明日はきっと温かい
「秋冬温まる話企画」という企画の短編小説です。
先に言っておきますが、温まる方法は人それぞれです。
とある街のとある酒場。その酒場でできるだけ隅っこの席を目敏く見つけて席に着くと同時に、俺ははぁ、とため息をつく。
「なぁ……なんでこんな寒いんだ……?」
「知らないわよ……」
俺の率直な疑問に癒術師のシェルがそう答える。
「鍛錬が足りぬでござる」
「……」
そしてパーティの壁役である、重戦士のマイスターがそんな事を言い、その言葉に無言で同意したようにコクリと頷く魔法使いのチェン。
今日はなんだか知らないが冬の精霊達がお祭りをしてるだとかなんとか巷で言われているらしい。なんてはた迷惑な連中なんだ。
それに……この寒さは鍛錬云々の問題じゃない気がするんですが。
てか、マイスターはともかくチェンはこっち側じゃなかろうか?
「え、チェン。お前寒くないのか?」
「……………さ、さ……さっさ、さささささささささささささ」
少しの間があって、何かを言おうとするチェン。
「あ、あー……いや、俺が悪かった。とりあえず、寒くはないんだな?」
「……」
俺の言葉に再びコクコク頷くチェン。そして、いつの間に頼んだのかウェイトレスが持ってきたホットミルクらしきものをちまちまと飲んでいる。
俺ははぁ、と、またため息を一つつく。
「ゴン殿は寒いでござるか?」
そんな当たり前の事をマイスターが聞いてくる。
「当たり前じゃん。こんな中寒くないって言うのお前くらいのもんだよ」
「む……鍛錬さえしていればこの程度の寒さなど」
「……や、ややや、ややややややややややややっ」
「あー、ごめんごめん、チェン。やっぱ寒いって言いたいんだな?」
俺とマイスターの会話を聞いてマイスターと同類扱いされたと思ったらしいチェンが華麗な手のひら返しをする。
すごい勢いでコクコクと頷いている。首もげるぞ? それにやっぱり寒かったって、痩せ我慢してたのかよ。まぁホットミルク飲んでる時幸せそうだったしな。
……いつも無表情だから本当かどうかは知らないけれど。
チェン殿、裏切るでござるか?! とかマイスターが言っているがチェンは取り合おうとしていない。
いつもの見慣れた光景だ。
まぁ、そんなやり取りしてると、やはりというかなんというか。
「じゃあ温かくなる方法を探してみる?」
って話になる訳で。
「探すまでもないでござるな! それはもちろん」
「「却下」」
マイスターの言葉を途中で遮り、俺とシェルが判決を言い渡す。
何故でござるか!? とか喚いているが、無視しておこう。
「えーっと、マイスターは論外だとして、他。案があれば言ってくれ」
「論外とは失敬な! そもそも最後までちゃんと聞いてすらなかったでござらんか! 今度は最後まで聞くでござるよ? やはり、体を温めるには己自身をき」
「はいはーい、じゃあ宿の中に籠るって言うのは?」
なにかを言っているマイスターを無理やり無視していると、マイスターを遮ってシェルがそんな魅力的な提案をしてくる。
俺はもちろん。
「採用」
即答である。当たり前だ。ハンターなんて稼業はある種ブラックだ。
まだ、俺達に此れ見よがしに食べ物を見せつけておいてそれをほかの客に売り払っている八百屋の方が幾分どころか何倍もマシだ。
「ちょっ、ちょっと待つでござるよ!
流石にそれは看過できないでござる! ほら、チェン殿も心配そうに見てるでござる」
その焦ったようなマイスターの声に俺とシェルはじっ、とチェンを見やり、そしてそのまま体ごとチェンに向き直る。
「…………?」
その二人の視線にチェンは何事かと少し怯えたように席の隅っこの方へ隠れるように身構える。
そんなチェンを怖がらせないように俺達は優しく微笑み。
「チェン、一緒に宿に籠ろう。そしたら、この間お前が欲しがっていたあの超高級水晶を買ってあげよう。今ならおまけでお前の好きなあのマジカルハンター☆ハントちゃんのストラップもつけてやろう」
「あっ?! ズルいでござる! ま、まぁ、でも考えが甘いでござるな! そんな甘言ごときにチェン殿が簡単に……ああっ!? チェン殿、即決でござるかっ?!」
俺達の甘い誘いにチェンがささっ、とこちらに移動してくる。
これで三対一。残念だったなマイスターよ。やはり、貴様はただの脳筋だったようだな! 圧倒的民主主義社会の制度によってこれは言うまでもなく……
「ま、待つでござるっ! ほら、皆、考えるでござるよ。例えば拙者達が、普通の一般人だったとするでござるよ?」
「いや、俺達ハンターだし」
「例えばの話でござるっ!
