第7話 少し遠い会話
数学の授業は、いつもより早く終わった気がした。
「じゃあ、この問題――朝倉」
突然名前を呼ばれ、裕翔は顔を上げた。
一瞬、教室の視線が集まる。
「……はい」
黒板を見る。
二次関数の応用問題。
昨日、家でやった内容に似ていた。
チョークを渡される。
心臓が少し速くなる。
(無理だったら戻ればいい)
そう思いながら式を書く。
一行。
二行。
手が止まらない。
考えるというより、順番が自然に浮かんでくる。
最後まで書き終えた。
振り返る。
先生が頷いた。
「正解」
教室が少しざわつく。
「おー」
「珍し」
軽い声が後ろから聞こえた。
笑いではない。
でも、褒めてもいない。
裕翔は席へ戻った。
胸の奥に、小さな違和感が残る。
⸻
休み時間。
前の席の男子が振り向いた。
「朝倉さ、最近勉強してんの?」
「え?」
「いや、なんか当てられる率高くね?」
冗談っぽい口調。
けれど視線は少しだけ探るようだった。
「……ちょっとだけ」
そう答えると、
「へー」
短く返ってくる。
それ以上話は続かなかった。
会話が、そこで止まる。
前ならもう少し雑談になっていた気がする。
理由は分からない。
⸻
昼休み。
いつものグループの会話。
ゲームの話題。
笑い声。
裕翔もそこにいる。
でも――少しだけ距離を感じた。
話は聞こえている。
意味も分かる。
なのに、入り方が分からない。
「朝倉、今日静かじゃね?」
誰かが言う。
「いや別に」
自然に答えたつもりだった。
けれど、自分の声が少しよそよそしく聞こえた。
話題はすぐ別の方向へ流れる。
誰も気にしていない。
それなのに。
(なんだろ)
前と同じはずなのに。
同じ場所にいる感覚が、少し薄い。
⸻
放課後。
帰り道。
裕翔は歩きながらスマホを取り出した。
REALITÉを開く。
STATUS。
INT:E+
数字は変わっていない。
けれど今日一日、確かに何かが違った。
通知が一つ表示される。
認知活動の変化を確認。
周囲環境との差異を観測中。
「……差異?」
意味は分からない。
説明もない。
いつものように、それだけだった。
画面を閉じる。
夕方の空を見上げる。
世界は変わっていない。
クラスも、友達も、日常も。
――変わっているのは、自分だけなのかもしれない。
そう思った瞬間。
胸の奥に、小さな静けさが広がった。
不安ではない。
でも、前とは少し違う感覚だった。
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