出会い
シュテーゲン王国には3人の王子がいる。
王子は17歳になるまでは、決して国民の前にその姿を見せてはならない。17歳を迎え、お祝いの儀をして初めて、国民の前に王子として現れ、認めてもらつのだ。
王は、それぞれの息子をたいそう溺愛しており、王子達が17歳の誕生日を迎えた時には、お祝いとして、なんでも望む物を一つあげよう、と約束した。
長男の第一王子はとても賢く聡明な頭脳を持って生まれた。さらに、国王を思いやる優しい心を持ち、時期国王として、もっとも有力だ。
第一王子が17歳を迎えた時、王子はこう望んだ。
「国を支える頭脳をもつ優秀な組織が欲しい」
王は一つ返事で、第1王子に自分を支えてきた組織を渡したという
次男の第二王子は類稀なる武力の才をもって生まれた。それを過信することなく、日々の丹念を怠らぬ、自分を律する強い心を持っている。
第二王子が17歳を迎えた時、王子はこう望んだ。
「国を守れる実力を備えた軍隊が欲しい」
王は一つ返事で、第2王子に自分の軍をわたしたという。
そうして、第3王子が17歳を迎える頃には、王は半ば引退しつつあり、上の二人の王子が立派に国を支え、守っていた。
第3王子が17歳を迎えた時、第一王子と第二王子にそうしたように、王は尋ねた。
「我が愛しい息子よ、そなたは何を望むか?」
第3王子はこう望んだ。
「自由が欲しい。世界を見て回りたい。」
王は答えた。
「わかった。だが条件がある。この国で最も優秀な護衛をつけることだ。」
そうして第3王子は自由と優秀な護衛を手に入れたという。
残念なことに、第3王子がこの「自由」を得たことで、国民が第3王子の姿を拝む機会は永遠に失われてしまった。
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僕はひどく落ち込んでいた。せっせと山を登っていると、突然崖から突き落とされた、そんな気分だ。実際、その表現はあながち間違っていないと思う。
僕の夢は第二王子のグラス様にお使えする兵士になることだった。そのために、幼い頃から血の滲む努力を続け、13歳で最年少にしてついにグラス様の軍に入隊を果たした。その後も着々と登りつめ、14歳で第一隊の副隊長になった。
そんな時だ。
僕が非情な宣告を受けたのは。
僕はグラス様に呼び出された。グラス様とお話しできるなんて、副隊長になっても未だになれない。僕は少しの緊張とグラス様とお話しできる喜びを感じていた。
「如何なさいましたか?グラス様」
「レオ、第3王子の''望み''の話は聞いたか?」
「はい。なんでも、自由をお望みだとか」
「ああ、そうだ。父上、王は第3王子の望みに条件をつけたのだ。何だか知っているか?」
「いえ。」
正直、第3王子には何の興味もないけど、なぜグラス様はこんな話を僕にするのだろうか。まあ、グラス様と話せるならなんでもいいけど。こんな具合に僕はちっともこの時点までは危機感を感じていなかった。
「王のつけた条件は、この国で最も優秀な護衛をつけることだ。王は、第3王子の祝いの儀の後、私に連絡をしてきた。お前の軍で最も優秀なものは誰か、と。」
「...。」
「レオ、お前は私が今までみてきたどの兵士よりも優秀だ。腕が立つのは当然だが、お前は賢く、優しい。」
「そのようなお言葉、恐れ多いです。」
「いや、全て事実だ。レオ、お前の上司として最後の命をだす。第3王子の護衛を真っ当しろ」
すぐには何も言えなかった。グラス様に初めて褒められて、飛び上がりそうになる程嬉しくて、そして、今。なんて?最後の命?どういう意味?いや、意味はわかる。分かるけど認められない。
「それはつまり、グラス様の兵士ではなくなるということですか?」
「そうだ。」
「お引き受けできかねます。私は第3王子様ではなく、グラス様、あなたに身も心も捧げる覚悟でここまで生きてきたのです。ですから、これから先もーー」
「ならばお前は軍を辞めよ。」
「え?」
「私の命が聞けぬものはどのみち我が軍には必要ない。お前が、第3王子の護衛をやるまいがやらまいが、軍にお前の居場所はない」
「そんな!グラス様にはーー」
ーーグラス様には僕が必要ないのですか?
