第2話 記録された朝
目が覚めた瞬間、少しだけ違和感があった。
天井を見上げたまま、裕翔は瞬きをする。
いつもと同じ朝。
同じ部屋。
同じ目覚ましの音。
なのに、体が妙に軽い。
(……寝すぎた?)
上半身を起こす。
筋肉痛が来るはずだった。
昨日は体育で走ったばかりだ。いつもなら太ももが重くて、立ち上がるのも少し嫌になる。
けれど今日は違った。
痛みがない。
むしろ、動きやすい。
ベッドから降りる動作がやけに自然で、思わず足を止める。
「……気のせいか」
小さく呟いて、制服に着替える。
昨夜のことを思い出しかけて、考えるのをやめた。
あのアプリ。
REALITÉ。
夢だった可能性だってある。
スマホを見るのは、なんとなく後回しにした。
⸻
登校途中。
駅までの坂道を歩きながら、また違和感に気づく。
息が上がらない。
いつもなら途中で呼吸が少し乱れるのに、今日は余裕がある。
(体調いいだけだろ)
自分に言い聞かせる。
そういう日もある。
たぶん。
⸻
教室に入ると、いつも通りの朝だった。
友達同士の会話。
スマホをいじる音。
先生を待つざわついた空気。
誰も自分を見ていない。
それが少しだけ安心する。
席に座り、ようやくスマホを取り出した。
画面を点ける。
ホーム画面。
そして――昨日見たはずのないアイコンが、やはりそこにあった。
白い四角。小さな「R」。
REALITÉ。
指が止まる。
少し迷ってから、開いた。
黒い画面。
すぐに文字が表示される。
記録を更新しました。
昨日時点のステータスが並ぶ。
STR:E
AGI:E
INT:?
SOC:?
変わっていない。
ほっとしたような、がっかりしたような気持ちになる。
下へスクロールする。
本日の状態。
小さな文字が追加されていた。
回復効率:上昇
身体負荷回復を確認
「……なにそれ」
思わず小声が漏れる。
説明はない。
理由も書かれていない。
ただ、記録だけが増えている。
⸻
三時間目、体育。
「今日もう一本測るぞー」
先生の声に、クラスがざわついた。
「えーまたー?」
「だる……」
文句を言いながらも、みんな並び始める。
裕翔も列の最後へ向かった。
(別に変わるわけない)
昨日と同じ。
結果も同じ。
そう思いながらスタートラインに立つ。
「よーい」
軽く前傾姿勢を取る。
地面に触れた指先が、不思議と安定していた。
「――ドン!」
走り出す。
一歩目。
いつもより足が前に出た気がした。
二歩、三歩。
体が軽い。
風の抜け方が違う。
(……あれ?)
ゴールが近づく。
呼吸は乱れていない。
そのまま走り切った。
「……お?」
先生がストップウォッチを見直す。
「ちょっと速くなってるな」
記録係が読み上げる。
「七秒九!」
小さなどよめき。
「まじ?」
「昨日より速くね?」
周囲の声が遠く聞こえる。
裕翔は動けなかった。
(……なんで?)
偶然?
体調?
それとも――。
ポケットの中で、スマホがわずかに震えた気がした。
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