第1話【白萩学園演劇部】-Part2-
「まぁ大丈夫だよ。うちにも無いのが一人いるから。ほら、さっき渡してた通信機から聞こえてたかわいい声」
目の前の男、春日藤十郎は、話を続ける。
そして俺は、それを聞いて1つ、思い出す。
……そういえば、そうだったな。
通信機をポケットから取り出す。
先刻、耳から聞こえる会話が鬱陶しかったので、ここに来る道中に外したのだ。
そして取りだした小型の通信機を見て、思い返す。
……あぁ、目の前のこの人を、兄さんって呼んでた人か。
「実はそれ、僕のかわいい妹なんですけどね」
「もしかして……、シスコンってやつですか?」
率直に聞いてみた。
だって、なんかずっと「かわいい」って形容詞がつきまくってるし。ていうか、そこだけテンションが上がっている気がするし。
だが、この言葉に対し、相手は思っていた以上に過敏に反応した。
「だってかわいいじゃないか、妹って!!向こうも兄さんって愛らしく呼んでくれるし!!それにうちではメイド的立場で、気が利くタイミングでおいしいお茶を入れてくれるんだよ!!そして愛くるしい笑顔!!純粋無垢な笑顔!!これに勝るものなんて、無いね!!」
この瞬間、俺のこの人へのイメージが一瞬にして崩れ去った。
知的に見えていた眼鏡も、恰好が外れたものとなっている。
更には緊張していた俺の心も、見事に無きものとなっていた。
………駄目な眼鏡だなぁ。略して駄眼鏡って所か。
と、どうでもいい思考が巡る。
「……取り乱してごめん」
「え、えぇ………。大丈夫です」
何が大丈夫なのか、言った張本人の俺でも分からない。
というか、あれは反射的に言ったのか?
それならそれで問題な気がするが………
と、その時、扉を叩く音がした。
「兄さん、話進んでますか~?」
ここで、どうやら噂の妹さんが来たようだ。
◇◆◇◆◇
春日藤十郎の妹、陽乃は心配だった。
手には差し入れのペットボトル茶が2つ。兄と客人にと思って持ってきた。
……兄さん、話ってものが上手く出来ませんからね。
例えばこの間、彼のやっていたゲームを横から見ながら会話していた時、いきなり妹キャラの良さについて語られた事があった。しかし良く聞くとそのキャラではない特徴をあげていたり。
あと、いつものコスプレ趣味でちょっと露出が高いチャイナ服を着た時、けしからんとお父さん的口調で咎めに来た事もあった。しかしよく聞くと私が褒められていたり。
やはり話す時は筋を通すべきだと思うのだ。
兄さんはそれが出来ない。
なのでここはやはりヘルプに入るべきだと、来たのだが………、
「だってかわいいじゃないか、妹って!!向こうも兄さんって愛らしく呼んでくれるし!!それにうちではメイド的立場で、気が利くタイミングでおいしいお茶を淹れてくれるんだよ!!そして愛くるしい笑顔!!純粋無垢な笑顔!!これに勝るものなんて、無いね!!」
ドアの向こうから兄の元気ハツラツな大声が聞こえてくる。ちょっと聞き取れなかったけど、1つだけ分かった。
……さっそく話が逸れてる。
確かセンパイが言ってた気がする。兄さんはどうやら、『二次元妹』と言うのが好きらしい。
更に、「あの人はすっげぇ好きなんだよ、妹が」と付け加えてた。
そう言えばあの時、彼にどことなく笑われていたような気がしたが、やはりそこは趣向的に危ない方面なのだろうか。
もしそうならば、女として妹として、兄を正さねばいけないような、そんな気がしてくる。
………と言ってる自分が自分で話を逸らしている事に気づく。
(とりあえず、……入ろう)
そう思い、目の前の古ぼけたドアをノックするのであった。
◇◆◇◆◇
藤十郎は、妹が来たのを理解したと同時に困惑した。
……今の聞かれたか!?
不味い、不味いぞ。今まで隠し続けてきたこの性癖が、バレてしまっているかもかもしれない!!
