第5話 解けなかった問題
机に向かうのは、久しぶりだった。
夕食のあと、裕翔は自室の椅子に座ったまま問題集を開いていた。
数学Ⅰ。
来週、小テストがある。
だから仕方なく開いただけ。
本気で勉強する気は、正直あまりなかった。
(どうせ分かんないし)
ページをめくる。
二次関数。
学校でやった範囲だ。
ノートも取っていたはずなのに、問題を見ると手が止まる。
いつもの感覚。
式を読んでも、意味が繋がらない。
どこから手を付ければいいのか分からない。
ため息をつきかけて――止まった。
(……ちょっとだけ)
昨日のことが頭をよぎる。
REALITÉ。
未観測領域。
認知活動。
ペンを持つ。
「……やるだけ」
誰に言うでもなく呟いた。
⸻
最初の問題。
簡単な例題。
教科書通りに解く。
途中で一度止まる。
けれど、いつもと違った。
(あ、ここか)
式変形の意味が、ふっと繋がる。
今まで暗記していた手順が、理由として理解できた。
次の問題。
少し難しい。
いつもならここで詰まる。
だが今日は、手が止まらなかった。
考える順番が自然に浮かぶ。
何を使えばいいのか分かる。
「……え?」
解けた。
答えを見る。
合っている。
もう一問。
解ける。
さらにもう一問。
また解ける。
気づけば、ページの半分が埋まっていた。
時計を見る。
三十分しか経っていない。
(なんで……)
疲れていない。
集中が切れない。
むしろ、続きをやりたくなる。
そのとき。
机の上のスマホが、静かに震えた。
⸻
画面を見る。
REALITÉの通知。
開く。
黒い画面に文字が浮かぶ。
認知活動を観測しました。
数秒後、表示が追加される。
INT:E → E+
裕翔は息を止めた。
「……ほんとに?」
偶然じゃない。
気のせいでもない。
自分がやった行動が、記録されている。
そして――反映されている。
画面下に小さな文字。
最適化を継続します。
説明はない。
理由もない。
ただ結果だけが示される。
問題集へ視線を戻す。
さっきまで難しく見えていた数式が、少しだけ整理されて見えた。
怖くはなかった。
むしろ。
胸の奥が静かに高鳴る。
(……もう一問やるか)
ペンを握り直す。
その夜、裕翔は自分でも驚くほど長く机に向かい続けていた。
⸻




