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ジングル・オール・ザ・ウェイ

 師走迫る雪化粧。

 誰もが寝静まる夜の帳。

 耳が痛くなるほど静まり返る極寒の星空。

 かつて蒸気王が独身で切り盛りしていた住居の蒸気機関車は煙突代わりの汽笛から湯気を立ち上らせながら積もる粉雪を溶かして創造主の愛する女神をその裡へ内包していた。

 「こっちはあと少しで出来そうね」

 エプロン姿の女神が普段は恋人へ振る舞う料理の腕を私へ披露せんと料理の仕込み具合を確認する。

 「こちらの下拵えも間もなく終わります」

 一方こちらもエプロン姿の騎士王である私。

 トントンと軽快に奏でられる千切りのリズミカルさに、最高火力を発揮する圧力蒸気鍋から放たれる余剰蒸気の笛の音が駆け合わさる。

 12月の現在。

 蒸気王と泪の女神が無事に校内交際生活を初めてから、時折、こうして二人だけで話したり料理をしたりする所謂女子会と言う代物が複数回に渡って頻繁している。

 「今回は私がサポートに回りましたが次は必ず私がご馳走します」

 「うわあ~~楽しみ、ペンドラゴンちゃんの煮込み料理すっごい美味しいから大好き」

 「それしか出来ないんですけどね」

 友と認め合い互いに腕を見せ合い練磨する間柄で自然と語り口はまるでこの包丁が刻む旋律のように軽やかになる。

 だが、幾ら会話が楽しくても散漫な意識で振るえば怪我の元なのは包丁も刀剣も全て同一。

 「ところで、どうなのカナン先生とは」

 「どうとは如何なる意味でしょうか」

 「また惚けちゃって」

 故に会話へ傾きかけた意識を再度包丁に集中させた矢先。

 「好きなんでしょ先生のこと」

 聖剣も真っ青の切断力でまな板ごと調理台が一刀両断された。

 「ふふふ、照れちゃって」

 ててててれて照れとなどおおりませんかから。

 なななにゃにを言っているのでございますでありますでしょうかこの泪目女神様はァハハハ。

 エプロン姿で両手で頬杖を付きながら泣沢ちゃんがニッコリと微笑む。

 「考えてみて、想像してみてよ、もしも先生が急に誰かお嫁さんを連れてきて」

 これで晴れて二人は結ばれた。

 めでたし、めでたし、そんな彼らの笑顔に、

 「ペンドラゴンちゃんはそれで納得出来るの?」

 ーーズクン……っ

 「ーーえ?」

 苦悶に眉をしかめるアーサー王。

 言われた場面を思い浮かべたらどうしようもなく得体の知れない焦燥が自分の胸から込み上げる。

 その信じられない事実に気付かされる。

 完全無欠のハッピーエンド。

 その渦の中で唯一、彼女と彼の祝福を願えない。

 真逆に湧き起こる破壊の衝動を慌てながら押さえ付けた。

 「何故ーー?」

 駄目だっ、これは、私が栓をしたのは大海の弁。

 押さえても抗しきれぬ心の奥の隙間から白紙にこぼれ落ちた墨汁のように、それも現在進行形でポタリっポタリと滴る堕念。

 私の知らない私がこの幸せを粉々に砕きたくて堪らない。

 自分で自分が理解不能。

 「どうしてーー?」

 笑顔の裏に苦悩を押し隠す。

 私は自分自身の心が分からない。

 そして気付かなかった。

 己の影が竜の形に変貌している事実に。

 一部始終、泣沢ちゃんに見られていることに。

 この場合は一歩先んじて想いを成就させた先駆者が一枚上手。

 私はそんな彼女の温かく見守る視線に自分で認めたくないが気付けないほど酷く動揺していた。

 「何か、好きだと不都合でもあるの?」

 「あるように見えますか」

 「うん見える。とっても不安でおっかなびっくり臆病な風に見えちゃう」

 「不甲斐ない、精進不足ですね」

 「別に悪いことじゃないよ。大切なのはそこからどんな答えを見つけ出すのか。それを私はあの夏の終わりに教えて貰えた」

 「それは貴女が自分で見つけた貴女自身の力だ。誰に教わったでもなく自分と大切な人と手と手を合わせて」

 「けど、その答えへ辿り着く為に先生とペンドラゴンちゃんの力があったのも事実だよ。そのお陰で私は、私たちは今こうして一緒に居られるの。だからね、私に出来ることなら何でもするから」

