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ゼンカの業――律業の聖煉者――  作者: 麻海 弘タカ
第1章
20/45

籠城

 レムは契約者に危害を加えた外敵を、一撃で排除する。

 自らの目的を叶えるため、利用価値のある人間を失うわけにはいかない。


 夜闇に輝く虹色に発光した瞳を、レムはすぐさまヨスガに向ける。

 全ての鍍金が剥がされ、今にも世界から消滅しかけている契約者。その肉体を抱き起こして、業光による癒しで延命措置を試みる。


 片腕に業光で編まれた手甲を形成し、それをヨスガの肉体の中心に置いた。


「ヨスガさんには、果たすべき使命があるはずです」


 大気中の業光を集束させて傷を完全に癒し、一時的に存在の消滅を防ぐことは出来る。

 しかし、それ以上の措置は出来なかった。


 契約者を救うあらゆる手段を模索し続けるレム。

 その最中に前触れもなく、数十人の教団騎士が白い業光の裂け目から現れた。


「……ワタシの邪魔をするのですね。ミトロスニアの泥人形」


 青白い肌と虚ろな目をした教団騎士達。その全員が、顔のない黒茶色の怪物に変異していく。

 儀礼剣を抜き、一直線にレムに向かっていった。


「――本命は釣れなかったか」


 慈悲なき冷気の業――砡眼の冷砂。


「レイシクル・ガン」


 頭上から降り注いだ石の飛礫。業光を纏った光砡が、レムに襲い来る教団騎士を例外なく撃ち抜いていった。


「律業の系譜、第4罪徒……メアト・フリジエル」


「はい正解」


 突然その場に現れた律業者。慈悲なき冷気の業を背負う砡眼のメアトは、レムを指さして言った。

 砡眼の冷砂に貫かれた教団騎士達は泥のような血液を流し、人間の姿に戻って絶命する。


「そっちは、かかって来ないのかな?」


 顔面の一部。皮膚が剥がれ落ちていたスヴァイドがいつの間にか立ち上がり、一連の様子を呆然と眺めていた。


「わ、私は、どうして……ここは……? な、なぜ……まだ、赦されて……ぁああ――」


 よろめいて狼狽えるスヴァイドの足に当たった剣。それに気づいたレムは、僅かに驚きの表情を浮かべる。


「タチガネの業剣――」


 レムは普段より強い口調で教団騎士に訴える。


「その剣を、こちらに渡してください」

「――ひぃい! ぁああ、ぅうっ……ァァあああああああ――っ!」


 発狂して走り去っていくスヴァイド。レムの声は聞き届けられず、空しく消えた。


「どっか行っちゃったねー」


 代わりに剣を拾ったメアトは、レムにめがけて放り投げた。

 レムはそれを受け取り、すぐさまヨスガの手に握らせる。


「その状態で生きてるの?」

「…………」


 返事をしないまま、レムはヨスガを見守り続ける。

 ヨスガの全身に、急速に業光が集まっていく。光が全身を包み込んでいくと、業欣の鍍金が修復されていった。同時に剣も右腕に取り込まれていく。


「ヨスガさん」

「ぅ……っ……れ……ム?」


 意識を取り戻すと、ヨスガはレムに見つめられていた。


「もう大丈夫ですね。肉体の損傷範囲を含めて、躰は修復されました」

「なら、さっさと起きた方がいい」


 ぞろぞろとヨスガ達の元に寄ってきた者。

 その中には新生ガイアナークの騎士だけでなく、マルクティア市民の姿も見える。


「ここ、に……いたら……」


 起き上がろうとすると、レムの手で強く止められる。


「動かないでください。治癒は済みましたが、死にかけたことには変わりません」

「内心は心配でたまらないわけだね」


「ぅ……これは、正確な状況判断による忠告です」

「何にせよ、ここは俺が引き受けるしかないかな」


 直後、何十発もの白光の閃光が集団から放たれる。


「慈悲なき冷気の業――砡眼の冷砂。レイシ・クラウド」


 周囲に展開していた光砡が密集する。業光を纏う小石が超高速で摩擦を繰り返し、閃光を弾いていく。


「それと、お返しだよ」


 集まった市民もろともに砡眼の冷砂を撃ち出す。ガイアナークの怪物達は同じく業光で防ぐが、数人の市民は呆気なく絶命する。


「人を守る剣は、ここじゃあ役に立たなそうだ」

「擬制同化したこの人数が相手です。アナタも役には立てませんよ」


 どことなく不機嫌そうに、レムはメアトに言い放つ。


「ちょっとした足止めくらいなら、問題ないでしょ」

「だ、め……やめ……だ……」


「まずは、まともに話せるようになってもらわないとね」

「……分かりました。ここは任せます」


 ヨスガを抱えたまま、レムは片腕を地面にめり込ませた。


「王国の残骸――ガントレム・ブラスト」


 地面を貫いた腕が切り離される。突き刺さった個所から形を変えて、巨大な手甲が工房を護るように覆った。

