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バレンタイン狂想終末曲

 「封印にかなりガタが来てたから補修しておいた」

 手術台から身を起こしよれたYシャツに袖を通していると葦原が改まって術後の経過を口にする。

 「駄目だよ、君が限度超えて無茶したら」

 中国大陸の陰陽道を葦原なりに独自解釈とアレンジを加えた施術の後片付けの片手間に神代髄随一の魔法使医(まほうつかい)は末期患者へ辛く忠告する。

 「この世に居られなくなっちゃうんだからさ」

 八卦を束ね四象を廻し両義へ。

 万物の根源とその発生・過程・流入。

 森羅万象の起承転結を逆回しにすることで胎内で疼き哮る終焉おれを押さえつけている。

 「それだと僕が困る。だってこの世の女性は全員僕の花嫁になることが約束されているからね」

 「お前が言うと洒落に聞こえない」

 「嫌だなあ、この日本史上最高の色男が生半可に愛でる筈ないだろ。あはは全部本気さ、つまり僕は純粋に小学生と結婚したいだけなんだよ。男の子でも、女の子でも、平等にね」

 「あ、もしも葦原さん家の奥さんで間違いありませんか? すいません急に知らない番号から電話してしまいまして、実は貴方の旦那さんが真昼間から小学生と結婚したいとのたま」