 彼女に両手を握られる。

 「だってペンドラゴンちゃんは私とバベッジくんのキューピットで一番のお友達だもん」

 力強い意志が漲る。

 「友達の為なら私は何でも出来るんだから」

 「泣沢ちゃん」

 皮肉っぽく口元を歪ませる。

 「泣いてばかりの貴方に言われても頼りないです」

 「ああひどーい。そんなこと言ったら困ったときに協力して上げないんだからねプンスカプンプン」

 「ではありがたく」

 そのご厚意をありがたくいただきますと両手を合わせて交互に織り成す。

 悩み。

 苦悩。

 懊悩。

 抱え初めて数ヶ月が経過した。

 「泣沢ちゃん、私は」

 語ろうとしたその時に、

 

 ドゴオオオオオオオーーーーン!!!

 戦闘機が地面に激突したような撃墜音が2人だけの女子会に轟き渡る。


 会話を中断させた。

 反射的に臨戦態勢でエプロン姿のまま外へドアを蹴り飛ばした。

 濛々と舞い上がる粉塵に散らばる残骸はーーソリ?

 「あら珍しい。こんなこともあるのね」

 あとから遅れて外を伺う泣沢が希有な様子で既知の素振りを見せた。

 「あれが何なのか知っているのですか?」

 そんな彼女へ問い掛けると割と当たり前なように受け答える。

 「もちろん、と言うか、ペンドラゴンちゃんもよく知ってる人よ。ほらあそこ」

 聖夜から10日早く。

 「あそこで無様に伸びてるセントニコラウス」

 校庭に胴体着陸で不時着したソリの残骸に紛れて白いお髭がフサフサな赤ずくめが横這いに倒れ伏す。

 世界中の夢見る子供にプレゼントを運び損ねた聖者の末路がそこに拡がっていた。



 チクタクチクタク、

 時が彼方へ流れ落ちる。

 カチンカチンカチン、

 歯車鳴らしてとんとん拍子で前へ前へ。

 それは求める者が渇望し、持て余す身に過ぎたる命の刻限。

 幾ら汲めど掬えど指の隙間から溢れる有限の結晶。

 秒針の末路だけが平等に結果を運んでくる。

 さあ寝ている暇など無い。

 約束の刻限まで残りあと僅か。

 目覚めろ。

 この手に望みを掴む。

 ただその刹那だけを夢見てーーーーっ。

 「ーーーーくっ…………」

 砕けそうな全身の痛み。

 至る所がひび割れて裂けてしまいそうな絶え間ない鈍痛を無視して柔らかい寝床から起き上がる。

 「ここは、どこだ」

 確か夜空をソリで駆け抜けるカーチェイスの最中を背後の死角から痛恨の一撃を受けて地面へ落下した瞬間までは記憶にあるがその後はまったく分からない。

 何故、自分がこんな暖かいベッドの上で手厚く看病されているのか想像が付かない。

 「気が付きましたか」

 金髪碧眼の女子高生が居た。

 金髪碧眼の女子高生がエプロン姿で傷だらけの私を看病してくれていた。

 「君は……?」

 「私はアーサー・ペンドラゴン、この学園の二年生です。そして貴方はこの学園の校庭に不時着していました」

 ああそうだ、間違いない。

 「ここは貴方が倒れたすぐ近くにあった蒸気機関車の中です。本当はもう一人、この機関車に直接住んでいる女性が居るんですが彼女は今眠っています。傷の癒しに、貴方の看病を交代したばかりなので」

