全力で断る
「ねえ、大丈夫かなあ?本当に良かったのかなあ……。」
「大丈夫だと思うけど?いつもやってんだし。なーんかあんた、さっきからすごい心配性だよね。はいドロツー」
「……だってさあ、一応先輩じゃん?やっぱ行かせるのは、良くなかったって。あ、僕もドロツー」
「ああ、もう!大丈夫だって言ってんだろ!昨日もシロ先輩が負けて、全員分のガリガリくん買いに行ったんだからさ。どうってことないって!なんだよ持ってたのかよ。じゃあ、ドロフォー」
「え、えええ!クズ組ってどうなってんの!?いいの、そんなんで!?ああ!これは取って置きたかったのに、ドロフォー!」
星と幸春が2年K組の教室にようやくたどり着くと、彼女の席を使って後輩の千秋茅と見たことのない少年がウノをしていた。
ちょ、お前ら人の席でなにやってんの?ていうか、めっちゃくちゃ楽しそうじゃないか。私も混ぜろよこの野郎!
その様子を幸春はムッとした不機嫌な表情で睨みつけると茅のもとへと駆けて行った。彼はさっきまで全力疾走による息苦しさで顔を歪めていたというのに元気なものだ。星はやはり男子は女子である自分とは、体力が根本的に違うなあと感心した。
「おい、茅!ずるいぞお前!シロ先輩カモにするときは、俺も呼べって言ってたじゃん!」
「ああ、ハル先輩。おかえり。どこ行ってたの?呼んだけど携帯出ないんだもん。代わりにそこらへんに落っこちてた、このムーミン先輩でやっちゃったよ」
人はそう簡単にそこら辺には落っこちていないと思いますけど。
星は茅の言葉に呆れてしまった。そうして息がようやく落ち着いたので、彼女は自分の席に向かってゆっくりと歩き始めた。自席の前まで着くと星は、ムーミン先輩と呼ばれた少年をじっくりと観察した。
赤茶色の髪を前髪とトップを少し長めにカットし、後ろの髪を前に持ってくることでフワッとさせているが、両サイドとうなじの辺りを軽く刈り上げることによって甘くなりすぎない。そんな難しい髪型が似合うこの少年もまさしくイケメンであった。
あれ、なんか嫌な予感がするような……。
それにしても、こんなイケメンにムーミンとは思い切ったあだ名を付けたもんだ。星は無邪気に鼻歌を歌っている後輩を見て溜息を吐いた。シャンパンゴールドに染めた髪に緩くカールしたパーマをかけた、フワッとしたこれまた難しいショートカットがよく似合うこの子もイケメンだ。そうイケメンなのだ……。
ああ、もうなんなんだ。どいつもこいつもイケメンじゃないか。
星は思わず頭を抱えたくなった。普段は見慣れすぎているからすっかり忘れてしまっていたが、同じ学校に通う星の友人達は相当のイケメンばかりだった。
やばい、これでは宇宙人ホイホイになってしまうじゃないか!
「……だってさあー。気違いに絡まれてた星を助けたらさー、なんか俺まで絡まれちゃって。電話に出てる余裕なんてなかったし。話が通じないのなんのって」
「気違い?それって宇宙人みたいな?」
「え、なに?チビッ子も、もう会っちゃったの?」
「んー、俺は会ってないけど。ムーミン先輩がそれのせいで、この教室の前に落っこちてたんだよね。なんかキャトルミューティレーションされそうになったらしいよ?」
キャトルミューティレーションとは、言いえて妙だ。まさしくあの電波女に捕まったら、それに等しい洗脳がまっていそうである。
星は思わずそれを想像してしまい身震いをした。ちらりと隣を見れば、幸春は真っ青になってガタガタと震えていた。
ちょ、幸春さん大丈夫っすか?