 「わー! わー! わーわーうわーッ!!?----ふう、冗談が通じないな君は」

 さっき本気ってたろ。

 「ところで、例のスクルージくんだけど、情状酌量の処置が執られたみたいだよ」

 「そうか……」

 きっとこれからも子供たちの笑顔を守るためにあのサンタクロースは星々を駆け抜けるだろう。

 「それでも制限が付くか」

 どんな方法と結果であれ、誰かを思った行動の結末が罪なのは悲しい罰だ。

 「いいじゃないの、生きるんだし、それ以上求めて本当に欲の深い」

 性欲の権化のお前に言われたかねえ。

 「なのに私生活は堅苦しい。そんなんじゃ何時までたっても魔法使いから抜け出せないよ」

 余計な一言が多い奴にはヘッドロックをかましてやる。

 こんな奴だが腕前だけは確かだ。

 多分、こいつが居なかったらとっくの昔に世界は滅んでいたのではないだろうか。

 俺が学園長と別れたその瞬間から。

 「五月蝿い。勘違いしているようだが、俺は当の昔に一般人にジョブチェンジしとるわ」



 僅かばかり残された肺胞から酸素が燃焼を加速させる。

 「はぁ……はぁ……はぁ……っふ」

 どうしてこんな惨劇に巻き込まれてしまったのか。

 幾ら逃げ惑おうと切りが無い。

 終わりなき未明の逃走に明け暮れる2月中旬差し掛かり。

 有り得ないと高をくくっていた。

 自分がこんな事態に出くわすなんて昨日まで夢にも思わない。

 「……どうにか……撒けたか……?」

 紙一重で追跡者から逃れられたかもしれない。

 そんな気持ちの緩みに呼応してまるで壁面の亀裂に雨水が滴るように逃げても逃げても逃れられない恐怖が足下へ静かに浸水してくる。

 急がないと。

 早くみんなにこのことを伝えないと。

 でないと取り返しの付かないことに……ッ。

 使命感を腹の底の丹田へ注ぎ廻して活力を滾らせる。

 暫しの安堵は束の間。

 「先輩」

 肝が底から凍り付いた。

 ほら、振り返ればすぐそこに舌っ足らずと言うか先端が二股に分かれた鈴やかな呼び声が付かず離れず追い掛けてくる。

 和製ドラゴン女子高校生が闇夜に金色の双眸を揺らしてヒタヒタと忍び寄ってくる。

 「先輩ぃ」

 「ひいッ」

 振り絞られた情けない悲鳴は詮無き醜態。

 ゆっくりとスカートの裾から取り出された代物は紛れもない凶器。

 ナイフや包丁や日本刀より尚鋭く臓腑を貫き抉るこの時期限定殺人兵器。

 一体何人の男性陣がこの人類史稀に見られる殺戮道具に可憐な華の如く散る定めを享受したか知る術はない。

 一切の例外なく受け取れば死ぬのだ。

 受領即死。

 故にその恐怖を真に後世に伝える術は皆無。

 あるのは惨めに屍を晒す現実ただ一つ。

 「安珍先輩(さま)ぁ」

 直上で熱烈な絶対零度の波状死亡遊戯が袋小路で開幕される。

 自分自身に無縁の筈なお菓子会社の陰謀がカカオ臭漂わせて襲い掛かる。

 「だ・い・す・き」

 数分後。

 女性らしい白魚の指先の掌に携えられた恐るべき手作りチョコレートが闇夜の路地裏を真っ赤な鮮血に染め上げた。



 29時間後。

 2月14日水曜日、正午頃。

 昨日までの寒さが遠い昔のような暖かい春の日差しに包まれた昼下がり。明日には行き付け喫茶店の限定甘味パフェが終了するから一度くらい食べておこうかと自分用のデスクで手作り弁当を箸で突きながら上の空で考えていた時に運命は扉を叩いてやってきた。

 「ハーロット先生! こっちにピンク色の包装紙でラッピングされたチョコレートが逃げてきませんでしたか!?」

 「最近のチョコは自立歩行するのか?」

 そもそも全速疾走するチョコレートの見当が付かない。

 ある意味で準備に余念が無い表れか。

 「知りませんですか? 最近はチョコも色々種類があるんですよ」

 種類と言うか最早種族。

 ニーズが広大で果てしない。

 「近距離パワー型とか遠距離操作型とか」

 それ絶対に自動操縦型が無敵だろ。

 意中の相手に喰われるまで宇宙の彼方まで追い掛ける続けるだろ具体的に。

 「あと! もしも全速疾走するチョコレートを見掛けたらそれ私が作ったのなので勝手に食べないようにして下さいねー?」

 思えばここが不穏の前触れ。

 既に異変の徴候は見られていた。

 世の中は長く生きてこそ分からぬモノ。

 「チョコレートか」

 自分がまさか教え子に命を脅かされる日が来るとは長い教師人生で初めての経験になるのだから。

 「……?」

 ふと半開きになっている入り口に気配を感じた。

 ここは教師用の個室で俺以外に誰も居らず、だとすれば入り口の横で気配を隠しながらこちらを窺っている謎の人物が用があるのは俺を置いて他には居らず、俺はそんな物理の壁を透視するように視線を向けていると観念したのかあるいは決心が付いたのかその人物は個室内へ足を踏み入れる。

 「カナン先生」

 「おーなんだペンドラゴン何ようだ」

 後ろ手を背中に隠して神妙な面持ちでツカツカ小走りで俺の前にまで来て、

 「どうぞ」

 有無を言わさず絆創膏だらけの両手を俺の胸元目掛けて押し付けた。

 反射的に構えた俺の掌に残される小さく綺麗に包装された柔らかな温もりの残滓。

 「その、あの、泣沢ちゃんのチョコ作りを見学したついでなので出来栄えは不恰好ですけど」

 脳内がゲシュタルト崩壊した。

 「味は、味は保障します。全部中身まで食べられますから」

 全力で駆け出した俺の意識が一瞬の断崖を未来へ跳躍する永遠の狭間で、ここに自分と言う存在が本当に実在しているのかそもそも己とはあるいはこの確定認識座標は実のところこの手作り感たっぷりな贈り物を受け取った時点で発生した消し炭のようなちっぽけ極まる新生児なのではないかと世界五分前カカオ時空仮説がヒシヒシと両肩に圧し掛かり這い寄る疑念が宇宙スケールで阿頼耶識を飛躍した。

 渡されるなんて夢にも思えないこの証こそカナン・ハーロットの内的宇宙に存在し得ない外的宇宙のアンゴルモアが予言した文明到来でマルスの後に人類は幸福なる支配が完了するであろうでうん自分でも何を言っているのかよくわからんつまり全力で混乱しています。

