6話 自己紹介の続き
自己紹介っぽくないです。ごめんなさい。
アレンは悩んでいた。自らの子供が妻、というか小さい頃から一緒に居た女の子の守護霊で自分が大きくなってから英雄になり自由に会話が出来る様になって……その時はものすごく謝られたけど……結婚に関してはえらく肯定的で不思議な存在の義理の兄。
それが息子になった。
アレンの心は定まらなかった。義理の兄として慕っていたがその記憶は無くしている模様で自分はどうしたら良いのか分からない。どう扱えば良いのか。
記憶があればまだ楽だった。義理の兄として慕っていた自分がいる。でも今の赤ちゃんは前世の記憶を持つ妻の兄。幼い頃から自分を見てきた人ではない。
育児に関する本も全て読んだがこんな特殊な例は載っていなかった。しかしオムツの替え方はマスターしたし、赤ちゃんの知識は誰よりも手に入れた。
なんの記憶も無ければ何も考えずに愛せただろう。実際に念話が出来るまでは普通に接していた。オムツも替えた。でもこれからどうしたら良いのか……アレンは悩んでいた。
(パパン? なんというか……うん、よくこの妹と結婚に踏み切ったね。特殊な性癖なの?)
「違うわっ! くそっ、やっぱり兄妹だ! これじゃ父親なんて無理に決まってるだろ」
パパンの背中は丸くなり落ち込んでいた。妻には幼少より尻に敷かれているのに更に息子にまで。アレンに父親の威厳なんて遠い遠い話であった。
「アレン、何を言ってるの? はじめから父親になんてなれないわよ? 子供と接して父親は父親に成っていくの。赤ちゃんと一緒にね」
落ち込んでいる夫に声を掛けて諭すショコラ。優しくも断言するその姿は伊達に婆を経験してなかった。
「へっ、流石は前世持ち。説得力が違うな」
「……頑張らんとな」
巫女と巨漢の夫婦にもショコラ婆の言葉は届いていた。そして赤ちゃんにも。
(ばばさまの知恵袋的な?)
「むむっ、お兄ちゃんには後でお仕置きです! 今は乙女だもん。ピチピチなんだもん! ふん!」
見た目は少女とも言える幼い外見ではあるが人妻で子持ちの母親である。この外見に騙されて殴り飛ばされた男の数は数えきれない程であり、一番殴られてるのは何を隠そう夫のアレンであった。
「……父親に……なる……か。そうだな、これから立派な父親になれば」
「なろうとすると大抵の場合、失敗するから自然体が一番だよ? 無理に父親を気取ると子供って肌で感じるから見下されるの。なかなか面白いけど……やる?」
「やらねぇよ!」
父親威厳計画はこうして頓挫することになった。
「けぷっ」
「は~い、ゲップできまちたね~」
(やめて、その赤ちゃん言葉はダメージ判定があるからやめてー)
おっぱいタイムが終わり母親に抱かれて背中を擦られていたジロー。ショコラの隣にはゲップの前に寝落ちした赤ちゃんを抱き続けている巫女がいた。
「うーん、こういうときは少し羨ましいな。まっ、これも子育ての醍醐味って奴かな」
やたらと巫女は男前だった。
「あー、寝落ちかー。寝かせるときに気を付ければ良いみたいだが……ジローのベットを持ってくるか?」
既に振り向いていてちゃぶ台に乗っている茶を飲むパパンのアレンが腰を浮かしていく。
「だ!」
(なぬ?! 我輩のマイホームが早速取られるとな!)
「このままでいいさ。また戻しにいくのも手間だろ」
(ふぅ。マイホームは守られたか)
「ジロー……これから毎日その赤ちゃんと一緒にそのホームとやらで寝るんだが」
「同棲!? いえ同衾!? お母さん許しませんからね!」
(赤ちゃんだから別に良いやん。涼子……そこまで過敏に反応するって事は……何かあるの? しきたりとか)
「別に無いけど?」
けろりと答える母親である。
「ただのブラコンな母親なだけだ。それよりあたし達も名前を言っておかねぇとな。あたしはクリス。本名は馬鹿みたいに長いからクリスでいい」
「……モンヌゲフ。モンギでいい」
まだ首の座っていない赤ちゃんを抱いている巫女はクリスと名乗りその後ろに座っていた巨漢はモンギと名乗った。
「だーうー」
(洋風だね。モンギさんはロシア系なの?)
「ん~ここみたいな日本的な場所もあるけど大半が洋風でエスニックかな」
(そうか……日本は滅んだか。今はどれくらいなの? 西暦って残ってる?)
赤ちゃんはどこか寂しげであった。
「お兄ちゃん……ここ、私達のいた世界じゃなくて転生の時に違う世界、魔法が普通にあって発展している世界に来てるんだよ」
「……だぅ?」
(……涼子……ごめんな、育児って疲れるだろ? 少し休んでくれ。大丈夫、白さんもパパンもいるから)
赤ちゃんの反応は冷めていた。赤ちゃんの小さなぷにぷにのおててが母親をてしてしと慰める。母親の自己紹介の時に異世界と言っていたのに気付かなかったジローである。
「も~! まぁ予想通りだけど。お兄ちゃんがテレパシー、つまり念話が出来てることがその証拠だよ? 普通の赤ちゃんはもっと生の欲求を垂れ流すみたいだけどね。百人に一人は出るんだって、念話持ちの赤ちゃん」
「あぅ」
愕然とするジロー。しかし見た目は何も変わらなかった。
(……マジか。ファイヤーな玉をぶん投げたり、アイスなボールでサッカーとか……あるの?)
