第1話【白萩学園演劇部】-Part1-
無感情、と言われた事があった―――――――――。
無関心とも無感動とも違う、感情があるようでない。
物事への興味関心があるようでない、とも続けて言われた。
正直、俺にはよく分からない。
感情なんてものがどんな形か、誰だって分からないだろう。
ただ、知るだけだった。
視覚から脳へ。
ただそれだけをしていくことを覚えた。
目の前は、ただ過ぎゆくだけ。
何処かで人が死ぬだろう。
何処かで街が滅ぶだろう。
何処かで………………。
そんな「何」かを、ずっと「見る」だけ。
無感情ではない、と俺は思う。
興味関心はある。
物事への感動は無いが。
それでも………、釈然とはしなかった。
俺の、この言葉の答えは、何処か違うものだと思った。
単純なイエスノーではない。
その時の俺には、何かがそこにあるような―――、そんな気がした。
◇◆◇◆◇
俺こと如月奏月は、とある建物の前へと来ていた。
それは、少し古びたコンクリートの3階建ての校舎だった。
目に見える入口の右には、『部室棟』と書かれた木板が吊られている。
「さて、と………」
この場の4人のうち、1番長身な男が一歩前へ出る。
「積もる話もありますし、とりあえず中へ入ってください」
それは俺に対する言葉だと悟り、前へ出る。
そのまま歩みを進め、建物の中へと入っていく。
「靴のままでいいですか?」
「えぇ。ここはどこでもアメリカンスタイルですよ」
どういう返答だよ。
室内を靴で闊歩するのをアメリカンスタイルなんて呼び方をするのは、初めて聞いた。
………いや、そんなことよりも。
まずは、その一歩が大事だろう。足が土に触れているかどうかではない。
我ながら、細かい事に気を配ったと思う。
第一、入ってみて気付いたが、ここには靴箱が見当たらない。
外からもそれは窺えたはずであった。
……勘が鈍ったかな? と、自分の衰退を悟る。
「一番奥の部屋で待機していてください。あとで僕も行きますから」
部長と呼ばれていた男の指示に従って、俺は奥にポツンと見える扉を目指す。
「また後で会おうぜ転校生」
「あぁ、はい」
なんとなくでの返事にしておいた。
確固とした返事は、この時はまだ返せなかった。
◇◆◇◆◇
廊下の奥にあった部屋は、ただの物置のような場所だった。
狭くて埃臭い。
「まるで………」
まるで、倉庫のようだと思った。
いや、倉庫なのだろう。
両端に設置されている木の棚には、チョークやら机やらが雑多に置かれている。
押し込まれた、ともとれるような乱雑さが見えた。
そして、後ろで古臭い扉がキィ、と音を立てて開く。
「さて、こんな場所で悪いね。他の場所は色々と無理でさ」
「あぁいえ」
入ってきたのは先程、刀を振るった男だった。
彼は扉を閉め、更に俺が逃げられないようにドアの前に立ち塞がっている。
「まず自己紹介からしよう。僕の名前は、春日 藤十郎。部活の皆からは大先生なんて呼ばれてたりするよ」
「……如月奏月です」
「そっか………、じゃあ如月君。これからいくつか質問をするけど、いいかな?」
「あ、はい」
質問したいのはこっちなんだけどな………。
だが完全に主導権を持っていかれたな。これを故意にやったのなら………、あまり油断しない方がいいだろうな。
◇◆◇◆◇
(……警戒されちゃったかな?)
春日 藤十郎は目の前の少年の動向をみる。
別にこちらは何かをしたつもりはないのだが。
けど………、
(まるで獣のようだ)
この少年は、おそらくだが普通じゃない。
まだ会って間もないが、その判断は確信に近かった。
……ここまで来る道中も、彼は警戒を解かなかったしなぁ。
その心の中の推察も、今はやめておこう。
「まず最初の質問だけど………、君はどこまで、ここの事を知ってる?」
◇◆◇◆◇
如月奏月は質問の意図を探る。
………が、下手に嘘をついては、失敗するような気がした。
正直、次の一手が見えない。
こういうときは………
「この学園が、いや……、この土地が特殊だという事まで、ですかね?」
それを聞いた相手は、へぇ、とも、ふぅん、ともとれるような顔をし、そして言う。
「それが、どのように特殊かという事も?」
頷いた。
「そっか………、確かに、トオルや姫のトランスを見ても、あまり驚いてる様子は無かったしねぇ………」
「トランス………っていうんですか、あれは」
「おや、そこは知らなかったんですね」
資料には「特殊な力」としか書かれてなかったからな。
そして、その概要もある程度書いてあった、それは………
「心の具現化とは聞いていたんですが」
「その通りだよ」
人間には皆、心のカタチというものが存在する。
活発、温厚、冷静と形は様々ある。もしかしたら無関心も心のカタチの一つなのかもしれない。
それらが、この白萩学園の領地内において、具現化を許されるというのだ。
時には武器が、時には超能力が。あるいは両方を備えた物か。
「それは神の産物か、或いは悪魔の知恵か。なんて言われてた事もあったね」
「でも………、その正体は」
