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敗者の街 ― Requiem to the past ― ※旧版  作者: Roderick Anderson (訳:淡月悠生)
第2章 Create for Blood
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37.「亡霊ツジギリ」

殺人鬼の噂って、どこにでもあるもんだけど……だいたい武器が特徴的だったりしない?

アイスピックとか、チェーンソーとか……。そんで、あいつの場合は日本刀だったってことかな。

……なんで亡霊かって言うと、霊が人間に取り憑いて人を殺したから……だって。

幽霊が取り憑いたから、なんて、本人が言ってたら嘘くさかったろうけど、あいつの場合そうじゃなかった。

……普通、あれは……霊が取り憑いた……なんて理由がなきゃ、そもそも()()()()()()よ……。




***




電話先の声色は、心配と恐怖と焦りと……とにかくあらゆるものでごちゃごちゃになっていた。


「大丈夫だから!本当に!たしかに首は取れたけどちゃんとくっついたし!」

『むしろ大丈夫要素が見つからねぇよ!?』

「まあ……ゾンビみたいなものだと思ったらいいんじゃないかな……?」

『いやいやいやいや怖ぇだろ!!!』


ロッド兄さんの言うことももっともだと思う。

あー、そう言えばロッド兄さん、昔から心霊系よりグロ系のが苦手だったような……。


「……とりあえず!そっちは何かあった?」

『同じ名前のカミーユってやつが、首なし四肢なしな死体で見つかった記事見つけたけど……首落ちたとこ見てたなら意外でもねぇだろ…… 』


確かに。


「えーと、じゃあ……「ある罪人の記憶」系統のメールは?この前レヴィくんの家から電話した以降、なんかあった?」

『…………転送する』

「あ、ありがとう」

『………………兄貴とか絡みのも、送っていいよな?』


即答は、できなかった。


「……むしろ、一番大事な気もする。僕らにとってはだけど……」

『……おう、分かった。……なぁ、ロバート。俺、ずっと言わなきゃって思……』


声に、ノイズが走った。


『…………姉さ……じゃなくて、死…………本当は……』


聞き取れない。


「ロッド兄さん、電波が……」

「え?ここ、他より邪魔入りにくいのに?」


黙っていたグリゴリーの声で、ノイズが消え、声がクリアになった。


『ローザ姉さんは、生きてんだよ。……死体で見つかったのは、俺らのお袋だ。ハリス家のナタリーさんじゃなくて……ドーラ母さん……』


どうして、わざわざそれを黙っていたのか。

そもそも、なぜ、突然ノイズが消えたのか。


『そんで……ロジャーさんは……』


またノイズ。うるさいな。誰が邪魔をしてるんだよ。


「……ロバート、君だろ」


その声は、僕の口から聞こえた。

キースには、もう僕のくせがわかっている。


『……?どうした、ロバート』

「え、い、いや、なんでも……」


再びノイズが消えた。


『…………もう一度言うぞ。ロジャーさんはな』


調書として見つけたものを、なぜ、あんなにあっさりと信じたのか。

それが本物とは限らないのに。


『お前が……ガキの頃、事故で……』


──お前達のような愚か者にはわからない


その言葉を聞いたのは、いつだったか、


「嘘だ!!そんなわけない!!」


どうして、こんなに、恐ろしいのか、


「あのロジャー兄さんが死ぬわけない!あんなに……あんなに偉そうで、頭が良くて、優秀で……!」

『…………覚えてねぇんだな、本当に』


わからない、わからないのに、

悲しげな声が、胸を刺す。


『ロー兄さんが軍隊に行く前、ナタリーさんが』


やめて。

聞きたくない。

嫌だ。


……だけど、現実から逃げてたら、変わらない。

変われない。変えられない。


『「お前の方が死んでたら」って……言ってたからさ。……たぶん、それで……あんなことに……』


母さん?なんで、そんなこと。

だって、ロー兄さんも家族なのに。


『それで、しばらくうちの方のクソ兄貴が、ロジャーさんのこと、誤魔化してて……』


……あれ?


