プロローグ【オペレーション・リクルート】後編
日の光を受ける中、俺はパイルバンカーを右腕に付けたままのそいつに先導され、グラウンドまで走る。
ここで少し安心した。
靴のままでいて良かった………と。
っと、随分と俺も余裕だな………。
ま、それも当然か。この程度で焦る程、俺はださい人生送ってないもんな。
いや〜、昔もいろいろあったなぁ。あの時なんて―――――、
「ちょ〜っと、まぁ〜ったぁ!!」
人が感傷に浸ってる最中にうるさいな全く………
と、目に意識を戻してみると、目の前の大地に立つのは、ちっちゃい子供だった。
まぁ、風貌に合わない戦斧なんてものは見えるが。それも両手に。
斧をそれぞれ肩に担いでいる幼女は叫ぶ。
「いはんしゃは、せいぎのしどーを受けるのです!!」
意味分かって言ってんのかなぁ………。なんか不安になる。
「ちっ………やべぇな」
ところが、隣の男は危機を感じているような顔をしている。
「どうしてです?俺にはおもちゃを持ったガキにしか見えないんですが」
一応初対面な事を思い出し、丁寧語で聞いてみる。
いや言ってる事は失礼極まりないが。
「ガキっていうな〜!」
「あいつぁ、"生徒会"の戦闘部門。あんなちっこい柄だが、やることはえげつねぇともっぱら評判だ」
「ちっこいっていうな〜!」
「なるほど………」
「むしするな~!」
まぁ、とりあえず………状況はヤバいそうだ。
相手はわざわざ戦うために生徒会なんかに入っているってことは………、生徒会とやらがどれだけの組織なのかは知らないが、ちょっと危険度はあるらしい。
ましてや超能力じみた人間が溢れるこの学校の中で、"戦闘部門"を名乗る程なのだから。
「大先生!戦闘部門のちびっこに足止め食らった!ちょっとやべぇかも」
通信機を使って、大先生とやらに話しているようだが………
「大丈夫ですよ。僕がどうにかします」
返しの声は通信機からではなく、俺たちの後ろから聞こえた。
「おわっ!なんだよ大先生、いたのかよ………」
振り返ってみると、そこには大きな背丈の人間がいた。
……全く気付かなかった。
いつの間に………
「初めまして"転校生"。僕は演劇部部長の………」
言いかけて、彼は口を止めた。
そして次に彼から出た言葉は、少々早口気味だった。
「我を貫く確固たる刃を、―――トランス」
部長と名乗った彼の腕には、鞘に入ったままの日本刀が。
と、それを視認した直後に、彼の姿は見えなくなる。
「っ、何処に………」
直後。
ガキン、と金属がぶつかり合う音がする。
音源は………後ろか!
予想通りだった。
日本刀を持ったさっきの男は、ペチャパイ幼女の斧を上手で受けている。
しかも刀を抜かずに鞘で。
………速いな。対応も、速度も。
「不意打ちとはいただけませんね、戦闘屋」
「だって、そろそろチャイムなるもん。いそがないと!」
「成る程………。生徒会の人間が遅刻したら、大変ですもんね」
「そーそー。だからさ………」
女の子は斧を構えなおす。
「とっとと、その子こっちにかえしてくれないかなぁ!!!」
二つの斧で挟み込む勢いで、双斧は部長へと襲いかかる。
「トオル、転校生連れて離れてください」
「あ、おう!………転校生!」
その言葉を合図に、俺は闘う二人の戦闘区域から離れる。
そして見た。
日本刀一本で、どうやって迫りくる斧二本を防いだかを。
彼は左手に持つ日本刀を右手で鞘から抜き、居合切りの勢いでまず一方の斧を防ぐ。
「いった~い………」
防ぐというより弾いたという表現の方があっているだろうか。止める目的の一撃は、明らかに相手の腕にダメージを与える勢いだった。
そして次に逆手持ちしている鞘で、もう一方の向かってくる斧を下から叩くことで、軌道を逸らす。
見事なものだと思う。
一本の刀だけで駄目だと瞬時に判断し、かといって避ける判断をしなかった。
