03. 紙飛行機 (2)
そしてその日、午後のカフェ。
「星野さん、明日ですよね?」
「ん?何が?」
「青少年保護区域とか、あのバンドが来るの」
「うん。たぶん」
「…てか、なんで名前が青少年保護区域とかですかね?長いし覚えづらいのに」
「まぁ、彼らなりに理由があるんじゃない?私はいいと思うけど。あとで直接聞いてみなよ」
「いえ、そこまでは……。」
「よぉ、我が滝瀬家の親愛なる俺の姉さん!」
「……はぁ?」
夕方になる前、まだ暇なカフェに嬉しくない客人ふたりが入ってきた。思いっきりおしゃれした我が滝瀬家の長男、滝瀬晴樹と、そして晴樹のやつの友たちとして置いておくにはあまりにも勿体無いくらいのいいやつ、木村卓哉くん(名前が相当似ている上に顔もかっこういいので、彼なりに結構苦労しているらしい)。正確にいえば、嬉しくない客人っていうのは晴樹のやつだけで、卓哉くんは除いてあげたい。
「お前…、またなんて格好しているんだよ!」
「俺?俺はいつも流行に敏感だかんな。最新スタイル通りやってみただけさ」
「ださっ」
「黙れ。てか、金貸してくれよ、翼」
「お金なんて持ってません」
「持ってるのもう知ってんだっつーの!」
「晴樹!!!」
17年間犬猿の仲みたいに、猿より悪党である晴樹のやつは私のサロンに手をいれ、素早くお金だけをもってきやがった。私は思いっきり眉をひそめながらあいつを睨み、その間可愛らしい笑顔で私に言い出す卓哉くん。あの笑顔は晴樹のやつの胡散臭い笑顔に比べものにもならないくらい愛想たっぷりの真の笑顔である。
「翼さん、ちょっと急いでるんですよ。ほんっとうにごめんなさい。あとでちゃんと返しますから、ね?バスタおごりますよ」
「晴樹のあのくろやろ……!」
「そうだよ。今は大目にみてやってくれよ。サンクス、姉さん!」
「お前は黙れ!」
「んじゃ、俺らはこれで~」
10年間続けてきた空手のおかげで鍛えている私の拳を避けながらものすごい速さでカフェを逃げ出す晴樹のやつ。そして晴樹につれて卓哉も私に軽く首を下げたあと、素早く出て行ってしまった。カフェの中に残されたのはかなりの怒りでぜいぜいしながらドアを睨みつけている私と、星野さんの小さな笑い声だけだった。
「あいつはなんで必要なときだけ姉さん探してんだよ!」
「まあまあ。落ち着いて。いずれは大人になるさ」
「星野さん、星野さんがあいつになんかビシっと言ってくださいよー」
「いや、私にも晴樹くんは無理だよ、ふふ」
「もう!あぁ、ムカつく!」
そのお金は明日学校でみなみにおごる予定のおやつ代だったのに!ぶつぶつ文句を言いながら不満そうに立っていたら、いきなり星野さんが綺麗ないろのカクテルを私に渡してくれた。そして少し外の空気でも吸ってこいと、私を強引に外へ追い出した。
ノンカクテルだといって、フルーツジュースみたいな甘い味、そして小さいグラスの中に光を入れ込んだみたいにキラキラしているレモン色のカクテルをみてたらすぐ気が緩くなって、私は微笑んでいた。そのとき、いきなり空から落ちてくる紙飛行機。
「うん?なんだろう、これ」
丁寧に折ってある紙飛行機だった。でもただの色紙を使ったものではなく、青いストライプの紙飛行機だった。頭の上に乗せられた飛行機を手にもって周りを探していたら、ちょっと先にもう一つの紙飛行機がぽろっと落ちてきた。今度はピックのストライプ。
誰が飛ばしたのかな?地面に落ちる紙飛行機が風に吹かれ一歩先に遠ざかれた。私は静かに屋上がありそうなビルを目で探した。
ちょうど日が沈む頃のオレンジ色に染められ始めた空に、私が向かい合って立っているあるビルの屋上からもう一つの紙飛行機が微かな風に乗って降りてきていた。夕日に似た、オレンジ色の紙飛行機。そしてその屋上欄干に姿を現れたのは、どこかで会ったことがあるような、少し見覚えがある男の子だった。