表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗者の街 ― Requiem to the past ― ※旧版  作者: Roderick Anderson (訳:淡月悠生)
第1章 Rain of Hail
27/83

26.「レヴィ」

最初は、仲間内の悪ふざけみたいなもんだった。未解決事件が出たら、「これは「レヴィ」の仕業だな!」なんて笑う……まあ、確かに悪趣味だとは思うぜ。

俺は顔見知りだったし、できるだけその話題に関わるのは避けてたんだが……やっぱり上手くやってくにはそれなりに話は合わせなきゃだろ?……いや、良くねぇことだわな。分かっちゃいるんだよ。頭ではよ……。


……もともと、そいつは差別されやすい特徴を持ってた。

誰もが分かってんだよ、本当は……

「そいつが何もしてねぇからこそ」、そんな噂話にできるんだってな。




***




アドルフとの話で、大きな進展があったと言っていい。

キース・サリンジャーは、そこそこマイナーな地区の警察組織で生まれた「噂」の一部だった。……そして、同じ地区で生まれた噂が……「レヴィ」。

「キース」という「噂」でしか存在を確立していなかったコルネリスは、思わぬきっかけで自我を取り戻した。それと同時に、僕もロバートとしてしっかりとした自我を持てるようになった……ような、気がする。

警察署から出られないアドルフを置いて、とりあえず拠点に戻ろうと歩き出す。


「……君は、この街がどんなものに見えてるの?」

「育ちがアムステルダムだから、そうだな……懐かしい、慣れ親しんだ風景に見えてる。でも、「キース・サリンジャー」の時はアメリカ風に見えてたよ。僕は行ったことないんだけど、イメージなら誰にでもあるじゃないか」


しっかりとした口調。確かに、「不正を暴きそうになったから殺された警官」らしいといえば、それっぽい性格をしている。

ちなみに姿は見えない。どうやら、僕に憑依していないと上手く話すこともできないらしい。


「…………一人で何を話している?」

「ぎゃあっ!?」


肩に手を置かれて、思わず飛び上がってしまった。

何となく、誰かにドン引かれる予感はしていたけど……。

振り向くと、鮮やかな赤髪が目に入る。


「…………幽霊に、取り憑かれてて」

「……ああ、この街ならばよくあることだろう。カミーユさんにも3体ほど取り憑いているからな」


待って。なんか今すごいこと聞いた。

……コルネリスは僕の口を借りないと意思疎通ができないらしく、ずっと黙っている。伝えようとしてるのは何となくわかるけど、僕が読み取れない。


「この街って……何だと思う?」


その瞬間、彼は微かに……笑った。


「……さあな。少なくとも、呪われた地ではあるだろう」


……赤色の髪、緑色の瞳、長身、端正な顔立ち、奇妙な喋り方……

そこまで揃っているのに、何か、違和感がある。

彼を、「レヴィくん」と呼ぶことに、ためらいを感じてしまう。

手は、肩に置かれたままだ。節くれだった、ごく普通の男性の手。


「……なるほど。察しはいいが、逃げ癖があるようだな」


鬱蒼とした森林を思わせる緑は、冷酷に僕を射抜いていた。地を這うように低い声が鼓膜を震わせる。ゾッとするほど冷たい空気が、頬を撫でる。

……そう言えば、確か、彼の手は……


「離れろ!!」


聞き覚えのある声が、背後から響いた。


「何を期待している?救われたいのか?それとも……「知りたいだけ」か?」


僕の肩を掴んだ男が、嘲笑うように語りかける。


「……貴様に、なぜ答えねばならん」


直接見ていなくても感じる気迫と、不安定に揺れ動く感情。恐る恐る、元の位置に視線を戻すように振り返る。そこにいたのも、

柘榴のような赤色の髪、翡翠のような緑色の瞳、長身、端正な顔立ちの……


「お前のことはよく知っている。自らの真実を暴きたいのだろう?」

「……ッ、だから、何だ」

「……止めはしない。むしろ、早く知ってしまえ。そして……お前も「俺」になるがいい!」

「黙れッ!!」


心底愉しそうに、激しい呪詛を叫ぶように笑う男の声を、青年は拒絶する。

「男性にしては白くて細い手」が、僕の腕を掴んだ。力はそれなりにあり、思わずよろめいてしまう。


「……覚えておけ、お前はどう足掻いてもーー」

「行くぞ、耳を貸すな!」


焦燥を隠せないまま、青年は走り出す。それにつられるように、僕もその場から立ち去った。

少し走ったところで振り返ると、男は消えていた。


「……あれは、誰?」

「…………俺だろうな。おそらくは……未来の……」


僕の疑問に、顔面蒼白の「レヴィ」が答える。


「……えっと、未来の自分が過去の自分に何か伝える……って感じじゃなかったんだけど……?」

「…………それでも、あれは俺自身だ。だが……そう言い切るには少し、都合が良すぎる」


血を吐くように、彼は、「都合が悪い」のではなく、「都合が良すぎる」と搾り出した。


「……わからない。どういうこと?」

「……あれは、俺にとって、望んでもいない未来を体現しながら……俺の欲した姿を手に入れている」


その声は深入りすることをためらうほど、重く、切実な響きをしていた。


「も、もしかしたら、「噂」が独り歩きしたレヴィくんなんじゃ……?」


その言葉が、いくらか慰めになったのか。


「……その方が、まだ気が楽かもしれんな……」


薄く笑ったその表情は、どこか穏やかなものだった。


「……気が楽な方に、考えてもいいと思うよ。もちろん、ずっとはダメだけど……。……うん、レヴィくんは、ちょっと気難しすぎるかも」

「……貴様に言われるとはな」


何かを、見抜かれたような気分だった。


「……考えることをやめたとしても、無意識の癖は治りはしない。……そうだろう?」

「……そうだね。それでも僕は、確かめるのを諦めて……逃げてきたんだ。そのツケは、払うよ」


流れる無音の時間は、決して張り詰めたものではなかった。

久しぶりに、安心できそうな空気が流れる。


「今度から彼には気をつけるよ。「女の子」を無理させるのは、ちょっとね」


それにまた亀裂を入れたのも、僕だった。


「…………俺は男だ」

「えっ?さっき走る時胸揺れてたよ?」

「……確かに乳房はある。だが男性器もある。男だ」

「……もしかして最近話題のトランス」

「違うッ!……まあ、正確には女でもある……わけだが……まあ、その……「どちらでもある」というだけでだな……!」

「あ、それってもしかして半陰……」

「本当にデリカシーがないな貴様は!?」


性別は、男と女、二種類に分けられるとは限らない。僕も一応歴史学者の端くれだし、学者友達には社会学や生物学の研究者もいる。


「そっか。確かにレヴィくん、僕よりイケメンだしね!」

「……本当に気にしていないんだな……」

「うーん、性別とか恋愛対象とか性差とか、結構個人差が大きいわけだし……そこまで大事とは思えない、というか……」

「……そうか」


むすっとした顔つきで、彼は不機嫌そうに顔を逸らした。


「この街の噂については、少しまとめてある。もしお前が頼りたいのなら、資料くらいは渡してやる」

「うん、ありがとう。少しは信頼してくれたんだね」

「…………ただし、一ついいか?」

「何?」

「次に女扱いをしたら、蹴り倒す」

「…………ご、ごめんね?」


身のこなしからして、蹴られるのは相当痛そうだ。

……次からは本気で気を付けよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