そう聞きたかった。でも、聞かなくてもわかることだ。だから、グラス様は僕を軍に引き止める気などないのだから。
僕に選択肢なんてなかった。
グラス様の最後の命は、僕にとって、命を捨てるよりも残酷な命だった。
「…承知いたしました。お引き受けさせていただきます。」
僕はそう言ってグラス様の前にこうべを垂れた。
「ああ。頼んだぞ」
グラス様はそう言って僕に背を向け、去って行ってしまわれた。僕はいつまでも、頭を下げたまま動くことができなかった。僕は鼻水やら涙やらでグシャグシャで、とてもひどい顔をしていたから。
宣告を受けた翌日、つまり今日。僕は第3王子に挨拶するべく、王子の部屋の前に立っていた。
祝いの儀をしてもなお、名前も顔も知られていない王子。今からお使えするその人物が、どんな人なのか気にならない訳ではない。でも、考えても無意味だ。例えどんな聖人であっても外道であっても、僕はこの人に生涯使えなければならないことに代わりはない。僕は第3王子のために仕える訳じゃない。グラス様だ。グラス様の命を真っ当するためだ。そう考えることだけが、今の僕の支えだ。
一息深呼吸してから、扉をノックする。
コン、コン
「失礼いたします」
重たい扉をゆっくりと開かれる。
僕は膝間付いてこうべを垂れた。
「王子、貴方様の護衛をさせていただくことになりました、レオナルド・ロドリゲスです。」
第3王子が僕の1メートル程前まで歩いてきて、そこで立ち止まった。
「ああ。兄様から聞いてる。顔を上げて。」
僕は言われた通り、ゆっくりと顔を上げ、王子を見た。顔はちょうど影になってよく見えない。背丈は高くも低くもない、普通だ。痩せているわけではないけど、男にしたら少し華奢な方かもしれない。
「俺はルイスだ。よろしく。」
王子はそう言って、右手を差し出してきた。つまり、僕と握手をしようという事だろうか。第二王子には最後まで指一本触れた事がない僕としては、こんなに軽々王子に触っていいものかと少し悩んだが、無視をする方が失礼かと思い直す。
握手をするべく立ち上がり、僕も右手を出しす。
ここでようやく僕は王子の顔を見た。
ありえない。
この世に存在していいものか。
王子の顔は他にどう表現したらいいのか分からないほど、美しかった。
サラサラとした黒髪に、ミルクのように白くてきめ細かい肌。あやめ色のびいどろのような透き通った大きな瞳。
「さあ、入って」
そう言うと王子は部屋の奥に進み、中央の大きなテーブルの前で止まった。テーブルの上にはディナーらしきものが準備されている。王子は空のグラスを2つとり、グラスの横にあった赤紫色の液体を注いだ。あれは、お酒だろうか。
「あの、王子。僕はまだお酒が飲める年齢ではありません。」
「うん。そうだね。安心して。これは、葡萄ジュースだ。気分を出すためにお酒っぽいみためになっているだけだ」
僕はその葡萄ジュースが入ったグラスを一つわたされた。
「それでは、この出会いに乾杯」
王子の一言で僕は乾杯すると、葡萄ジュースに口をつける。確かにお酒ではないが、なんだか鉄臭くて美味しくない。王子はこのジュースが好きなんだろうか。チラリと王子の方を見た。
「こんなジュース好き好んで飲むわけだいだろ。君。全部飲むんだ。これは王子にお供するための大切な儀式の一つなんだ。」
そう言う王子は、並々とジュースが残ったグラスをテーブルに置いた。
僕は一瞬、心を覗かれたかと冷や汗をかいた。