エピローグ
桃香と修介の間を通り過ぎたゆまは、近くの民家の屋根の上に降り立ち2人を見下ろした。朝や昼、太陽が出ている間だと、生き物たちにゆまの姿は見えず、風として存在する。
楽しげに会話を交わす2人を見つめながら、ゆまは昨日の問いに答えた。
(桃香。君を選んだのは、君がナイトメア一族の血を引いているからなんだよ)
ナイトメア一族と獏一族は、元々は地上に住む生物だった。しかし、中世半ば頃に起こった世界改革で、獏一族は人々の夢の中でしか生きられなくなり、ナイトメア一族も、その数を減らし、今では自分たちがナイトメア一族の末裔だと気付いていない人が多くなっていった。
異端は世界から排除される。
ゆまは、まさしくその洗礼を受けた。夢でしか会話できず、触れることも、認知されることもない。
この地獄のような日々を終わらせることができる存在が、ゆまが長い時を経て、ようやく出逢うことができた純粋なるナイトメア一族の嫡男、名をーーー。
「そんなところにいたのですね、ゆま」
自分を見上げてくるのは、昨晩、桃香の夢で出逢った青年だ。今はあのヘンテコな服装ではなく、ラフな灰色のジャケットとスラックスに、眼鏡を掛けていた。
(一人言している変人に見られるよ?)
「君との会話を他人にどうこう言われたくはありません。そんなことよりも、今晩にでもの次の勝負をしましょう。今度は必ず勝ちますからね」
ニコニコと笑顔を向ける青年に、ゆまは露骨に嫌そうな顔をした。
(桃香の夢で負った傷が癒えてない癖に、よくそんなことを言えるよな)
ナイトメアは夢の中で傷を負うとそれが現実のものとなる。つまり、夢の中でナイトメアが不慮の事故で亡くなった場合、現実世界にいるナイトメアも死んでしまう。これがナイトメア一族に掛けられた呪いでもあり、このことがナイトメア一族が激変してしまった原因でもある。
中世後半辺り、呪いを受けた獏一族は一刻も早く自らの呪いを解きたくてナイトメア一族に悪夢を作るよう強制した。断れば死、死ねば別のナイトメア一族が襲われる。
そうしていく内に、ナイトメア一族は数を減らし、隠遁生活を行い、獏一族から身を隠すようになっていった。
いつから、狩るものと狩られるものの立ち位置が反転してしまったのかは、ゆまにも覚えていない。ただ、あれから何百年も経っている。現在、獏一族がゆま以外に存在しているのすらあやふやで、慢心はできない。
せっかく見つけたナイトメア一族を他の獏一族に奪われたり、殺されて堪るものか。
それなのに、彼自身はあまりにも危機感というものがなく、少しくらいはこっちの心情を察して欲しいものだ。
ゆまは長く息を吐き、肩を竦めた。
(君に無理はさせたくないから、怪我が治ったら再戦してよね)
「君ではありません。時枝 優真です。君と一文字違いだと何度も申し上げているでしょう?」
優真の好意的な笑みに、ゆまは居心地の悪さが頂点に達し、その場から飛び立った。
言うべき事は言った。
優真はゆまのためを思って、悪夢を提供してくれているのだろうが、お節介が過ぎる。
(確かに、僕には悪夢が必要だけど、彼を犠牲にしてまでは欲しくない)
何度言っても聞いてくれない優真に、ゆまは胸を押さえて居心地の悪さを振り払うようにして空を飛び続けた。
人の優しさに慣れない寂しがり屋な漠と、孤独な獏を救いたいと願う青年ーー優真の戦いはこれからも続くのだった。
END
ここまで読んで下さってありがとうございます。
読者の皆さまも、良い夢を♪




