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ドランクサーモン

 午後六時。喫茶店『ドランクサーモン』の扉が開く。井上との約束通り、藤井が店に顔を出したのだった。狭い店内をぱっと見渡す。・・・どうやら、井上はまだ来ていないようだ。だがその代りに、珍しい人物を見かけた。

「よう、柚木ゆぎ。久々だな」

藤井はそう言いながら、奥の席に座っていたメガネ男に近づいた。

「お、これはこれは・・・。久々だな、半年ぶりくらいか」

藤井に着席を促す柚木。

「で、どうしたんだ一体。情報部がドラサに来るなんて珍しいじゃないか」

ドラサ、とはドランクサーモンの略だ。

「ま、大した用じゃない。井上にデートに誘われたんでね」

「そんなこったろうとは思ったよ。俺もそんな感じだしな」

二人の会話の間を縫うように、若い女性店員が藤井にコーヒーを運んできた。この店は、注文を取らなくても常連なら品が出てくるのという便利なのか不便なのかわからないサービスを売りにしている。

「しかしまあ、井上のやつも、どうしてこの店を選んだんだろうな」

運ばれてきたコーヒーをすすりながら、藤井がそう言った。

「こんな喫茶店で重要な話をして、セキュリティ性は問題ないんだろうか」

その言葉を聞いた柚木の口角が上がる。

「藤井、お前知らないのか?」

「・・・何がだ?」

「ドラサはJP警備の運営する喫茶店だぜ?」

「えっ・・・・・・・・・・・本当か?」

先ほどの店員に目をやる藤井。店員は彼の方を見てニコッと微笑んだ。

「そうか・・・・・。まったく知らなかった」

驚きを隠せない表情の藤井。終始嬉しそうな顔の柚木。時刻は午後六時十分を回った。




 午後六時半。ドランクサーモンにやっと井上が現れる。柚木と藤井はケーキを食べている所だった。

「よう、遅かったな」

柚木が井上にそう言った。

「ああ、すまん・・・・・。で、なんで二人ともケーキなんか食ってんだ?」

井上の質問に、藤井のフォークを持つ手が止まる。

「そりゃ、呼び出しくらったのに肝心のソイツが来なかったからなぁ、暇で暇で仕方なかったんだ」

「・・・・・悪い」

「俺たちの勘定、今日はお前持ちだからな」

柚木が口をはさむ。

「分かった分かった、何でも頼め。で、早速本題に入ろうと思う」

空いていた座席に腰を下ろすと、井上は鞄から一枚の写真を取り出した。例の、姉妹の写真だ。

「まずは、これを見てくれ」

「ほう、吉崎の・・・・・心霊写真か?」

柚木が井上の顔を見ながらそう言った。が、井上は写真を見つめたまま何も言わない。

「この隣にいる娘は・・・・・・っ!」

やはり見間違いではなかったようだ。藤井も気づいたらしい。

「ん?どうしたんだ一体。そんなにタイプか?」

状況がイマイチ読めていない柚木。

「まさか、例のスナイパーは吉崎の・・・・・・?」

「ああ、どうやらそうらしいんだ」

井上と藤井だけは話が通じている。

「どっかで見たことあるとは思っていたが、まさかアイツの妹だったとはな・・・」

藤井はそういうと、再びテーブルの上の写真に視線を落とした。

「ん?・・・おい、ちょっと誰かわかりやすく説明してくれよ!」

柚木はいまだに状況が掴めていないようだった。

 井上と藤井は、先日の狙撃未遂事件についての概要を柚木に話した。彼は軽く相槌を打ちながら聞いていたが、話が終わるや否や

「つまり、俺に吉崎の妹について調べてほしいって訳だな?」

と言った。

「そういうことだ。話が早くて助かるよ」

安心した顔で井上がそう言う。

「まあこっちも仕事だからな。近日中に申請書を情報部まで提出しといてくれよ」

柚木はそういうと再びケーキにフォークを突き立てた。

「仕事として受けるのには、それなりの手続きが必要だからな」

と、次の瞬間、女性店員がコーヒーと申請書を井上の元まで運んできた。

「おっと、ありがとう。・・・申請書、いつまでに出せばいい?」

「おい待てよ、今渡されても困るって。明日・・・は日曜か。明後日に来てくれ」

「明日じゃダメか?」

「日曜はお前非番だろ。家でゆっくりしてろよ」

「ああ・・・・・・わかった」

「まあ、できるだけ調べておくとするよ。楽しみにしてな」

自信ありげな顔で、柚木がそう言った。

「さすが情報部だな。頼りにしてるよ」

「まあな。だが今回はどうやら骨の折れる仕事みたいだな・・・。多分、時間がかかるだろうが、必ず調べ上げて見せる」

「どうした。今回はやけに張り切ってるじゃないか」

藤井が口をはさんだ。

「実は俺、この仕事が終わったらけっ・・・」

「「やめとけよ」」

柚木の死亡フラグを回避する、井上と藤井。

「・・・・・ってのは冗談だ。俺も久々にやりがいのありそうな仕事だと思ったからな」

笑いながら、柚木がそう言った。



 柚木、藤井の二人と別れ、井上は帰路につく。午後八時を過ぎると、土曜と言えどこの電車も乗客がずいぶん少なくなるようだ。電車の窓からは、暗い闇と街の明かり、そして車内の様子が映っていた。

 明日は日曜か・・・これから忙しくなるから、明日くらいゆっくりしていてもいいかもな・・・。

 井上は珍しくそう思っていた。 


 しかし、気になるな・・・。吉崎の妹はなぜ、自分を狙撃しようとしているのか。姉が死んだのを、俺が殺したと思ってるのか・・・?他人を狙撃しようってんだから、まさか一般市民ではないはずだ。どこかで訓練を受けたか、もしくは通信教育か・・・・・。まあ、そのあたりは何でもいいが、とにかくどういう事情があって俺を狙っているのか。まさか、例のメモのことか・・・?

 例のメモとは、相棒であり、恋人であった吉崎諒子の部屋で見つけたものである。走り書きでいくつかの単語が書いてあるだけで、何を表しているのか分からないものだが、重要な資料として現在は会社の保管庫にしまってある。確か。


 傍から見れば、井上はただ電車の乗降口付近で外を見ているようにしか見えないだろう。だが実際、彼は思案に暮れていた。


 ・・・・・・まあ、いい。細かいことは、彼女に会えばすべて分かることだ。しゃべってくれれば、の話だけどな。




そうして井上は、いつも通りの、暑くなった自宅に戻る。部屋の電気をつける前に、窓を開け、ベランダに出た。暑いことに変わりはないが、時折吹く風が心地よく感じられる。月は少し欠けているが、それでも部屋の中を月明りで照らす程度の光はあった。

 こんな風にベランダに出てるところを撃たれたり・・・・なーんてな。くだらない事を考える余裕はまだまだ残っている。が、これからの進展によって余裕がなくなってくるかもしれない。とりあえず、今を大事にしておくべき、なのかもしれないな・・・。

 井上は、そう思いながら、夜空に浮かぶ月をじっと眺めていた。いつも通り、蚊取り線香のほのかな香りが彼の鼻をくすぐった。



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