 「……ありがとう」

 感謝の言葉が他に思い当たらない。

 自身の貧相な語彙に対する不快感が喉元から迫り上がってきたので飲み下す。

 今は頭に霧を張り巡らせている場合ではない。

 「……ところで」

 「はい、なんですか」

 「あれから……この学園か、ここ校庭に自分が投げ出されて、どれくらいの時間が経過したのか、教えて貰えないだろうか?」

 「丸三日ほどでしょうか」

 「三日、か」

 まだ間に合う。

 時間は残されている。

 それでも予断は許されない。

 「サンタクロース実在していたのですね」

 「勿論」

 サンタクロースは古来より連綿と受け継がれる誇り高い職種。

 特に幻想が現実に根を張った現社会において専用の教習所や凄腕聖者によるセミナーが毎年世界のどこかで必ず開かれる具合に門戸も広がった。

 最高で百パーセントの聖夜を子供たちに約束する。

 そのキャッチコピーを胸の裡に掲げてサンタは本来たった一晩のクリスマスの空へ奇蹟を描く。

 「それがどうして我が学園の敷地内へ墜落したのでしょうか。五体満足が不思議なほどに貴方の乗っていたと思しきソリは全壊していました。それと肝心のトナカイが何処にも見当たらなくて」

 「それは初めからいない」

 「サンタクロースなのにトナカイが居ないんですか?」

 「だから、気に病まなくて結構」

 自分を見透かそうとする相手を突き放すぶっきらぼうな口調にならないように抑えた声で冷静に答える。

 「そうですか、では話は戻って、貴方はどうしてうちの校庭に不時着したのですか?」

 「……手違いがあって」

 嘘は言わない。

 しかし真実も口にしない。

 赤の他人を自分の揉め事へ巻き込むわけにはいかない。

 サンタの誇りに賭けて。

 「君が、君たちに看病してくれて貰えて幸いだった。ありがとう。心から感謝する」

 優しく温もる羽毛布団とベッドから身を追いやる。

 「この恩は何時か返させて貰う。だが済まない。私には行かなければならない場所がある」

 「駄目です! その傷で無理に動いたら」

 「この程度でッーーーー」

 「ほら言ったことではありません。そんな肩肘付いてまともに歩けない状況の人がこんな寒い夜空の下へ飛び出してどうなるつもりですか」

 「大丈夫だ問題ない」

 「どこですか。問題しか見当たりませんよ」

 「それでも、どうか、行かせてくれっ」

 こんな擦り傷程度で安穏と寝ている暇はない。

 全世界の子供たちが俺を、俺たちを待ち望んでいる。

 その無垢なる祈りを前にすればどんな激痛に苛まれようと一瞬で彼方へ吹き飛んでしまう。

 「クリスマスの夜に子供たちへプレゼントを配る。この日、一年で一度限りのこの日の為だけに研鑽を重ねたソリ捌きを今見せずして何時見せられると言うんだ」

 「そのソリ本体が粉微塵に大破しています」

 「ならば走ってでも子供たちの元へ向かう。這い蹲ってでも自力で煙筒を昇ってみせる」

 「そんなことをすれば貴方の命が危ない」

 「一度捨てた命、大切な約束の為なら幾らだってかなぐり捨てられる」

 「駄目じゃないですか、命は一つしかないんですよ」

 どこまでも平行線の議論は互いに引く余地は見当たらない。

 「何がなんでも私は貴方をここから出しません」

 「ならば」

 命の恩人にこんな無礼は失礼千万。

 だが、やむを得ない。

