土煙の墓標
冒険溢れるファンタジーが、読みたい……
ファビアンは戸をたたいた。中からの声を聴くなり、扉を開いた。
中にいる人物は対して驚いた様子もなくのんびりと菓子をつまんで顔をファビアンに向けた。分厚い眼鏡越しに微笑んでいた。
「どうしたんだい?」
ファビアンはせききって言った。
「大変なのです。呪いの箱が開かれました」
「呪いの箱?」
人物は菓子をかじり、首をひねった。すると合点がいったように頷く。
「ああ、あれね」
新たな菓子に手を出す。ファビアンは膝をついて乞うた。
「一刻を争います。カプレ魔道士の助力をお願いしたく」
「とはいってもね」
ちらと人物は奥の入り口を見た。気まずそうに言う。
「いま、仕事が立て込んでてさ」
とてもそうは見えないが、ファビアンは深く頭を下げた。
「お願いいたします」
困ったなと人物は腕組みする。
「騎士よ、悪いがスルヤ殿は私達が先に助力を願い出ている」
女騎士と魔族の男、半透明の木精が現れた。
目を見開いた。
「ファラユ王国、ファル・ミニ獣人国、シルメイ妖精公国、魔国からも来てるんだよね」
ふうむと唸った後、そうだと立ち上がる。
奥の入り口に入っていく。
「おいでよ」
ファビアンはそこへ行くのは初めてだった。他の面々も同じようだったが、戸惑いながら進んだ。
ついていくとそこは五色に塗られた四角い部屋があった。
スルヤはまずオレンジ色に立った。すると部屋がオレンジ色になり、部屋の一平面がなくなり、景色が見えた。暗い空に蠢く黒。地を這う屍がファビアン達に気づき、オレンジ色の部屋まで入ってきた。
「『kruuuueeeeee』」
スルヤが呪文を唱えると、屍は消えた。
「トリル、これかい」
「そう」
そうかとスルヤが呟き、右手を前に上げ呪文を唱えていく。ファビアン達は目を見開く。大量の屍たちがこちらを目指して這ってくる。ファビアンは息をのみ、後で喉を引き攣らせたような声を聴いた。
スルヤが右手を翳した。赤い炎が球形に集まり、天に放たれた。一瞬で黒い瘴気が渦を巻き、赤い空がオレンジに染まり、矢のように赤い炎が地へと落される。地を這う屍たちを吹っ飛ばし、燃やし尽くす。迫ってきていた動く屍をスルヤが持っていた杖で薙ぎ払う。その間も絶えることなく炎の玉が地へと降り注ぐ。ファビアン達は口を開けた。
「さて次だね」
部屋が五色に戻る。赤色に立った。前方の平面が待たなくなり違う景色が見える。紫の服を着た妖艶な美女がいた。
「カプレの魔道士かい。なんだね」
特に驚いた様子もなくスルヤに尋ねた。
「カーラ、さま?」
スルヤが後ろを向く。興味なさげに美女も目を向ける。
「うん? おや、トゥーヴロンの娘じゃないの」
顔を歪め女は口を引き結んだ。今にも泣きそうな様子であった。ファビアン達は動くことができない。
カーラ・ピアフ。ファラユ王国に300年前から仕えていると言われる歴代最強の宮廷魔術師。その術の高度は魔術師国家と言われるゼアラン国よりも高く、魔族を退けるほどの強さだと伝説化されている存在。しかし、彼女は一月ほど前に死んだと聞いた。
「カーラ、君の後継に必要な物、持ってない?」
カーラは女とスルヤを見て、頷いた。
「あるわよ」
カーラは繋がった空間の扉を出て行き、手に布に包まれた長いものを持って再び入ってきた。
「ユニコーンの角で作られた宝杖。私が300年前に師から譲り受けたものだよ」
中から白い杖が出て来た。金で装飾されたそれは頭に瑠璃の玉が埋まっていた。
「まあだ、あんたには早いと思ってたけどね。今のあんたは随分と成長したようだわ……認めてあげてもいい。受け取りなさい」
スルヤは体をずらして女に道を開ける。女はぎこちなく進んだ。震える手で受け取る。伝説の魔術師の後継の証を手渡されるのだ。
「じゃあね、カーラ」
「ああ。カプレの魔道士」
美女は消える。
紫の色に立つ。紫の部屋から、二匹のバービーが出て来た。口にアーモンドを咥えている。それを取り、魔道士は腕を組む。
