7話 もやしインフィニティ
ふっ、またやっちまったぜ。でも後悔はあんまりしてない!
荒廃した街、誰もが互いに出し抜き奪い合う荒んだ街の片隅にある貧相な酒場にその男はいた。西部劇に出てくるスイングするドアを越えると木製の丸テーブルと椅子が散在していた。混沌とする店内には酔っ払いの笑い声が響き、大して明るくもない店内は空虚な陽気に満たされている。
そんな中でカウンターに一人座る男。かつては勇者と、もてはやされ一国の英雄になったが今では見る影もなく落ちぶれていた。
「マスター、追加だ」
男は手にしたグラスを目の前にいるバーテンに差し出す。カウンターの上を滑らせて動くグラスは水滴に濡れていた。
「……もう止めときな。それ以上は体に障る」
男は全てに絶望していた。自分の事なんて省みないくらいに。
「構わねぇよ。俺なんて……根ぐされするぐらいが丁度いい」
水をあげすぎるとモヤシに限らず植物は腐るぞ! みんな気を付けよう!
「あんた、どうしたんだよ。あんなに希望に満ちてたあんたは何処に行っちまったんだよ」
バーテンは男をよく知っていた。子供の頃から目を輝かして夢に邁進するモヤシに自分も勇気をもらっていた。
「……さぁ、くれよ、マスター。水を」
「駄目だ! これ以上は危険すぎる。もう頭から溢れ出てるじゃねぇか」
「これはあれだ……汗だ」
落ちぶれた男、勇者モヤシは悪の帝国を倒してビーンズ王国に凱旋した。しかし待っていたのは英雄を誉め称える称賛ではなく、犯罪者を見るような蔑んだ王族の適当なお言葉だけであった。
モヤシは王国にとって邪魔になっていた。英雄なんて相討ちで死ぬのが妥当と王の顔に書いてあった。落花生の殻に黒のインクで。でかでかと。
モヤシは王国にいられなくなった。そして流れ着いたのが生まれ故郷のこの街だった。あのまま王国にいたら間違いなく殺されていた。モヤシにはもう何も信じられなかった。
自分を慕っていた王女は手のひらを返したように態度を変えた。王国の女騎士は近付くだけで剣を向けた。メイドに至っては目につく範囲に居なかった。
モヤシは絶望した。豆っ娘ハーレムに絶望した。それだけを生き甲斐に生きてきたのに。
「俺は……何のために」
手にしたグラスを眺めるモヤシの目に覇気は無い。
「ぎゃははは、惨めなもんだな、えぇ? 元勇者さんよ?」
「……カイワレ如きが」
チラリと横目で見てまたグラスを手にして手の中で回すモヤシ。しかしそれを見た酔っ払いはモヤシに向かって更に絡んでいく。
「あぁ~? 王国に捨てられた哀れなモヤシちゃんがなんか言ってんのか?」
チンピラのように絡んでいくカイワレにモヤシは何も反応しなかった。ただグラスを手のひらでくるくると回すだけ。
「無視すんじゃねぇよ! このモヤシ野郎!」
無視されたことに怒り殴りかかるカイワレの拳に自らの拳を叩きつけるモヤシ。目線はグラスを見たまま、片方の手もグラスを持ったままである。
「カイワレ如きになめられる、か」
「ぎぃやあああ! おらの! おらの腕がー!」
カイワレの腕は吹き飛び爆散していた。
「モヤシより細いくせになんで殴りかかるんだ。アホだろお前」
バーテンが呆れていた。
「腐っても勇者か。なぁモヤシ、西の街にすげぇ強い豆っ娘が居るんだってよ。行ってみたらどうだ」
「あ? 何しに行くんだよ」
「男なら力で手に入れて見せろよ。豆っ娘ハーレムはすぐに諦めちまうぐらいちっぽけな夢だったのか?」
「……」
「こんなカイワレ相手にしてるよりもマシだろ? 最近はカイワレどもが増えてきたからな」
「ちっ、邪魔が増えるって事か」
「そういうこった。西に行ってみな」
そこでならお前も……バーテンの思いは言葉にしなくてもモヤシに伝わっていた。
「西……か」
こうしてモヤシの冒険が始まる。西の豆っ娘、気になるあの娘は何の豆? 次回「モヤシグラシアス」乞うご期待!