 驚きで目を点に白黒させてポッカリ空いた口が塞がらなくて、

 「義理です。受け取って下さい」

 嬉しさで本気で心臓止まった。

 息の根止められた。

 そしてブォワアッツツツ!!! と業涙を迸らせる。

 「先生!? 花粉症ですか!!?」

 「バッキャローこりゃ嬉し涙に決まってんだろこんゃろうウオオオウエエエン!!!」

 おうおうおうと錆び付いていた心のチョコ欲しい願望が大願成就の歓喜に圧されて封していた栓と一緒に弾け飛ぶ。

 濃厚に醸成された歓喜のエールが胸中を嗚咽で咳鳴らす。

 「俺……俺ぇおれ……家でも……学校でも……戦場で命懸けて国を守るために闘っても……チロルチョコ1個すら貰えなくて……」

 それは聞くも涙、語るも涙の物語。

 「次に生まれ変わったら気になるクラスメイトのあの子からみんなへ配られる義理の一欠片ぐらい食べられるそんな素敵な人生に生まれ直したいと永久の眠りに目蓋を閉じれば終焉に魅入られて不老不死になってそのなけなしの希望すら喪ってああそうかきっと俺はチョコと縁が無いんだでも縁が無いなら最初から手に入ることも無いんだからそんなのは存在しないのと一緒だから気にしないでだって世の中にはバレンタイン以外にハロウィンやお盆休みその他諸々楽しいイベント盛り沢山のオモチャ箱なんだしチョコを貰う貰わないで目くじら立てても仕方ないよ大丈夫存在しない存在しないんだからチョコなんてこの世に存在しない……そう……考えて……納得して……でも……けど……っーー本音は女子からチョコ貰いたかったうわいやったウオオオンウエエエン」

 愛は場合によってお金で買えるけど、チョコはお金じゃ絶対に貰えない。

 少なくとも俺自身の半世紀に渡る人生観の中でチョコに秘められた情熱と価値は無量大数。

 記念すべき男やもめ初チョコレート実食。

 さてどのようにして食すべきか。

 無論、食べない選択肢は在り得ない。

 必要なのは記念すべき初体験をどんな形で甘受して糖分摂取と共に記憶へ刻み込むか。

 問題は、

 「そんなに凝視されたら喰える物も喰えなくなるぞ」

 チョコを手渡してからずっとペンドラゴンは俺と付かず離れずの距離を保っていた。

 むしろ離れず離れずと称すべき近距離から熱線じみた眼光が俺の口元とチョコを行ったり来たり。

 「自分で作った物じゃないのにそこまで喜ばれると、何だかむず痒くなります」

 「ははは、何言ってんだか」

 可笑しな事を言う。

 「ペンドラゴンの手作りチョコ貰って嬉しくないわきゃねえさ」

 「私の手作りじゃありません。作ったのは泣沢ちゃんで」

 「どう見てもお前の手作りだろ」

 「だから私じゃありませんったら」

 「いやいや絶対騎士王様の手作り手作り」

 「…………」

 「ではではーーいっただきまあああ~~す」

 ヒョイと齧りつこうとした両手から記念すべき初体験が取り上げられる、

 ヒョイヒョイヒョヒョイと連続で避けられ素早い回避運動に擦りもしない。

 「捨てます」

 「なしてアーサー王!!?」


 

 あの泣沢ちゃんのアドバイスが無ければ、きっとこの想いはスタートを切る前に立ち止まっていた。

 私は、アーサー・ペンドラゴンはカナン・ハーロット先生を心の奥底から欲していると自覚する。

 苦しい。

 切ない。

 だからこそ愛おしい。

 少女は声無く歓喜の嗚咽を零した。

 これから数多の離別を繰り返す彼の支えになりたい。

 それこそが私が初めて胸に抱いた自分自身の欲求。

 もしもこの高鳴りを恋と呼ぶのならば私は喜んで己の心魂を捧げられた。


 でも、本人にここまではっきり断言されると逆に苛立ちが激増してしまう。

 

 

 やばいぞ何か機嫌を損ねさしたけど何が悪いかさっぱり不明だ!!?

