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ゼンカの業――律業の聖煉者――  作者: 麻海 弘タカ
第1章
13/45

擬制の柱

 遅れて上空から着地したレムが手甲の拳を振るう。直撃した瞬間に拳から業光を放出させ、体重を感じさせないほどの勢いで教団騎士を彫刻の外壁に叩きつけた。


「怪我してませんか?」


 少女を心配して声をかけるヨスガ。突然の事態に驚いてしまっているのか、じっとこちらを見つめている。

 はっと我に返ったように、凛とした雰囲気の少女は頭を下げた。


「あ、ありがとうございます……危ないところを助けて頂いて、本当に……」


 気が抜けてふらついた少女を、ヨスガは倒れないように支える。正面から受け止めると、身体が震えているのが伝わってきた。


「もう大丈夫です。後はボク達に任せてください」

「ですが……いえ、こんなに情けなく震えていては、何のお力にもなれませんね……」


「業に満ちた方々だ。しかし、こうして我々の前に現れたのなら、哀れな魂を解放して差し上げましょう」

「結構です。ここにいる人達も、多分すごく迷惑に思ってますよ」


「どなたかは存じませんが……身の程知らずな発言は慎むべきですね」


 両手を掲げ、司教は擬制の権威を振るう。


「見なさい……我々に与えられた、律業の力を!」


 多くの棺と瓦礫を押しのけ、地中から呼び出された白光の柱。白の業光が更地と化していたガーデンに広まった。


「あの、柱は……!?」


 イェフナがグランドマルクティアとの交戦時に扱っていた石柱。それに酷似している。


「偽りし王冠の業――擬制の柱!」


 王宮で感じた奇妙な気配。その正体をヨスガは理解した。

 フォルネリウスとの会話の最中。心を淀ませる嫌な感覚以上に、ヨスガは何処か懐かしさを覚えていたのだ。


「……律業の巫女と同一のルーラハですね」


 レムは虹色の業光を集束させて全身に鎧を形成していく。


「我々の業、その身に甘受しなさい! ――終血共鳴!」


 司教の一声を皮切りに、広場に集まった市民の身体から、弾けるように血液が噴き上がった。


「――あっ、ぐぅっ!」


 金髪の少女も両目と両耳から血を流し、苦しみ悶えて倒れこむ。周りと比べ症状は軽いが、その姿は嫌でもガーデンの一件を連想させた。


「これじゃ、あの時と同じになる……」


 血まみれで絶命した女性と、目の前で横たわる少女が重なり、ヨスガは唇を噛みしめる。


「これがグランドマルクティアの望む光景なのですよ! 拒絶すれば大地の嘆きを……我々は受け入れなければならない!」


 ヨスガとレムを見下ろし、新生ガイアナークの司教は妄心的な信託を告げる。


「この律業術、ヨスガさんへの影響はないようですね……」

「ボクは何ともない。それより今はレムの力を貸してほしい! 皆を助けないと!」


 無差別に行われる採血の連鎖を断ち切るためには、グランドマルクティアの助力が必要だ。


「……ごめんなさい。あの人間が相手では……あまり、力にはなれません」


 瓦礫の鎧を纏ったレムは大地に片腕を置き、もう一方の腕で赤色の業光を取り込み続ける。その状態を維持しながら、事情を語り始めた。


「契約があるのです。律業の巫女と同じルーラハを持つ者に、ワタシは危害を加えることが出来ない……。契約を反故にすれば……聖煉な力が、躯体の内側からルーラハを昇華させてしまう」

「じゃあ、あの人も巫女の代わり……イェフナと同じってこと?」


「そのようですね。あの人間は何らかの経緯を経て……世界から律業の巫女とみなされている。血液の強制搾取は、おそらくミトロスニアの業による現象ですが……ルーラハは間違いなく彼女のものです」


 所々で言葉に詰まりながら、苦しそうに告げるレム。その異変に、ヨスガは遅れて気づく。


「この場にいる人間達に、ワタシの律業術――『王国の残骸(アドラ・メレム)』で癒しのルーラハを供給し続けます。血液の流れを止めれば、凶悪なミトロスニアの業、柱の能力は抑えられるはず……」


 赤いルーラハ。その業光の性質により、擬制の柱による採血は防げるらしい。

 柱の頂点に刻まれた聖霊の彫刻から発生する白い業光。ガーデンを覆うように広がる業光を、レムは赤色の障壁で押し留めている。


 だがそれだけでは、根本的な解決にはならない。誰かが司教を止めなければ、ガーデンの周辺は再び惨劇の舞台となってしまう。


「……『王国の残骸』を維持する間、ワタシはこの場から動けない……。ですが一瞬でも柱を操る人間、偽りの律業者の意識が逸れたなら……ミトロスニアの業が消えた、その刹那の隙をつけます。ヨスガさんの力に、なれるかも知れません」

「その時に、レムの契約は?」


 律業の巫女とみなされた司教に敵対すること自体、契約に反する行為となるはずだ。


「律業の巫女に害を成せずとも、物体である擬制の柱なら破壊できるのです。あれは本人の意思さえ宿らなければ、無害な建造物に過ぎませんから」

「少しでも、あの人の注意を引ければ……皆を助けられる」


 流血を食い止め、多くの市民を救う活路は見いだせた。グランドマルクティアの玉座に居座り、広場に集まった人間を見下ろしている偽りの律業者。

 そんな司教を視界に捉え、ヨスガは僅かな不安を覚えながらも覚悟を決める。


「なら、やってみせる。出来るかどうか不安だけど……自由に動けるボクがやらないと」

「大丈夫です、ヨスガさん……。ワタシが説明したことを、信じてください」


 アヴケディアを抜け出して広場へ辿り着くまでに、ヨスガは自分の躰についてレムから教えられていた。

 世界に肉体を留めるため、業欣の鍍金を施されているヨスガ。その全身は物理的な硬度があり、様々な武器による攻撃でも傷つけることは難しくなっている。


 教団騎士による儀礼剣の一振りを腕で受け止めたのも、事前に鍍金の硬度を聞かされていたためだ。今のヨスガは物理的な攻撃に対し、耐性を持っている。


「普通の人間だったキャストールに……グランドマルクティアは救われたのです。そんなヨスガさんには今、律業者にも対抗し得る力がある。それは望んで手に入れたものでなくても……今のヨスガさんならば必ず、どんなに多くの人間でも救い出せます」


 レムの言葉に、僅かに感じていた不安は消えてなくなった。

 自分自身を信じ、必ず出来ると覚悟を決める。


 グランドマルクティアを修復した時の強い気持ちを、ヨスガは思い出した。

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