 「力尽くで圧し通る」

 瞬間、意図的に脹れ上がらせた私の戦意に対して眼前の少女が手弱女から強大なる巨竜へ変化する様を幻視した。

 「良い子にはプレゼントをくれるのではないのですか」

 サンタの自分に幻想の極地が物申す。

 それは視点の違いによって変化する。

 善と悪は自分や他人の都合でコロコロ縦横無尽に変化するサイコロの目。

 「今の私にとって君は悪い子だ」

 自分に都合が悪ければイカサマしても結果を書き換える。

 だが神が振るう賽の目を奪うのは困難極まる。

 どうやら目の前の少女もそこそこに腕の立つ武人のようだ。

 「貴方は、ただのサンタではありませんね。あの壊れたソリの荷台にあった袋の中身ーー戦争でも始めるおつもりですか」

  しかし例え相手が不死身の怪物であろうと今の自分は止まらない。

 「それに身のこなしに滲み出す闘気、サンタと呼ぶには余りに洗練されすぎている……まるで、そう、まるで」

 「私が誰かと似ているかなお嬢さん」

 少女の形をした竜の化身がその言葉を形作る前に。

 「そんな悪い子にプレゼントを上げよう」

 サンタの奇蹟は万人へ平等に降り注ぐ。

 だから悪い子にだって適した贈り物を届けられる血生臭い実力が求められる。

 真に子供たちの未来を幸ある最先へ成す為に。

 「地獄で逢おう(メリークリスマス)」

 サンタの赤い色が何で染められているのか。

 その証明がこれからまさに成されようとする。

 「はい荒事しゅーりょーう」

 行き場を封殺された殺気が全力で足元を踏み抜いた。

 この場に現れた第三者へ視線を注ぐ。

 「先生」

 「……先生だと?」

 「うい、先生です」

 知った顔がそこにあった。

 「相変わらず一度言い出したら聞かねえなお前は」

 知った顔が親しげに話し掛けてくる。

 俺はお前が大っ嫌いなのに。

 「カナン先生のお知り合いですか?」

 「うん、そう、友達」

 「違う」

 「宿直中にデカイ物音したから飛び出してみれば、懐かしい顔があったじゃないの」

 ギリリと青筋浮かべて奥歯を噛み締める。

 何十年隔てようと相も変わらぬ腑抜け面。

 廻り合わせが彼と自分をこの場へ導いた。

 「まさか、君は、あのハーロットか?」

 苛立ちを隠せない視線の先で呑気そうに何も考えていない間延び面が何が面白いのか笑っていやがる。

 「そう言うお前は間違いなく業突く張りのスクルージ」

 つくづく運命じみた星の並び。

 「久しぶりダチ公」

 違うと言っているのに鬱陶しい。

 だが真実の一側面を言い当てている。

 かつて共に死地を駈けぬけた戦友。

 その再会であった。



 先生曰くある寒空の晴れた日のこと。

 若き日の学生であるカナン先生はそれまで余り話したことのない級友が誰かと電話で口論している背中を偶然見つけた。

 問題は通信装置の音量増幅部分から洩れる音声が一度耳を疑いたくなる大音量の大洪水で水浸し状態であった点。

 最初はそれが人間の発するモノとは分からなかった。

 聴き耳を立てながら言語の羅列を思考回路が把握しても天使や悪魔や妖怪などの幻想に属する呪言じみている。通話越しで絹を裂く怒声がまるで接しているかのように反響しながら伝わってきてしまう。直接の聞き手である級友の右耳にはどれほどの大音量がけたたましく鳴り響いているのか最早想像を絶する。

