02. オーディション (1)
―いよいよオーディションの時間が近づき、17時になる10分前。
オーディションを受ける人たちならなるべく早く来て機材をセッティングしたり準備するのが普通なのに、カフェのドアは全然開く気味が見えなかった。サロンをつけてテーブルを拭いていた私はバーの中でカクテルを作っていた星野さんに声をかけた。
「星野さん、なんか遅いですね」
「まぁ、もうすぐ来るんじゃない?」
「まさか遅刻したりはしないですよね」
「もしそれだったらやばいんじゃない?滝瀬さん遅刻だけには結構厳しいから」
でも心配することもなく、17時ぴったりで不思議なようにカフェのドアが勢いよく開いた。
それぞれ発するオーラだけでも自分たちの個性がはっきり見える子達だった。一番に入ったのはさっき私に「モテすぎてごめん」という変な歌を聞かせてくれた、イヤホンを付けてギターを背負っているあの「智也」という男の子。その次にはまるで人形みたいに白い肌に、肩くらいまで伸ばした茶色の髪の毛、虹色の華やかなニートの下に短いスカート、そして長くて黒いブーツを履いた女の子。三番目は軽く口笛を吹きながらドラムスティックを手で回して入ってくる男の人だった。すらりとした背丈、爽やかな髪セッティング、そして白いシャツの上にちょっと緩めのネクタイを適当に巻いているのがすごい似合う人だった。最後に入ってきたのは男としては白くて綺麗な肌立ちに、ちょっとどこかぼっとしてる瞳、そして手には色紙を一枚もっている子だった。ベースを背負ってるからみて、たぶんあの子がこのバンドのベース担当だと思えた。
「うぁー!すげー!ここなの?やっぱ渋谷で一番おしゃれなライブカフェだという噂もあるわけだ!恵、お前よくもこんなところに申し込んだね」
「無駄話はあとで! 智也! 速くしろよね! 時間ないよ」
「わかったよ。わかった」
彼らが来る気配を感じ取ったのか、父さんがカフェの隅っこにある事務室から出て彼らを笑顔で迎えてくれた。ゴムで適当に結んだ少し長い髪の毛に、あんまり度は入ってないけどおしゃれな黒いメガネ。ちょっと細身の体にぴったりグレーのニート。どうみでも40代中半だとは思われないあの男がうちの父さん、滝瀬健太。
若いころから学校の面談とかで顔を出すのはいつも父さんだった。今は離婚してる母さんは昔からある大手の会社で秘書のマネジャーを勤めてていつも忙しかったし、恐ろしいくらい童顔であるうちの父さんは、私は小学校のときには結構歳が違うお兄さんではないかと誤解されることも多かった。 父さんが来ている学校で、「翼の父親です」ということを聞いたら、回りの人達からの大きなため息が聞こえてきたり、担任すらパニックになってたのがまだ記憶に残ってる。音楽が大好きな父さんの書斎には、昔から集めたクラシックを含めたいろんな音楽ジャンルのCDやレコードが壁の一面いっぱい詰めてある。
「みんないらっしゃい。時間ぴったりだね」
「おはようございます!今日はどうぞよろしくお願いします!」
「……。」
その「智也」っていう子をずっと促していた綺麗な女の子が一番先に父さんに向かって元気よく挨拶をした。そしてずっと口笛を吹きながらドラムの調整をしていた男の人が父さんに軽く頭を下げて、次にベースのチューニングをしていた無表情の男の子が同じく頭を下げた。「うぬぼれ」のあいつは、イヤホンから流れてくる音楽に夢中だったのか、後ろも振り向かないまま背負っていたギターをケースから出していじりながらまたメロディを口ずさんでいた。
父さんがあの子に向かって視線を移し、じっと見ていることに気づいた女の子が微かに眉をひそめ、素早くあの「うぬぼれ」子に近づいてイヤホンを引っ張りながら叫んだ。
「このばか! 早くあいさつしてよ!」
「んなんだよ!耳元でさけんな!…え?あ、ちーっす」