ある冬の夜、魔導列車で
しんしんと降り積もる雪は、まるで魔法のようだった。雪国出身の人間ならそうは思わないだろうが、あいにく私はそうではなかった。車窓から見えるモノクロの世界に、辺りを舞う銀色の結晶。それから水平線のようにどこまでも続く雪の原っぱは、私にとって魔法や魔法使いを連想させるものだった。
幼い頃、魔法使いの女性に『雪を降らせる魔法』を見せてもらったことが理由なのだろう。その光景が印象的だったから、私の中で雪と魔法が結びついているのだ。
いつになく仕事に向かうのが憂鬱だった私は、列車の外を眺めながらそんな事を考えていた。ふと腕時計を確認してみると、時刻は午後六時をまわっていた。こんな風に外の風景をぼーっと眺めていられる時間も、そう長くないようだ。
隣街についたら、まず取材に向かう魔法使いの方の家に行かねばならない。それ自体は普通の仕事だが、その魔法使いの情報が眉唾ものなのが気に食わない。本物の魔法使いを見たことがない人間は皆こう思うものなのか? 一撃で山の形を変えてしまうなんて、どんな大魔法使いでも無理に決まっている。
それに、容姿と名前以外ほとんど分かっていないのも面倒だ。どんな人物かも分からないまま取材に向かうというのは、少し難易度が高い。せめて、もう少ししっかりした情報を集めてから私に仕事をよこしてほしいものだ。
「……はぁ」
上司曰く『噂自体はどうせ嘘だろうが、もう少しマシな話くらいならあるかもしれん。インパクトのある内容があったら誇張して記事にしろ。魔法使いの話は売れるからな』とのこと。しかし、私はそういった、売れれば何をしてもいいみたいなやり方が好きではない。とにかく内容が強烈であれば売れるのは確かだが、それを利用してほぼ嘘のような内容を書くのはあまり気持ちの良いものではない。
それに、なんだかんだ言いながら結局は指示に従ってしまっている自分のことも、あまり好きになれない。
「はぁ……」
二回目のため息が漏れた。
……今日のため息はこれで終わりにしよう。そろそろ、脳内を仕事モードに切り替えなければな。
そう、思ったときだった。
ガキン、という謎の金属音がして、何かを擦るような音とともに列車が急激に減速していった。私の体も大きく前に引っ張られ、腹の辺りにつけていた革のシートベルトが体に食い込んだ。
昼に食べたものをその辺にぶちまけそうになるのを必死に抑えながら、私は状況を把握しようとした。そうしてしばらくの間車内に悲鳴が響き渡ったあと、アナウンスが入った。
『えー、乗客の皆様、大変申し訳ございません。車体に問題が発生したため、列車を一時停止いたします。乗客の皆様は今しばらく車内でお待ちください』
◇
先程までは美しいと感じることができていたモノクロの世界も、そのど真ん中に置き去りにされるとなれば、恐ろしい自然として私に牙を向く。
「……ふー」
吐いた息が白い。
雪国での生活はもう慣れっこだと思っていたが、さすがにこんなことにもなれば少し緊張するな。
雪は脛の辺りまで積もっていたが、線路の周辺には雪が積もっておらず、足をつく場所くらいはあった。線路の周辺に、赤い球体が橙色の金具ではめ込まれたようなものがあることから、これが火の魔道具で、これが雪を溶かしているのだろう。
それから、辺りを見渡すと、外に乗務員の一人が外に出てきていることが分かった。彼も外の様子を確認しに来た人間の一人なのだろう。特になんの情報も得られない可能性もあるが、ひとまず列車の状況を聞いてみることにした。
職業柄、こういうときは色々知りたくなってしまうのだ。まあ、私は今回の件に関して記事を書く気はないから、今は手癖で情報収集をしているだけなのだが。
ただ、ウチの新聞社――フロータイムズ社は性格が悪いから、こういうスキャンダルチックなネタは大好物だろうな。
「すみません、列車の現状について少しお聞きしてもよろしいでしょうか? 復帰の目処についても、よろしければ」
私の言葉に、乗務員の男は少し困ったような表情をした。
