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敗者の街 ― Requiem to the past ― ※旧版  作者: Roderick Anderson (訳:淡月悠生)
第4章 Save and Live
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57.「悪を憎んだ青年」

「つか、助けに行かなくていいのかよ。近づいてんだろ?」


アドルフの問いかけに、隣の男はヘラヘラと笑って返す。


「オレのカンだけどよ、まだアイツらはだいじょーぶ」

「カンってよ……」

「それよか、玄関に気をつけよーぜアドっさん。死にたかねぇんだろ?」


立ち上がった瞬間、そこにあったのは沸き立つ殺意。


「オレよぉ、偉っそうなポリ公大嫌いなんだわ」


慌てて外を見るアドルフの目に、フラフラと歩いてくる金髪が映る。


「そういや、サーラちゃんも来るんだっけか?いい女になってっかねぇ」

「…………サーラ……って、キースの惚れた相手じゃ……」


欠伸をしつつ向かうレオナルドの後を、アドルフは腰の引けた様子で着いていく。


「残念だが兄弟、お前が好きそうな乳はねぇぜ。生憎と俺好みの人妻っぽさもねぇがな」


音もなく、2人の前に降り立つ黒髪の少年。

視線の先には、玄関で幽鬼のように立つ男。


「よぉ、キース・サリンジャー。いや、コルネリス・ディートリッヒ。……答えは出せたか?」


金髪の男は、俯いたままボソボソと喋り出した。


「僕、は……」




***




「庵ちゃんにメールを送らせた理由?」

「そう。情報提供のつもりだろうけど、主観ばかりなのが気になって」


メールをざっと確認して、暇そうにしてるカミーユさんに聞いてみた。

きょと、と彼は目を見開いて、何事か考え出す。


「……えー……っとね……。なんかもう色々絡み合ってるし、拾えたのから順に元データ(記憶)見せた方が早いかなって。僕が整理しても上手くいくわけないし」


ズボラか。


「それに、能力とかも見とくべきかなって」

「僕の?ロッド兄さんの?」

「どっちも。……あ、性格もかな。気に入らなかったら僕のモチベーションに関わるし」


モチベーションによっては今よりめんどくさい事態になってた……?いや、逆かな?


「……僕は気に入られてるの?」

「えっ、むしろすごく好き。態度から溢れ出してない?このアムールとパッション」


そう言われたらそんな気もする。……いや、そうかな……?


「まあでも、もうメール送る必要ないよね。君は多少強引だけど罪人の認定を得て、呪いの中核に足を踏み入れたんだから」

「……えーと、つまり?」


この人、何言ってるのか本当にわかりにくい。

月が路地裏を照らして、思わず目が眩んだ。


「他者を介さなくとも、ここに巣食う怨念、悪意……あらゆる思念に直接触れやすくなった。……同時に、()()()()危険性も増えたということだ」


凛とした声が、路地の入口から届いた。

歩いてくる青年。煌々と輝く瞳は翡翠色。


「レヴィくん……」


まだ彼は歪んでいない。

まだ、助けられる。


「思い上がるな」


ピシャリと冷たい声音が、僕を突き放した。


「俺の過去を察したか。……そして大方、こう感じているのだろう。……哀れだ、と」


図星だった。

ぎりりと奥歯を噛みしめ、彼は僕を睨む。


「貴様は俺の主張を「哀れな過去を持った存在の八つ当たり」としてでも聞くつもりか?」


答えられない。


「そして、端から正当性を排除すると?」


他人のことは他人事にしとけ、と、兄さんの言葉を思い出す。

……気をしっかり持たないと。

視線で続きを促すと、レヴィくんは静かに頷いてまた口を開いた。


「あの怨念どもは俺から抜け落ちた残留思念だ。……確かに、かつては俺の中に存在した思いだ」


抜け落ちたから、レヴィくんは2年分の記憶をなくしていた。

……キースのように、そこから先に進みたくなかったから……


「……勘違いしているようだから補足する。コルネリス・ディートリッヒの自我を内包していたとはいえ貴様は無実だ。危害を加えないために己を律していたのは、あくまで俺の信念に従ったまでのこと。……まあ、その、冷静になれる自信がなかったからな」


……え?