 明らかに問題を抱えている。

 手に負えない病巣を患った末期状態。

 思わず声を掛ける行為に忌避感を抱くレベルに煤けた背中は余りに頼りなくまるで吐息だけで吹き飛んでしまいそうな脆弱さに霞んでしまう。

 「ま、とりあえず悩み吐き出せば?」

 それでも戸惑いは一瞬ですぐに級友の肩を叩いていた。

 最早反射の領域で。

 そして現在。

 「そうかそうか、スクルージも自分の幻想ゆめ叶えられたんだな。良かった良かった」

 久しぶりに再会した友の近況をカナン先生は我が事のように嬉しさ飛び跳ねたくなるほど声を高くして喜びに染まっていた。

 「と言うことは相棒のトナカイも一緒なのか? うっひょい、一度合って見たかったんだよな本物サンタとトナカイ。どこどこいるの?」

 まるで童心に返った騒がしくも若々しい様子で先生は私に向けない素顔で目の前のサンタと会話を紡ぐ。

 別に、羨ましくなんて、ありませんから。

 「……今はいない」

 俯き表情を先生から逸らすサンタのスクルージ氏。

 問い掛けから返答に若干の間が存在した。

 「今は……私一人だ」

 「そっかぁ、それは残念」

 「……」

 場所は寝室から車内のリビングルームへ移して、ずっと立っていたら傷口に触るのでせめて腰を落ち着かせてと説得した私は先生の隣に座っている。

 中断してしまった女子会でも使用した食卓に陣を敷いて、隣で楽しそうに話を続けている先生と対面でしかめっ面と苦虫を噛み潰した表情を交互に織り成す先生のお友達サンタさんへ視線を向けながら黙って会話に聞き耳を立てる。

 ーー友達と呼ぶ割りには相手の反応が喜ばしくありませんよね?

 まだ初対面の私でも容易に感じられるお友達の不機嫌な気配。

 それを仮にも長年付き合いのあるカナン先生は気付かないどころか初めからそんな物は存在しない様子でほぼ一方的に会話を続けている。

 無視されても聞いてくれるなら構わない。

 こうして友人と普通に言葉を交わしている現実が何より楽しいそんな横顔で頬がすっかりにやけている。

 私と話している時より楽しそう。

 「莫迦は変わらない、か」

 先生にばかり注いでいた視線をサンタさんへ変える。

 馬鹿とはなんですか。

 そんな風に先生を親しく呼ばれたら本当に羨ましくて唇噛み締めちゃいますからキイイイッーーーー!!!

 「無駄話なら足りている」

 「だから、そんな身体で外に出たら」

 「そうだ!」

 ポンッ! と手を打った絶妙な間の手に引き寄せられる意識。

 「再会を祝して一つ宴でも開こう」

 「はぁ?」

 「既に準備出来てるし」

 「なぁっ!?」

 驚くのも無理はない。

 私もビックリ仰天。

 先生ったら本当に手が早い。

 「let's go carnival」

 滑舌の滑らかな英単語発音の後に続いて指が鳴らされ響き渡った先で、

 「頼むぞヨグソトースくん」

 ーー任されたぁ~。

 異次元のどこからともなく七色に極光輝く銀の泡が吐き散られ室内を満たしながら、

 「ぐー、ぐー、ぐかー」

 始原にして痴愚なる空白の万能たるアザトースはフルートの音色が奏でられる寝所へ息子経由で他者が侵入しようとお構いなく我冠せず宇宙創世から夢の中で微睡み眠りこけている。

 「続けて」

 酒飲み仲間の時空を司るヨグソトース経由で先生に誘われて宇宙の始原にして中央なる深奥へに三つの影が召喚された

 「とりあえず都合の付く全員がトップクラスの英傑」

 驚愕冷め止まぬ私とサンタ氏を放置して誰一人とっても急転同地に値するそんな神世の英傑たちを声高に褒めそやす。

 「エントリーナンバーワン! その知名度はまさに神話級アイアムレジェンド、無敵だ不死身だそんなの鍛え抜いた得物と頭脳で即・鏖・殺、十二の難行なんのそので蹴散らした挙げ句に神様へランクインーーでも実はうっかり屋さんな大英雄ヘゥエエラァクレエエエスっ!!!」

 一人目は大理石の彫像を彷彿とさせる黄金比の肉体に真っ赤な刺青を施した無頼。

 「続きましてエントリーナンバートゥ! 最近、他の神話や伝説にも色目ちょっかい掛けていることが発覚した形城愛染(けいせいあいぜん)、地獄から文字通り二度アイルビーバックしてからが修羅道神生本番、経験豊富さ天元突破ーー東西南北天上天下是肉酒池林アシハゥラアアアッシコウオオオっ!!!」

 二人目は何時も通りに二枚目面のハニーフェイス。

 「そして最後になりますはエントリーナンバースリィ! 日の本でこの神を知らぬ者はいない神代最強のやんちゃ末っ子、しかしその実態は真っ赤な太陽背負ったヒス姉にあられもない疑い掛けられた末の涙々な大冒険譚ーー爪やら髪やら毟り取られてもめげずに頑張ったシングルファザー・スウウッサアアッノウオオオっ!!!」