もしかして、急かしているととられてしまったのだろうか。だとしたら申し訳ないな。
「ああすみません、別に急かしているわけではないんですがね。ただ、本当に気になっただけですので。本当に言えることだけ教えていただければ」
私はそう言って肩をすくめた。
「あっ、いえ、大丈夫です。私もどう言ったらいいものかと考えていたもので……すみません。それで、列車について、でしたね。まだ分かっていないことが多いですが、少しくらいなら」
彼は少し硬い表情でそう言った。かなり若いな。十代、二十代といったところか。随分緊張しているように見えるのも、そのせいかもしれない。
「止まった理由は魔導炉の異常の可能性が高いとのことです。復帰のほうは……正直、分かりません。街に伝書鳩を飛ばしたので、三日もすればエンジニアが来てくれるでしょうが――」
彼は少し不安そうに言った。
まあ、気持ちは分かる。まず、伝書鳩がちゃんと届くのかどうかという心配。それから備蓄がある間にエンジニアがたどり着くのかという心配。さらにたどり着いたとして直せるのかという心配。正直、心配しようと思えばいくらでもできる。
とはいえ最近の伝書鳩は何かの魔道具を身に着けていることがほとんどで、目的地にたどり着く確率も随分高くなっている。そう心配しなくても、いずれ帰還できるだろう。
「三日、ですか。食料の備蓄も多少はあるでしょうし、まあ大丈夫でしょうね」
私は彼を安心させる意味も込めてそう言った。非常食くらいなら列車の中にもあるだろうし、乗客にも自前のものを持っている人間は多いだろう。実際、私も持っているわけだし。
「……はい、そうですね。では、私は車内に戻ります。お客様も、お気を付けてください」
私の言葉に、彼は少し表情を和らげた。
「ええ、ありがとうございます」
私が返事をすると、彼は列車の中へと戻っていった。
……さて、どうしたものかな。
乗務員も言っていた通り、まだ分からないことのほうが多いようだ。しばらくは暇になりそうだな。
そうして私が雪原を見つめていると、横から声がした。
「おじさん、ずっと外にいると冷えちゃうよ。列車の中入ったほうがいいって」
私が横を振り向くと、そこには一人の少女がいた。肩につくぐらい伸ばした深い青色の髪に、紫色の瞳。頭には白いカチューシャを着けており、上には飾り気のないローブを羽織っていた。
彼女はウェーブがかったその髪を揺らしながら、怪訝そうに私の顔を覗き込んでいた。
列車の中に入ったほうがいいのはそうだろうが、それ以前にまず訂正しなければならないことがある。
「……あいにく、私はまだおじさんって年齢じゃないんだ。まだ三十前半だからね」
老け顔なのは自覚しているが、まだおじさんという年齢ではない。まだな。
「へぇ……じゃあお兄さん、戻ったほうがいいよ。列車の中のほうがあったかいし」
彼女は少しだけ口角を上げながら、私にそう言った。まったく、随分面白そうな顔をするものだ。
「魔導炉が止まっていると聞いてな。であれば、じきに車内も寒くなるだろう? だから、私は先にこの寒さに慣れておこうと思ってね」
魔道炉は列車の動力だけでなく、暖房を動かすのにも使われている。だから魔導炉が止まれば、当然車内だって冷えてくるはず。そうなったあとの車内はあまり想像したくないが……まあ、列車には屋根と壁がある。着込めば耐えられないことはないだろう。
「それなら大丈夫。私があったかくしておくから」
彼女はそう言うと、その手のひらにぱっと炎を出した。どこからともなく出てきたその炎は、彼女の手のひらの上で優しくゆらゆらと揺れている。
火の魔石をはじめとした着火具を使った様子はなかった。彼女は完全に生身で火を付けている。ということは――
「……驚いた。魔法使いだったのか」
「うん。師匠に比べたらまだまだだけどね」
彼女はそう言うと炎を消した。
どうやら、寒くなった車内を想像する必要はなくなったようだ。
「そうか――君、名前は? ああいや、私のほうが先に名乗るべきか。私はジスト=アメインだ」
「私はイオラ=アーライト。短い付き合いになると思うけど、よろしく」