で、拙者達は街で暮らしてるとするでござる。そこで周りのハンター達が、あー仕事だりー、もう宿でぐうたらして過ごすわ、モンスター? 知るかそんなん、だるいから明日から本気出すわ、とか言ったらどう思うでござるか?」
は? なんだよ、そんなアホみたいにバカなハンターは。同じハンターとして恥ずかしいぞ。
そう思ってマイスターの問いに対して迷うこと無く俺は答える。
「働けクソニートって罵倒する」
「それすごいブーメランよ、ゴン」
おっと、見事なブーメラン。こりゃ一本とられたな。
「おい、マイスター。脳筋のくせに俺をこんな罠に嵌めてくれるとはいい度胸じゃねぇか」
「罠ですらないでござるよっ!?
はぁ……脳筋ってところを見逃すでござるから、とりあえず、さっきの続きを話すでござる。
そんな訳で、ブーメランを食らったゴン殿は立派なクソニートでござる。ずっとクソニート呼ばわりされてもいいのならそのままでもいいでござるが、流石に嫌でござろう? そこで、提案があるでござる」
「「提案?」」
マイスターの言葉に俺とシェルが同時に聞く。チェンも不思議そうに首を傾げている。
それを見てから、マイスターが声を潜めて言ってきた。
「そうでござる。ほら、三人も聞いたことないでござるか……?
ここ最近、街の外で大物賞金首を見かけたって話を……!
そして、その首に掛かっている賞金が物凄く莫大な事を!」
「「詳しく」」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「なぁ、マイスター。本当にこんな所にその賞金首とやらは出るのか?」
真冬のこの寒空の中、俺達は街の外へ繰り出していた。
その理由は、そう、大物賞金首である。
その賞金首に掛けられた懸賞金はなんと一千万ルーンなんだと。
いつも酒場で飲んでる酒が四杯で一ルーンくらいだから、一人四杯飲むとして四人いるから一日四ルーンで計算したら……な、なんだと……これ、一生働かなくても暮らしていける額なんじゃあ……。
一人当たり二百五十万ルーン。これだけでも充分すぎる額。なんてこった! 倒せちゃったら人生勝ち組じゃんっ!!
よし、俺の人生勝ち組ルートの為にもこれは避けては通れない道なのだ!
そう思い立ち、マイスターの言う大物賞金首を倒すことになったのだった。
その莫大な金額に目が眩んでここまで来たのはいいんだが……。
「皆この辺で見たと言っていたでござるよ。
ただ、ギルドの方達は迂闊に刺激しすぎるなと言ってたでござる」
マイスターがそんな事を教えてくれた。迂闊に刺激するな、と。ほうほう、それはなかなか……って、
「おい、ちょっと待て。迂闊に刺激するな、だって?
これ、マジもんのやばいやつなんじゃ? ほら、一生楽して暮らしていける額の懸賞金が掛かってるくらいの奴なんだろ?
え、これダメなやつじゃね?」
どうも金額に目が眩んで思考が冷静になっていなかったらしい。
マイスターの言った言葉で少し冷静さを取り戻す。だが、ここまで来た以上引くに引けない訳で。
「何言ってんのよ。ここまで来たからにはそいつを見てみなくっちゃね! 無理そうなら逃げればいいんだし」
「……」
「大丈夫でござるよ。拙者がきっと足止めしてみせるでござる」
シェルがのほほんとした感じでそんな事を言い、チェンもそれに同意してコクコク頷いている。
そして、脳筋はとても頼もしい限りだ。
うーん、まぁ、そりゃそうか。無理そうなら逃げりゃいいのか。もし、いけそうならそのまま戦う。無理なら逃げる。よし、これでいこう。
「まぁ、そうだな。よし、無理そうなら即撤退だからな。そもそもギルドの指定のクエストじゃないから失敗した時の違約金もないし、気楽に行こう」
俺のその言葉に皆が頷く。
しかし、俺はふと疑問に思って、マイスターに聞いてみた。
「……なぁ、なんでこんな金額掛かってるのに誰一人も討伐しようとしないんだ?
