嵐の前
「これまで聞けなかったけど……」
重要なことだ。色々あって確認する機会を逃していた。
「レムは、その……自分が暴走した時のこと、覚えてる?」
「この躯体に戻った後、いくつか記憶が欠けています。ですので、はっきりとは思い出せませんが……」
原型鋳造を応用して行った修復作業は未知の分野であり手法だった。自分でも全く把握しきれていなかったが、やはり欠陥があったらしい。
「あの、不快で嫌な感覚は……今でも鮮明に、この身に残っていますね。大きく、汚らしいルーラハの塊が、全身に広がっていく……ワタシの全てを侵そうとする意志を、感じたのです」
レムは身じろぎをして、胸を抑える。
ヨスガには計り知れないが、よほど苦しくて、嫌な感覚だったのだろう。
「それで暴走した……やっぱり原因は、あの時レムの中に融けていった、どす黒い塊」
レム自身それが何なのか覚えていないようだが、間違いない。
降誕祭で見た、人の形をした光。濁り切った光の塊の正体を突き止めたいが、現状ではこれ以上の情報を得られそうにない。
ならばこの先、どう行動するかは決まった。
「……ボクは、イェフナと同じ力を持ったガイアナークの司教を止めたい。止めなくちゃいけない」
今は何より、新生ガイアナークを止めるべきだとヨスガは強く思う。
「代償はなんでも払う。レムがボクを必要としてくれるなら協力する。だから、これから先も力を貸してほしい」
「では、当面はルーラハの供給をお願いします」
「は、恥ずかしいけど、頑張るよ」
先ほどの行為を思い出して口ごもったヨスガ。言い淀んだことで、レムは何かに感づいた様子をみせる。
「ワタシは、ただの鋳造物。人間ではありません。ですから、口づけに意味など発生しませんよ?」
「……人間じゃないって、言われてもさ」
簡単には割り切れない。思い出して羞恥の感情がよみがえった。
ゴウレムに性別があるとは思えない。グランドマルクティアは業欣で造られていた鋳造物だ。
しかしそれでも今のレムは、完全に人間の女の子にしか見えないのだ。
「他の方法って、ないんだよね?」
「あります」
図らずも、新しい情報を知る事が出来た。
「それじゃあ――」
「ですがルーラハは、口から取り込むのが最も効率的なのです」
そしてまた新たな情報だ。どうやら、口づけでの供給行為が一番らしい。
「供給自体は、誰からでも可能ですけど……。その誰かは、できればヨスガさんがいい。ヨスガさんのルーラハは、とても心地よく温かいから……」
上目づかいでヨスガを見つめているレム。その真っすぐな視線を受け止めきれず、思わず少し視線をずらす。
「レムの考えは分かった。ボクのでよければ、好きなだけ搾り取っていい」
それに、代償は何でも払うと言ったばかりだ。
「容易い」
「今、何て――」
「助かります。納得して頂けたのですね」
「ああ、うん」
けど一つだけ、レムは勘違いをしている。
「さっきのが、ボクの……その、アレだったって覚えておく。女の子と、初めてキスをしてしまった」
「どういう思考を経た結果ですか。思考を過剰に巡らせて、一周回ってしまいましたね」
「理屈は分かったけど、割り切れないんだよ。だから物だとか言われても、関係なく恥ずかしい。そう言うこと」
例え相手がゴウレムだったとしても、感情があり、意志疎通をすることが出来る。それがただの物であるはずがない。命を持ったレムは人間と変わらない。
「……ワタシも理解できました。ヨスガさんは頑固で、鋳造物に劣情を抱く少し危ない人間だと」
「レム、なんか怒ってる? 表情が、いつもと少し違うような……」
ヨスガと顔を合わせないように、レムは背を向ける。
「いえ、全く。……ですが、そうですね。ルーラハの供給で体内が熱いので、外に出て冷やして来ます」
「いや、でも出かけない方がいいよ」
そのままレムはよく分からない表情で、工房から出ていった。
「……いってらっしゃい」
ベッドから腰を上げ後ろ姿を見送ったヨスガは、身体の力が戻っていると気づいた。そのまま寝具から立ち上がって、地下の作業台へ移動する。そして、再びその場に腰を下ろした。
一人きりになるのは、久しぶりのように思える。誰もいない工房の中で、ヨスガはガイアナークとの戦いと、顔のない怪物達について考える。
「あの時の剣は……」
右手の鍍金が剥がれたと同時に現れた、使い古された業欣の剣。鏨のようにも見えた剣は、イェフナや司教が手にしていた刺突剣とも形状が似ていた。
それが右手から出現したということは、業欣の鍍金に熔けて混ざり、自分に宿っている。そう考えるのが妥当だろう。
そういえば剣について、詳しく聞けずにいたままだ。後で改めて、レムに教えてもらおう。
「……そうだ」
休める時に休んでおくべきかとも考えたか、今は考えることが多すぎて、ろくに眠れそうにない。ならば躰を動かしていた方がマシな気がする。
「やるか……」
作業に没頭していれば、頭から離れない様々な不安を忘れるはずだ。
そんな風に、気持ちを切り変えた。