 このままだと俺の記念すべき今生で一度っきりに間違いなし初体験が。

 半世紀経過してしかも途中に地獄の戦場を挟んでようやく来訪した甘酸っぱい青春の春模様が開花直後に豪雨へ晒された桜並木を無常に眺めるが如く無残に散華してしまう。

 そんなことになってみろ。夏と秋は存在せず永久凍土の冬休みへシャイな白熊五十路魂が久遠の冬眠期へ移行し兼ねない。

 つまり一生立ち直れないかも、あれ、それって不死身の俺にとって永遠と同じじゃね?

 とにかく一度手渡されたのだからそれは俺のだろ理論で武装して弁論によるマシンガントークで奪い返そうと画策した途端。

 「見いたあぞおお」

 虚ろなる亡者の悲鳴が呪詛満載で俺の甘酸っぱい焦燥感へ纏わり付く。

 それにしてもこの甘酸っぱいって表現は実に男女の恋愛間における機微を的確表現していると中々に感慨深くなる。

 そもそも自分で使うことになるとは想定していなかったので。

 「リア充の芳香がプンプン匂うぞおおお」

 こうしてその匂いに釣られてやってきた無残な生徒たちに敢え無く捕縛されるハメとなった。

 「チョコレートは罪なのか?」

 まだ昼休み中の教室へ連れ来られた。

 わざわざ黒い遮光に取り替えて置いて締め切られた室内は悪魔のサバトを彷彿とさせる。

 「否、チョコレートそして主原材料のカカオに罪は無い。そのチョコレートを当然のように女子から受け取れるモテ男こそが罰するに値する」

 チョコに罪は無いがそのチョコが罰すべき咎を生む。

 そう主張する一派がクラスの大部分を占拠して富める者たちへ裁きの鉄槌を下さんと雄叫び呻く。

 「よって本学級法廷はその糞いけ好かないこんこんちきしょうへ羨ましいもとい厳正なる処罰を下すことを目的とした公正な判決の場です。もっぱら気に食わない即ギルティですがそれだと判決の公平さに疑いをもたれるので形式上で情状酌量の機会を再審します」

 締め切られた室内。

 黒魔術のミサで使用される黒頭巾を被りながら面貌を隠しながらその声には夥しい憎悪と情念が秘められている。

 主なメインターゲットはこの俺。

 「これより学級裁判を開幕する。被告、淫行教師を前へ」

 前へ! 前へ! 前へ!!! 攻め立てられ追い遣られる。

 「その他属する複数十名も前へ」

 どんな選定基準か不明だが主にチョコレートを貰える・貰えそうな男子生徒が、黒井、バベッジまで俺の前方へ続々と並べらていく。

 結果的に最初に追い遣られた影響で俺は列の一番後方へ位置することとなった。

 「我らバレンタイン撲滅委員会with天中殺。天に代わって、むしろ我らが天で、学生の本業を忘れて甘い誘惑にうつつを抜かす罪人を万事滞りなく処する構え。女性に罪は無いので男子限定で」

 「なんだよそれ不公平じゃんか!!」

 「そうだそうだ!! ぶーぶー! わーわー!!」

 「だまらっしゃい!!! もしかしたら気の迷いで義理の残ーーーーごほんっ、失礼。全てはフェミニスト的健全な精神に基づいておりますので、どうかご静粛に」

 「今絶対に残飯処理って言いかけたよな」

 「間違いない。この鋼鉄の聴覚素子でしかと捉えた」

 「ちっきしょう、あいつら、俺らを罪人として排除することで必然的にあぶれた残りチョコを人海戦術で独占する腹積もりだ。そんな姑息な手口をわざわざこんな小ズルい真似をして」