あれだけ懸賞金が掛かってるなら討伐隊とか組んでとっくに倒されてるだろうに。
大物賞金首っていうくらいだからまぁ、強いんだろうけどさ。それでも王都に派遣されてる騎士連中を集めりゃいけるんじゃないか?
なんで、放置されたままなんだ……?」
その疑問にマイスターが答えようとして。
ズズンッという大きな地響きと共にいきなり地面が大きく揺れる。
「うぉっ?!」
「きゃあっ?!」
「むっ!?」
「…………っ」
俺達は体勢を崩すが、どうにか持ちこたえて戦闘態勢に入る。
だが、その地響きの原因らしきものは見えない。
…………? どうしたのだろうか?
地響きが止み、辺りが静寂に包まれる。聞こえてくるのはヒュオオオという冷たい風の音だけ。
……俺はなにか一つ、見落としている気がした。皆が見ているのに、討伐されない賞金首。
何故、討伐されないのか。強いのはもちろんだろうけど、それだけの理由ではまだ弱い。
なんだ……? 何か気付いていない事……。
俺はそう考えて、もう一度、マイスターに先程の話をする。
「なぁ、マイスター、さっきの話の続きなんだが」
「あぁ、そうでござった。ゴン殿、その賞金首でござるが……強いのは、もちろんでござる。ただ、それだけじゃなくて、滅茶苦茶に……」
「め、滅茶苦茶に……?」
マイスターの貯めに俺を含む三人がゴクリと唾を飲む。
「滅茶苦茶に、でかいのでござる」
「「…………は?」」
俺とシェルが気の抜けた声を洩らした瞬間。
「ゴアァァァァァァァァァァァッッッ!!」
雄叫びのようなものが上から聞こえてきた。
……まさか。まさか、だよな?
恐る恐る、俺達は視線を上へと伸ばす。
すると、そこには……!
「「「なあぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」」」
「…………っ?! ……っ?!?」
滅茶苦茶にでかい人型のバケモンがいた!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「うわぁぁぁぁぁっ!! なに、なにこれ、超怖いっ!?」
「馬鹿馬鹿! なんなのよこれぇっ!? こんなの聞いてないわよぉぉぉぉっ!!」
「せ、拙者もここまでのものとは……!」
「……っ! ……っ! ……………っっ!!」
俺達は今、真冬だというのにも関わらず、汗を垂れ流しながら全力で逃げていた。街に向かって。その大物賞金首から。
走りながらマイスターが叫んで教えてくれた情報によると、この賞金首、名前が大物賞金首なんだと。
物理的に大物って意味だったのかよっ! 確かに、確かに大物なんだが。大物にも程があるだろっ?!
そんなツッコミすらもこの状況では役に立たない。
そして、首に掛かっている懸賞金一千万ルーン。
これも、物理的に首に掛かっている。
そう、この大物賞金首のその高い高い首元にキラキラと輝く宝石のようなものが見える。
それが一千万ルーンするのだとか言われているそうな。
…………ふ、ふっざけんなぁぁぁっっ!!
なんだよ、じゃああれか、あの高さまでこいつを登って取れってか、あの高さにある首の宝石を取れってか! なめんな、無理に決まってんだろ、そんなのっ!!
俺が見落としていたのは、そいつの外見だ。見えていないんじゃなくて、大きすぎて分かっていなかった、という事。
つまりは、最初から視界には入っていたのだ。
まさか、そんなに大きいやつだとは知るわけがない! ましてやそいつのテリトリー内に悠々と入っていた事にも!