「ああ、よろしく。感謝するよ、イオラさん」
私が手を差し出すと、彼女は少し驚いたような表情を浮かべ、手に取った。
◇
あのあと車内に戻ったのだが、イオラと名乗った少女はすぐに『乗務員さんと話があるから』と言って、先頭車両のほうへ走っていってしまった。大方、さっき言っていた暖房の件で話さなきゃいけないことでもあるのだろう。
それからしばらくして、非常用の食料が配られることになった。先に自分のものを食べてしまうのも損な気がするし、それはありがたく食べさせてもらうことにした――のだが、ひとつ問題があった。渡されたものが、缶詰だったことだ。触ってみたところ明らかに冷えていたし、このままじゃ美味しいとは言えないだろう。
ということで、私は火を起こして温めてから缶詰を食べることにした。非常時こそ、食に手を抜いてはいけない。食と暖房に手を抜けばどんどん士気が下がってくるからな。
外に出ると、幸いなことに雪は止んでいた。
私は靴に雪が入らないようズボンの裾を紐で結ぶと、列車から少し行ったところにある、低木に近づいた。私は雪の上に落ちた枝と、地面に近い位置にあった枝を折って、薪を集めた。そのあとは、列車の近くに戻って火を起こそうとした。
あまり目立ちたくはないから、あえて列車の後ろの方で。
……が、これがなかなかうまくいかなかった。削ると火花を出す、純度の低い火の魔石で火をつけようとしたのだが、どうもダメだ。冬だから乾燥しているとはいえ、こんな枝では火は付きにくいか。まあ、魔石を削りきってようやく火がつけばいいほうだと思おう。
「あ、やっぱりまた外出てる」
そんなとき、また少女――イオラの声がした。深い青色のミディアムヘアを揺らしながら、彼女は薄く笑っていた。結構目立たないところに来たのだが、よく見つけたものだ。
しかし――
「ちょうどいいところに来てくれた。私の代わりに火を起こしてくれないか?」
「だから外に出てたんだ。いいけど、なんのために?」
彼女は軽い様子で頷くと、私の返事を待たずに積み上げた木の枝に火をつけた。それを見た私は、小さい炎を揺らめかせる枝たちの中に、缶詰を放り投げた。
私は『これが答えだ』と言わんばかりにイオラのほうを見た。
「なるほど、缶詰を温めるためだけにこんなことするなんて物好きだね」
イオラは焚き火の近くに座ると、そう言った。
「昔、取材をした人に『大変なときに食に手を抜いたら、士気が下がっちゃうよ』と言われたことがあってな。以来、自分の食欲には嘘を吐かないようにしているんだ」
「へぇ、素直なんだね」
彼女は興味深そうに頷いた。
「彼女の思想には私も共鳴する部分があったからね。色々聞いたうえで、腑に落ちたから素直に従っているってだけさ」
「なるほどね……というかジストさん、今取材って言ったけど、記者なの?」
彼女に聞かれて、そういえば言っていなかったなと私は思った。
「ああ、だから色んな人と会ってきた。会って、話をしてきた。そういう機会が多いことは、数少ないこの仕事の良さだろう」
「……ジストさんは今の仕事が好きじゃないの?」
焚き火の炎の上から、紫色の瞳が覗いていた。何かを確かめるような目だ。
私がわざわざ『数少ない良さ』なんて言ったせいだろうか。なかなか耳ざといな。
「仕事は……嫌いじゃないな。ただ、そこにいる人間は――嫌いかもしれないな」
少し言うかどうか迷ってから、私はそう返した。これは、紛れもない本心だ。
上司は仕事に対するスタンスが気に食わない。仕事に対してきちんと仕事として向き合っている私に対して、どんな手段でもいいから結果を出せと言う。納得はいかないが、私はあの上司を言いくるめられるほど弁が立つ人間ではないし、立場だって私のほうが低いのだから従わざるを得ない。
同僚だって似たような人間ばかりだ。信頼できる人間は、いないに等しい。
「じゃあ、やめちゃえばいいんじゃない?」
彼女はなんでもない様子でそう言った。そうしたいのは山々だが、それは少しばかり難しい。