星は幸春のあまりの様子に、さっきと同じように背中を擦ってやった。もう気分は母親である。
「え、なに!?君たちも会っちゃたの?あの宇宙人に?」
「会っちゃったもなにも。私なんか両手掴まれて、イケメンハーレム作るからサポートよろしくね☆ってやられちゃいましたけど!ハルなんか、気違いの言うハーレムメンバーに入ってますからね!」
「やだやだやだ!俺は入りませんからね!断固お断りの方向でいかせて頂きますから!」
幸春は両手で頭を抱えるとかぶりを振った。
いやいや気持ちはわかるが、ちょっと落ち着きなさいな。
「ところでムーミンさんも、やっぱハーレムメンバーに入ってるの?」
「……あの、僕ムーミンじゃないんだけど。2年S組の梅平睦月っていうんだけど」
「だからムーミン先輩じゃん」
ああ、もう。睦月が諦めの溜息を吐いたと同時に、教室の引き戸が轟音と共に吹っ飛んだ。教室でこんなことが起これば普通は大騒ぎになるところだが、なにせここは通称クズ組と言われる不良や問題児ばかりが集まったクラスである。皆慣れっこなので、睦月を除いだその場にいた全員は、ああ、またかという目で無残な姿で枠から外れた戸を見ていた。星が引き戸があった場所に視線を移すと、そこには般若のような顔をした若竹白夜が彼女を睨んでいた。
ここまでくれば勿論、皆さんお分かりのことだろう。白夜も例に漏れず、プラチナシルバーに染め上げた髪を外はね気味にしたショートウルフが似合うイケメンである。
それにしてもこの白夜のキレ具合はやばい。これはガチだ。
ちょ、ちょっと待って下さい。私何か先輩にしたっけか!?怖いからそんなに睨まないでよ!ああ、ウノをしていたくらいだからご機嫌だと思っていたのに。ガリガリくんを買いに行った食堂で何があった……。あ、分かりました。シロちゃん先輩ご愁傷様です。でもそれは、私のせいではありません。
「……ああああ!うっぜえなあ、あのアマ!おい、てめえ星!お前なんであんな気違いとダチなんだよ!?おかげで殴れなかったじゃねえか!」
「止めてよシロちゃん先輩。それは激しい誤解ですよ」
「ああ!?誤解なわけねえだろうが!親友なんですうって、きっしょく悪い声で言ってたっつーの!」
「だから誤解だって言ってんでしょうが!私も被害者なの!初対面なのにいきなりここは乙女ゲームの世界で、イケメンハーレム作るからサポートよろしくね☆って電波なこと言われたの!そんな女と親友なわけあるか!私の親友はハルです!」
「……え?あーちゃん、俺は!?俺親友じゃないの!?」
今まで無関心を決め込んでいた茅が、急に星に詰め寄った。どうやら彼は友人に飢えているらしい。まあそれは彼の自業自得の部分が大きいので、仕方がないことではあるのだが。
茅は普段のこの様子からは想像もつかないほど、喧嘩っ早くて凶暴なことで有名だ。誰かに喧嘩を売られようものなら躊躇わずにそれを買い、嬉々として血祭りに上げるような彼に友人なんて出来るはずもない。まあそんな彼でも星にとっては可愛い弟分だった。
「ご、ごめん!後輩だから親友って言っていいのか迷っちゃって!もちろんチビも親友だ!」
ふと白夜を見れば、白鳳学院の悪魔と恐れられている彼が、捨てられた野良犬のような悲しい瞳で星を見ていた。まあそんな通り名がある白夜も、無論のこと下僕はいても友達はいない。
ていうか下僕がいるほうがすごいと思いますけど!ああ先輩、そんな顔しないで。決して仲間はずれにしたんじゃないんだよ!
「もちろん先輩も親友だよ!」
「すごいねえ。親友の安売りだねえ」
睦月が放ったその悪気の無い一言で、星は急に我に返ると恥ずかしくなった。もう成人に近いのに親友親友と叫んでいるのは、非常に恥ずかしい行為だ。星は顔を真っ赤にすると恥ずかしさのあまり、その場に小さくなって蹲った。男共は心臓に毛が生えているらしく、そんなものはどこ吹く風で、白夜が買って来たガリガリくんを和気藹々と選んでいた。
あっ、ムーミン!私のソーダ味を取るんじゃない!ていうかあんた、さっきまでシロちゃん先輩にパシリさせるなんてって言ってたくせに、真っ先にガリガリくん取ってんじゃないか!順応力高過ぎやしませんか!?
ガリガリくんを半分ほど食べて一息ついた後、星は白夜の誤解を解くためにこれまでの経緯を話した。皆真剣な顔で星の方を向いているが、その手には溶けかけのガリガリくんがあり、全員がイケメンだというのにかなり残念な絵面になっていた。
「ええとですね。とにかくこの世界はあの電波が言うには、名前なんだっけ?まあいいや。なんとかシーズンズっていうゲームの世界らしいんだけど。それであの女が攻略できるイケメンを使ってハーレムを作る予定らしいよ。攻略対象の名前の中には四季の季語が入ってて、それで私は電波のハーレム作りをサポートするキャラなんだって」
「……なに、その気色悪い世界。あのアマ、マジでいかれてんのか」
白夜は心底軽蔑した顔でそう言い放った。けれどもすぐ後にガリガリくんをかじったことで、誰もが震えあがるようなその威圧感も台無しである。
「シロちゃん先輩の言いたいことは、よーく分かる。まあそこでだね。皆さんに残念なお知らせがあります。大変悲しいことに皆さんは、あの電波のハーレム構成員に入っています。だって無駄にイケメンだし、苗字にも名前にも季語があるしね」
「ああ?マジかよ」
白夜は食べ終わったガリガリくんの棒を口に咥えながら、嫌そうに顔をしかめ溜息を吐いた。
まあ無理もないです。心中お察し致します。
「ふーん、興味なーい」
茅はというと他人事のようなうっすい反応をしたと思ったら、身を乗り出して向かいの星が持っているガリガリくんソーダをガブリと噛んだ。
おまっ、それ最後の一口なんですけど!