「分かった。やっとくよ」
そして場面が変わる。
「次は厄介だね」
魔道士は魔族の男をちらと見て言う。黄色に立ち、黄色に変わった部屋から見えた景色は、魔界の空だった。暗い色の緑の山々には紫の瘴気の霧がかかり、赤い小鬼が木の陰からちらちらと見えた。聞かされていた魔界の風景が目の前にあった。しかし、あるはずもないものがあった。ドラゴンと龍が天空を駆けて咆哮していた。
「何で天界の動物がいるんだろうね」
ファビアンはギョッとした。魔族の男は硬い表情で言った。
「魔道士殿、神獣をそのように言いなさるのは……」
きょとんとしていた魔道士だったが、ふっとわらう。
「ああ。でも、わたしはそういうところにないから」
その笑みに男は言い返せず、一二歩後退した。
スルヤは塵芥を見るような目で神聖なる獣を見上げる。浮かべる笑みはぞっとするほど冷たい。ファビアンは魅入られた。咆哮が部屋の空気を揺らす。
「見つかったね」
どうしようと困ったように笑みを浮かべる。ドラゴンがこちらへ旋回してくる。炎が吐かれる。ファビアンは熱風に必死に抗う。
「そこにいな」
風が途切れたとき、魔道士は部屋の縁から飛び降りた。慌ててファビアン達は駆け寄る。ぴいと音がし、下を覗き込んでいたファビアン達の上から何かが滑降してきた。そしてそれは落下していた魔道士を背にのせ空を走った。
「2,3日空ける。騎士殿は済まないがそれまで耐えてくれ」
強い風の中叫ばれた魔道士の言葉にファビアンはとっさに言葉が出てこない。はっと我に返り、思わず叫ぶ。
「カプレ魔道士どのー!!」
無情にも、その後五色の部屋に戻ってしまった。
項垂れる。
「ちょいと」
「なんだ」
振り返ると、獣人の女がいた。ああ、カプレ魔術師の知り合いかと思いだし軽く頭を下げる。獣人の女の顔が赤くなる。獣の尻尾がくねる。
「あんた、あたしと来ないかい?」
「何故だ」
「ほら、魔道士が言ってただろう? 2,3日空けるって。あんたここにずっといる気かい? その間に、呪いの箱とやらを何とかするために、うちの国に取り次いであげるよ。あたしんところも他人事じゃないしね」
上ずった声で紡がれる言葉に、ファビアンは考え、微笑んで言った。
「助かる」
「いやいいんだよ」
ファビアンは自分の容姿がどうみられるのかはよく理解していた。もごもごと獣人の女が俯く。
「私のところも協力しよう」
カーラ・ピアフから後継の証を受け取った女がいう。甲冑を着た長身の女だ。騎士然としていてとても魔術師には見えない。カーラ・ピアフはその美貌が怪しい魔力を持つような妖艶さで、強い引力を感じた。この後継の女はそこまでの迫力はないが、引き込まれるような力を感じる。今まで見たことのある魔術師らしい格好をした魔術師とは一線を画した底知れぬ力を感じる。なるほど、後継というだけはあるのだろうとファビアンは思う。
「それは心強い」
ファラユ王国の宮廷魔術師と繋がりを持って悪いことはない。にこりと微笑みかけていう。
「ああ、申し遅れた。私はファブリス・エリュアール。メグニカ王国の騎士だ」
「あ、あたしは」
「私はリディ―・トゥーヴロン。魔術師、いやファラユ王国の宮廷魔術師か。たった今から」
リディ―は布にまかれた白い杖を持ち上げた。ちらと見えた瑠璃の玉からは得体のしれない気配が感じられ、ファブリスはそれと知られないよう、目を逸らした。
「ファブリス!あたしは、オルガ・コンスタンよ」
噛みつくようにオルガはリディ―とファブリスの間に入って言う。
ファブリスはニコリと笑って言う。
「よろしく願おう、御二方」
登場人物
ファビアン・エリュアール Fabien eluard 騎士
スルヤ・カプレ Surya caplet 魔道士
カーラ・ピアフ Carla Piaf 最強の宮廷魔術師。故人。
リディ―・トゥーヴロン Lydie Touvron カーラの後継。
オルガ・コンスタン Olga Constant 獣人の女