私は、今の会社以外の会社を知らなすぎる。それに、他にいい会社がないか、あちこち走り回って調べるだけの体力も、今の私にはなくなってしまった。
「今の時代に新しい仕事を探すのはそう簡単ではないよ。一度手放したら、どうなるか」
「私は手放したけど平気だったよ」
彼女は膝を抱え、どこか真剣な表情でそう言った。
……彼女も、彼女なりの人生を送ってきているのだろう。
「そうか、それはいいことだ。ただ、私にそれが当てはまるかは、分からないな」
私は笑った。
「当てはまると思うよ。人生にどうにもならないことはない。何をしても、なるようにしかならないから。この世界には、そういう『法則』がある」
そう言うイオラの瞳には、強い確信が宿っていた。
「……そうか。ただ、だとしても私は今の環境を手放せないだろうな」
私は、今の会社に長居しすぎたからな。
もっと早くに『私はあそこが嫌いだ』ということに気づけていれば話は変わっていたのかもしれないが――今の会社の全てを『どうでもいい』と切り捨てて転職するには、遅すぎる。嫌いな場所でも、そこに長く留まればある種の『居場所』になる。当然、愛着も湧く。どれも少し歪んだものであることに違いはないと思うのだが、そうだとしても一度得たものを手放すのには相応の勇気がいる。
「どうして?」
「長く居すぎた場所は、どんなに劣悪な環境でもその人間にとっての『居場所』になる。だから、いきなりそこを捨てろと言われても難しいんだ」
私がそう言うと、イオラは黙りこくってしまった。
私とイオラの間で、焚き火がパチパチと音を立てて燃えている。それから、少し何かが焦げているような、苦みの混じった匂いが私の鼻をつんと刺した。
その時、私は缶詰を温めすぎていることに気が付いた。私は急いで自前のナイフを懐から取り出し、缶の端にナイフを突き刺して缶詰を取り出した。
「あっためすぎた?」
「ははっ、そうみたいだ」
私は缶詰を少しの間雪の中に突っ込んだあと、何度か温度を確認して、ナイフでそれを開封した。缶詰の中の魚の煮物は、湯気を立てながら、いい匂いを私の鼻の中に運んできてくれた。端の部分は少し焦げているようだが、まあ許容範囲内だ。
私は缶詰をもらったときに一緒にもらったスプーンを懐から取り出すと、それを食べ始めた。
イオラも同じものをもらっているはずだが、彼女は私が食べているところをただじっと見つめているだけだった。
「すまない、さすがにずっと見つめられていると落ち着かないのだが」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて」
イオラは少し気まずそうに笑った。
「……では、よければその『考え事』の内容を話してはくれないか?」
私は少し気になって、そう質問した。
「……私には魔法の師匠がいるんだけど、師匠はもともと紛争地帯の生まれだったんだって。だから、幼い頃はそこが嫌いで、どうしてもずっと抜け出したかったって言ってた」
「そうだろうな。私も、今日明日生きられるかというような環境には――身を置きたくない」
どの規模の紛争かにもよるが、紛争地帯はどこも安全とは言い難い。
「そう。そうなんだけど――魔法の才能があったから、そこでずっと生き延びて色んな経験をしたんだって。そしたら、そうしてるうちに、紛争地帯から抜け出したくない気持ちも出てきたんだって」
イオラの体が左右に揺れるのに合わせて、彼女の青色の髪もゆらゆらと揺れていた。
「ふむ、そうか……それは、愛着が湧いたということなのかもしれないな」
「うん。師匠も、今でもいい場所だとは思ってないけど、それでも自分の故郷だから嫌いにはなれないって。当時は意味があんまりよく分かってなかったけど、今の話聞いて、少し納得したかも」
「はは、確かにな。その師匠も、同じ気持ちだった可能性はあるな」
私はそう笑った。状況としてはだいぶかけ離れているが、そこに生まれた感情は似たものだったのかもしれない。
