0話 英雄達の戦い
はい。サーモンです。少し独特な物になりそうですがどうか楽しんでもらえれば幸いです。
荒涼とした土地、かつては緑溢れる森林だった場所だが面影すら残っていない。太陽の日が辛うじて残っている枯木の残骸に濃い影を作っている。そんな土の見えた荒れ果てた荒野に立つもの達がいた。
光を体から淡く放つ天使の姿があった。天使は日に照らされて輝く白銀の鎧を身に纏い、手には蒼い刀身の大剣を握り締めている。
剣を握る手には丸みを帯びた白銀の籠手を嵌め、足先、ブーツに至るまで白い金属で補強されている。太ももから脛にかけても美術品といえるようなシンプルながら美しい白銀の装甲に覆われていた。
天使は腰を越える長い白髪を垂らしていた。荒野に吹く風がさらさらと豊かな天使の白髪をたなびかせ何もない荒野にその存在を知らしめる。天使は長身の女性であった。
天使の前には四人の人間がいた。
一人は紫の髪を束ねた少女。体の要所をガードするプロテクターを動きの妨げにならない様に身に着けた剣士。
一人は赤い髪の男。細身に見えるが鍛え上げた肉体は革の鎧の上からでも筋肉を主張しており、手には二対の短槍を持ち背中にも長い槍を背負っていた。
最後尾にブロンドの髪を風にたなびかせる巫女がいた。白を基調にした巫女装束は帯の朱を引き立てている。
その巫女を守るように人の身長程もある巨大な盾を構えるのは壁のようにそびえる巨漢。全身に鎧を着こんだ金属の塊であった。
彼らはいつでも動けるように構え、天使はそんな彼らをただ見つめるだけだった。彼らの目的はこの天使の殺戮。突如として人間界に現れた天使の軍団と悪魔の軍勢。この人間界で争い、幾つもの国が天使と悪魔の戦いに巻き込まれて滅んだ。
この荒れ果てた地に一人立つ天使はその首魁。彼らの襲撃と同時に悪魔を率いる大物を別の英雄達の部隊が襲いかかっている手筈であった。
同時に両勢力の頭を潰す。これが神々から力を与えられた英雄達の作戦だった。
そして彼らは天使の前にいる。
「私の使命は悪魔の討伐。人よ、去りなさい」
「シャアアアア!」
理性的な天使と違い鼻息荒く飛びかかる女性剣士。紫の髪が彗星の尻尾のように彼女の後を従っていく。
「うわっ、悪役全開じゃないか」
「……いつもより少し興奮してる感じだから。あれでも」
巫女と赤い髪の男は獣のように天使に襲いかかる仲間をドン引きしながら見ていた。紫の獣はおよそ人とは思えぬ動きで天使を追い詰めていく。
「これは他の奴らにゃ見せらんねぇな」
グラマラスなボディを巫女装束で包んだ女性が男のような言葉遣いでため息を吐く。紫の女性とは短い付き合いとはいえ珍しく気の合う女友達だが目の前の獣はちょっとご遠慮したい。
「……手助けしないのか?」
大きな盾を手持ちぶさたに地面に刺していた巨漢がぼそりと呟く。無口な男ではあるが必要な時は喋るのであまり困ることはないが厳つい見た目に反してその声は優しげであった。
「あー、あれは下手に参加すると巻き添え食らうから動きが鈍ってからだな。何度か死にかけた事もあるから、さじ加減は任せろ」
赤い髪の男が短槍を手に持ち、未だに暴れる仲間の女性を観察していた。女性は剣だけでなく拳や蹴り、四足走行から意表を突く動きに繋げ、頭突きまでも駆使して天使を圧倒していた。
「いや、これあいつの方がヤバイだろ。天使よりやべぇぜ」
「……ご褒美が効いた」
巨漢がしみじみと頷きながら言葉をこぼす。
「だな。この戦いが終わったら俺彼女と結婚するんだよな」
「あたし達も結婚するけどよ。なんで遠い目をしてんだよ」
「だって子供はあの人なんだぞ? どう接したら良いのか普通に困るだろ」
「まぁな、あたしの力でも祓えなかったしぶとい悪霊だからな」
「……守護霊」
「はぁ。ほんとにどうしよう。義理の兄が自分の子供になるなんて。いっそのこと負けてしまえば」
槍を持ったままうなだれる男に現実が遂にやって来る。
「手遅れだよ。もう決着が着いちまった。ほんとに化けもんだな、あいつ」
苦笑いする巫女の視線の先には天使を貫いた紫の女性の姿があった。剣ではなく拳を天使の胸から背中へと突き上げるように繰り出した姿勢のまま固まっていた。
赤い血を噴くでもなく光の粒子になり宙に溶けていくように散らばっていく天使の体。血は流れないものの苦しそうな顔をしている天使が信じられないものを見たように目を大きく見開いていた。
「何故、人がここまでの強さを持つなんて」
天使が紫の女性のつむじを見下ろしていた。長い白い髪は先端から光の粒へと変わり、手にしていた大剣は地面に落ちてすぐに光へとなり消えてしまっていた。
「愛の力だよ」
紫の女性が自分より頭一つ分は大きい天使を見上げ、顔を見る。既に獣ではなく普通の女性がそこにいた。
「……愛?」
「そう。私の思いが貴女を貫いた」
「……申し訳有りませんがあなたの思いを受けることは……」
「違うから! このあと出産が控えてるの!」
困惑した顔の天使にむきになって反論する女性。殺しあいをしていたとは思えない程の緩い空気が二人の間に出来ていた。
「妊娠していたのですか。人とはなんと野蛮な」
体の大半が崩れ光の砂となり風に溶けていく天使の顔は少し呆れていた。
