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敗者の街 ― Requiem to the past ― ※旧版  作者: Roderick Anderson (訳:淡月悠生)
第3章 Link at the Lights
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46. ある囚人の追憶

あの日、自分の身体がどうなってるか見て、ようやく終わると思った。

あいつらがどんな顔するだろうって思ったら、そこそこ愉快ですらあった。


俺は──


家族が嫌いだ。人間が嫌いだ。世の中が嫌いだ。神なんてものがいるならそいつも嫌いだ。何もかも嫌いだ。

だけど、


「ロー兄さん……!!!」


人じゃなくなった俺に抱きついて泣く、まだ13歳の弟に、心の底から申し訳なく思った。


俺はたくさん嫌いだったけど、


「……ただいま」


その居場所(きょうだい)だけは、好きだった。

大っ嫌いな世界の中で、たった一つ、それだけ好きだった。




また記憶がない。

何年くらい抜け落ちてるのかもわからない。


どうせどこかしらフラフラさまよってるんだろう。なんの面白みもない繰り返し。

痛みには慣れたし、理不尽と思うのすら疲れた。

俺にどうにかできるものならどうにかしてる。


罰はとっくに罪を塗りつぶしただろうに、俺はまだ囚われてるらしい。怒りで笑えてくる。最近は特に、はらわたが煮えくり返ってばかりだ。


「……ロー兄さん」


また呼ばれた。今度はロブか?最近話をした気もするし、そうだろうな。呼ばれたら行くしかない。……俺は生きることも死ぬこともできない、中途半端なナニカだから。

ふと、足が止まる。移動を邪魔された気がした。

……あいつの視線を感じる。ロジャー兄さんがどれだけ嫌いか知らないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……なんて、何をどうこじらせたらそうなるんだか。


「どうして笑えるんだい?」


いきなり変なことを聞いてきた。


「何が?……一応ロブの前では、変なとこ見せるつもりもない。さすがに大人げないしね」


顔のないあの人が、表情すらないのに軽く舌打ちをした気がした。


「君のそういうところがいけないんだ」


またそれだ。この人はすぐそういう言い方をする。


「だから、私までおかしくなってしまう」


あんたは元からおかしいだろクソ野郎。

あー、はいはい。殴られてもやり返さなくて悪かったですね。性根の腐ったあんたのことだ。絶対倍返しじゃ済まさないだろうに。でも俺だって言い返したよ?あんたが言い負かされたの忘れてるだけ。


「そんなふうに綺麗に笑う君が悪いんだ」


誰が笑ってるんだよ、誰が。

……そう言えば俺、今、どんな顔してるんだろう。まあいいか。どうだっていい。ロブが呼んでるから移動しないと。……ああ、またか。引っ張られる感覚が気色悪い。


「ロブ!ごめんね呼ばれてたのに!」


ふと、鏡が見えた。

……誰?これ。あ、なんだ俺か。


「ロー、兄さん」


……ロブ?あれ、こんなに大人になってたっけ?