「でもだからこそ、おじさんも見切りはつけたほうがいいと思うよ。師匠も、母と妹を連れて紛争地帯から抜け出した今のほうが幸せだったって言ってたから」
それから、彼女は視線を私に戻すと、私を真っ直ぐ見つめてそう言った。
確かに、なかなか腑に落ちる話だった。
そうは言っても私はまだ踏ん切りがつかないだろうが――それでも、少し心が揺れ動いたことは確かだった。
なかなかいい話だったから、私をまたおじさんと呼んだことは見逃しておいてあげよう。
「そうか、そうかもな。ありがとう、少し考えが変わったよ」
「なら良かった」
イオラはそう言うと、薄く笑った。
いつの間にか焚き火は燻り始めており、辺りも急激に冷え込んできていた。
「さて、火も消えてしまったし、戻るとするか」
「そうだね。冷えてきたし、これ以上外にいるのはよくない……」
彼女は列車の前の方の空を見つめると、どこか不思議そうな表情を浮かべた。一体何を気にしているのだろう。
まあ、別にどうでもいいか。そう思って、列車の中に戻ろうとした。
その時だ。
真っ暗だった空が明るく輝いた。思わず目を閉じた私が次に目を開いたとき、そこにいたのは宙に浮かぶ魔法使いの女性だった。炎を連想させるような赤と橙の長い髪に、小綺麗な橙色のコート。さらにその手には綺麗な装飾の施された杖が握られていた。足元に炎が渦巻いているところを見るに、炎を使った何らかの魔法で浮いているのだろう。
しかし、なぜ今このタイミングでここに? また魔法使いが?
まさか盗賊か? そんな風に、私が嫌な想像をし始めたあとだった。
「あっ、師匠! やっと来た!」
私の隣でイオラがそう声を上げた。すると、宙に浮かんだ魔法使いの女性は無表情のままイオラに手を降った。驚きを隠せていない私をよそに、『師匠』と呼ばれた女性はゆっくりと地面に降り立った。
「イオラか。停車事故に遭遇するとは災難だな」
「そうなの。まあ、ほんとうは私が直せればよかったんだけど……」
「工学の話はほとんど教えてないからな。仕方がないだろう。その辺りは、また今度教えよう」
「ほんと⁉️ やったー!」
さっきまでの大人びた様子はどこへやら。イオラは母親を前にした子どものように振る舞っていた。
うん、年相応でいられる場所があるのはいいことだな。
「それで、そちらの男性は? 遠くから見た時は話していたようだが知り合いか?」
「知り合いっていうか、ここで知り合った人なんだけど――」
「はじめまして、ジスト=アメインと申します。記者をやっております」
「って、感じ」
「なるほどな。ご丁寧にどうも。私はアンバー=エンレルだ。よろしく頼む」
その名前を聞いて私はひどく動揺した。なぜなら、その人物こそ私が今回取材に向かう予定だった魔法使いその人であったからだ。だが、私はなんとか平静を装って挨拶をした。
「よ、よろしくお願いします」
「ん? どうした、急に表情が硬くなったが」
「いえいえ、お気になさらず」
怪訝そうなアンバーに、私は笑顔でそう返す。どうやら取材はしばらくお預けになりそうだ。
それから、列車に視線を戻したアンバーはこう言った。
「さて、まずはどこが壊れているのか特定しないとな――」
その瞬間、列車の扉のひとつが開き、車掌が飛び出してきた。
「い、今の光は⁉️」
車掌とアンバーの視線が、綺麗に交差した。
◇
最初の様子からも予想できることだったが、アンバーはこの列車を修理するためにイオラに呼ばれて来たとのことだった。どうやってそんな一瞬で連絡をしたのかは分からないが、まあ魔法か何かだろう。
また、車掌に見つかったアンバーは、しばらく車掌と話をしたあと、この列車の修理を行うことになったようだった。
そうして、なぜか私も同行しつつアンバーの修理風景を見届けることになった。
アンバーは先頭車両の車輪の近くに寄ると、可動部の外装を自前の工具を使って取り外し、その部分を露出させた。
「ふむ、やはり原因はシリンダ内部にあったようだな」
見てみると、確かに明らかに歪んで外れているパーツがあることが分かった。これを直すのは難しそうだが――一体どうするつもりなのだろうか?