「……ああー……そっか。ローランドくんも最初条件は一緒だったね……。それに、僕も……」

「……カミーユさん、あなた自身の罪はあまり重くはない。正当防衛に近しいところもあるからな。……しかし、ノエル・フランセル……ジャック・オードリーは別だ。……身勝手な動機、罪悪感の欠如、逃避と贖罪を履き違えた行動……あらゆる意味で許し難い」


「……確かにね」と、蒼い目が伏せられる。

僕は勘違いをしていた。

彼の人生を、悲劇として捉えすぎたのかもしれない。


「俺の姿をした怨念の話だが……独立しているとはいえ、元は俺自身より溢れ出たもの。罪を炙り出し、時に罰を与える様子は散見されるが……今のところは制御可能のようだ。俺の志に反したことはしていないからな」


彼が正気を失っていると決めつけていた。

憎しみのあまり、復讐心のあまり、我を忘れていると思い込んでいた。


「いくら憎い相手が多かろうと、無差別に殺めてまで貫く正しさなどない。……ことは基準を定め、慎重に運ばねばならん」


彼は拳を握り締め、あくまで冷静に語る。


「……君、やっぱり僕らには救わせてくれないんだね」

「…………悪いな。呑まれて我を忘れるわけにはいかん。目的を果たすため、俺は怒りも憎しみも、私情もなるべく律している。安穏に焦がれ、無意味に呪いを振りまくのは愚の骨頂だ」


悲しそうに、カミーユさんは肩を竦めた。

レヴィくんはその様子から目をそらし、続ける。


「この土地を消せば、蓄積した負の感情の行き場はどうなる?……受け入れ先として存在させるメリットは充分にある。……あとは、秩序を保つだけだ」

「あのさ、何度も不可能だって言ったよね?受け入れ先として許すとか、何千何万……下手したら億……膨大すぎるモノがなだれ込んでくるんじゃないの?それで秩序を保つとか……無理でしょ、無理。君が完全に悪意に呑まれたら台無しだしさ」


カミーユさんが我慢できずに噛み付く。


「……あなたは諦めさせたいようだからな。当然そう言うと分かっていた」


僕は誤解していた。

彼には確かに復讐心がある。人を呪うほどの憎しみもある。

だけど、彼の目的はあくまで前向きだ。


この街を存続させ、世界に影響を及ぼすほど溢れた負の感情を受け入れ続け、罪人を裁くことで安定させる。

裁く方法は、僕もこの目で見てきたし、感じてきた。……被害者と()()()()()()()()こと。場合によっては、自我を失うほど何度も繰り返す……


痛みを知るから、経験してきたからこその、悲愴な正義にも思えた。


「貴様の目的はこの現象の否定だろう?この土地を消滅させることを最終目標としているようだからな」


それは……

言葉がうまく出ない。


「ならば、俺は認めるわけにはいかない。……呪詛で人を殺めた贖罪というだけではない。ブライアンを戯れに壊し、カミーユさんを追い詰め、アドルフさんの瞳を曇らせ、……ロジャーを悲しませ……母さんを理不尽に弄んだ世界に……少しでも、少しでも抗ってやる……ッ」


黒い霧を拒絶し、彼は悠然と立っていた。

……綺麗な人だと、やっぱり、場違いにも思った。


「……嫌だなぁ。これ以上、君に苦しんでもらいたくないのに」


カミーユさんが苦虫を噛み潰したようにぼやく。……反論はできないようだった。


「……言いたいことはわかった。目的も、一応」

「そうか。……それで、どうする?それでも対立するというのなら、」

「うーん?そもそも対立してないと思うんだよね」


はぁ?と、間の抜けた声がした。


「僕はこの街の現状を否定してるわけだし、君がいい方向に活用するって言うなら、知恵を貸した方が懸命かもしれない。だって、すごいことだよ?負の感情を応用して世界にとってプラスにしようなんて……それを考えついた時点で偉いよ」

