世界を侵す律業術
イェフナと住んでいた家に戻るわけにはいかない。当然、フォルネリウス達に警戒されているだろう。
だから、行く所は一つしかなかった。
レムを連れて戻った一週間ぶりの工房。
外はもう夜で室内も真っ暗なため、ヨスガは微力な業光を使うことで光を放つ装置を使う。
明るく照らされた部屋。微かに埃をかぶった仕事道具が、暫く留守にしていた事実を実感させる。
「身体は、動かせそう?」
「はい……なんとか……」
工房内の寝具に横にさせたレムが、ゆっくり半身だけ起き上がろうとする。ヨスガが傍に寄り添うと、すがるようにボロボロの服を掴まれる。
「ここまでは、ですけど……」
接近したレムの顔、彼女がゴウレムだとは今でも半信半疑だった。
レムの外見は人間そのものだ。整った顔立ちを間近で見て、改めてそう思う。
顔を合わせると、妙な緊張感を覚えた。
「……ヨスガさん」
苦しそうにしながら、レムは服を掴む手に力をこめる。
「契約の、対価を求めます……」
「分かった。ボクに出来ることなら、何だってするよ」
レムとは対等な協力関係だ。柱の破壊を手伝ってもらったお礼をしたい。
「どうすればいい?」
レムと真っすぐに視線を合わせる。
「熱い塊を……注いで」
熱い塊。頭で反芻しても、それが何か思い当たらない。
「ヨスガさんのでないと……満足できません」
「……」
――どういう意味だろう。
レムが一体何を求めているのか、真剣に考えても全く見当がつかない。
切なげな表情を浮かべつつ、彼女はあるモノを欲している。
思考を巡らせながら、しばらく硬直していたヨスガ。反応が遅く待ち切れなかったのか、レムは距離を詰めてくる。
「大丈夫……少しだけ、じっとしてもらえたら……すぐに済みます」
柔らかな感触が唇に伝わった。レムからの突然の口づけを、ヨスガは受け止め続ける。
経験したことのない積極的な接吻。
ようやく唇を離したレムの表情は、どこか昂揚して見える。
「ルーラハの補充は、この方法が一番です……」
「これで、レムが元気になるってこと?」
「はい……ですが、まだ足りない……」
「でも、これはちょっと恥ずかし――」
「いいから、もっとですよ」
両手で顔を固定され、力づくで行為を続けさせられる。
そのまま躰に力が入らなくなるまで、レムによるルーラハの補充行為は続いた。
「ふぅ……。やはり、たっぷりと溜まっていましたね」
レムは寝具から起き上がると、腹部を手で押さえて満足そうに悦に浸っている。
「よ、よかった……」
対照的にヨスガは抜け殻ように倒れこんでいた。
「ヨスガさんのルーラハなら、全て搾り取れそうですね……。勿体ないので我慢はしますが」
普段の涼しげな表情に戻ると、冗談なのか本気なのか分からない。
「……ちょっと、手を貸してほしい」
レムの手を借りて、ヨスガは寝具に座り込む。レムには室内に唯一置かれた椅子を勧めた。
座り心地が良いわけではないが、立ったままよりはマシだろう。
レムは椅子に腰を沈め、手を足の前で組み丸まった。
口づけを交わした後だ。何となく気まずさを感じてしまう。
雰囲気を変えるため、ヨスガは質問をすることに決めた。
「契約に違反しない範囲でいい……律業者と律業の巫女について、知っていることを教えてくれ」
そう言ってヨスガは頭を下げる。
イェフナの業、『偽りし王冠』についても知っておきたい。
「……律業者とは、巫女の血を引き継いだ者。その血を覚醒させた人間の呼称です」
言葉を選びながら、レムは慎重に説明していく。
「ヨスガさんは、律業者の扱う業をどう理解していますか?」
「その人だけが使える、特別な力。ルーラハを使って、不思議な現象を起こせる?」
この世界のあらゆる物体に含まれ、空気と同じように存在する力の粒子。これまでの体験を経て、業光が関係しているのはまず間違いない。そう確信している。
「概ね正解です。律業者が扱う業というのは、ルーラハを媒介に世界を侵す力。物質に小径を繋いで、その人間の因果を現象として発現させる。それを律業術と呼びます」
司教の場合は、それが擬制の柱だった。
「なら巫女の聖煉は、律業術とは違う力ってことか」
「聖煉は……この世界のあらゆるルーラハを昇華させるのです。セラフィストが扱い、巫女の力を受け継いだイェフナ・ミトロスニアのみに赦された、業とは似て非なる御業。セラフィストは、その御業によって荒れ果てたこの地に生命を溢れさせ、大地を救った。その時に、グランドマルクティアは造り出されました。ルーラハを吸収し、溜め込む機能を備えた装置が必要だったのです。生命が宿った豊かな大地を、延々と存続させていくために」
「……それが、この国に伝えられてきた伝説。おとぎ話だと思ってたけど……そっか。律業の巫女は、本当にすごい……偉大な人だね」
壮大すぎて、変な笑いが出てしまう。
ルーラハという万能の力。それを思いのままに扱える律業の巫女と、その血を覚醒させた律業の系譜に、改めて畏敬の念を抱いてしまう。
「それじゃあ……ガイアナークの司教は本当にどこで、巫女の力を手に入れたんだろう」
「偽りし王冠の業で直接授かったのでしょう。それを行える律業者は一人だけです」
「でも、イェフナじゃない」
即座に否定する。これは単純にそう思い込みたかったから、だけではない。
「根拠はない……けど、絶対に違う。何か理由があったとしても……誰かを巻き込んだりはしない……」
ヨスガの脳裏に思い返される、雰囲気が一変した司教の姿。
あの時に感じた気配を、ヨスガはよく知っていた。しかし、それにも違和感があるのだ。
「律業の系譜達が抱える業は当人の問題。イェフナ・ミトロスニア個人の業です。どんなに親しい間柄でも、完全に理解するのは難しいと思います」
レムは椅子から立ち上がる。
そして様々な思考を巡らせていたヨスガの隣に腰を下ろし、単調な動作で頭を撫でた。
その不器用な気遣いに、心が軽くなる。
「ありがとう……」
「お気になさらず。ヨスガさんに取り入ろうとする思惑がありますから」
「そうだとしても、感謝してるよ」




