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「僕の殻、私の仮面』  作者: 藤沢 空
一章 「偽りの僕、本当の君」
4/9

「1−3」

 河合さんは驚くほどあっという間にクラスに馴染んだ。

 『本音』なんて聞こえなくても分かる、その明け透けが過ぎるキャラクターに最初は引いてしまうクラスメートもいたけれど、そんな人たちも結局は彼女の魅力に惹きつけられ、一週間経った頃には誰が命名したか「バッキー」なんてあだ名を頂戴し、すっかりクラスの中心人物になっていた。


『ふう、人気者はつらいねぇ』


 女子たちが形成する喋りの輪から抜け出してきた河合さんは、自分の席に腰掛けるなり呟いた。

 軽口を叩いているようにしか聞こえないこんな言葉も、彼女は本当にそう思って言葉にしているのだ。


「河合さん、大人気だね」

『だから遼くんもあだ名で呼んでって言ってるじゃん』


 ムスッとする河合さんに苦笑を返すと、彼女は『まあいいや』と半ば諦める形で違う話題に切り替えた。


『そういえば、今日のホームルームの時間って何をやるんだっけ?』

「確か文化祭の出し物を決めるはずだよ」

『なるほどね。それにしても文化祭が5月後半って随分早いよね』

「河合さんが前までいた高校はいつ頃にあったの?」

『10月だね。それが普通だと思ってた』

「ふーん、そうなんだ」


 僕と河合さんは席が隣で、しかも家の方向が一緒だったので、こうやってちょっとした休憩時間に喋ったり、偶然登下校のタイミングが被ったりして、今ではすっかり気の置けない仲になっていた。

 というのは、僕らの様子をはたから見た人たちがそう感じるだけで、河合さんは誰にだって気なんて置くどころか放り出して接してるし、僕も相変わらず大きくて分厚い殻に引きこもりっぱなしだけれど。


 初めて河合さんと出会った日、僕は、彼女が本当の僕を見つけ出してくれるかもしれないと期待した。でも結局、本当の自分は自分自身じゃないと見つけられないという、至極まっとうな事に気付き、そんな1+1よりも簡単な答えに僕は勝手に酷く落胆したのだった。


 なんてこれまた勝手に一人思考の渦に飲み込まれてた僕を、怪訝な顔をした河合さんが引っ張り上げてくれた。


『……い、 おーい。遼くん?』

「! ご、ごめん。聞いてなかった……」

『一対一で人と話してるときに考え事する? 普通』


 そう言って頬を膨らませる彼女を不快にさせてしまったかもと、一瞬ドキッとしたけれど、続けて


『やっぱり遼くんって変わってるね』


 とオブラートもろとも笑い飛ばしてくれたお陰ですぐにホッとすることが出来た。それと同時に、僕たちの横から声がかかった。


「おっす。何話してんの?」

(この二人最近仲良いなー)

「こんにちは」

(なんで椿は吉岡くんなんかと仲いいんだろう)

『宰くんと碧ちゃん。文化祭の話をしてたんだ』


 宰の彼女である森繁さんは鋭い人で、僕が上辺を取り繕って皆と接していることに勘付いている。だから、僕のことを不気味に感じ、そんな僕が河合さんと親しくしていることを疑問に思うのも当然だ。


「そっか。あと三週間とちょっとだったっけ?」

(もうそんな時期かー。野球部の遠征がなけりゃ今日のホームルームも出れたのになぁ)

「そうだよ。この学校やたら文化祭に力入れてるから、バッキーも楽しめると思う)

(宰と回るの楽しみだな)

『ホントに? それは期待大だなー』


 河合さんが既に3週間後の楽しみを前借りしてきた様な表情になる一方で、僕は文化祭に対して大きな懸念を抱えていた。

 そして案の定というか何というか、その懸念は週末の遠征のために宰たち強豪野球部の部員と、その顧問であり僕たちのクラス担任でもある篠原先生が抜けたホームルームが始まってすぐに的中してしまった。