 「どうかご静粛にッツツツ!!!」

 そんなに必死なら恋人を作る努力へその熱意を回せばいいのに。

 少なくとも人に好かれようと行動を勤めれば必然と義理でもチョコ貰える可能性は上がるだろう。

 学生時代の俺は無理だったが。

 まあ、この程度の騒ぎは、今日が2月14日のバレンタインデイだから浮かれる男子生徒の大多数がその場の熱気に当てられてみている一種の幻想ゆめのような代物。今日が終れば喉元から熱さは過ぎて沸騰した脳味噌は元通りの冷静さを取り戻す。つまるところ祭りの熱気と同じ類。このまま静観して大丈夫で、

 「ちなみにギルティ判定された場合は」

 裁判官が指を鳴らす。

 ドロンっ!!!ーーと足元が煙に覆われたかと思えば晴れた視界に透明な魔法の足場。

 その下には真っ黒な教室内を鎔鉱炉さながらに煌々と照らし出す真っ赤な大鍋が大きく口を開いてマグマの舌先を弾けさせる。

 「ホーエンハイムくん提供の何でも森羅万象混ぜ放題分け放題自由な錬金術の地獄窯へくべられるので悪しからずに」

 頼む早く目を覚ましてくれ俺の不死の命が危ない。

 「ちなみにサさ我々の計画を偶然飼育係の安珍くんが聞き耳していたので検体サンプルとして鐘楼流しの刑にしております。完成品はこの通り、人体だろうと綺麗な鐘楼型のチョコレートに早変わり」

 荷車で運ばれ提示された人型大のチョコは何かを訴える形相に歪んでいた。

 「うふふふ、安珍さまぁ、これで私達は永久に、うふふうふふふッ」

 そのチョコの涙を流す安珍型チョコに清姫は制服が茶色に汚れることを厭わず全身を蛇の滑らかさで密着させている。

 「テスターの清姫お嬢様もこのようにご満悦。ふは、故に安心して窯にくべられるがよい突発的派生モテ男たちよ。そしてその不可解で謎極まるモテ成分たっぷり含んだチョコレートを加味して我等は次なるステージへ進化する!!!」

 「それってつまり自腹チョコ? ……悲しいな」

 「ぐぬあ!! ふ、ふふ、それを言うなら、アア哀れむのはこちらの方うううーーーーだッツツツ!!!」

 こうして始まる学級裁判。

 不可視の大窯の頭上で繰り広げられる醜い男子の断罪場は、

 「被告その一、最近、女子にモテ始めたクトゥルフ神話随一の邪神の黒井仏くん」

 「はい死刑」

 罪状を述べる間もなく支えを消失して生徒一名を飲み込んだ。

 「くろおおおい!!?」

 うわあああっと透明な力場が喪失した果てに真っ赤な坩堝に黒井の叫びは虚しく吸い込まれていく。

 「ニャルラルホテプチョコの出来上がり」

 「調書は!? 陪審員とか他の過程とか」

 「だって昼休み残り十分弱しか残ってないから数十人を裁くのに言い分聞いている暇はあーりません。よって続々とジャンジャンとギルティ判決下すので悪しからず」

 「悪意しかない!!?」

 「はい処刑」

 「バベッジイイイ!!?」

 「チャールズメタルチョコの出来上がり」

 あの巨大なバベッジが跡形も無くメダルチョコに!!?