「まだしてないけどこれから結婚して子作りして赤ちゃんを産むの! お兄ちゃんを私が産んで育てるのよ」
『なぁ、やっぱり止めないか? さすがに妹の子供に生まれ変わるのは……ちょっとな』
紫の女性の背後に小さな光の珠が現れて肩の上まで移動して浮いている。天使の目には光の中に少年の姿が映っていた。
「守護霊……そう。一人ではなく二人で……」
「その通りだよ。これが私のお兄ちゃん。ちょっと過保護過ぎるけど今度は私が世話を見るんだから」
そう言いながら腕を天使から抜いていく。胸に空いた穴から勢いよく崩れていく天使。
『それにしてもデカイなこれ』
崩れていく天使の胸の前にふよふよと飛び回る光が明滅を繰り返す。
「……ギルティ」
紫の女性が眉をひくつかせ光の珠を睨み付ける。
『いやいや、待ちたまえ。男というものはだね、誰しも目を奪われてしまうものなのだよきっとそうだようん、だってこれ凄くでかいってマジですごいって鎧の胸の部分なんてもうドドーンって感じだし』
「……胸?」
「胸なんて飾りだもん! 妊娠したらおっきくなるもん!」
「胸なんて邪魔なだけです。貴女が羨ましい」
そして天使はそんな言葉を残して砂となり、空に散らばって消えていった。
『……終わったな。早く別動隊の援護に向かおう。な? 気にするなって。小さくてもおっぱいって言うから、な?』
うつむき拳を握りしめる女性に優しく語りかける光の珠。そんな二人に向かって遠巻きに見ていた仲間達が近寄って来ていた。
「おつかれ。体は大丈夫なのか?」
まず様子見で赤い髪の男が声をかけた。長年の付き合いで今の女性がボルテージ全開に近いと判断したからだ。
「怪我してんなら癒すぞ? どっか……」
金髪を揺らして巫女が紫の女性に近付く。しかしその肩を巨漢が優しく掴み抱き寄せる。盾を投げ捨てた巨漢は後ろから覆うように巫女を抱き締め巫女を抱き抱えたまま勢いよく後方に飛びすさる。
「……上から目線で言いたいこと言って消滅? ……ふざけんなー! 乳天使の馬鹿ー!」
紫の女性が憤慨し両手を振り回して暴れだす。赤い髪の男が槍を縦横に振り回して女性の攻撃を防いでいく。金属同士を叩きあう音が鳴り響き、見えない何かが攻撃と共に放たれて周囲の地面をえぐっていく。
「落ち着いて! マジで危ないから! 暴れるなら戦場で暴れてくれー!」
男の説得にピタリと動きを止める女性。反動のついた紫の束ねた髪が大きく円を描いて背に当たる。
「……天使……撲滅!」
物騒な事を言い出して走り出す女性。紫の瞳に狂気を宿して他の部隊が展開している場所へと飛ぶように走り去っていく。
「あー。やっぱりこうなったか」
赤い髪の男は槍を地面に突き刺し、脱力して地面に座り込む。そして、そこらじゅうにえぐられた跡を残す地面を擦り汗をぬぐう。
「別動隊に襲いかかるんじゃねぇか? あれ。あとさ……その……ありがと……」
巨漢に抱き締められたままの巫女の顔は真っ赤だった。
「……回復頼む」
「あー、食らってたか。あれは反則だよな。攻撃が不可視で飛んでくなんて」
顔をしかめている巨漢が巫女を離し、その途端に地面に膝から崩れ落ちる。慌てて巫女が手をかざし光が巨漢を包んでいく。
「あの距離だってのにここまで効くのかよ。あれの方がヤバイだろ明らかに!」
巨漢の体には数え切れない程の打撲傷が出来ていた。防御に特化した巨漢ですらこの被害。巫女は恐怖を感じていた。
「効くよな、あれ。防具無視とかほんとに勘弁して貰いたい。義兄さんが力を貸してたからこの威力なだけでいつもはもっと痛くないんだよ」
「慣れすぎだろお前」
巫女は呆れていた。
「守りたい者は守れた。問題ない」
巫女の治療が終わり巨漢が立ち上がり手を伸ばして巫女の手を取る。巫女は真っ赤になりながら黙って手を巨漢に差し出して手を繋ぐ。
「……バカ。惚れ直したじゃねぇか」
手を繋ぐ巫女はそっぽを向きながらも体を巨漢に寄り添わせる。巫女の足が照れ臭そうに巨漢の脛を蹴っていた。
「あー、いちゃつくのは後にしてそろそろ追いかけようか。味方の治療が待ってるぞー」
首魁以外の天使を引き付ける陽動役の部隊であるが精鋭揃いといえあの状態の女性が行けば全滅もあり得る。男はそう思っていた。
「一人で行けや。あたしは……その……ダーリンと行くからよ」
「……なんだろな、自分も結婚が目前なのにすごく羨ましくなるのは」
「なんだよ、あたし達より付き合ってきた年月がアホみたいに長いくせに」
「普通のお付き合いをしていたと思うのか?」
赤い髪の男の目は死んでいた。幼馴染みとして近所に産まれたばかりに人生丸っと捧げさせられた男の悲しみに満ちた背中は物悲しさでは足りない悲哀を感じさせた。
「……ドンマイ」
「はは、いいよな普通の恋愛って」
いつのまにか男は体育座りで空を眺めていた。
これより始まる物語。恋に愛にと生きる乙女達に翻弄される妹の子供として転生を果たした兄が、ばぶばぶしながら初めてのチューを真の恋人の為に守っていく……かもしれないストーリー。
主人公が産まれるおよそ十一ヵ月前の出来事である。
毎日投稿とはなりませんが頑張りますね。出来れば六十話くらいに抑えたいけど、多分無理です。