大きすぎる故に太刀打ちできない。だが、テリトリー内に入らなければ温厚で、何もしてこないという。
あぁ、討伐隊とか組まない訳だ。
何もしなければ害がないというのならわざわざ討伐する必要も無い。
そもそもあいつらは国から金が入ってくるんだし、こんな危険な事しなくても稼げる術があるのだ。
国のお偉いさんとかもわざわざこんなバケモン討伐しようとか思わないんだろう。
だって、害が全くと言っていいほど無いのだから。
あぁ、くそっ! なんでこんな単純な事に気付かなかったんだっ!!
くそっ! 俺のパーティはいっつもこうだ! 何故、いつもいつもこう変な事に巻き込まれるんだよぉぉぉぉっ!!
内心で金に目が眩んだ自分をぶん殴ってやりたいと思いつつ、ひた走る。
と、マイスターが覚悟を決めたように立ち止まって言い放った。
「こ、ここは拙者に任せるでごさるよ! 拙者の鍛えに鍛え抜いたこの身体で……!
ふ、ふふふふっ! あぁ、漲る! 漲るでござるよっ! あぁ、昂ってきたでござるっ!!」
…………始まってしまった。
あぁもう! 本当に頭を抱えたくなる! 何故、こう俺のパーティのやつはこんなのばっかなんだよ!
マイスター・ブシドー。俺のパーティメンバーの重戦士。
盾役としてはいいのだが、強敵が現れると嬉嬉として突っ込んでいき、攻撃を受けにいく。
鍛錬だなんだと言って無茶苦茶に攻撃を受ける。
要するに、自分(の身体)を虐めるドMである。
「馬鹿っ! いくら脳筋で鎧の中に鎧を付けてるようなお前でもそれは流石に……っ!」
俺の言葉はもう彼には届かない。嬉嬉として大物賞金首に向かって走っていく。
あぁ、もう、どうにでもなってしまえっ!!
「おい、シェル! チェン! もうこうなりゃやけだ! あの脳筋を支援しながら少しでも時間を稼げ! 俺が賞金かっさらってくる!!」
「なっ! 何馬鹿言ってんのよ! あの高さよっ!?」
「ばばば、ばばばばばばばっ、ばばばばばばばばばばばばば」
そう言って唯一発言がまともなシェルが止めに入る。チェンも止めに入って入るようだが。
「うるせぇ! もうやけくそだ、ちくしょうっ!」
俺はそう叫びながら大物賞金首へと向かって走っていく。
「チェン! 脳筋馬鹿を援護してやれ! 上位魔法だ! ぶっぱなしてやれぇっ!!」
俺の声にはっとし、コクコクと頷くと、詠唱をはじめる……が。
「たたっ、たたたたたたたたた……っ!
たたんたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたっ……ぅ……」
…………………………………………。
……あぁ、分かってたよ! こうなる事もっ!!
チェン・コミュシュター。俺のパーティメンバーの魔法使い。年齢12歳。女の子。
上位魔法までも自在に操る天才魔法使い。低位の魔法であれば無詠唱でできる。そして見てくれは美少女なため、人が周りに集まってくるのだ。
だが、極度のコミュ障。人前だとどもってしまい、うまく話せず、言葉が出てこない。
それは詠唱ももちろん例外ではない。
つまり、上位魔法は使える。使えるが、自分一人の時にだけ。人前では使えない。詠唱が出来ないから。
そんな訳で彼女がいつも使う魔法は決まって低位の無詠唱だけなのである。
彼女の通り名は、『孤高のロリっ子』だとか、『なんちゃって上位職』やら『うちのマスコットウィザード』などなど。ちなみに孤高のロリっ子と呼ばれていた時代に俺達のパーティーに入りたいと懇願してきたのだが。
「チェェェンッ!! 無詠唱! 無詠唱でできる魔法でいいからっ!!
上位魔法とか無茶は言わんからっ!!」
その俺の言葉に、泣きそうになりながらも、チェンはこくりと頷き、気持ちを切り替えたのか真剣な眼差しを大物賞金首に向ける。
そして、
「……っ!!!」
チェンが火の魔法を放つ。火の玉、それが勢いよく奴へと飛んでいく。
チェンがふっ、と不敵に笑い帽子のつばを掴み、クイッと下げる。
が、たかが低位魔法。呆気なく十メートル程で鎮火する。
「くそぅっ!! 分かってたけど! 分かってたけどっ!!」
「…………」
俺が言うと同時にチェンの顔が羞恥の為か、真っ赤に染まる。こうなると分かってるなら格好なんかつけなきゃいいだろうにっ!