 「残る罪人は一人」

 こんな終わり俺認めたくねえよ。

 「意義あり!! そもそもモテたいモテたい連呼する男が女子に惹かれるかあ!! 引かれるに決まってるだろ!! 万有引力の法則的に!!!」

 「ギクリ」

 「お前らがやってのるは自分の僻みを他人にぶつけてるだけの暇つぶしだろそうだろそうだろがあああ!!!」

 「ギクギクギクンッ!!?」

 とにかくチョコ食べる前に生きながらチョコにされることだけは防がねば。

 全力で弁解した。

 魂を込めて討論を展開する。

 カカオ豆に更ける為に万全の準備を整えた。

 気付いたら裁判員の黒頭巾以外の全員を説き伏せていた。

 「くそお!! みんな目を覚ませ!! そんな生徒から手作りチョコを受け取るような淫行教師の口車にうわ止めろ近寄るなうおおお!!!」

 その諸悪の根源も改心した他の天中殺メンバーに両手両足を取り押さえられる。

 「一時はどうなることかと思ったが無事に解決したであるな」

 チョコから再び錬金術の大窯の力で無事に元通りに再生を果たしたバベッジと黒井その他大勢の手には彼らだけに宛てられた手作りチョコが取り戻されている。

 「では気兼ねなく」

 バベッジがあーんと鋼鉄の消化吸収器官入り口で恋人のイシス手製チョコを運ぶ。

 その時だ。

 裁判員を捉えていた元黒頭巾の一人が何かハッとして全力で阻止しようと駆け出した。

 「駄目だーーその包み紙を解いたら!!」

 元黒頭巾の制止は一歩遅かった。

 恋人手製のチョコレートを食すと間もなく鋼鉄紳士の機体が内部から爆発粉砕された。

 「うおわあああバベッジくうううん!!?」

 「遅かった。くそうッ」

 「ッくくく、だから言ったのに……ッツツツ」

 孤立無援の黒頭巾となった裁判員がくつくつと笑いを零しながら披露する最後の悪足掻き。

 「こんなこともあろうかと接収したチョコ全部に食べたら爆発する錬金術を施させて貰った」

 テイク・ユア・ハート。

 デッド・オア・チョコレート。

 チョコして欲しけらゃ命を捨てよ。

 それがこの日の本におけるバレンタインの習わし。

 男たちの夢は、

 「諦めるには早い」

 まだ終っていなかった。

 平坦で、何時とも変わり映えしないのに、どこまでも力強く。

 そんな俺の声に男子全員が釣られて振り返る。

 「ほうら大切なのは気持ちだろ? なら少々爆発するぐらいで臆するようならーーそれは真の愛とは呼べないなあああ!!? つまりお前たちの愛とは吹けば飛ぶ薄っぺらい虚構に過ぎない!!! その真理を心へ刻み深く苦く味わうがいいあはははははは!!!」