「ヤダよお、怖いよお」
「やだやだ!絶対にやだ!」
睦月と幸春はお互いの手を取り合い、ガタガタと震えていた。
まあこれもお気持ちお察し致します。私もそんな気分だよ。
「……あー、どうすっかなあ。おいチビ。ちょっと俺と一緒に宇宙人の殺し方考えねえ?」
「別にいいけどー?宇宙人ってなにに弱いんだろうねー?」
「待って待って!宇宙人っていうのは例えで、殺しちゃったら犯罪だから!」
性格からして本当にあの女を殺しかねない二人だったので、星は慌てて止めに入った。彼らが言うとこういった冗談も冗談に聞こえないので怖いのだ。
「大丈夫だって心配すんな。俺、こう見えても良いとこの坊ちゃんだからよ。有り余る権力で完全犯罪出来ると思うんだよね」
「いやいや、怖いこと言わないで!」
出来そうだから止めてるんだってば!
星は立ち上がって茅の隣にいた白夜の所まで行くと、彼の背後から肩を持って揺さぶった。
「あー、でもシロ先輩やっちゃったね。ここで言っちゃたら、人づてにバレちゃうじゃん。こういうのは誰にも言わないでやらなきゃダメだって」
「それもそうか。やっちゃったなー。じゃあ俺の伝手で海外に売り飛ばすか?見た目だけは良いから結構、高値つきそうじゃね?」
「いやいやいや!それもダメだって!怖いからもう止めてよ!」
この男が言うと本当にシャレにならない。その時だった。知らないうちに誰かが直してくれていた引き戸が勢いよく開け放たれ、そこにはお約束の様に宇宙人がいた。
おま、すげえな。よくここが分かったな。
「あ~!やっと見つけた!もう、白夜くん麗を置いていくなんてひどいよ!」
なんだろうか。私たちの内の誰かに発信器でも付けられてるんじゃなかろうか。
星はその気持ち悪さに背筋がゾワゾワッとするのを感じた。ちらっと幸春と睦月を見れば、彼らが尋常じゃないくらい怖がっているので、星はどうにかしてこの宇宙人を追い払わなければと彼女の方へ行こうとした。しかし、それよりも早く白夜が嘘くさい笑顔を張り付けて立ち上がり、宇宙人に近付いて行った。
「……あー。悪い悪い。ついガリガリくん早く食べたくて、思いっきり全力疾走しちゃったわ」
星は白夜がヤバいことをやりはしないかと、ヒヤヒヤしながらその様子を固唾を呑んで見ていた。
頼むから殺さないで下さいよ!
「もう!次から気を付けてよね。あ~!なんだ皆もいたんだね!麗もみんなとアイス食べたいな!」
宇宙人に視線を向けられ、幸春と睦月はひいっと情けない悲鳴を上げた。茅はというとあいにく宇宙人が食べれるようなガリガリくんはありませんのでー、と暢気に答えていた。
あんたは本当どこまでいってもマイペースだな。逆にここまでいったら感心するわ。
「うん、まあ。それについては、全力で断る!」
白夜は宇宙人の後ろ襟をひっ捕まえるとずんずんと反対側にある窓まで歩き、そう言って外へ彼女を投げ捨てた。外から多数の悲鳴が聞こえ、その後ジャバーンと大きな水の音が立った。しばらく星は何が起こったのか分からず呆然としていたが、事の重大さを遅れて認識すると慌てて窓へと駆け寄り外を覗きこんだ。どうやら宇宙人はすぐそばにあった鯉を飼育している大きめの池に落ちたらしい。近くにいた生徒たちによって救出されているところだった。ぎゃあぎゃあと元気に喚いているのだから、どうやら無事の様だ。ここが一階で本当に良かったと星は胸をなでおろした。
「あんだよ、生きてやがったか」
いつの間にか星のすぐ後ろまで来ていた白夜が、彼女の頭の上に顎を両腕を肩に置くとそう言って舌打ちをした。星は恐怖のあまりに振り向くことも出来ず、ただ乾いた笑いを漏らすばかりだった。