 三人目は猛々しいけどちょっぴり疲れ気味なお父さん。

 「この三神がこれからスクルージにサンタの何たるかをレクチャーしてくれますから、大船に乗った気持ちで居て下さい」

 「安心シテ下サイ、スクルージさん」

 片言日本語で大英雄がアルカイックスマイル。

 「私達ノ手ニ掛カレバ、サンタさんナンテ一捻リデス」

 「捻っちゃダメなのに……」

 宴会が開始される。

 開かれる騒々しさにそれでも傷だらけのサンタは抗おうとする。

 「いい加減にしてくれ。早く外に出ないと」

 「スクルージを撃墜した輩たちがこの学校に攻め入ってくるかもしれない、だろ?」

 「分かってるなら」

 「へーきへーき」

 「何が!!?」

 「うちの学校頑丈だから」

 先生が言っていることは事実。

 「校門閉めたら核兵器炸裂してもノーモンタイ」



 一方その頃、

 「なんなんだぁ、あの怪物はああああああ!!?」

 轟く叫び吸い込まれていく雪空。

 どんな理由か同僚であるスクルージを撃墜したサンタたちの駆るソリが一条の流星となりて聖夜の星空を真横一文字に切り裂き突き進む。

 駄目だ追い付かれる。

 仲間の大部分が儚く散ってしまった。

 何が行けなかったのだろう。

 その学校の上空は今や世界の終焉さながらの混沌で決死のサンタたち透明に嘲笑った。



 「学園都市に六つ存在する人工龍脈ターミナルポイント。その一つがうちの学校だ」

 酒で赤らんだトナカイのような鼻っぱしらが自慢気に話す。

 「空飛んでる時に気付かなかったか? うちの学校を中心に卍型の同心円で道が広がってたこと。うんでそんなのがタカマガハラの中央をグルリと囲むような形になってる。あれだ、六本の渦巻き模様が六芒星の点と点へ均等に配置されてる感じ。すごいぞぉ、何せ6分の1とはいえ魑魅魍魎神魔妖怪十人十色がひしめき合って充満する魔力とかそれがこの学校へ一旦は集約されるんだから。そんな場所へ迂闊に攻撃なんてしたら」