「あああぁぁっ! これはっ! こんな重さは初めてでごさるっ!! 更に拙者の肉体が極まっていくでござるっ!!」
……あいつはもう手遅れなのかもしれない。あんな真正面からあの巨体から繰り出されるパンチを受け止めて悦んでいる。
しかも、既に三、四発ほど受けているにも関わらず、倒れすらしない。
どんな肉体してんだ、あいつは……!?
「わぁっはっはっは! さぁ、もっとだ! もっと拙者を鍛えるでござるっ!!」
もう、あいつが何を言いたいのか分からないし、分かりたくもない。
あぁ、もう、なんでこんな……っ!!
「ゴォォォォンッッ!」
「っ?!」
ふいに後ろから聞こえてきたそれは、俺が唯一まともに近いと思っているメンバーの声。
「な、なんだーっ? シェルーっ!!」
こいつだけは、そう思っていた時期が、俺にも……。
「私、もう我慢できないっ!!」
そう言って急に全速力でこちらへと向かって来る。
「ちょっ?!」
自分に支援魔法でも掛けたのだろう、凄まじいスピードで俺を追い抜くと、必死で、というか嬉しそうに、敵を食い止めているというよりは、潰され掛けているマイスターにまで追いつく。
そして、
「あははははははっ!! なにこれ、超速っ……えっ、ちょ、待って、これ速すぎて止まれな……っ!!」
きっとまた新しく開発した身体強化の支援魔法だったのだろう。スピード落とすことなく、そのまま大物賞金首の足らしき部分へと追突する。
ドォォォンッ! という大きな音と共に大物賞金首が体勢を崩し、こちらに向かって倒れ……っ?!?!
「ば、バカヤローっ!! 何してくれてんだぁぁぁぁっ!!」
あぁもう! なんでこいつらはいっつもいっつも!!
シェルリア・ルカジマ。俺のパーティメンバーの癒術師。愛称はシェル。
支援魔法を得意とし、回復魔法は上位のものまで扱える。最上位のものまであと少しとは、本人談。
そして、支援魔法はありとあらゆるものが使える。中には自分で開発したものもあるらしい。というか、自分で開発したものが沢山ある。
だが、自分では完成だと豪語するものの、大体のものが未完全なもの。そう、例えば……
「……は、速すぎて……減速しようと思ったらもう目の前に壁が……」
こんな感じのものばかりなのである。
つまり、欠陥支援魔法なのだ。いつも欠陥呼ばわりすると怒るが、本当にそうとしか言えないものばかり。
一時的に筋力が物凄く上がるが、スピードが物凄く落ちる支援魔法、つまり、遅すぎて攻撃が当たらないどころか、隙だらけになる支援魔法だとか、防御力が物凄く上がるが、攻撃力が凄まじい程に下がる支援魔法、つまり、効果が切れるまで相手も自分も互いにダメージを与えることが出来ない支援魔法だとか。
もう何を考えて生み出したのか疑問に思うものばかりだ。いっそのこと支援ではなく妨害しているのではないかと疑ってしまう。
こいつの魔法は支援魔法ではなく妨害魔法なのかもしれない。敵にかけてみたらなんだかうまく行きそうな気がする。
そして、こいつ。口調と、見てくれは完全に女そのものなのだが。実は、男である。
ちゃんとアレはついているのだそうだ。聞きたくも知りたくもなかった。
公衆浴場でいつも混浴に入るのはそのせいなのか。
いや、今はそんな事より……!
「本当になにやってんだっ?! 早くヒーリングするかポーション飲めっ!」
「……あ、あぁ、ぽ、ポーションがぁ……!?
……あ、安堵の光よ、わ、我を癒したまえ……ヒーリング……っ!」
ぶつかった衝撃で、ポーションが割れたらしいアホな開発者はなんとか自分に回復魔法をかけた。
その間にもこちらに相手が倒れてくる。いや、こちらに向かって落ちてくると表現した方が正しいと思うほど高い所から倒れ込んでくる。
俺はチェンに指示を出して、二人で全力で回避する。恍惚としてたマイスターはなんだかんだで大丈夫だろう。
シェルはぶつかった時点で吹っ飛んでるから潰される心配はない。
と、ここで俺はある事実に気付く。
俺達はこいつから全力で逃げていたわけで。どこに向かって?