「な、なるほど……解決策はあるのでしょうか?」
車掌が不安げに聞いた。
「本来ならパーツを替えるべきなのだが――ないのだろう?」
「え、ええ。申し訳ありません」
「いい、現場の人間のせいではない。力技だが――こうするしかないな」
アンバーが右手で杖を持って、それを左手にかざすと、その左手に揺らめく熱の塊が生まれた。それからその炎は次第に小さくなっていき、最終的にアンバーの手のひらよりも小さくなった。アンバーがシリンダ(と言っていた部品)の中にその炎を突っ込んだあと、何度か金属同士がぶつかるような音がした。何をしているのかはよく見えないが、魔法の力か何かで金属を叩いているのだろうか。いや、そもそも物理的な衝撃を与える魔法が存在するのかどうかすら私はよく知らないのだが。
それから、一瞬炎の光が強まったかと思えば、今度は氷の魔法を使い始めた。先程の炎と違ってあまり派手さはなかったが、アンバーはしばらくそのまま氷の魔法を使い続けていた。そうして少し経ったあと、アンバーはシリンダのそばを離れた。
「ふむ、応急処置だがこんなものか。街まではこれで問題なく着くだろう」
シリンダの中を見てみると、確かに外れていた部品が繋がっているようだった。まさか、魔法で金属の変形と溶接を行ったのか? 理論上できなくはないだろうが……魔法というのは比較的大雑把な技術体系であるはずだ。その魔法で溶接のような緻密なコントロールが必要になる作業を行うのは相当難しいのではないだろうか?
「あ、ありがとうございます……!」
「ただ、これはあくまで応急処置だ。街についたらすぐにパーツを交換することだな。ああそれと、責任者には『定期メンテナンスに手を抜くな』と伝えておけ」
「それは……いえ、分かりました。伝えておきます」
車掌は少しためらうような仕草をしたあと、何かを決心したように頷いた。
しかし、魔法使いと言うと杖を持ってドラゴンのような強大な魔物と戦う人物――あるいは街中で人助けをするような人物のイメージが強いが、彼女は技術者や研究者というイメージが合っているような気がする。とはいえ、実際考えてみれば最近は魔法使いの研究者の話をよく聞くし、もしかすると今はこういう魔法使いのほうが多いのかもしれない。
最近は結界魔法の進歩や街の巨大化の影響で、人里に降りてくる魔物も少なくなってきている。加えて、かつて魔法使いのような一部の人間がダンジョンに潜って集めていた資源も、最近は工業による生産に置き換わり始めている。
探索家や冒険家と呼ばれるような職業の人間も最近めっきり見なくなったし、今は冒険よりも研究のほうがいい稼ぎになるのだろう。
私がそう思案している間に、アンバーは外していたシリンダの外装をもとに戻していた。
「これでいいな。では、私は先に――」
そう言って明らかに帰ろうとしている様子のアンバーを見て、私は急いで声を掛けようとした。街についてからでも取材はできるが――可能なら今のうちに取材を済ませておきたい。仕事なんて早く終わるに越したことはないのだから。
「あ、少し待ってください……ええと、私、実はフロータイムズ社の記者でございまして。せっかくのご縁ですし、少し取材をさせていただけないでしょうか?」
私がそう聞くと、アンバーはしばらくの間無表情で私の目を見ていた。私がその気まずさに耐えかねて口を開こうとしたとき、彼女は
「いいだろう」
と頷いた。
◇
ガタンゴトン、と列車が動いている音がする。窓の外の景色は相変わらずの銀世界であったが、私の目の前の景色には大きな変化があった。私の前方二席に、二人の魔法使いが座っているのだから。
彼女らにはもうすでにいくつか質問をしていて、分かったこともいくつかある。
まず、アンバーは列車よりも早く空を飛べるらしい。だからこの停止した列車にすぐさま駆けつけることができたとのこと。この時点ですでに規格外だが、話はここからだ。どうやら、一撃で山の形を変えたという噂は半分本当だったらしい。形を変えたというと大げさだが、大きなクレーターを作ったことは確か。そのうえ、そのクレーターにはまだ魔法の炎が燻っているらしい。
