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偶然か、必然か

 午前八時。東京であれば何処にでもいそうな服装の少女が、JP警備の建物の周囲をうろついていた。もちろん、自然に、だ。今日は日曜、普通に考えて、ターゲットとこのあたりで遭遇することは無いだろう。もしも彼が非番でなければ、話は別だが。

 見たところ、普通の警備会社のようにしか見えない。広い敷地に何棟かの建物、それと駐車場。警備会社でなくても、どこの企業でも本社なら、だいたいこの程度だろう。

 しかしこのJP警備、そこそこ手広くやっているようで、なんと隣に附属病院まで抱えているようだ。警察病院はよく聞くが、警備会社まで病院を持つような時代になったなんて、正直驚きだ。この調子なら直にコンビニやら喫茶店やらにまで手を出すようになるかもしれないな・・・。

 そんなことを考えながら、とりあえずゆっくり狙撃のプランを立てようと、少女はJP警備から少し離れた喫茶店『ドランクサーモン』へと入った。若干変な名前な気はするが、午前八時過ぎから開店しているとはちょうどいい。少し年上のように感じられる女性店員に、コーヒーとショートケーキを注文すると、一番奥の四人掛けのテーブルへと向かった。

 大通りに面した喫茶店からの風景は、良くもないが悪くもない。ごくごく普通の喫茶店、といった感じだ。特にタバコ臭い訳でもないし、ボロなわけでもない。むしろ、ほんのりとした温かみと趣がある。よくできた店だ。

 五分としないうちに、注文していたものが届く。店員が軽く頭を下げて離れていったのを確認してから、少女は思案を開始した。まずは狙撃ポイントをどうするか、だ。当たり前だが前回の場所はもう使えないし、その近くもやはり使えない。

 表情を変えないようにしながらそんなことを考える。手を付けないのも不自然なので、運ばれてきたケーキを少し口に運んだ。

 甘い。とても甘い。こんなに甘いものを食べたのは久しぶりだ。昔、遠い昔、姉に誕生日を祝ってもらったことを思い出す・・・。ちっ、ケーキなんか頼まなければよかった。

 ダメだ、今は余計なことを考える訳には行かない。さっさと仕事を済ませないと、今回は自分の命が危ないのだから。もう失敗は許されない。今度こそ成功するように、計画は入念に立てないと・・・・・・




 

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。えっと、コーヒーで宜しかったですか?」

店に入るや否や、昨日見た若い女性店員がそう声をかけてきた。

「ああ、ありがとう。それで頼むよ」

井上は失礼のないように、微笑みながらそう返した。彼は、考え事があったり、待ち合わせだったりと、色々な事にこのドランクサーモンを利用する。

「えーっと」

がらんとした店内を見渡す。いつもは一番奥の席に行くのだが、今日は珍しく、その席で若そうな女の子がテーブルに突っ伏して眠っているのが見えた。きっと、彼氏との待ち合わせで早く来すぎてしまった、とかそんな所だろう。

「残念、今日は先客がいるのか・・・」

ぼそっとそう呟いて、井上は奥から数えて三番目のテーブル席に座ることにした。まあ、テーブル席は四席しかないため、入り口から二席目、と言ってもいいのだが。

 少女に背を向けて、椅子にゆっくりと座る。さて、ではどうするか、考えなければ。

考えるのはもちろん、例のスナイパーのことだ。

 俺を狙っている理由は、まあ考えても分かるわけがない。という事は、あの娘をとっ捕まえてちょっと話を聞かなきゃならない訳だが・・・。どうやって捕まえるか、だ。自分を囮にして藤井に捕まえてもらうか?・・・いや、それじゃ俺の出番が無さすぎだし、そもそも死ぬかもしれないからナシだな。じゃあどうするか・・・・・。こっちから出向いてやるとか?

 そんなことを考えているうちに、店員がコーヒーと伝票を持ってやってきた。

「コーヒーです。また何かございましたらお呼びください」

そう言って店員は軽く頭を下げ、また自分の待機場所へと戻っていった。

「んー、やっぱ情報が足りないな・・・」

大きなため息をついた後、井上はコーヒーに口を付けた。

「うーむ・・・・・どうすっかな・・・」

何の気なしに、彼は鞄から愛用のタブレット端末を取り出した。ボタンを押すと、黒一色だった画面に明りが入り、現在の時刻が表示される。

「ん、もうじき九時か・・・。意外と時間無いもんだな」

井上はタブレットの検索画面に

『スナイパー 対処法』

と入力し、検索。それだけで、検索サイトが世界中のデータを瞬時に画面へと提供する。

「・・・・・・・・・」

黙って、しばらく検索を続ける。が、しばらくして

「・・・・・まあ、そうだよな」

無表情でそうつぶやくと、検索画面を閉じ、端末を待機モードへと戻した。

「はぁ~、天下のインターネット様にも分からないことはあるんだな~」

そうして残りのコーヒーを一気に飲み干し

「よし、帰るか」

井上はゆっくりと腰を上げた。さっき来たばかりなのに、もう帰るのか、というような驚いた顔で店員が彼の方を見ていた。

「代金は俺の給料から引いといてくれ」

そう言って、店を出る。この技が使えるから、井上はこの喫茶店を気に入っているのだ。

 店を出て、ゆっくりとJP警備の本社のある方へ向かう。

「まあ、用心するに越したことは無いしな」

井上はちいさくそう呟いた。おそらく、自分に言い聞かせているのだろう。



「・・・・・・・・っ」

テーブルに突っ伏して眠っていた少女ははっと目を覚ました。一体何をしているのだろうか。こんなところで居眠りなど、仕事をする上ではあってはならないことであるというのに。

 急いで時計を見る。時刻は午前九時十分になるところだ。

 赤くなった目で、キョロキョロとあたりを見回す。・・・どうやら、自分が来てから特に誰か来店したわけでもなさそうだ。店内には、相変わらず少女一人のみ。

 ふと、入り口あたりで暇そうにしている女性店員と目が合った。店員はやさしく微笑みかけてきたが、少女はすぐに目を反らす。こんなところで顔を覚えられてしまっては厄介だ。

 しかし、最近寝不足気味だったとはいえ、外出先で居眠りをしてしまうとはらしくないな・・・。大きくため息をつく。注文したコーヒーは、すでに冷え切っていた。

 コーヒーカップを再び口へ運ぶ。やはり冷えていては美味しくもなんともないな。そもそも、コーヒー自体、そんなに美味しいとは思えない。ただ、苦いだけじゃないか・・・。

 カップを空にしてから、少女は、依頼主から連絡用にと渡された携帯電話を開いた。新着メールが入っている。届いたのは九時ちょうど、らしい。この携帯にメールをしてくる人物と言えば、依頼主あたりしかない。うんざりした気持ちで、メールを開く。

 メールの内容は、日時と場所が書かれただけの簡単なものだった。今回の呼び出しは、たぶん狙撃を成功させるために有益であろう情報の通達、といったところだろうか。さすがに、いきなり殺されるとは思えない。自分より有能な同業者を雇ったのであれば、話は別だが。

 実際、私は世界中の同業者の中でも有名・・・という訳ではなく、自分より実績のあるものはわんさといる。では、なぜ彼らは私を選んだか。

 ・・・まあ、そんなことはどうでもいい。私はやるべきことをやるだけ。少女は財布から千円札を取り出し、テーブルの上に置くと、そのまま店員に見向きもせずに喫茶店を後にしたのだった。




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