 「それがどうした」

 俺は迷わず、

 「チョコなのは変わらない」

 ペンドラゴンが傷ついてまで俺のために作ってくれたチョコの包み紙を綺麗に解いた。

 「な」

 驚愕する黒頭巾を他所に。

 「いただきます」

 マイルドに味わう。

 ビターな爆発が炸裂した。

 胃液の逆流で一瞬視界が点滅する。

 うごえーーーーうん美味しい。

 噛むとコリコリっとした食感がけんもほろろに溶けてカカオのフレーバーが舌の上で甘く切なく踊る。

 しっかり十分に喉越しよく飲み解す。

 再び胃袋へ触れた瞬間にニトロの激しさで炸裂する威力を強引に吐血とチョコを口内で押し留める。

 「--馬鹿な。何故喰える」

 わかんねえのかよ。

 「そこに女子の手作りチョコがあるからだ」

 トリェフチョコ。

 人生初めてのチョコは吐血と混じり合い、ほろ苦い鉄錆色の手作りな味がした。

 どんなに苦難が立ちはだかろうと、

 どんなに他の市販チョコを積まれようと、

 例え億千万個だろとこのペンドラゴンの手作りを味わう実感に遠く及ばない。

 三度目の衝撃が大腸まで響き渡る。

 「ぐはッーーくはは、俺を蕩けさせたければ、もっとビターテイスト満載で掛かってきな」

 「おい、あれ、本当に大丈夫なのかよ」

 「身体の中身ぐちゃぐちゃになってんじゃねえのかよ。音、胃袋の中で和太鼓叩いてるみたいでとんでもねえよ」

 心配するか我が生徒たちよ。

 大丈夫だ問題ない。

 だが、あまりに胃腸がチョコ爆発で荒れ過ぎた。

 このままではチョコを全部食べきる前に胃粘膜及び腸内粘膜からの出血多量でオールリバースするかも。

 死なば皿諸共。

 気絶するまでにいっそ掌の包装容姿ごと一気に平らげてしまおうか、でもそれだとこの甘露な時間が一瞬で終ってしまうさて時間を取るか命を取るかはたまた、

 「もう止めてえええ!!!」

 ペンドラゴンが泣きそうな顔で俺に向かって叫んでいた。



 全身の裂傷を顧みずに突き進む先生の姿は雄々しさよりも見ているこちらの方が痛々しさで膝を屈してしまいそうで。

 「もう……いいんです先生……チョコなんて……幾らでも買えるから……だから先生がそんな……傷つく必要なんて……」

 「市販品? 莫迦言え、目の前に手作りチョコがあるのにか」

 先生の言葉に私の心は打ち抜かれる。

 何でもお見通しで、嫌になるぐらい好きな眼差しがニッと頬を吊り上げる。

 「大事な生徒がわざわざ怪我してまで夜鍋して作ってくれた大切なチョコを無駄にする奴があるかってんだ」

 「……っ!!!」

 なんでバレるのどうして分かっちゃうの。

 切角、湖の妖精の力で絆創膏だらけの指先と掌を綺麗に証拠隠滅したのに、

 「ありがとうなペンドラゴン。正直に先生……いや」

 そんな私のちっぽけな恥ずかしさをカナン先生は愛おしく見つめてくる。

 初めて異性としての視線が私の瞳と交差する。

 「俺は嬉しい」

 自分の顔が真っ赤に火照るのが手で触れずとも伝わってくる。

 「ありがとう、こんな先生にチョコレートをくれて」

 私にはそれが先生の最後の言葉に思えてならなかった。

 「爆死はだめえええええッツツツ!!!」

 先生が私のチョコの所為で死んじゃう。

 そう思った。

 そして、

 ーーあれ?

 「爆発、しない、?」

 最後の一口。

 先生は爆発しなかった。

 見事に食べきり、私の手製チョコレートはしっかりと彼の胃袋へ溶けて飲み込まれていったのだ。

 あとになってマーリンにその話をすると彼はこう答えた。

 「それは君たち二人が両思いだからだよ」

 偉大なる神にして魔術師は、友人の些細な疑問を詳らかに答えた。

 「互いに想いが通じ合うと呪いは祝いになって無効化されるんだよ」



 その場はどうにか収まったが、それから覆面一団への陰湿な仕返しは始まった。

 そして遂に我慢し切れず、直接的な武力行使で鬱憤を一時的に晴らしたのは良かったがその後に直接的な暴威で訴えた側が悪いと満場一致で可決されて逆ギレした黒頭巾リーダーが引き籠もったら一時日の光が地上から失われて大騒動。どうにか説得して地上に光を一時間弱で取り戻して最初の夕方。

 「あくまで教師の本分は悩み相談だ。生徒に頼まれない限りはそいつ自身の自主性を大いに尊重する」

 「自分が命危うくチョコにされかけたのに?」

 「その時はケースバイケースだ」

 「とすれば今回もそのケースに当て嵌まるかもよ」

 「いやね、君が裁かれそうになった悲しい子供たちの首魁についてなんだけど」

 そして続けて気になる話を口にする。

 「チョコ貰えないならこんな世界ぶっ壊してやるって息巻いていたらしいんだよ」

 