 さて、最初から決まってたかの様に文化祭でのクラス責任者を押し付けられた僕だったが、直後に予想していなかったことが起きた。

 河合さんが副責任者に立候補したのだ。


 どうせ副責任者は誰も立候補せず、一人で仕事をやらされると思っていた僕にとって、この申し出は非常に有り難かった。

 勿論クラスの中からは感謝の声に紛れて僕に対する嫉妬、羨望の『本音』が飛び交ったけれど、建前上、今から責任者に立候補するのは不自然なので、全員実際に口にするのをぐっと堪えている。


『がんばろうね』


 教卓前の段にピョンと乗り、僕の横に並んで微笑みかけてきた河合さんに感謝の意を伝えてから、話し合いを再開する。


『それじゃあ、次にこのクラスで何をするか決めたいと思います。何か意見のある人はいませんか?」


 ……しーん……。

 教室に静寂が流れる。意見したい人が互いを無言で牽制し、探り合う不毛な時間。こうなると会議は長引きそうだ……。と覚悟した僕の予想を裏切り、一人の男子が「はーい」と手を挙げた。


「鶴橋くん」

「正直何でも良くない? 委員長が決めてくれればそれで良いよ」

(早く終われよ……。放課後智花とデートなんだよ……)

「え」


 にわかにザワつき始める教室。

 そのザワつきの大半は『それは流石に……』とか『吉岡くんにおしつけすぎでしょ』といった鶴橋くんへの批判だ。

 でも、誰も発言力の強い鶴橋くんの意見に声を大にして反対することは出来ない。

 そして、人間関係が作り出す空気とは不思議なもので、誰も声を上げて反論しないと分かった途端、クラスから「まあいいか」とか「適任でしょ」といった言葉が生み出される。

 それも、つい数瞬前まで心の中で反対意見を掲げていた人たちからである。


 そして、その空気を代表して鶴橋くんが


「みんなもそう思ってるみたいだし、委員長に任せていいか」


 と疑問形の体を成した脅迫を突きつける。本音は僕じゃなくても分かる通り、(とっとと引き受けろ)だ。

 

 チェックメイト。こうなってしまえばもう反論は不可能だ。口から飛び出しそうになったため息をグッと飲み込み、提案を承諾しようとする。しかし、それより前に僕の隣で静寂を保っていた少女がその細い両腕を教卓に叩きつけ、そして言葉を発した。


『なにそれ……』


 最初は皆耳を疑った。怒気に満ちたその声の主が、あの河合さんだとは誰も咄嗟には理解出来なかったからだ。

 瞬く間に静寂に支配された空間をものともせず、いつもは他の誰よりも輝いている円らな瞳を伏せたまま、河合さんは言葉を続ける。


『なにそれ。黙って様子を見てれば。遼くんが嫌がってるの、様子見れば誰でも分かるでしょ。分かってて皆鶴橋くんの意見を受け入れてるんだよね。だとしたら皆最低だよ。私は関係ないみたいな顔して。自分は悪くないみたいな雰囲気だして』


 文字通り矢継ぎ早に本音の矢を放ち、場を圧倒した河合さんは、一息つくと今後は林檎の様に赤く火照った顔を僕の方へ向けた。


『遼くんも。嫌なら嫌ってはっきり声に出さないと。厄介ごとを何でも引き受けることが正しいことなんかじゃ決してないんだから』


 ……パリッ。


 その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かにヒビが入る音がした。

 強い語気で放たれた言葉が、今まで感じたことのない温もりを持って胸の奥深くまで突き刺さる。


 なんだろう、この感覚は……。僕は初めての経験に頭がフリーズしてしまう。

 少しすると、再びクラスがざわざわし始めた。


(バッキー、急にどうしたんだろう)

(河合さんって怒るんだ……)

(委員長も早くなんか言えよ)


 ハッと現実に戻された僕が横を見ると、目があった河合さんがシャープな顎をクイッとクラスメートの方に向ける。


(空気重てえ)

(なんか言ってくれ吉岡)


「ぼ、僕……」


……パリッ……。


(あの何でも屋が断ったらちょっとした事件だな)


『僕は……!」


……パリパリパリッ……!


(あー、河合さんが文句言わなければもう終わってたのになー)

(バッキーって意外とめんどくさいかも……)


………………………………。


「……僕は別に嫌じゃないよ。ありがとう河合さん。僕を心配してくれて。じゃあクラスで何をやるかは僕が決めるよ。皆でいい出し物にしよう」

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