「あれっ、泣いてる!?ど、どうしたの?」


まるでガキに話しかけるように、泣いてるガキをあやすかのように、俺は、「ローランド」は笑っていた。


吐き気がする。

何か、何かがおかしい気がする。


勝手に口が喋る。身体が言うことを聞かない。元から決まってるかのように、「俺」は幼子をあやす。

何となく、影が囁いた気がした。


──ロジャーが殺した

──ローランドを殺した

──兄弟を見捨てた


この街に満たされた負の感情が、ロブの心に共鳴していた。


「……ロブは、ロジャー兄さんのことどう思ってる?」


ロジャー兄さんは、若くして死んだ。

脳溢血か、脳卒中か……そんなのであっさり死んだ。階段を登った時に血管か何かしらが切れたんだろう。……お疲れ様、ご苦労さん。今となってはそんな気持ちだ。

酒の飲みすぎとかストレスとか、色々あったんだと思う。あの人は長男だから、一番しっかりしようとしていた。プライドも山のように高かったし。


でもね、ロブ。

お前はあの人を憎んじゃダメだよ。

だって、あんまりだろ。実の弟から、本当の姿を忘れ去られていくなんて。


「兄さん、大丈夫だよ。僕は平気だから」

「……うん、そっか」


にっこりと笑う俺は、誰だろう。

今、こんなに腹が立って仕方ないのに、「俺」はニコニコと笑っている気がする。


…………ああ、いつもこんなだったな、俺。忘れてた。

腹が立って立って仕方ないから、笑って誤魔化してたんだっけ。


他人事にしてたら、別人格みたいに独立して動くようになった。

痛みはあるけど、忘れていられる。酔っ払ってるみたいな感覚。


廊下で誰かが呼んだ。


──ローランド、来てくれるかい?


あいつには呼ばれたくないのに。


「ああ、本当に馬鹿だね、ロブは」


口調が侵食される。

嘲笑が伝染する。

俺は、俺の意識はどこ?俺は、誰?


──ローランド、私は君を愛してあげよう


ふざけるなよド畜生が。あんたにだけは愛されたくない。


「ローランドは、君のことも愛してなんかいないのに」


気持ち悪い。気持ち悪い。意識がぐらつく。「俺」が持っていかれそうだ。


「……ロジャー兄さんもロナルド兄さんも……ロッドもロブも、ローザ姉さんも、みんな、俺は大嫌いだよ」


ああ、大嫌いだよ。だってお前らは俺をこの世に縛り付ける。こんなに痛くて苦しいのに、逃がしてもくれない。


でも、それでも、涙が止まらない。


──君は優しいね。嫌いな相手のために泣けるんだから


うるさいよ。兄さん。あんたには分からないだろ。

ロブの笑顔に、ロッドの夢に、俺がどれだけ救われてきたか。


「ロバートは君を信じているはずなのに、酷い兄だ。腹の底では嫌っているなんて」


影がゆらりと俺の背後で形を作る。

記憶が途絶える瞬間、また不快な声を聞いた。


「だけど、ロバートも酷い弟だ。こんな状態の君を良いように使うなんて」


一番縛り付けてるのはロブでもロッドでもなくあんたのくせに、よく言うよ。クソ野郎が。

ああ、痛い。記憶が焼ききれる。痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛




「ごめんね、兄さん。……ありがとう」


ロブ、俺は、


「……うん、絶対助けるから……だから、今は……眠って……」


俺は、


俺は、


お前のことも、嫌いだけど、大っ嫌いだけど、もう、この世界に嫌いなものしかないけど、


お前が目指す未来になら、賭けてもいいかなって思った。




また記憶がない。……レニーと話した気がする。

……思い出した。弱味を聞かれたから、ちょっとからかったんだった。見て驚け。ローザ姉さんはもともと劇団の衣装係だ。あの人の腕を舐めるな。


「……ローランドくん、グリゴリーのとこ行く?」

「あの不潔な医者?なんで?」

「よかった、ちょっと正気みたいだね。笑ってるけど口は悪い」


だから誰が笑ってるんだよ、誰が。

……っていうか、この人誰だっけ?亜麻色の髪に青い瞳……ああ、ブライアンか。


「君……割と人に無関心な方?」

「そうかも。あんまりよそ様のことに興味ないから」

「いいんじゃないの?人それぞれだと思うし」

「……何?いきなり。気持ち悪いよ」

「……表情で読めないからわかりやすくていいけど……ほんとに口悪いね……」


いや、表情で考えてること読むなよ。不快だなこいつ。


「ロバートくんが素直で結構助かってるよ。ああいう子かわいいでしょ、兄として」

「……甘えたでビビリのくせに変に冒険するとことか、見ててヒヤヒヤする。……けど、昔からやると決めたらやるよ、あいつは」


何ニヤニヤしてんだ。……ああ、この不気味な笑顔はブライアンじゃないな。カミーユか。

……なんだか、今日はやけに頭がスッキリしてる。

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