04. 初登場 (1)
「なんだろ、あの子……。」
一瞬姿を現せた男の子は、再び速く私の視野からいなくなった。そしてこれ以上紙飛行機も落ちてこなかった。私は自分の手に軽く握られた紙飛行機を見ながらなんだか妙な気持ちになった。誰だったっけ?思い出せるような、出せないような……。丁寧に折られている紙飛行機を手にもって、私はまたカフェの中に足を運んだ。少し残ってたカクテルをすぐ飲みつくしたとき、機嫌はもうすでによくなっていた。私から空っぽのグラスの渡された星野さんが、私がもってる紙飛行機をみて聞いた。
「なにそれ?自分で折ったの?新しい自己管理方法?」
「え?違いますよ。私のじゃないです」
「じゃあ拾ったの?」
「うんーなんていうか、拾ったわけでもないけどなー空から落ちてきたんだもんー」
「拾ったのと何が違うのよ。そろそろ人混むと思うから機嫌直ったのなら準備してよ」
「了解ですーあ!!!」
「またなんだよもうー」
「あの子だ。ベースの!」
「ベースが何?」
「いや、なんでもないです…。」
思い出した。ちゃんと見たわけではないから自信はないけど、たぶんあの青少年なんちゃらのバンドでベースを弾いてたあの男の子みたいだったけど。そういえば最初オーディションのときにもこの紙飛行機に使いそうな色紙を持ってたような…。折り紙が趣味なのかな。
「翼!悩むならテーブルでも拭きながらしなさいよ!」
「わかりましたよ。あんまり急かさないでくださいよー」
そして雑念を捨て切り、カウンタクロスを取るために手を伸ばす私だった。
…そして彼らの初公演当日。
「本当に大丈夫なの?」
「もういいよ。大丈夫だって!」
「だって、センターがあと40日…。」
「……。」
「ん?」
「翼さ、そんーなに私にとどめを刺したいわけ?」
「私はただね」
「黙れ!大丈夫っていえば大丈夫なのさ」
「もう……知らないよ?」
「だから黙れってば!」
待ちに待った金曜日、彼らの公演当日。みなみは担任の恐ろしい視線を避けてカバンだけを教室に残したまま逃げ出した。ぜえぜえと息を吐きながらカフェに入ってきたみなみを心配してあげたのだが、みなみはすでにイケメンだというメンバーたちの顔をルーズリーフに勝手に想像して描きながらにやにやしていた。こうなるともう誰も止められない。
「顔、鼻、唇……、よし、次、髪型は?」
「さぁ。ちょっと青が混ざったブラックかな?少し長かったような……。」
「私が聞いてるのはボーカルじゃなくてドラムだけど?」
「え?」
「ボーカルはさっき聞いたし!今までドラムの人説明してたじゅん」
「あ、そっか。えぇ、ドラムは、結構身長高くて、だから……。」
「それもさっき聞きました。髪形を聞いたの」
「あ、そうだね。前髪はこう、結構おしゃれに上のほうにしてて……。」
流れをうっかり切ってしまった私に怪しいと視線を送ってくるみなみ。彼女が目を細くしながら私を見つめてくると、私はなにかの負担を感じ、少しずつ後じさった。私は変な笑顔を作りながらみなみのペンをひょいっと奪ってドラムの人の髪型を適当に描いた。
「やっぱ翼、なにか怪しいよ……。」
「え?」
「ひょっとしてもう、頭ん中にあのボーカルの子しか入ってないんじゃないー?」
「は?ありえないよ!私そんなチャラそうな男あんまり好みじゃありませーん」
「ほぉ? チャラそうなー?」
「あ、もう!」
引き続き私の耳元でずっとくすくす笑っているみなみを放っておいて、私は椅子から立ち上がった。もうすぐ午後九時。そろそろ準備をするために彼らが来る時間だ。今は違うバンドの曲がカフェの中に響いていた。落ち着いた声と静かなメロディーがカフェの中に溢れだし、みんなを微笑ませていた。
だから音楽は好きだ。それぞれ色を持って、それぞれの人達の気分まで変えてしまう魔法みたいなものだから。