 手甲と一体化して即席の砦のなった工房に、ヨスガとレムは籠城を余儀なくされる。


「レムのこと……教団騎士が、狙ってる……さっきも、おかしい人が……」

「ワタシの身より、ヨスガさんは自分の心配をするべきです」


「でも、こんな状況にさせないための契約で――」


 レムに頭を撫でられる。


「今はこの場を切り抜けること、それだけに集中してください」


 レムは表情を変えないまま、頭を優しくなで続けてくれる。

 手のひらから温かさを感じ、散漫だった意識が徐々に落ち着いていった。


「ごめん……」


 今は、これ以上落ち込んでいる場合ではない。

 白光の柱が天井を貫き、そこからミトロスニアとなった教団騎士が現れる。と同時に何体ものミトロスニアが増殖するように湧いた。


「ヨスガさんは地下へ」


 亡くなった片腕を抑えながら、無心に迫るミトロスニアを薙ぎ払っていくレム。

 ヨスガはそのもう片方の腕を掴んで、共に作業場へ駆け込んだ。


「どうして……」

「見過ごせない。ボクが今のボクでいるためには、レムが必要なんだ」


「ですが、いずれここも突破されてしまいます。今はアドラ・メレムの力で防いでいますが、時間の問題です」


 目覚めてからまだ時間も立っておらず、意識は完全にはっきりしていない。そんな頭でも、スヴァイドと争い荒れ切った作業場を眺めて、ヨスガは強く実感した。

 自分にはもう、これまでの平和な生活は望めないこと。そして契約者の恩恵を得ても、自分は相変わらず無力で弱いということ。


 普通の人間だった頃と何も変わらない。常に死力を尽くすことが、唯一自分に出来ることだ。そうしなければ、この危機を脱することなど出来ない。


「――作戦を考えよう」


 その声に、瞬時に反応したのはレムだった。

 ヨスガが止める隙もなく放たれた蹴り。しかしそれは、メアトにかすりもしない。何もない空間に空しく弧を描く。


 そんなレムを気にすることなく、メアトは歩いて作業場の椅子に腰をかける。


「傷は塞がった?」


 それがヨスガに向けられた言葉だと遅れて気づき、頷いて反応する。


「足止めをすると、言っていたはずですが……」

「だからさっき、軽く足止めして戦ったでしょ」


「…………ッ」

「無駄死にしたくないからね。それに俺達が力を合わせなきゃ、ミトロスニアの暴走は止められないよ?」


「――知ってるんですか?」


 暴走を止める。その言葉を、ヨスガは聞き逃さなかった。


「どうすれば……教えてください!」


 飄々とした笑顔で、メアトは快く肯定する。


「うん。ルーラハを無力化した、あの炎の剣があれば……ミトロスニアを倒せる」


 ミトロスニアと同化した者達の暴走。それを止める解決方法を、メアトが提示した。

 何もなかったように手の形を保った右腕を確認する。ここには緋色の炎を帯びる業欣の剣が溶け込んでいるのだ。


「ゴウレムの暴走を鎮めたのって、ヨスガちゃんでしょ? それにレムちゃんは大地の守護神、グランドマルクティア。あんまり信用してなかったんだけど、さっきの剣を見て納得できたよ」


「どうして、そのことを……」

「金色の仮面した、あ~と、アレクセイ殿が教えてくれた。ヨスガちゃんは、必ず力になるはずだってさ」


「あの人が、そう言ったんですか」


 予想外の名前。マルクティアに危機が訪れ、僅かな手助けでも必要だったのだろうか。

 しかし今、その疑問について考える余裕はない。


「……この右手の剣を使えば、ガイアナークの司教を止められるんですね」

地下の作業場に続く扉から、絶え間なく木霊す破壊音。ヨスガは自らの右手を握り込んで覚悟を決めた。

「炎を纏った剣で斬れば、擬制同化の律業術は無力化される。あとは本体、律業の楔を持った司教の居場所を掴むだけだ。それも、グランドマルクティアなら探知できるはずだよ」


 メアトはレムに視線を移す。


「外の奴らは今度こそ俺が相手をする。だからレムちゃんは、ミトロスニアが何処にいるか教えてくれないかな」


 メアトは真剣な眼差しで、優しく語りかける。


「そうか、レムなら巫女のルーラハが分かる。律業の巫女に一番近いミトロスニアのルーラハを探せば、そこに司教がいる」


 メアトの協力で現状を打破する突破口が開けた。あとはレムの助力で、擬制同化の大本である司教を見つけ出せばいい。

 一連のミトロスニア暴走を解決する糸口がやっと掴め――


「存在していません」

「――え?」


「偽りの律業者は、この世界のどこにも存在しない。広場で気配が消えてから、ワタシが探知できるのはヨスガさんと、本来のミトロスニア……二つのルーラハだけです」


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