──ロジャーはとっくに家を出たよ。今頃、ドイツかなにかで新たなことを始めているだろうね。


兄さんを蝕んだ呪いは、果たして、


──ロジャーが死ぬわけがない。それは君が一番よくわかっているはずだよ?


誰がかけたものだったのか。


──黙りなさい!貴方達のような愚か者にはわからないわ!!


……その叫びは、少なくとも「兄さん」のものじゃない。


『……ほら、それでロー兄さん、俺が一人暮らしするの手伝ってくれて』


知ってる。ロー兄さんは優しいから、僕が陸軍学校を中退するのも許してくれた。

……それで、背負い込みすぎて……


「……あー、その話、今やめとかない?」


グリゴリーの声で、沈んでいた思考が現実に戻ってくる。


「まあ……ずっと逃げてるのはダメだけどさ。……何でも、一気にはダメじゃないかなぁって……」

「……でも」

「悪いけど、そんな真っ青な顔されてたらね?医者として「そのまま話しとけ」とは言えないっつうか……」


バツが悪そうに腕を組んで、グリゴリーは深いため息をつく。


「……ちょっと休んどかない?庭とかで」


その提案は、心底ありがたかった。


「……ロッド兄さん、ごめん。ちょっと休むね」

『……いや、俺こそ……ごめん。……忘れときたいことも、あるよな』


忘れたままの方が幸せなこともある。

それは事実だろうけど、

結局のところ、忘れたままにする方が不可能だ。


「……たぶん、放置しすぎて膿んでんだよ。……早めの処置ってのはもっと前にするものだから……。まあ、とにかく、向き合うにも覚悟と準備してからな」


その言葉に背中を押されて、庭に続く扉を開いた。白い霧が視界を覆い……思わず、目をつぶった。




「…………湖?」


再び目を開くと、静かな湖畔に、生い茂る緑、煌めく木漏れ日……。

1歩、1歩と、「その世界」に足を踏み入れる。


振り返る人影。癖のついた亜麻色の髪、端正な顔立ちが、誰かを彷彿とさせる。

澄んだ青い瞳に、見覚えがあった。


「君……この前の……」


お弁当をくれた時は黒髪だった気もする。

……ああ、そうか。グリゴリーが庵に聞いた、「中にいる」っていうのは……。


「君が、ブライアン?」


コクリと、青年は頷いた。カミーユより身長はかなり高いけれど、仕草のせいかどこかあどけない。


「…………ことば」


綺麗な声だった。

一言一言が、心に染み入るように、響く。


「言葉、通じない……不便、だと……思う」

「う、うん。確かに、混乱起きやすいし……」

「ここ……通じない。僕、英語……苦手。ごめんなさい」


カタコトで話す青年は、申し訳なさそうに俯いた。

……言われてみれば、あの街はそこも特殊なのか。言語体系も別々なはずなのに……何故か通じてる。

……負の感情で作られた場所なのに?