くっ、クールで優しいお兄さんを演じ続けるのも、これまでか………。
これからは、クールで優しいけど『シスコン』なお兄さんになってしまうのか………。
「あの………、呼ばれてますけど」
「あ、あぁ。そうですよね。分かってます分かってます」
いやいや待て待て、冷静になれ、春日藤十郎!!この程度のピンチなど、今までいくらでもあった。
そうだ、むしろ今まで通りに普通に行こう!!そうすれば向こうもきっと聞き間違いであると思うに違いない。
いや、というかそもそも……、聞こえていたのか?
聞こえていたにしてはいつも通りだった。
ということは………、僕の発言は陽乃には聞こえていない!!
……ならば良しっ!!
「あ、すいません今開けますよ」
全ての疑念を払拭し、鍵を開けて開いたドアは、どこか自分の心のドアを開けた感覚にも似ていたという。
◇◆◇◆◇
「で、結局どの辺まで話したんですか? 兄さんは」
倉庫に入ってきた妹は、ペットボトル茶を配り終わった後、自分の兄に尋ねる。
「えーっと………、トランスに関して全般を」
「えー!? それって全然本題入ってないって事だよね……。全く、仕方ないなぁ」
と、彼女は俺の方を見る。
「まずは初めまして。といっても通信で声は聞いてますよね。えーっと………、この兄さん、部長こと春日藤十郎の妹、春日陽乃です。皆はワンコって呼んでます。よろしくお願いします」
「あ………、如月奏月です。よろしくお願いします」
随分と律儀な子だな、通信ではあまりそんな印象は無かったが。
……なるほど。この部長がシスコンになった理由がほんのちょっと分かった。
改めて、用意されたパイプ椅子に座っている彼女を見据える。
可愛らしくぱちくりと開いた目に、綺麗に整った蒼の海を思い出すような色の髪を、横にポニーテールのように止めている。
体格的にはほんの少し足りないと言った感じだが、男の需要に答えるには十分だろう。
これでいて性格も律儀だというのだから、さぞモテるのだろうな。
……っと、ここまで観察したら、俺も変態のように思われるな。
なので、ここで彼女の魅力を探すのは一旦やめておこう。
「兄さんが口下手なんで、ここからは私が話していこうと思うんですが………、構いませんか?」
「えぇ、構いませんよ」
口下手………、とはとても思えなかったが、相手が楽になるに越したことは無い。
兄に比べて妹はどこか警戒心が足りないようにも見えるし、な。
「兄の仕事を妹が奪わないでくださいよ……」
小言のように愚痴をはいていたが、反論はしない様子だ。
そして彼女の方は無視一直線だった。
妹の方が立場的に強いのだろう。集団というよりは、おそらく兄弟として。
「で、えーっと………、まずどこから話しましょうか」
「では、こっちから先に質問してもいいですか?」
「はい、どうぞ」
が、どうやらさっきよりは相手が楽になった事を、改めて確信する。話の主導権を、こっちに持って 来れたからだ。
これで聞きだしたい情報を自由に聞き出せる。
まずは………、
「俺達を追ってきたあの連中……、俺を連れだしたあいつは”生徒会”とか言ってましたけど………」
「"生徒会”は、ただの”生徒会”です。ただし……、不良生徒を執行するのに、能力の所有を許されてますけど」
それは、まるで………
「自分達は不良生徒と、婉曲的に言ってるように聞こえますが」
「あながち外れじゃないのが困りどころです」
良し。
まず一つ、はっきりした。
個人的主観を挟まない『社会的観点』から見て、この人達は”悪”の立場にある事が。
確かに転校生(自分)を連れ出す辺りには、見事なほど当てはまる。
が、だ。これはあくまで『社会的観点』の話に過ぎない。
『物事は常に多角的であり、全ての観点から見える全部が、物事の答えである』とよく言われたものだ。
他の観点から見たら、今までの行動はもしかしたら、”正義”なのかもしれない。
それに全てを知っているわけではない。
まだまだ油断はできない。それより。
「どうやら、話はややこしいみたいですね」
「そうですね。どこから話したらいいものか、悩みどころです」
「なら一つ聞きたい……、陽乃さんも、能力を持ってないって聞きましたけど……」
「も、って事は。如月さんも」
俺は頷く。
