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獏のゆま  作者: 海埜ケイ
3/9

2夢


「ねえ、君」

 子供の声が頭上から聞こえてきた。どうやら聴覚も無事らしい。

「君は誰にやられたの?」

 答えようとして唇を動かそうとしたが、動かせなかった。喉に異物のようなものが溜まり、声を発しようとするとそれが噴き出てくる。

 鼻で息はできるが苦しいことには変わりはなかった。

「あのさ、今から出す問いに答えてね」

 子供はこっちの都合を無視して勝手に話を進める。最初から私の言葉を聞くつもりはなかったようだ。

「究極の選択。君はこれから手術で死ぬ? それともここで死ぬ? さあ、どっち?」

 妙に弾んだ声を聞き、私は目を閉じて考える。

(病院かな?)

 少なくとも、今この場だけは嫌だ。



 ――瞬間、身体が宙に浮いた。

 ゆっくりとビルの隙間を通り抜け、黒い空の中で身体を反転させられた。

 満天の星空の中、私は子供と向き合う形となった。

 その子供は、声の通り幼く小学校高学年くらいの年頃で、黒いとんがり帽子と黒いマントに、マントの下は白いシャツと黒い短パンを身に付けている。更に手には身の倍近くある大鎌を持っていて、その姿はまさしくお伽話しに出てくる死神だ。

「誰が死神だよ。僕は獏の夢幻」

「ゆめ、まぼろ?」

「そう。みんなからは“ゆま”って呼ばれている」

 子供――ゆまはそう言うと、持っていた大鎌の柄を手の甲に乗せ、回して遊びだした。

 どう見ても子供だ。小学校高学年か、よくて中学一年生くらいだろう。

 私がぼーーっとゆまの手元を見ていると、ゆまは私のことを見ずに尋ねる。

「君さ、この世界で死にたいんだよね。なら死んでみる?」

「え?」

「大丈夫、一瞬で終わるからさ」

 何を言っているのか分からない私の首後ろに、ゆまは大鎌の刃を軽く当てた。

 冷たく薄い鉄の板が、私の細胞と細胞の間に切れ込みを入れる。

 私は全身の血の気が引いた。

 逃げたくても、身体が言うことを聞いてくれない。

「い、や・・・」

 せっかく助かったのに、どうしてまたピンチに陥っているのだろう。

 必死に身体を動かそうとしても指先一本動いてくれない。

「さようなら」

 聞きたくない。耳を塞いで縮こまりたい。

 私が何をしたの。

何もしていない。

 助けて、止めて・・・・。




「いやああぁっ! 私が一体、何をしたっていうのよ! 何もしてない! 悪い事なんて何もしていないんだからっ!」

 喉の異物を吐き出し、腹の底から叫んだ瞬間、周りの景色に色が付いた。

 黒い足下に、赤や黄色、青の光が瞬き街を彩っている。

「ここは、東京?」

「そう、君の中の東京だよ。本当はあんなに色鮮やかだったんだね」

 ハッと、ゆまの方を見ると、彼はすでに大鎌を肩に背負い直していた。

「あなた、私を殺すんじゃなかったの?」

「君を? 何で?」

 真顔で聞き返されても、私も困る。

「だって、さっきまでその鎌を私の首に当ててたじゃない」

「あぁ、それか」

 それ以外に何がある。

 ゆまは合点が言ったという素振りを見せてから、大鎌の刃の部分に腰を下ろした。

「ちょっ、危ないっ・・・」

「大丈夫だよ。この世界の理を変えることくらい、僕には足し算引き算と同じくらい簡単なことさ」

「どういうこと?」

 ゆまは唇に人差し指を当てて「百件は一見に如かず」と呟き、左手を握り、開くと飴玉が2つ乗っていた。

「手品?」

 ゆまは首を左右に振り、飴玉の一つを私に向かって放ってくれた。

「ここは君の、桃香の夢の世界だよ」

「私の、夢?」

「そう、だから僕は君の名前を知っていて、この世界では魔法のように何でもできるんだ」

 ゆまはにこにこと笑っている。

 完全に信じることはできないが、「嘘だ!」と断言することもできない。

 私は腕を組み、唸った。

 ゆまは大鎌の刃の上で胡座を掻き、膝の腕に肘を付いて手の平に顎を乗せた。

「まぁ、夢の世界で「ここは夢だ!」なんて気付く人の方が稀だからねぇ。けど、僕の言うことを信じて理解しろ」

 満面の笑顔で命令形な言葉を掛けられても、「はい、分かりました」なんて言えない。

 私は長く息を吐き、一つずつ情報を整理することにした。



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