「うん、分かってない。学園独自に調べてるらしいけど、皆目見当もつかないと言った感じらしくてね。多分今じゃ調査も打ち切られてるんじゃないかな?」
「なるほど………」
一応、探りが入った時期があったわけだ。だが打ち切られた。
科学の躍進か、それ以上を望めそうなこの場所を、あっさりと見捨てた。と言えば、かなり疑問は広がる。
が、そこは今俺がすべきことじゃない。
「それで、話は本題に戻るよ」
春日藤十郎と名乗っていた男は、人差し指で頭を掻くと、棚から古びたパイプ椅子を2つ持ち出し、一つをこちらへ差し出してくる。
「まぁ立ち話もなんなので」
そう笑みを浮かべて言う彼に、俺は警戒心を解きかけた。
一瞬だけだが、
(なんだ、普通に優しい人じゃないか)
と思ってしまった。
だが甘い。彼は先程、素人離れした戦いを繰り広げたばかりじゃないか。油断はできない。
……この男、一体………
謎は深まる一方だが、兎にも角にもまず話を聞こう。
差し出された先にある錆ついた椅子を受け取り、広げ、座る。
「じゃあ、質問攻めの続きをしようか」
「……自分で、質問攻めって言っちゃうんですね」
「言葉で本音を包み隠すのって、あまり好きじゃないんだ。というか、嘘っていうものが苦手でね」
「………はぁ」
嘘が苦手………か。
その言葉に嘘偽りがあるとは思えない。
が、正直釈然とはしない。
……自分は正直ものです、っていう人間は、普通は嘘つきなんだがな。
でも何故だろうか、この男なら本当の事なんじゃないかと思ってしまう。
昔からの癖が、そう判断したのかもしれないな………。
「おぉっと。話が逸れてしまいそうだから簡潔に言うよ」
さて、ここからが正念場だ。
一体どんな質問が飛んでくるのだろうか?
楽しみではないが。
「君は、トランスを持っているのかい?」
「………え?」
それは、唐突過ぎる問いだった。
「この領地に入った時点で、一定の条件を満たしている人間は、既に力を得ているはず。なら君にはどんな能力があるんだろうって思ってね」
「………どうやったら、分かるんですか?そんなこと」
「簡単さ。君が、能力を使えばいい」
「俺が?」
残念だが、使用法に関して全く心当たりがない。
おそらく俺に能力が出ていないんじゃないかな………と思う。
「まぁ、今のままじゃ無理だけどね」
はぁ? と思う前に、目の前の男は俺の手を握ってきた。
そして、その瞬間。
「………っ!!」
一瞬だが、目の前がブレる感覚があった。
そして記憶の中に生まれる、新しい言葉。
一体これは………
「新しい言葉が、生まれたかい?」
俺は、答えられなかった。
今まで味わったことのない感覚が、この身に襲いかかってきたのだ。
驚きのあまり、あともう少しはろくに喋れそうもない。
「それが、『詔』ですよ」
「みこ、と……のり………?」
「言霊って、知ってるよね?」
答えだけ簡潔に言うと、知っている。
霊的な力の一種で、言葉が現実に影響を及ぼすといった考え方とかなんとか………。
正直今まで、そんなことは信じていなかったが、まさか………。
「まぁ察してもらえたと思うけど、『詔』って言うのは、言霊みたいなもの。そして、それによって起こる現実世界への影響こそ、『トランス』なんだよ」
ここまで来ると、摩訶不思議な世界だよなぁ、と思う。
宗教の世界にでも入り込んだかと疑うほどだ。
「詔、そしてトランス………」
俺の頭には、確かに言葉が浮かんでいる。
どんな能力なのかは使ってみないと分からない。
だが………、このままここで、この能力を使っていいのか?
まだ敵か味方かもわからないのに。
彼に付く方がいいのか、そうでない方がいいのかはっきりしていないのに。
……落ちつけ。
そう自分に言い聞かせる。
冷静に判断しろ、俺。
そう、ここで手の内を曝すことは得ではないんだ。
また後の機会に回す事も出来る。
なら、ここで俺が取るべき判断は………。
「えーっと………、何も起きないんですけど」
嘘をついてこの場を逃れることだ。
一旦ここは、能力に目覚めなかった事にする。
必要になれば、自然と能力が目覚めた事にすればいいし、なにより手の内を曝さずに済む。
さて、問題は騙せるかどうかだが………、
「あらら。能力は目覚めなかったみたいですね………」
……なんとか騙せたみたいだ。
良かった。もしバレたりしたら、今後に差支える可能性があったからな……。
更に1つ、分かった事がある。
どうやらこの『トランス』というものは、発現の有無が存在する事だ。
忍び足程度の速度だが、確実に情報を拾い集めている。
よし、このまま情報を集めていけば、確実な一歩になる。
そうしたら………、目的にたどり着ける。
俺はそう確信した。
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作者ブログ『とある高校の文芸同好会のブログ』
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