鞘まで使って、相手の攻撃を完全に凌ぐ。
自身の刀への絶対の自信。
今の攻防は、そんな感情を受けるものだった。
そして。
斧使いは今の攻防を見て思い、
(さ〜っすがに、かんたんには行かないか………。いったんはなれよっと)
距離を取って構えなおす。
その行動に対し、刀使いも立て直す。
左手に持つ鞘を腰に掛け、右手に持つ刀を心中線に構える。
先の攻防で沈んだ体勢を元に戻し、全てをスタンダードへと戻す。
そして静かな集中へと身を委ねて行く。
(………あと3分って所ですかね………)
◇◆◇◆◇
この現状を見ている男が二人。
トオルと呼ばれている男と、転校生であるところの俺。
「あと3分だな」
トオルは腕時計を見ながら呟く。
「?」
「タイムリミットだよ」
「タイムリミット?」
『あの………そんなことより、右手のそれは収めないんですか?』
「ん?」
視線は互いにトオルの右腕に向いた。
「あぁ、これか。確かにな」
今まで彼にまとわりつくようにあった鉄塊は音も無く、ただ光の残滓を残しながら消え去っていく。
「さて、と。俺達はこの戦いでもゆっくり実況しようぜ」
「逃げないのか?」
『転校生さん。うちの兄さんの戦い方は、見といた方がいいと思いますよ』
「そーそー。第一あと3分もないんだ。逃げるだけ損ってもんだぜ」
………確かに。
気配の無さといい、あの動きといい、ただ者ではないのは既に分かっていた事だが。
それが能力などではなく、確かな実力の上にあるのだとしたら………
「この戦い、見とくのもいいかもな」
◇◆◇◆◇
その頃、『指導棟』内では。
「………………」
目の前を覆っていた右手の炎を消し、副会長は今まで見えなかった目の前を見る。
そうして、一言。
「………最高の結果だ」
消えて行く炎の残り滓の向こう。
煙く曇る、視線の先。
そこには―――――
「だが、最悪の結果だ」
何事も無かったかのように、無傷で彼女は立っていた。
いつも通りの冷ややかな目で、こちらを見据えながら。
感想は一つだった。
「ということは、盾は一面ではないのか………」
予想外でなかった事に関しては御の字だが、結局のところ状況打破には繋がりそうにない。
あまり当たってほしくない予想が、当たってしまった。
(さて、どうするか………)
次の策を考える。
と、その時。
◇◆◇◆◇
体の小さな女。
体の大きな男。
やけに対象的な二人の間には、緊張感が漂っていた。
「で、時に戦闘屋さん。こんなにゆったりとしてて、大丈夫なんです?」
「えー、あせってせめたって〜、たおせないじゃん☆」
………よく分かってらっしゃる。
体格の大きな男は、冷静に状況を分析する。
(でもまぁ、時間を稼いでも勝つのはこっちだし。別にこのままでもいいんですが………)
多分そうはならないんでしょうね―――、と心の言葉は続く。
その刹那後、状況は一変する。
先手を打ったのは斧。
彼女の攻撃は左側からの足払い……いや、足刈りとでも言うべき一撃だった。
低く沈んでからの一撃。
まずこの技で、相手の体勢を崩す―――。
それが彼女の狙いだった。が、
「え………」
結果として、その目的は果たせなかった。
「とりあえず、ここであまり余計な手の内は曝さない事にしました」
避けた男の手の中に既に刀は光の残滓となって消えており、その彼の姿も斧から数メートル先にあった。
「トランスなしで、わたしのオノを………」
「えぇ、避けました。そしてあと2分ほど………、避けきるつもりです」
「………人のじつりょくを見きわめられない人って……」
一拍置いて、
「ザコいってかいちょーが言ってたよ!!!」
二つの斧が速さを帯びて部長を襲う。
ここからの動きはもはやどこか神がかっていた。