「じゃあ私達、同類ですね」
そう彼女は言う。
だが俺が訊き出したかった情報は、これではない。
直接的に事を聞き続けると、もちろんの事怪しまれる。
だから婉曲的に、かつ話の流れに従ったように見せて、話を進行する。
相手から情報を聞き出す時の初歩だ。
まぁ、ここら辺の交渉術を深く学んだことは無いし、初歩でさえ上手く出来てる保障は無いが。
そして今回訊き出す情報は、先程から1つ気になっていた事だ。
「そういえば、気になる事があるんですが………」
「はい、なんです?」
気になる事、それは。
「能力を持てる人と持てない人の違いって、なんですか?」
先程からあった、見解の食い違いについてだ。
俺はついさっきまで、トランスという能力は【ランダムに現れる】物だと思っていた。
もしくは、【条件ありで、それをクリアすると発現する】のもありか。
これはさっき、俺がついた嘘が、相手にバレなかったことから推察できる。
だが、彼女が言った「”生徒会”は、不良生徒を執行するのに、『能力の所有』を許されている」というのは、明らかに推察から外れている。
これはつまり、【能力の発現はある程度操作できる】ということが予想できる。
しかしそうなら、今度は先の部長とのやりとりの説明が出来ない。
発現させたかったのなら、俺が嘘をついたことが分かるだろうし、その逆なら、わざわざ最初の話題にそれを持ってくる必要性がなかったはずだ。
これらの状況から察せられる答えは、いくつかある。
が、俺の予測としては………、
「その顔は、既に答えが見えているって顔ですね」
今まで黙って状況を見守っていた部長が、口を開いた。
……相変わらずこの男は隙がない。
「……あくまで予測ですけど」
「いいですよ、言ってみてください」
「……この能力は、一定の条件で発現します。その条件はなんだか分かりませんが………、少なからずそれは、学園側の人間がその条件達成をコントロールすることが出来る代物、ということが予測できます」
この予測は、いくつかあった答えの内、最も有力なものだ。
最初は、【こちら側はランダムで発現し、学園側は自由に発現する】という予想だった。
しかし、それだと学園側でランダムなスイッチを自由に切り替える『機械』とも呼べるそれが、こちら側に働かないことの説明がつかなかった。
少なからずこの両者は敵対している事が分かっている以上、その『機械』は有力な武器で、確実に戦いに投入して良いもののはず。
だからこの論は間違っていると思った。
そして、この最初の予測を『ランダム発現』から『条件発生』の考え方に切り替えたものが答えという事だ。
ランダムに発生するのではなく、条件を揃えて初めて発現する。そしてそれは学園側はその条件を揃えるだけの環境がそろっている、という理屈。それが答えだったわけだ。
「……凄い」
目の前の兄弟のうち、妹は驚愕している、が……、
「さすがだね」
兄はあまり驚いていない様子だ。
「まぁ、その条件までは分からなかったですけど」
「そりゃあヒントが無かったからね。じゃあ答え合わせだ」
藤十郎は錆びた椅子から立ち上がり、一息の間を入れ、詔を発す。
「我を貫く確固たる刃を、―――トランス」
先程も見た日本刀が、何処からか出現する。
「この刀は、僕の”心の具現化”なんだよ」
それは先程聞いた。
いや……、待てよ。
「勘がいいみたいだから、分かったかな?これは………」
「"心”が無い人間には、発現しない、と?」
咄嗟に言ってしまったが、俺はそれが失言だったと気付く。
「酷い言い方だね。それだったら、うちの陽乃も君も、心無い人間になってしまうじゃないか」
「それは………」
ふと眼を逸らす勢いで、横にいた彼女を見てしまう。
そして見た。さっきまで明るい笑顔だった彼女が、少しだけ沈んだ顔になっている事に。
体裁としては笑顔を保っているが………。
俺はそれを見ていられなくなり、再び別方向に目を逸らす。
「もう少し正確な答えを言おう。トランスって言うのは、”心の形”がないと発現しないんだ」
「"心の形"………?」
「信念って言葉を、知ってるだろう?」
「えぇ……」
信念。
人間が、それが正しいと思える事を信じる事。
俺にはそんな信念なんて物があるとは思っていないが。
