因縁生滅
普段通りの仕事の肯定。型を造って素材を熱し、溶けた液体を流し込む。それだけでもある程度長い時間を使う。ヨスガは夜の作業場で一人、それを何度も繰り返していく。
案の定、鋳造作業の間は他の情報や考えが入ってくる事がない。ただ目の前の作業に没頭し続けることが出来た。
詳しい時間帯は分からないが、もう大分夜も深くなっているのだろう。レムもとっくに帰って来ているはずだ。そう頭の片隅でうっすらと考えながら、鋳物人形を型から取り出すために金づちを振り上げる。
「こ、こんばんは……」
不意に聞こえた第三者の声。驚いて、振り下ろす力加減を間違えた。
鈍い破砕音が空しく作業場に響く。
「ああっ、す、すみません……。ノック……は、何度もしたのです、が……反応がなかったもので……」
どうやら、レムはまだ帰ってきていないようだ。
深夜に現れ、工房に入り込んだ人物。作業場へ入る扉の前にいたのは、黒いフードを目深に被る、修道服の人間。新生ガイアナーク教団の騎士だった。
「夜分に、失礼……します。私はガイアナークの教団騎士……スヴァイド」
「どうして、ここが……?」
見事に砕けた鋳物人形の顔が、虚しく空を見上げている。残骸を片付けつつ、なにが起こっても反応出来るように警戒する。
「しゃざ、あ゛っ――謝罪をしに、来ました」
スヴァイドと名乗った教会騎士の喉から漏れた不快な音が耳に残る。
ゆらりとした足取りでヨスガに近づく教団騎士。
「あの時、ガーデンで……私は、止められなかった」
「夕方のことを言っているなら、謝る相手が違うよ」
「ゆ、赦してください……罪に、塗れたこの身では、教団の意向を変えられない。どうしようも、なかった……」
「もし悪いと思ってるなら、広場で悲しんでいた人達と、グランドマルクティアに謝ってください。ボクに伝える必要はない」
ヨスガは冷たく言い放つ。謝罪に来たというこの教団騎士に言えることは、それしかなかった。
「グラ、あ゛っ――グランド……マルク、ティア?」
使い古された台に陳列された、養父とヨスガが造ってきた鋳物人形。
スヴァイドはそれに軽く手を触れて移動しながら、徐々にヨスガとの距離を詰めてくる。
「もう、出て行ってくれませんか」
それでも来訪者はゆらりとした足取りを止めない。
「……そうだ、選ばれタのは……わた、あ゛あ゛っ――わタシ……貴方ではなかっタ……」
ヨスガは椅子から立ち上がり、スヴァイドの挙動を観察し続ける。
先程から話が噛みあっていない。それだけではなく、言葉の合間に聞こえる不協和音。喉が絞まっているかのような音が、胸の奥に不快感を溜めていく。
「か、あ゛っ――神の僕、この身こそ……彼女の契約者ニ、相応シイんだ……」
彼女の契約者。教団騎士は、はっきりとそう口にした。
この来訪者の謝罪とは夕方の一件ではなく、もっと前の――
「我が御業で、証明シないと」
スヴァイドが立ち止まっている場所。そこには仕事で使う大量の工具が置かれていた。
教団騎士の手には、既に金づちが握られている。
スヴァイドはそれを頭上に掲げ――
「ァガッ――アッ……」
次の瞬間には、自らの頭を叩き割っていた。
肉と骨が潰れる音を響かせた後、だらりと力なく降ろされた自殺者の手。ヨスガはその一部始終を、ただ茫然と眺める事しか出来なかった。
「うゥっ…………くっ、ふ……ふふふふふ……」
血と肉がこびり付いたフードをめくり、スヴァイドは目の前で笑っている。
確実に頭蓋を砕いた致命傷。だが白と赤毛が混じった髪の男は一命を取り留めている。
本来なら温和な顔つきであったろう表情は、狂気の笑みで歪み切っていた。
「ほらぁ、あ゛っ――これがあ゛あ゛っ――グランドマルクティアに選ばれた証ィイッ!」
だが今のヨスガにとってはどうでもいい。
「返してください」
近づいて、教団騎士の手から仕事道具を受けとる。
「……あ゛あ゛っ――?」
そしてもう片方の腕で、体重を乗せた拳を全力でスヴァイドに叩きつけた。
吹き飛んだ教団騎士は、地下から上へ続く階段に何度も身体を打ち付けながら、入口の扉を突き破り、工房の外へ転がっていく。
「これは傷つける道具じゃない」
ヨスガも追いかけるように作業場を出て、壁に打ち付けられていたスヴァイドを見下ろす。
「アナタは、病院に連れて行く」
「……命を、生かすも殺すも……神のご意思……。なので、必要ありません……」
「怪我を治すんじゃない、心を治す病院です。アナタは多分、一生出て来れませんね」