「……未練」

「えっ、何?」

「僕……いや、だった。一人、さみしい」


子供のような声音が胸に沁みる。

心地よい風が、青年の長髪を揺らす。前髪で隠された左目には、大きな傷があった。


10年前の暴行事件の被害者。

当時15歳だった少年は、今、ここにいる。


「……未練、後悔……えと、マイナス……だと、思う」


彼の孤独も、あの街に影響しているというのなら、

あの街に満ちているのは悪意だけだろうか。


「……亡霊辻斬りって、君のこと?」


そうとは思えなかったけど、聞いてみる。

青年は泣きそうな顔で……ゆっくりと、頷いた。


「…………ここ、だと、身体、ない。だから……わかる」


廃人状態になってしまったという、少年のその後を、どこまで知っている人がいるだろう。


「身体、あると、僕……こころ……気持ち、わからない」


……なんとなく、共感できた気がした。

隻眼から、ポロポロと涙が落ちる。透明な雫を集めて、この、静寂(しじま)の湖ができたのだろうか。


「斬った、のは、たぶん……わかりたかった、から……。奥で動くの、なにか……知りたかった」


自分の罪悪感を他人事のように感じていたのかもしれないし、もしくは、本当になにかに取り憑かれたのかもしれない。

……とても哀しいことだと、それだけがわかった。


「……ここは、どこ?」

「…………ここも、街の一部。……僕が、いれる……場所」


辻斬りなんて言葉が似合わないほど穏やかな青年と、落ち着いた場所。

……人の悪意に呑まれないために、ここにいるのかもしれない。


「……君を、助けて欲しいって……その、兄さんが」

「…………間違えてる。僕、「そっち」じゃない」


ふるふると首を振り、僕を見た瞳は、青く、碧く澄んでいて……


「僕、助ける……決めた。つぐない、ならなくても……したい、から」


確かな決意に満ちていた。


「……お兄さんは、あの街で、何をしてるの?」


てっきり、カミーユが救いたい相手がブライアンなのだと思っていたけど、それだけじゃないと感じた。


「…………兄さんのも、未練。……兄さん、が、したい、のは……たぶん……片付け……?」

「……過去の精算、ってこと?」

「ん」


カミーユは、僕と目的が合致していると言った。

僕だけ、または僕とロー兄さんだけ助けて逃がす道も探している素振りもあったけど……彼の本意は、そこにはない。


「僕、ただの、手伝い。……でも、僕、諦められない。……生きてて、欲しかった、から……」


この兄弟に何があったのか。僕にはわからない。

だけど、その気持ちは痛いほどわかる。……僕だって、生きていて欲しかった。


兄さん達に、生きていて欲しかった。


「悲劇、にする……簡単。……だけど、だめ」


拳をキュッと握って、声を絞り出す。


「できごと……終わる。でも、哀しいの……ずっと、終わらない。それは……それは、だめ」


忘れた方が楽だろうに。逃げることもできるだろうに。

それでも苦しげに、必死に、伝えてくる。


「……僕はロバート。よろしくね、ブライアン。……たまに、話し相手になってもらっていい?」

「ん、僕……お話、苦手……だけど……がんばる」

「うん、ありがとう」

「ブライアン=ピエール・バルビエ……えと、ローランドさん、たぶん……」

「うん、きっと、君のことも安全だと思ってる」

「……そっか」


嬉しそうに微笑んだ表情からは、血塗られた過去など想像できない。

けれど、彼は忘れていない。自分の罪と向き合って、それでも潰れることなくここにいる。


それがどれほど壮絶なことか、僕にはわかる。


「……ところで、君にとってカミーユ……さんって、どんな人?」

「兄さん、優しい」

「そ、そうなんだ……優しいんだね……」

「それで……ちょっとヘン……?」

「まあ、確かに変な人だね」

「あと……性的に倒錯してる……らしい……」

「……一応聞くけど、意味はわかってる?」

「わかんない」


よし、教えないでおこう。成人男性とかそういうのは置いておいて、教えたくない。


「僕……15歳の時から……ない……から、わかんない」

「…………たぶん、あってもわからないと思うよ?」

「……レヴィも、教えてくれない……」

「う、うん……せめて、彼には聞かないであげよう……?」


何がないのかとか、そこは深く聞かないでおこう。

……想像したらすごく痛いし。


「……何はともあれ、頑張らないとな。僕も」

「……?違う……」

「え?」

「ロバート、たぶん、もう頑張ってる。……から、えと……効率よく、頑張る、とか……だめ?」


あたたかい、言葉。


「……ううん。むしろ……すごく、大事なことかも」

「ん、応援……する」


木漏れ日差し込む湖畔に、霧が立ち込める。

いいや、元から……霧の中にいたのかもしれない。


「またね、ロバート」


ぶわりと風景が霧散して、閑散としたテラスになる。

……枯れ草と蔦が生い茂るその場所が、先程までいた医院の一部だと、よくわかった。

頬に伝った涙を拭う。


「……ありがとう。たぶん、落ち着いた」


診察室に戻ると、グリゴリーはなぜか辞書を開いていた。


「……あ、帰ってきた?……亡霊ツジギリのね、「ギリ」ってなんだと思う?辻、が道とかだろ?義理?錐?」

「あー、それは、辻斬りっていう言葉がそもそもあって……。……霧でもいい気がしてきた」

「……霧、かぁ……。……ちょっとわかるかも」


その霧の中で、かつての「辻斬り」は贖罪を続けている。

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