少女の次手は右手の斧による袈裟掛けの一撃だったが、その軌道を読んで男は彼女の懐に入り込む。
本来の武術的スタイル、或いは剣術的スタイルならば攻撃のチャンスなのであろうが、彼はそこから攻撃を入れる素振りをせず、ただそこに立っているだけだった。
「なんのっ!!」
次に来る攻撃も、その次に来る攻撃も、優雅にかわす。
右に避け。
左に避け。
しゃがみ。
最後には両腕をポケットに入れたまま攻撃を避けていた。
「なんでっ、なんでっ………」
「そりゃあ、攻撃が単調ですし」
迫りくる斧を避ける最中、部長は語りかける。
「右の後に左、左の後に右って分かっていれば、後は初動で軌道を読めばいいだけの事。多分あなたと武器との体格差的に、トリッキーな動きは出来そうにないですしね」
「ぐっ、ぬぬぬ………。ならっ、これならぁ!!!」
彼女は一連の動きを止めて、両斧を空にかざす。
そして上空から、思いっきり落とす。
二つの斧は重力の力を得て、一気に対象を襲う。
………避けきれるタイミングじゃありませんね。
彼はそう判断し、攻撃を受け流すことを選択する。
だが―――。
◇◆◇◆◇
キーン、コーン、カーン、コーン、………
終わりの鐘が学園中に鳴り響く。
◇◆◇◆◇
チャイムの音を聞いて、ふと俺は呟く。
「なるほどねぇ………」
確かにこれはタイムリミットだったのだと。
今になれば、どうして気付かなかったのだろうかと思うほど、単純な話だった。
彼女は生徒会の人間。
遅刻するのはその立場上まずいのであろう。
だから、このチャイムはタイムリミットと同じ意味を持つ。
この時間制限のうちでしか、闘えない。
彼女自身も先程言っていた。チャイムが鳴るから急がないといけないとかなんとか。
「なんで気付かなかったんだろうな………」
今までチャイムという慣習が身にしみていなかったからか?
いや、ここで原因を探る事に意味は無いだろう。
深く考え込んでいた脳内の情報を消し、目の前の現実を見る。
「これはかしにしとくからね!!覚えてろなさいよ!!べ~~~~~」
いつの間にか攻撃を止めていた彼女は、かわいく舌を出し、小さな子供はその身にそぐわぬ斧を消し、グラウンドを去っていく。
その数瞬後、指導練より、
「くそっ、駄目だったか………」
悪態をつきながら副会長が去るのが遠目に見える。
………なるほど、向こうもタイムリミットか………
その後に続いて、さっきのゴスロリ少女が姿を現す。
彼女はゆったりとした足取りでこちらへと歩いてくる。
「姫、無事でしたか?」
部長が声をかける。
彼女は何も言わず、ただ首を縦に振るだけだった。
多分、それが彼女流のコミュニケーションというやつなのだろう。
「……さて、行きましょうか」
その一言で、部長に先導されて、俺達はこの場を後にし、木が生え茂る森の中へと歩みを進めて行く。
「っと、一つ言い忘れてた」
さっきからトオルと呼ばれていたパイルバンカー系男子は、ふと転校生を振り返る。
そして笑みを作って、ただ一言だけ。
「ようこそ、白萩学園演劇部へ」
演劇部……?と素直な疑問が、転校生である俺、『如月 奏月』には浮かび上がっていた。
◇◆◇◆◇
ため息一つ
そして思い返す
朝早くから山登りをして、てっぺんで見た朝日の光景
そこから下っていって、ようやく見えた「ようこそ白萩学園へ」と書かれたアーチ
教員に部屋に案内される途中に見た、まるでロボットのように動く生徒たちの姿
そして先刻までの反乱の様子を
ふと首を後ろへ傾ける
さっきまでの戦乱の爪跡が見て取れる
一言だけ呟く
「記録、………しねぇとな」
呟いて、ゆったりと歩く
自らの使命の為に
プロローグ終了です。
前編・後編のキリが悪くてスイマセン………。
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