「……待て、少し待て。思考を整理させろ」


熱意を抑えきれなかった。

眉間にシワを寄せ、レヴィくんは腕を組む。

カミーユさんは「そういう考え方もあるんだ」と、横で感心してる。


「じゃあカミーユさんの方に聞くよ。どうして反対してるんだっけ」

「レヴィくんへの負担が大きいし、さっきも言ったけどどう考えても実現可能に思えないからかな」

「カミーユさんの目的は過去の精算だっけ。……具体的には、死ぬ前に大切な人たちを苦しみから解放したいってこと?」

「あー、うん。レヴィくんや君に比べたらちっぽけかもだけど、大体はそう」


ちっぽけなんてこともないと思うけど……。


「……ありがとう。僕も大事なことだと思ってる」


……だから、顔で読まないで……。喜んでくれたみたいで良かったけどさ。


「と、とにかく!レヴィくんと僕の目的なら、意外と親和性は高いかも。力任せに消滅させても何の解決にもならないし、「より良い未来を模索してる」時点で方向性はかなり似てる」


目を白黒させていたレヴィくんが、ようやくこちらに視線を合わせる。

月明かりに煌めく翡翠の瞳が、僕の瞳を捉える。


「……これからどうするつもりだ?」

「これからも協力しよう。君を敵に回すのはもったいない」

「もったいない、と来たか」


呆れたように溜息をつき、彼は僕に手を差し出した。


「その柔軟さに敬意を示そう。……こちらとしても、敵に回すのは心苦しいからな」

「良かった。レヴィくんこそ、交渉に来てくれてありがとう」


僕が握手に応じると、彼はうっすらと微笑んだ。


「お前は善良だな。……ありがとう」

「う、うん。そ、そうかな……?」


思わず心臓が跳ねた。これ口から出てない?大丈夫?


「か、カミーユさんの思いも汲んで、君の負担はなるべく減らすよ。そしたら君が道を誤る危険性も減ると思うし」

「……なるほど、一理あるな」


うんうんと頷くレヴィくんの横で、カミーユさんが大きく息をついた。


「若さってすごいね……。僕、そろそろ腰が……」


……立ち話だったからかな……?


「移動するか。歩きながらでも話はできる」

「……あ、わざわざ24歳って自称したのは?後退が2年だったのに意味はあったの?」


キースの罪が暴かれた時を思い出す。


「……コルネリスへの意趣返しだろうな。もっとも、その時期が穏やかだったことも理由かもしれん」

「……え?穏やか?」

「おい、なんだ。何が言いたい」

「あ、もうほんと無理。レヴィくん、介護すると思っておぶって」

「……カミーユさん、そこまで年老いてはいないだろう……?だがそこまで言うのなら仕方がない。肩ならば貸してやる」


うん、やっぱり怖い時はすごく怖いな……。でも優しい……。




***




「やりやがったな、コルネリス」


レニーは、腹を殴られて悶絶する黒髪の男を見下ろす。


「手加減したのに弱すぎね?弟はまあまあ平気だったぜ」

「……ロバートは腹筋割とあるんだよ……」


ロデリックは苦しげに呻きながら、レオナルドに対して抗議の声を上げる。


「……アイツ……何でだ……?」


アドルフの呟きは虚空に溶けていく。


「向き合えるような器じゃなかったってこったな。……外側にいる身内を引きずりこんで強みをなくすってか……。面白くなってきやがったぜ」


ニヤリと笑みを浮かべ、レニーは先程聞いた叫びを反芻した。


──僕は、僕は間違ってなんかない。正義のために僕は人を殺した。正義のために僕は悪を裁いたんだ。だから間違ってなんかない……!


「サーラはてめぇみたいな野郎にゃ間違っても惚れねぇよ。自分のケツすら拭けねぇ甘ちゃんが」


賽は投げられ、転がり、新たな道を指し示す。


「アドっさん、ちょい銃貸して」

「はっ?おい、ちょ、何勝手に」


レオナルドが、察知した敵意に銃口を向ける。

銃声が鳴り響いた。

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