……いや、1つだけあった。
無感情でいる、ということが。
俺自身としては、そんな気は全くしていない。が、昔に言われたことがある。
無感情、だと――――――。
もしかしたらどこかで俺は、無感情でいる事が自分にとっての正しさであると、思っていたのかもしれない。
……っと、いけない。
少しだけ感慨に浸りたくなっていた自分を呼び戻す。
「さっきから僕は”心の具現化”と言っていたけど……、言い換えればこれは、”信念の具現化”と言ってもいい。つまりはそういうものさ」
「信念の……、具現化」
つまり、俺には自身で把握していない"信念"というものが、実はある、と………。
「まぁ、陽乃には無かったわけだけど、正直言えばこの年で信念を持ってる方が実は珍しい。だから……、ゆっくり探したほうがいい、って僕は言ってる」
そう言いながら、刀を左手に持ち、右手で座っている自分の妹の頭を撫でる。
「さて、もう少し話をしよう」
……しまった、話の主導権を持ってかれた!!
やっぱりこの春日藤十郎という男……、油断ならない。
「まず訊いてみよう。君なら、トランスを発現させないようにするには、どうしたらいいと思う?」
「………それは」
答えは、なんとなく分かっている。
トランスという驚異の能力が"信念の具現化"なら、"信念"が無ければいい。
そして俺がこの学園に入ってからあった、一つの不信感。
それらを統合して考えると………、
「"信念”を抱かないほど、社会的教育を施せばいい、ということですか」
「さすがですね。正解です」
なぜなら、信念の逆は、社会への没頭だからだ。
信念は、言い換えれば【自分が信じて決めた事を自分とする】ことだ。
だが社会というのは、極端なとらえ方をすると【社会という他人の決めた事を信じ、それを自分とする】という解釈の仕方が出来る。
つまり、物事の基準線が自分で選べるか、社会に選ばされるか、ということだ。
だけど、それは………
「それってまるで……、ロボットを製造するような話ですよね」
「良い例えですね」
人間が社会に属しているとはいえ、自分の時間というものはある。
自分の基準と、社会の基準を持ち、そこで均衡を決めて生きていくのが人間。
が、そこから自分の基準を持てなくし、社会の基準のみにするという事は、つまり。
つまり………
「人としての自由を、奪われているということですか」
この学園に入ってきてから、ずっと思っていた事。
それは、ここの教育がひたすら厳しくされているんだろうという感想。
私語は無く、ただ黙々と勉強し、生きている。
人間味が無いな、とも最初は軽く思っていたのだが………、
「そう、今学園にいる生徒は生徒会以外、”心”と呼べるものを奪われたままだ」
刀をどこかへしまった藤十郎は、今までで一番の悲しげな声を出す。
そして、訴えるように俺に声が降りかかってくる。
「確かにトランスというものが危険なものであることは間違いない。だからって………、自由も無く、ただ社会に存在するためだけのモノに造りかえられていくなんて、絶対間違ってる!! だから僕達は闘うんだ!! 自分達の思う”信念”が、正しいと証明するために………」
「兄さん………」
男のその声は、訴えかけるものであり、それと同時に叫びのようなものでもあった。
その声に籠った心は、悲痛を訴えかける物であった。
そしてその思いは………、今の俺に酷く突き刺さった。
「……さて、ここで如月君、君に最後の質問をしよう」
「………はい」
そして、数秒の沈黙の後に、問いが投げかけられる。
「君は……、僕ら"演劇部"と共に、闘ってくれるかい?」
………………俺は答えを渋った。
確かに彼の訴えは間違いではない。
が、それもまた、『感情的観点』であることが否めないのだ。
まだ俺は……、物事を全ての観点で見れていない。
だから……、
「少し………、考えさせてください」
答えを、少し先延ばしにする事を選択した。
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作者ブログ『とある高校の文芸同好会のブログ』
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