レムの声は聞き届けられず、空しく消えた。
「どっか行っちゃったねー」
代わりに剣を拾ったメアトは、レムにめがけて放り投げた。
レムはそれを受け取り、すぐさまヨスガの手に握らせる。
「その状態で生きてるの?」
「…………」
返事をしないまま、レムはヨスガを見守り続ける。
ヨスガの全身に、急速に業光が集まっていく。光が全身を包み込んでいくと、業欣の鍍金が修復されていった。同時に剣も右腕に取り込まれていく。
「ヨスガさん」
「ぅ……っ……れ……ム?」
意識を取り戻すと、ヨスガはレムに見つめられていた。
「もう大丈夫ですね。肉体の損傷範囲を含めて、躰は修復されました」
「なら、さっさと起きた方がいい」
ぞろぞろとヨスガ達の元に寄ってきた者。
その中には新生ガイアナークの騎士だけでなく、マルクティア市民の姿も見える。
「ここ、に……いたら……」
起き上がろうとすると、レムの手で強く止められる。
「動かないでください。治癒は済みましたが、死にかけたことには変わりません」
「内心は心配でたまらないわけだね」
「ぅ……これは、正確な状況判断による忠告です」
「何にせよ、ここは俺が引き受けるしかないかな」
直後、何十発もの白光の閃光が集団から放たれる。
「慈悲なき冷気の業――砡眼の冷砂。レイシ・クラウド」
周囲に展開していた光砡が密集する。業光を纏う小石が超高速で摩擦を繰り返し、閃光を弾いていく。
「それと、お返しだよ」
集まった市民もろともに砡眼の冷砂を撃ち出す。ガイアナークの怪物達は同じく業光で防ぐが、数人の市民は呆気なく絶命する。
「人を守る剣は、ここじゃあ役に立たなそうだ」
「擬制同化したこの人数が相手です。アナタも役には立てませんよ」
どことなく不機嫌そうに、レムはメアトに言い放つ。
「ちょっとした足止めくらいなら、問題ないでしょ」
「だ、め……やめ……だ……」
「まずは、まともに話せるようになってもらわないとね」
「……分かりました。ここは任せます」
ヨスガを抱えたまま、レムは片腕を地面にめり込ませた。
「王国の残骸――ガントレム・ブラスト」
地面を貫いた腕が切り離される。突き刺さった個所から形を変えて、巨大な手甲が工房を護るように覆った。
手甲と一体化して即席の砦のなった工房に、ヨスガとレムは籠城を余儀なくされる。
「レムのこと……教団騎士が、狙ってる……さっきも、おかしい人が……」
「ワタシの身より、ヨスガさんは自分の心配をするべきです」
「でも、こんな状況にさせないための契約で――」
レムに頭を撫でられる。
「今はこの場を切り抜けること、それだけに集中してください」
レムは表情を変えないまま、頭を優しくなで続けてくれる。
手のひらから温かさを感じ、散漫だった意識が徐々に落ち着いていった。
「ごめん……」
今は、これ以上落ち込んでいる場合ではない。
白光の柱が天井を貫き、そこからミトロスニアとなった教団騎士が現れる。と同時に何体ものミトロスニアが増殖するように湧いた。
「ヨスガさんは地下へ」
亡くなった片腕を抑えながら、無心に迫るミトロスニアを薙ぎ払っていくレム。
ヨスガはそのもう片方の腕を掴んで、共に作業場へ駆け込んだ。
「どうして……」
「見過ごせない。ボクが今のボクでいるためには、レムが必要なんだ」
「ですが、いずれここも突破されてしまいます。今はアドラ・メレムの力で防いでいますが、時間の問題です」
目覚めてからまだ時間も立っておらず、意識は完全にはっきりしていない。そんな頭でも、スヴァイドと争い荒れ切った作業場を眺めて、ヨスガは強く実感した。
自分にはもう、これまでの平和な生活は望めないこと。そして契約者の恩恵を得ても、自分は相変わらず無力で弱いということ。
普通の人間だった頃と何も変わらない。常に死力を尽くすことが、唯一自分に出来ることだ。そうしなければ、この危機を脱することなど出来ない。
「――作戦を考えよう」
その声に、瞬時に反応したのはレムだった。
ヨスガが止める隙もなく放たれた蹴り。しかしそれは、メアトにかすりもしない。何もない空間に空しく弧を描く。
そんなレムを気にすることなく、メアトは歩いて作業場の椅子に腰をかける。
「傷は塞がった?」
それがヨスガに向けられた言葉だと遅れて気づき、頷いて反応する。
「足止めをすると、言っていたはずですが……」
「だからさっき、軽く足止めして戦ったでしょ」
「…………ッ」
「無駄死にしたくないからね。それに俺達が力を合わせなきゃ、ミトロスニアの暴走は止められないよ?」
「――知ってるんですか?」
暴走を止める。その言葉を、ヨスガは聞き逃さなかった。
「どうすれば……教えてください!」
飄々とした笑顔で、メアトは快く肯定する。
「うん。ルーラハを無力化した、あの炎の剣があれば……ミトロスニアを倒せる」
ミトロスニアと同化した者達の暴走。それを止める解決方法を、メアトが提示した。
何もなかったように手の形を保った右腕を確認する。ここには緋色の炎を帯びる業欣の剣が溶け込んでいるのだ。
「ゴウレムの暴走を鎮めたのって、ヨスガちゃんでしょ? それにレムちゃんは大地の守護神、グランドマルクティア。あんまり信用してなかったんだけど、さっきの剣を見て納得できたよ」
「どうして、そのことを……」
「金色の仮面した、あ~と、アレクセイ殿が教えてくれた。ヨスガちゃんは、必ず力になるはずだってさ」
「あの人が、そう言ったんですか」
予想外の名前。マルクティアに危機が訪れ、僅かな手助けでも必要だったのだろうか。
しかし今、その疑問について考える余裕はない。
「……この右手の剣を使えば、ガイアナークの司教を止められるんですね」
地下の作業場に続く扉から、絶え間なく木霊す破壊音。ヨスガは自らの右手を握り込んで覚悟を決めた。
「炎を纏った剣で斬れば、擬制同化の律業術は無力化される。あとは本体、律業の楔を持った司教の居場所を掴むだけだ。それも、グランドマルクティアなら探知できるはずだよ」
メアトはレムに視線を移す。
「外の奴らは今度こそ俺が相手をする。だからレムちゃんは、ミトロスニアが何処にいるか教えてくれないかな」
メアトは真剣な眼差しで、優しく語りかける。
「そうか、レムなら巫女のルーラハが分かる。律業の巫女に一番近いミトロスニアのルーラハを探せば、そこに司教がいる」
メアトの協力で現状を打破する突破口が開けた。あとはレムの助力で、擬制同化の大本である司教を見つけ出せばいい。
一連のミトロスニア暴走を解決する糸口がやっと掴め――
「存在していません」
「――え?」
「偽りの律業者は、この世界のどこにも存在しない。広場で気配が消えてから、ワタシが探知できるのはヨスガさんと、本来のミトロスニア……二つのルーラハだけです」