 笑う。

 嗤う。

 面白い玩具を見つけた子供の無邪気な微笑み。

 邪悪なまでに滴り落ちる。

 なるほど確かに心通わせる。

 愛。

 見定めさせて貰った

 「糞食らえ、都合よく終らせてやるものか」

 自分は苦しいのに、寂しいのに、他の奴らが幸せであっていいものか。

 「俺にチョコくれなかった人類全部ぶっ壊れろ」

 そして世界は終わりへ走り出した。



 かつてチョコで愛語らい、チョコで想いを告げ合う時代は過去の遺物となった。

 少なくともこの幻想ゆめが跋扈するタカマガハラにおける今現在。

 チョコ貰えた奴。

 チョコを挙げた奴。

 自分たちにチョコを一つもくれなかった奴ら。

 お前ら全員滅びてしまえ。

 集合無意識の海より汲み取られた大衆の総意その具象化。

 「他人を否定すればそれは自分に跳ね返ってくる」

 こんな大惨事になるなんて思ってもいなくて。

 まさか世界がこんな簡単に滅びるなんて誰も予想だにしない。

 「だろうな若気の至り。それでもきっと誰にでもある。だから恥ずかしくないぞ」

 一人を除いて。

 俺は知っていた。

 人が信じることを放棄するその結末まで、祈りと願いは果てしなく善悪隔てない奇蹟の履行は為される。その醜悪で幼稚で故に懸命なまでに切実な祈りを一教師として認める。

 「戦争以来の久しぶり」

 初めてあれと遭遇したのは妖精郷での上陸作戦の時。

 周囲に満ちた兵士たちの破滅的に想念が具現化して自家中毒のように発端たる自分たちへ貪りついた闇無き影法師。

 ホロウ

 終焉おれと異なるの別の終わりの形。

 救済の逆位相。

 虚無の申し子。

 あれは虚構すら抹消する廃絶の遣い。

 俺は今ある生活の終わりを理解した。

 「破滅おまえの相手はこの終焉おれ

 死より恐ろしい結末を背負う覚悟を固めた。

 「行ってくる」

 生徒の不始末は生徒のもの。

 責任は担任教師である俺にある。

 「ホロウは俺が食い止める。葦原はその隙に再封印を仕掛けてくれ」

 「それだと君も封印に巻き込まれる」

 「その時はどうにかするさ」

 「最悪、人類が滅びるまで眠りこけるだけだからな。死にしない」

 「死ぬより辛いではありませんか」

 「ペンドラゴン」

 「カナン先生が危険なことをする必要なんてありません」

 「そうだな、でも俺が出張らないと少なくない犠牲が出る。俺が出張れば被害はゼロに抑えられる」

 「自分を勘定に入れ忘れないで下さい!!!」

 こんな騒々しくても何でもない日常がずっと続けばいい。

 そう願っていたのに。

 「ありがとうなペンドラゴン、そんなお前の居る世界だから先生は守りたい。俺に守らせてくれ」

 永遠なんてどこにも在りはしなかった。

 それを俺は救いと捉えたい。

 永遠に終わらない幸福が存在しないように、無限に続く絶望も必ず晴れる瞬間が来ると信じられるから。

 意識が吹き飛んだ。

 蹈鞴を踏んで取り戻した思考の矢先に直接、思念に語りかけてくる憎悪の塊。

 すっかり変貌した俺はそれを前進で受け止める。

 負の想念で悪性情報の結晶に苛まれて消失仕掛ける自己。

 「任されよ我が師父。安心されて旅立たれよ」

 「せめて、最後まで、先生の傍に居させて下さい」

 前門のバベッジに、後門のペンドラゴン

 これほど心強い味方がこの世のどこに存在するだろう。

 その自分を手助けしてくれる心掛けだけでも百人力に値する。

 そうだーー見失うな己の本分を。

 心に誓い為し遂げよ。

 自分は何を願いを何を望んだのか。

 その祈りにどれだけ沢山の人達が自身へ力を貸してくれているのかを忘却してはならない。

 己が何者か理解し、その本分を今宵全身全霊で全うする。

 そうすれば世界はどんな幻想ゆめにも答えてくれる。

 「時間切れだ。終焉おれの勝ち」

 六つの龍脈が地響きの唸りを上げる。

 時空間に六芒星の御柱を打ち立てる。

 結界の内と外で世界が切り分けられる。

 終わりなき終わりは人の届かぬ位相へ追放させる。

 犠牲となった一人の教師を生贄として世界救済の社会機構が連結解放。解き放たれていく。闇より尚暗い漆黒の彼方へ。

 

 でも一つだけ。

 次目覚めたら人類全滅した地球で独りぼっちかもしれない。


 そう考えると少しだけ寂しさに胸が締め付けられる。

 消えていく世界との繋がりの狭間で虚無の揺り籠に包まれながら俺は目蓋を閉ざす。


 こうして世界は救われた。

 一人の教師の未来を犠牲にして。

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