第9話 答えのある誘惑
数学の小テストは、三時間目だった。
問題用紙が配られる。
教室の空気が少しだけ張り詰める。
裕翔は深呼吸をひとつした。
以前なら、この時間が嫌いだった。
分からない問題を前に、ただ時間が過ぎるのを待つだけだったから。
でも今日は違う。
(……いける)
問題を見る。
見覚えがある。
解き方が浮かぶ。
ペンが自然に動いた。
一問目。
二問目。
順調だった。
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三問目で手が止まる。
応用問題。
昨日やっていないタイプ。
(……あ)
少し考える。
解けそうで、解けない。
あと一歩。
そのとき。
前の席のプリントが、ふと視界に入った。
答えが見える位置。
ほんの少し目線を動かせば読める。
誰にも気づかれない。
先生は黒板を向いている。
教室は静か。
(……一瞬だけなら)
頭の中で声がする。
答えを知れば、解き方も分かる。
点数も上がる。
評価も変わる。
損する人はいない。
ただ確認するだけ。
それだけでいい。
⸻
その瞬間。
ポケットのスマホが、微かに震えた気がした。
実際には触れていない。
通知音もない。
それなのに、確かに感じた。
昨日の画面が頭に浮かぶ。
結果のみの取得は評価されません。
ステータスは初期化されます。
裕翔は視線を戻した。
問題用紙へ。
白い余白。
解けない問題。
少し悔しい。
でも。
(……違うな)
ゆっくり式を書き始める。
分かるところまで。
途中まででもいい。
考えた痕跡だけ残す。
時間終了の声が響いた。
⸻
答案を回収される。
裕翔は椅子にもたれた。
満点ではない。
たぶん。
でも、不思議と後悔はなかった。
むしろ少しだけ、胸が軽い。
⸻
昼休み。
スマホを見る。
REALITÉ。
通知が一件。
開く。
⸻
自己解決行動を記録しました。
INT最適化:微増
⸻
数秒後。
表示が変わる。
INT:E+ → D-
息が止まる。
「……上がった」
小さく呟く。
満点じゃない。
正解でもない問題もあった。
それでも。
REALITÉは評価した。
結果じゃなく。
選択を。
⸻
画面下に、新しい一文が追加されていた。
誠実性は長期最適化に寄与します。
裕翔はしばらく画面を見つめた。
ズルすれば、もっと早かったかもしれない。
でも。
それは“成長”じゃない。
REALITÉは、そこを見ている。
スマホを閉じる。
教室のざわめきが戻ってくる。
世界は変わっていない。
けれど。
裕翔の中で、ひとつだけ確信が生まれていた。
(これ……ちゃんと向き合わないとダメなやつだ)
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