 片手をグッと握って、パッと開く。

 「神話クラスのセコムがドカンと発動。どうだ安心したろ? だから飲め飲め飲めや」

 「先生! 怪我人にアルコール勧めないで下さい!!」

 宴はたけなわどこまでも登り詰めて、

 「少しは肩の力抜けたか?」

 「騒々しくて肩が凝る」

 ビール缶片手に話し合う二人。

 「でも、まあ悪くはない、か」

 「それは善哉善哉、あんま根詰め過ぎんなよ」

 お節介に心配を込めて釘を刺す。

 先生曰く。

 サンタの活躍ぶりはその煌びやかさの反面に潜む危険な影の側面を内包している。それを危惧しての物言いで語彙は固く荒い。

 「心配されるようなことはない」

 「大丈夫そうに見えないから心配なんだっつうの」

 灯台の麓は薄位。

 一歩引いた他者の目線だからこそ分かる真実がある。

 「辛いだろお前」

 あっけらかんと断定した。

 隠された隠したい想いや目論見を一切看破して秘められた真意だけを直視する。

 「何がとは言わない、けど辛いの隠して張り切ってるのが身体に出てるぜ。その傷ーー痛いに決まってる」

 朗らかに明るく思い遣りが、

 「頼れよ。友達なんだから辛いことの一つや二つ引き受けさせろ」

 鋭く、柔らかい臓腑へ突き立てられる。

 それをかつての私は差し伸べられた救いの手に感じた。

 その感覚は人によって異なり、

 「昔から、相も変わらず、ズケズケとッ」

 十人十色。

 人によってはナイフの刃先が心の臓を抉る激痛に抱かれるやもしれなかった。

 「害虫」

 一つボタンを掛け違えれば、カナン先生の物言いは非道く傲慢な台詞にしか聞こえない。

 「人の嫌なところに抜け抜け入ってきやがるこのゴキブリ野郎」

 さすがに幾らなんでもこの物言いに黙っていられなかった。

 「そんな言いかっ」

 「赤の他人は黙っていやがれッツツツ!!!」

 黙るつもりなんて更々無かった。

 中断された台詞を罵倒にすげ替えようとするも不可能へ陥る。

 先生がそんな私を片手で制していたからだ。

 「お前はいつもそうだッッッ」

 直接、言葉の暴力を向けられている当人に制止されては何も言えず、もしかしたら普通の友人知人ならまだ言い返せたかもしれないのにカナン先生にそうされるとどうしてか悪くても受け入れてしまうそんな奇妙な感情に塞き止められて私は生まれて初めて一方的に他者が全力で懊悩を弾けさせ双眸を見開き牙を剥く姿を近くで目の当たりにした。

 サンタの瞳が敵を映す。

 サンタの瞳が先生を敵と見定める。

 不倶戴天の宿敵を睨むように、睨む殺す一心で、先生の、その内に、まるで姿見を覗き込みその奥底を糾弾するかのように

 「いつも感だとか、なんとなくとか、あやふやな物言いでよう、それなのにスムーズに行って、誰も疑問にも思わないで、そんなんでどうして上手く言ってんだよ。ああん、巫山戯んな。可笑しいだろ。僕はこんなに考えているのに、なんだよてめえ、僕はどんなに考えても上手く行かないのに、なんなんだよお前は」