母親の肩に頭をのせてうごめく赤ちゃん。密着しているので高めの体温を母親に伝えていた。そろそろおねむの気配である。
「普通、街の中での魔法は抑制されてるから使えないけど……アイスなボールでサッカーは無いよ?」
異世界といっても人体の構造に差異は無いので普通に足の骨が折れる。サッカーモドキはあるが魔法が加わって完全に別物になって存在している。のちにジローにも関係していく事になるが、このときのジローには知る由もなかった。
「魔法の使い方は学校でも教えてくれるよ? この村には学校無いけど」
「だぅ?」
(学校でも教えるの!?)
「教えるのは当然だろ? って魔法がない世界からすると異常なのか?」
寝落ちした赤ちゃんを優しく揺らしているクリスが答えるがクリスは巨漢のモンギと同じくショコラが前世の記憶を持っている事を知っている。そしてそれを疑って無かった。
「ここには学校がないから俺たちが教えることになる。大丈夫、クリスがきちんと教えてくれるからな」
(……パパン?)
「クリスは巫女としてすっごい物知りだから適材適所ってやつだよお兄ちゃん。アレンがパーって訳じゃないよ」
「そうだぞ? それに村にいる時間はクリスの方が長いから先生として向いてるんだ。……ショコラが先生になるよりよっぽど安心できるしな」
「だーうー」
(なるほど。妹の立ち位置がよくわかった。それにしても学校もない村か。ちょっと不安だな、この世界)
「私の事は無視ですか?」
(白さん? えーと白さんは白さんだし)
何となく触れずにいたジローだがエルエルはショコラの隣に座っていてジローをガン見していた。
終始無言で。
何となく赤ちゃんの生存本能的な物が「触れるなー」とジローにささやいていた。
「そうだねぇ。もっと話すことはあるけどまずはオネムでしょお兄ちゃん。さっきから船こいでるよ。赤ちゃんなんだから我慢しないの!」
「あぅ」
(でも……まだ気になることが沢山……)
「あっ落ちた」
赤ちゃんの本能に抗えず寝息をたてるジロー。ショコラはジローが途端に重くなったのを感じた。体温が上がっていたのでオネムの時間である。
「見た目は完全に普通の赤ちゃん、なんだがな。ショコラみたいな事になるのか?」
パパンのアレンがちゃぶ台に肘をつけて顎を乗せていた。和風空間でありながら和風な者が誰一人として居ないがこの様式の建築に住む人々は代々バタ臭い人々である。環境が影響して和風様式の建築になっているだけでサイズは外人仕様である。
ただしモンギは除く。規格外にでかすぎるので。
「ショコラの子供の頃ねぇ。どうせ暴れてたんだろ?」
「違うもん。街を支配しようとしただけだもん」
互いに赤ちゃんを抱き合い顔を慈愛に染めながら口から出るのはキナ臭い言葉であった。
「俺はその時ショコラのしもべだったんだ。日に日に支配する領域が膨らんでいって……俺は恐ろしさしか感じなかった」
「……ドンマイ」
男同士は仲良くお茶を飲んでいる。しかしアレンの瞳から光が失われていた。
「それで何処まで教えるのですか?」
未だにジローをじっと見つめ続けているエルエルが口を開く。自己紹介でハブられているが気にしていない強い心の持ち主である。
「何処までって……全部?」
首を倒して答えるショコラ。
「記憶が無いのならば無理に押し付けることも無い。そういうこったろ?」
「はい。過去に囚われるのは良くないことですから」
「むー。お兄ちゃんの勇姿を伝えられないなんて~」
ジローは基本霊魂であった。勇姿はショコラの脳内映像である。
「さすがになぁ……女神を泣かした事は隠しとこうか。あと肥溜め作戦も言えないよな」
「結構やらかしてんな。ショコラの兄だけあってよ」
「……ぷふっ」
モンギの思い出し笑いである。気に食わない英雄をけちょんけちょんにした伝説の作戦。それが肥溜め作戦。真相を知るのは四人とジローのみであった。
「むー、お兄ちゃんには伸び伸びしてもらいたいし……分かった。この世界でしたことは聞かれたら答える、でいいかな?」
「賛成」
「ああ、あたしも賛成」
「ぷふっ……賛成だ」
これが四人のチームワーク。神魔大戦を乗り越えたチームの結束であった。
「あの……私は?」
エルエルはおいてけぼりである。
簡単なまとめ!
主人公のジロー、母親のショコラ、父親のアレン。
英雄仲間、巫女のクリス、その夫で巨漢のモンギ。あと女の子の赤ちゃん。
おまけのエルエル。ショコラさんはえるえると呼んでます。
クリスの赤ちゃんはチーちゃんと呼ばれています。本名は後々出します、多分。