「1−4」
「ご、ごめん河合さん。結局一緒に考えてもらうことになって……」
陽の落ちる一歩手前の時間帯。学校から最寄りのファストフード店で対面の席に座り、明らかに不機嫌な表情を浮かべている河合さんは、ホームルームの終わり際に
『じゃあ私も手伝うから。今日の放課後話し合おう』
と言ったきり一言も発していない。
普段底抜けに明るい彼女の沈黙が何だか怖くなって謝罪の言葉を口にしたが、何故だかそれを聞いた河合さんは更に怒りのこもった息を吐き捨てた。
『あのねぇ。本当に私がそんなことで怒ってると思う? 副責任者なんだから責任者の手助けをするのは当たり前でしょ?』
カップに入ったコーヒーをグビッと飲み干し、机にタンッと叩きつけてから河合さんは言葉を続ける。
『私が許せなかったのはクラスの雰囲気。みんな鶴橋くんの意見が間違ってるって分かってたのに、誰もそれを口に出さなかった。君も含めて、ね』
体がビクッと震える。
僕は人の本音が聞こえるが故に、人の非難の対象になるのを誰よりも恐れている。
そして、今僕の前にいる河合さんの意見は他の何よりも正しい。
もう一度、今度は正しく謝ろうと口を開きかけたけれど、それよりも早く河合さんが言葉を繋げた。
『でも、今は自分自身に一番腹が立ってる』
「え」
『庇ってくれたんでしょ? 私のこと』
「な、なんのこと?」
『ごまかさないでよ。私がクラスメイトに嫌われそうなことをしちゃったから、それを庇う為に責任者を引き受けたんでしょう。あの後冷静になったらすぐに分かった』
言葉が途切れたかと思うと、河合さんは急に立ち上がり、深々と頭を下げた。
『ごめんなさい、私が軽率な行動をとったせいで。私に手伝えることならなんでも手伝うよ』
「いや、本当にそんなんじゃないから! むしろ僕なんかを気にかけてくれてありがとう」
慌てて彼女の言い分を否定してから、話題をズラす。
「でも、河合さんは本当に凄いよ。思ったことをそのまま口に出すのって、中々出来ることじゃないもの」
『その言い方じゃ私がバカみたいじゃん』
再び腰を下ろし、唇を尖らした彼女の声音に怒りの感情は含まれていない。
「ご、ごめん。でもそういう意味じゃなくて、僕はただ純粋に河合さんをかっこいいと思ったというか、なんというか……」
『かっこいいことなんてないよ』
不意に声を挟んだ河合さんは、寂しさとか虚しさとか、何だか色んな感情がごちゃ混ぜになった複雑な表情を僕に向けた。
『私はただ、本当に言いたいことを言わないままで、後悔が残るようなことを起こしたくないだけ』
……昔、何かあったのだろうか。
ひょっとすると、それは彼女が転校の理由を誰に対しても秘密にしていることと関係があるのだろうか。
そんな憶測が頭の中に浮かんでは消えていた束の間に、当の彼女はコロッと表情を元の天真爛漫なものに戻していた。
『そんなことより、早くクラスで何をやるか決めましょう。暗くなっちゃう』
「そ、そうだね」
凄まじい切り替えの早さで自分の意見を述べ始める彼女の話に相槌を打ちながら、僕はふと、あることを思いついた。
それは、「河合さんの真似をしてみる」ということ。
勿論、彼女の言動をそのままコピーするといった不審者めいたことではなくて、「彼女ならこの時、きっとこうする」といったことを考えて、その通りに行動してみる、という意味だ。
本心の通りに行動する彼女を真似ることで、自分の本心に近づくことが出来るかもしれない。
『ねえ、遼くん』
「ん、どうしたの?」
話の途中で急に呼びかけてきた河合さんに目線を合わせると、彼女は何故だか僕に微笑みかけていた。
『やっぱり遼くんって変わってるね』
「え」
『なんでもない!』
そう言って文化祭の話を再開する彼女の表情は優しい笑顔のままだった。
僕の頭に幾つか疑問符が浮かんだけれど、その疑問符は河合さんと話しているうちにその答えを見つけることなく自然と消えていった。