 その敵意は哀しみに濡れていた。

 他者を傷付ける以上に、自分自身の胸が張り裂けてしまう悲憤の慟哭。

 先生はそんな友と呼ぶ聖者の激しい叫びを静かに受け止める。

 まるで告解室で信者の懺悔を聞く神の使徒のように。

 「僕はお前みたいにーーなんでも適当に楽出来るほど器用じゃねえんだよおおお!!!」

 不動で聞き続ける。

 異様だった。

 何故だか一秒前と変わらない先生の横顔に、咎を贖う罪人の殉教心を垣間見た。

 先生の背中に、

 「スクルージ」

 その微笑みの裏に嘆く光景を幻視した。

 「だったら考えるなんて止めちまえ」

 「ッーーーー!!!」

 堪らずその場を逃げ出したのは叫び散らし罵倒を浴びせた側。

 「上手くいかないもんだな」

 「先生……」

 その気になれば止められたのに、私はその場から一歩も身動きを取れなかった。

 余りに哀しいその背中に意識を奪われて、


 足元へ広がる大地が一瞬で蒸発したような喪失感が胸中を抉った。


 「ッツツツ!!?」

 前触れもなく登った梯子を外された心地。

 これは、

 「学園に集約された龍脈が外部へ流出している!?」

 一体誰がどんな目的で、

 「スクルージ」

 余りに哀しくて、静かに響く悲痛な呼び声を私は耳にした。

 「お前がどう思おうと、俺はお前の友達で在り続ける」



 「そうだ、私の目的は初めからこの学園に貯蔵された龍脈のエネルギーにあった」

 湧き上がる波紋の渦。

 軋む臓腑を歯を噛み締め意識を激痛より浮かべる。

 種は仕込まれた。

 闇夜を産婆に細工は隆々。

 あとははらわたから腐爛ふらんを待ち望む。

 「私には叶えたい幻想ゆめがある」

 サンタの使命は子供たちの幻想ゆめを叶えること。

 だが全ての子供たちの幻想ゆめを叶えることは出来ない。

 否定の総意が私達の奇蹟の限界値。

 それでも尚、夜空の星へ手を伸ばして掴もうとするならば論理的には不可能ではない。だが、対価として困難な願いほど莫大なエネルギーを消費する。

 だから私はこの学園を選んだ。

 学園都市タカマガハラを支える六つのパワースポットの一つ。

 天と地の恵み、日々を謳歌する人々の息吹が結集するこの場所に貯まるエネルギーを用いれば不可能は可能へ至る。海を泳ぐ魚は生きながらにして空を羽ばたける。

 「それでお前の身体は耐えられるのか?」

 可能を再び不可能のどん底へ引き戻そうとするこの男さえ排除すれば。

 「子供たちみんなの願いを叶えてもお前が死んだら悲しむだろ。その子供たちが」

 知ったことではない。

 空を飛べたところで地上で息の出来ぬことは変わらない魚の痛みなど。

 この身に残された想いはただ一つ。

 怒りである。

 憤怒である。

 豊かな家庭で生まれて暖かな暖炉の火と家族に囲まれて祝福される子供たちのすぐ隣で寒さを和らげる術すら学べずに冷たく固まっていく亡骸の矛盾。

 身を苛む無限怨嗟の業火こそ我が魂魄が放つ原動力。

 「痛い、苦しい、切ない」

 こんなに辛いなら初めから一人で居た方がマシだった。

 こんなに苦しいならあの馬鹿に出会わなければ良かった。

 ずっも嫌いで居続けられていればこんな心を掻き乱されずに済んだ。不幸のどん底みたいな気持ちにならずに済んだ。

 ……ー人で居たい。

 ……独りで痛い。

 居たい、痛い、居たい、痛い、痛い、居たい、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛いーーーー!!!

 居たくて、

 痛くて、

 こんなの聞いていない、なんで、どうして、

 ずっと独りぼっちで平気なあの頃より今が一番息苦しい。

 ーー最終幻想末期、幻想勢に戦端を押し上げられながら幾許か防戦を維持していた人類の中でその不利的状況を好転的に活用しようとする動きが活発化した。

 その一つが嫌われ者たちの吹き溜まり。

 社会的に問題がある或いはそぐわない鼻つまみ者。

 処理に困る社会の癌細胞を外科的処理するそれが僕が、僕たちが所属した部隊の正体。

 あの部隊に所属した人間は多かれ少なかれ誰彼に死を望まれていた者ばかりであった。

 僕は悪質な金貸しの枠で、あるいは重犯罪者、あるいは手放された忌み子、そこには人間の数だけ社会の諸悪を内包するオンパレード。

 嫌われ者は何処まで行っても爪弾きにされる。

 今だってそうだ。

 戦争を生き残っても僕に帰るべき場所も待ってくれる家族もどこにも居はしない。だから、そんな自分を求めてくれる子供たちのあの健やかな笑顔だけが救いに成り得る。

 それにサンタは自分以外にだって沢山居る。

 「私が死んでも代わりは幾らでもいる。なら私が死ぬ代わりにより多くの子供たちが幸せに暮らせるならそれは幸福に違いない間違いない正しい筈なんだ誰だって何処だって何時だって」

 「そんな自分を救えない奴が他人を救える訳ねえだろ」

 だがそんなことは知ったことかと、こいつは私の決意も覚悟も踏み越えてくる。

 私の問い掛けにそんな訳あるかと何時までも何処までも誰よりも強く引き下がらない前に出る。

 打ち棄てられた路傍の石ころがそんなに大事かと正気を疑う。

 「どうしてそんなに無鉄砲なんだよ」

 私にはこいつがどこまでも理解できない。

 腹の底が見通せない。

 そもそも底すらあるのか検討が付かないのだから。

 「お前はどうしてそんなに無鉄砲に勇気を振りかざせる」

 「それはーー勘違いだ」

 「ちょっとは考えて行動しろ」

 「はは、それは昔から周りのみんなに言われぱっなし」

 「だったら」

 「でも考えるの苦手なんだよ。考えたら考えた分だけどつぼに嵌まりそうで」

 だから考える前に行動したいーーのか?

 「そうしないと身動き取れなくなりそうで怖い」

 俺は勇気なんて持ち合わせてない。

 目の前の男は自分は臆病者とあっけらかんと白状する。

 「唯々、毎日、追い着いてくる怖さに耐えられなくてシバき倒してるだけだ」

 それを人は勇気と呼ぶんだ馬鹿野郎。

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