「だーうー」
(……またか。またなのか。変な夢シリーズ。……モヤシが帰って来た……のは別に良いけどさ、なんで落ちぶれてんの? その辺がすごい気になるんですけど)
「あ~?」
(たしか、きな粉大帝と戦ってなかった? どうやって勝ったんだろう。ってか落ちぶれ加減がすごい)
「あきゃあ!」
(夢破れて……か。豆っ娘ハーレム……気になるあの娘は何の豆? なんだろう、心に溢れるこの思いは。……コレジャナイ感? う~む。響きはすごく好きなんだけど……)
「ハーレムしたいのですか?」
(男の夢……だからね。現実にはかなり無理があるけど本来のハレムって全く違うし。随分と都合のいいように扱ってるよね)
「……囲まれていちゃいちゃしたいのですか?」
(うーん。いちゃいちゃするなら一人だけかな。そこまで器用じゃないし、何よりそれは相手に失礼だと思うから)
「……」
(それにハーレムってどうやって作るか分かんないし。あんなの想像上の産物……)
「だう?」
(あれ?)
「はい。オムツですか?」
(……あんぎゃーー!)
「赤ちゃんですね。心でも泣き叫ぶなんて」
「おんぎゃーー!」
こうしてジローの心に黒歴史が一つ生まれた。あまりにも早い暗黒面の目覚めであった。
(あんぎゃーー! 駄々漏れですやーーん!)
オネムから覚めたジローに語りかけていたのはエルエルであった。まだ明るい時間であるので白い塊がジローにはよく見えていた。
「だうぅ」
「オムツは替えました」
(あのね白さん。お願いがありまして)
「……くふっ」
意外とダークでアダルティなエルエルの笑い声である。ここでのアダルティとは大人っぽい、という意味である。ちなみにアダルティという言葉は無い。アダルチックも多分無い。アダルトが名詞で形容詞な為だ。いわゆる造語なので雰囲気が伝わればそれで良し。
「だう?」
(白さん? なんで笑うの?)
「……笑っていません」
(嘘だー! くふって、魅惑の声が聞こえたもん! 可愛かったもん!)
「……ぐふっ」
(あれ? なんか違う?)
ジローはまだ気付いていなかった。自分が無自覚に爆弾を育てていることを。
「……おっ……」
(お?)
「……ショコラを呼んできます」
言うや否や風が部屋を舞い赤ちゃんの顔を撫でていく。足音を立てることもなくエルエルが部屋を走り去っていった。
「あぅ?」
残されたジローは疑問に思ったが気にせずに手足をばたつかせていると隣に何かが蠢く気配を感じた。それはジローのムチムチな腕に触れ……掴み……すごく掴んできた。
「ほんぎゃー!」
(イタタタタ! なに?! 何なの! 何かがミーのアームをグラブなの!? 痛いって! 何が起きてるの?!)
ジローが必死になって首を倒して横を見るとそこには蠢く何かがいてジローに絡みついていた。激痛に泣き叫ぶジローは珍しく赤ちゃんぽかった。
「うんぎゃーー!」
(何よこれ!? あぎゃ! 痛い! こいつがミーの腕を掴んでる?! ぐあっ、お、折れる。ミーの赤ちゃんアームのボーンが折れるって!)
ジローは必死に振り払おうとするが蠢くなにかは離れない。
「お兄ちゃん!? 何があったの? すごい泣き声だけど」
母親の声に助けが来たことを知ったジロー。
「ほんぎゃあ! ほんぎゃあ!」
(痛い! 助けて! 折れる!)
ジローの思考も赤ちゃんになっていた。
「え? あっ、クリスの赤ちゃんがお兄ちゃんの腕を掴んでる……って食い込んでる!?」
ジローの隣に寝ていた赤ちゃんが目を覚ましてジローの腕を掴んでいた。とてもガッチリと。
「ほんぎゃー!」
(助けて、この子握力ヤバイ!)
真っ赤になって泣き叫ぶジローをよそに握る事を止めない赤ちゃん。くりくりのおめめがジローを見ていた。
(なにこの子! めっちゃ観察されてる?! てか離せー!)
「チーちゃん、めーよ! お兄ちゃんが嫌がってるでしょ? ふんぬ!」
かなり強引にジローの隣の赤ちゃんを抱き抱えて離そうとするもチーちゃんと呼ばれた赤ちゃんはジローの腕を離さない。
「うぎゃー!」
(なにこの子! しつこい!)
ジローの上半身が浮き上がり首がガクンとなった時点で母親のショコラが無理に離すのを諦めてベットに赤ちゃんを寝かせていく。
それでも赤ちゃんは始終ジローを掴みっぱなしだった。
(ぐあっ! あかん、これ多分折れてる! ダメ…だ……意識が……)
「お兄ちゃん! お兄ちゃーん!」
ジローの意識はそこで途絶えた。
もやし。この先どうなるんですかね。いや、ジローの本編より悩んでまして。さくさく書ける分どこに行くか分からないってのが怖いっす。モヤシ怖い。
名前が出たチーちゃんですが勿論ヒロインです。白人の赤ちゃんって天使だよね! そんなイメージです。ジローの外見については目が見える様になってから詳しく書きますので。