第3話 気のせいじゃない
七秒九。
その数字が、頭から離れなかった。
体育のあと、教室へ戻る途中も、裕翔は何度も自分の足を見下ろしていた。
(いや、たまたまだろ)
一回速く走れただけ。
風向きとか、タイミングとか、そういう偶然はいくらでもある。
そう結論づけようとして――できなかった。
ポケットの中のスマホが気になる。
⸻
昼休み。
弁当を半分ほど食べたところで、裕翔はスマホを取り出した。
周囲はいつもの雑談。
誰もこちらを見ていない。
REALITÉを開く。
黒い画面。
すぐに表示が切り替わる。
記録更新。
画面下部に、新しい項目が増えていた。
運動記録:保存済み
短距離運動を確認
「……」
指が止まる。
説明は相変わらずない。
ただ、事実だけが並んでいる。
さらに下へスクロール。
AGI:E → E+
「上がってる……?」
思わず小さく呟いた。
周囲の笑い声にかき消される。
心臓だけが少し速くなる。
(いやいやいや)
ゲームじゃない。
ステータスなんて現実にあるわけがない。
けれど。
タイムは確かに変わった。
⸻
放課後。
裕翔は遠回りして帰ることにした。
理由は自分でも分かっている。
(試すだけ)
ただの確認。
それだけ。
公園の前で立ち止まる。
誰もいない。
ランドセルの小学生が遠くを歩いているだけだった。
深呼吸。
「……よし」
軽く前傾姿勢を取る。
スタートの真似。
誰も見ていないのに、少し恥ずかしい。
地面を蹴る。
走り出す。
一歩目。
二歩目。
昨日と同じ感覚。
体が前へ進む。
重さがない。
(速い……気がする)
全力ではない。
それでも足が自然に動く。
息が乱れないまま、数十メートル走って止まった。
膝に手をつく。
呼吸は落ち着いている。
「……なんで」
怖い、というより。
理解できない。
ポケットの中でスマホが震えた。
取り出す。
画面には通知。
行動を記録しました。
短距離運動:反映
その下に、小さな文字。
最適化を継続します。
裕翔はしばらく画面を見つめたまま動けなかった。
夕方の風が吹く。
現実はいつも通りなのに。
何かだけが、確実に変わり始めていた。
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