力なく頭を垂れ、壁を背もたれに崩れ落ちているスヴァイド。
ヨスガは瀕死の重傷を負った男に向かって手を伸ばす。
「……謝罪――」
教団騎士が儀礼剣の柄を握る。
「――シます」
伸ばした手を目がけて振るわれた一閃。ヨスガはそれを直前で交わして後ずさる。
頬をかすめた個所からは、硝煙が上がっていた。
頬の傷が修復する間に、蹲っていた教団騎士は立ち上がっていた。
「わたシが赦されるのは、全てをやり遂げてから、あ゛っ――だ」
儀礼剣を握る手の裾から、灰色に光る茨のような物体が伸びていることに気付く。
それは手を伝い剣に絡みついて、禍々しい形へ変えていく。
「御業の証明は、済ませタ……これ以上、彼女との邂逅を邪魔するならばあ《・》゛あ゛っ――」
「……絶対、誰にも会わせません」
この男を野放しにはしておけない。ヨスガは直観的にそう感じる。
「あ゛あ゛あ゛っ――ならば、あ゛っ――わタシに謝罪シなさイ!」
だらりと茨の剣を掴み、スヴァイドはヨスガに真っ直ぐ近寄ってくる。
乱雑に振るわれる茨の剣。ヨスガはそれを避けながら、狂気に満ちた教団騎士を無力化する手段を考える。
スヴァイドは深手を負っている。その傷は塞がっているように見えず、瀕死の状態であるはずだ。
未だ争いに慣れていないヨスガだったが、相手が負傷者ならば遅れはとらないだろう。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ――――」
雑な剣撃を見きり、スヴァイドの鳩尾に拳をぶつける。
「ガっ――ぶふぅッ!」
腹部に衝撃を受けて直線に吹き飛ぶスヴァイド。
地面に転がり倒れこむが、仰向けの状態から反動も無く起き上がる。
「今ので、まだ動けるなんて……」
立ち上がり向かってくるスヴァイドに、ヨスガは焦りを隠せなくなる。
「やはり、赦されなイ……」
負傷を意にも返さず、教団騎士は確かな足取りで一直線に近づいてくる。
突き出された茨の剣を躱し、スヴァイドの顔を狙って殴りかかる。
そのヨスガの拳を、スヴァイドは手のひらで受け止めた。
「この痛み……この怪力、はッ……!? 骨が、砕かれて……!」
ゴウレムの契約者となった恩恵。その一つである身体能力の向上。
怪力がスヴァイドの手を押し潰していく。
「痛めつけるつもりは、ないんです……!」
必要以上に傷つけたくはない。仕事道具を身勝手に汚した許せない相手でも人間だ。
怪物と対峙した時のように非常にはなれなかった。
「降参するなら早く――」
ヨスガはスヴァイドの腕から伸びる灰色の茨に気づく。
不気味な蠢きで、拳を伝って這い寄ってくる。掴まれた拳を振り払うが、続けざまに茨の剣がヨスガの肩に食い込まれた。
茨の鉄線を纏った儀礼剣は、そのまま斜めに斬り進み、鍍金を抉り剥がしていく。
ヨスガはスヴァイドを蹴り飛ばし、無理矢理に引きはがす。
硝煙が立ち上がり損傷個所を修復し始めるが、想像を絶する痛みが躰の隅々に広がった。
鍍金で覆われた躰にも関わらず、思わず膝をついてしまうほどの苦痛が全身に刻みこまれた。
「あ゛あ゛っ――この程度の痛みで、わたあ゛っ――わたシは止まれなイ!」
拳を受け止めたスヴァイドの手は、骨が突き出て形を保っていない。
その負傷も気にすることなく襲いかかってくる相手と、まともに争っても無意味だ。
ヨスガは自分の状況と照らし合わせつつ、スヴァイド自身が漏らした言葉を思い返す。
痛みを感じているなら、痛覚は通常の人間とあまり変わらないはず。
つまり許容できないほどの痛みを与えれば、自分と同じように動けなくなるはずだ。
「わタシを赦して、赦しを与えられるのは……!」
ヨスガに対し、儀礼剣を振り回すスヴァイド。痛みを堪えながら斬撃を避けていっても、そこから伸びる灰色の茨が服をかすめて鍍金を剥がす。
鉄線のような茨で抉られるたび、心が折れそうになるほどの苦痛が与えられていく。
「彼女ニ……! グランドマルクティアに会えば……会えれば、わタシは!」
このガイアナークの教団騎士は、今のグランドマルクティアの姿を知っている。
教団の人間が固執する理由も納得が出来た。
だが、そんなことは気にしない。
「ボクにも、レムが必要だ!」
この狂気に満ちた教団騎士をレムに会わせたりしない。
会って何をするつもりなのか分からない。
だが直感で、レムとスヴァイドを引き合わせたくないと思った。
この危険人物を遠ざけることが出来るのは、契約者となった自分だけだ。