街に。そう、街。今、俺達がいるのは門の近くで。倒れ込んでくるこいつの胴体部分は街の外側部分にまで達している……。
………………あっ。
そう、思った時にはもう遅く。
凄まじい轟音と共に、大物賞金首が外壁諸共、街へと倒れ込んだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
やつを文字通り倒した翌日。
「ハンター、ゴンタ・リードル殿、とその一行。
貴殿らはあの大物賞金首を倒し、その首に飾られた宝石を取り、持ち帰ったとして、Sランクハンターの称号をここに授ける」
衆人監視の前で俺たち四人はハンターギルド内にて表彰されていた。
あぁ、なにせ討伐隊を組もうとすら思わないあの大物賞金首を倒したのだから。
大物賞金首は自身の身体の体重が首元にかかり、首の骨がポッキリいって呆気なく死んでしまったらしい。
なんとも浮かばれない死に様だ。俺なら死んでも死にきれないな。コケて首骨折で死亡って。
まぁ、そんなことより。
今、俺の腕の中には大きな大きな宝石が大事に抱えられている。
大物賞金首の首に物理的に掛かっていた賞金、というやつだ。
俺はそれを持ちながら、表彰を受けている。
Sランクハンターの表彰を受け、周りのハンター達が騒ぎ、囃し立てる。
すげぇだとか、まぐれだとか、やると思ってただとか。カッコイイやら、奢ってやら、あいつらこの間一日でゴブリン五体討伐に失敗してたぜやら。まぁ、今の俺にはそんな事些細なことにしか思わない。
……最後、なんか言ってた奴の顔は覚えたかんな。
ま、まぁいい。なにせ、俺のこの腕の中にあるこいつ。
こいつを売ってしまえば、一生遊んで楽して暮らせるだけの金が手に入るのだから。
そんな事を思いつつ、上機嫌で表彰を受けていると。
「それと……。大物賞金首を倒した貴殿らに一つ頼みたい事がある」
含みのあるような言い方でギルドの職員がそう言う。
ふっ、今や俺らはSランクのハンター。頼み事の一つや二つ、他愛も……
「大物賞金首を討伐した際に、破壊されてしまった外壁、街の建造物群。
まぁ、たまたま講習があり、人が出払っていていなかったのが幸いし死者はでていないが……。
その修繕費用として、一千万ルーンの支払いを頼みたい。
ついては、その手に持った大きな宝石。それを修繕費用として没収する!」
そう言って、俺の腕から無理やり宝石を奪おうと四人のギルドの職員が囲んできた!
あぁっ?! こ、こいつら! 絶対渡さねぇかんな! 俺の勝ち組ルートは潰させねぇっ!!
「くそぅっ!! 卑怯だぞ、あんたら! この為に武装が邪魔になるからって私服でいいとか言ったんだな! しかも、こんな丸腰の奴に寄ってたかって四人で! ギルド職員の風上にも置けない奴らだ!」
「い、言わせておけばっ! これは上からの命令なんだ、悪い事は言わん、大人しくそれを渡せ! 抵抗はするな!」
そんな三下の悪役みたいな事を言って、目の前の職員が飛びかかってきた!
もちろん、全力で抵抗させていただきます!
「ふっ、甘いな! 捕縛っ!!」
俺は目の前の飛びかかってきた職員に向けて捕縛魔法を放つ。
「あぁっ?! ちょっ、やめ!」
焦った職員は避けようとするも、魔法の餌食となり、向かってきた状態のまま固まり、身動きが取れなくなった。
わははははは! ざまぁ、見さらせっ! そっちがその気なら全力で抵抗するかんな!
……と、思っていたのも束の間。
「今だ! 取り押さえろぉっ!」
後ろからこっそり近付いて来ていた新手の職員にタックルをかまされ、そのまま地面に押し倒される。
なっ!? こいつ、どこから現れやがった!?
その間にも俺は宝石をぎゅっと抱き締め離さない。
「あぁっ?! おい、やめろぉぉっ! この卑怯者! 変態! 痴漢っ!! どこ触ってんだ! 俺をこの公衆の面前でどうするつもりだぁっ!」
「おい! 誤解を生むようなことを叫ぶなっ! ほら、早くっ! こいつが事態を悪化させる前に! 早くっ!」
「だ、誰か! 捕縛解除スキルを習得している者はいないか!?」
あぁ!? 俺は抵抗しようにも背後からこっそり近付いて来た臆病者が馬乗りになって身動きが取れないっ!
やめろぉぉっ! 俺の、俺の勝ち組ルートォォッ!!
俺の抵抗も虚しく、宝石はギルド職員の手によって奪われてしまった。
「あぁっ、俺の宝石がっ!? 泥棒っ! お巡りさん! お巡りさーんっ!! ここですっ! ここに宝石泥棒がっ!!」
「お、おい! これは正当な理由だ! 誰が宝石泥棒だっ!! 適当なことを抜かすなっ!」
「は、はやく魔法の解除を……」
宝石を抱えたギルド職員が焦ったようにそう言い返してきた。
そして先ほどから俺のロックにやられた職員が俺と同じように喚いている。
あっ! この前意気投合して一緒に酒を酌み交わしたほかのパーティーのやつが魔法を解除しやがった! もう一緒に飲んでやらねぇかんなっ!
あぁ、くそっ、なんでこんなことに……!
なんだかんだで今回は上手くいってたと思ったのにっ!
「お、俺の宝石がぁぁ……」
俺は手をついて項垂れる。そんなやり取りを静かに見ていたパーティメンバー達は。
「まぁ……結果的に当初の目的の温かくなるってやつ達成したじゃない。温まったでしょ? 全力で走ったせいで」
「あぁ……拙者、あれ程の鍛錬は初めてでござった……! 堪能した……!」
「…………ちゅー……」
シェルが気楽な事を言い、マイスターがとんでもない事を口走った。
こいつ、あれを鍛錬とか抜かしやがったな。殴られて喜んでただけじゃねぇかっ!
チェンに至っては無言で椅子に座って飲み物を飲んでいる。
こいつ一人だけ無関係装いやがって! あっ! なんかあいつ専用の店員さんが付いてる! 紙とペンあげてなんかやり取りしてる。
そして、店員さんにいつもは絶対にしないような感じでニコリと微笑んでから席を立ち上がって…………。
……おい、ちょっと待て!
「おい、一体誰のせいでこんなんなったと思ってんだっ?! それとチェン! お前、ちゃんと笑えるのかよっ! いや、じゃなくて、無関係とは言わせねぇぞっ!?」
その俺の言葉に二人とも自覚はあるのか、フイッと顔を逸らす。
チェンはびくり、と体を震わせると口笛吹きながら明後日の方向を向きだした。
こ、こいつら……!
「で、でもさ、結果的に国に貢献したみたいだし、Sランクのハンターにもなれたんだし!
……ほら、感じるでしょ? 生きてるんだって実感。
大物賞金首に追いかけられて戦って生き残ったんだよ、私達。
そう思ったら、どう? こんなにも手のひらの温もりが……!」
真っ先に顔を逸らしたシェルが目を瞑り、胸の辺りで手をぎゅっと握りしめながらそんな抜かした事を言った。
……俺、なんでこんな奴らとパーティ組んでるのだろうか。
壁にはなるが、性癖が邪魔をする変態重戦士。上位魔法を操るが、人前では使えないコミュ障魔法使い。支援魔法に長けているが、生み出す魔法は問題だらけの欠陥癒術師。
あぁ……職業名だけ聞けばなんてバランスの取れたパーティなんだと思うはずなのに……。
……もし、神様がいるのなら。こんな恵まれないメンバーを使えるメンバーに変えてください。
それができなくても、俺に、もう少し、もう少しだけでもいいから、温情を分け与えてくださいますよう……!
「そんな温かさなんて今はいらねぇよっ!!
今の俺の心と懐は寒いままなんだよっ!!」
こうして、ゴンとパーティメンバーの一行の一日が過ぎてゆく。
後に世界にその名を轟かせる事となる、S級ハンター、ゴンタ・リードル。そんな彼の職業は。
────最弱職『狩人』。
温まったのであれば何よりです。