この地域、この季節で、炎が消えることなく残っているのだ。それがどれだけ異常なことかは、言うまでもないだろう。
この話は紙面にデカデカと書くことにするか。これだけのインパクトがあれば、それなりに目を引く記事になるだろう。
それから、彼女は魔導列車の設計にも一部関わっていたらしい。正確に言えば関わったというより、友人が魔導炉の設計を行った人物だったから、少しアドバイスをした程度とのことだったが。もしかしたらアドバイス自体は大したことがないのかもしれないが、まず友人に魔導炉の設計者がいるということ自体がすごすぎるな。
「では、次の質問です。普段はどんなことをされて過ごしているのですか?」
「研究と弟子の教育だな。最近は論文ばかり書いている――まあ正直、研究なんかをするより、弟子の成長を見ているほうが楽しいな」
アンバーはそう言って笑った。それとは対照的に、イオラはちょっぴり気まずそうに笑っていた。
なるほど、論文ね。あとで少し調べてみてもいいかもしれない。
「はは、それはいいですね。では、お弟子さんのほうは普段はどうされてるのですか?」
「急に堅苦しいのやめてよー。さっきまでタメ口だったのに……」
「一応仕事モードなのでね」
私がそう言って笑うと、彼女はどこか不満げにしながらも質問に答えてくれた。
「うーん……強いて言うなら何でも屋をやってる、って感じかな」
「何でも屋、ですか」
「うん、地域にある掲示板の依頼とかをやって日銭を稼いでるんだよ。魔法を使えばちょちょいのちょいだし、案外稼げるんだよね。最近は向こうから依頼が来ることもあるよ」
「ふむふむ……いわゆる魔法使いのイメージという感じでしょうか。そういう生き方もあるとは――素晴らしいと思います」
私はそう言って頷いた。
そうして一通りメモを終えた私は、ペンを置いてこう言った。
「やはり、現代でも『魔法を使える』というのは大きなアドバンテージになるのですね。私も昔、魔法使いに憧れていたものですから、少し羨ましく感じてしまいますね」
とはいえ、私が魔法使いに憧れていた時代も今は昔。生まれつき体内に魔力が存在していないと、人は魔法使いになれない。驚くほど才能のなかった私が、現実を思い知るのにそう長い時間は必要なかった。
「羨ましい、か。気持ちは分かるが、私もイオラも、その才能のせいで苦労してきた人間だ。こちら側に来てみると、案外いいものでもないぞ」
「……そうなのですね」
私にはイマイチ想像できなかった。
「紛争地帯では私の力を目当てに無数の人間が私を利用として群がってきた。あそこに魔法使いの才をもって生まれた人間は、皆そうだった」
そんな私の胸中を知ってか知らずか、アンバーはそう語った。
「師匠に比べたら私は随分マシだったけど……親が研究員になれってうるさくてさ。ほんとは他にやりたいことがたくさんあったのに、周りの声とかがそれはもーめんどくさかったわけ」
イオラはそう言って笑った。
……確かに、才能があるというのも、一概にいいこととは言い切れないのか。なにせ、そうして生まれ持ったものは、何も本人が望んでいるものであるとは限らないのだから。
「……そうなんですね、どちらも貴重なお話でした。ありがとうございます」
「憧れを捨てろとは言わない。ただ、『そちら側』に立ったときの景色は、一度想像しておくと良いだろう」
アンバーの言葉は私の胸に深く突き刺さった。
確かに、ごもっともだ。全く想像していなかったとは言わないが、『魔法の才能があれば楽して生きていける』と思っていた自分がいたことは否定できない。私も少し、配慮が足りなかったかもな。
「ありがとうございます、肝に銘じておきます」
私がそう言うと、アンバーは『ああ』とだけ言って頷いた。
「では、これで終わりか?」
「はい、本日は大変助かりました。ありがとうございます」
私がそう言って頭を下げたあと、アンバーは何かを考えるような表情をしていた。
「……私が思うに、君はフロータイムズをやめたほうがいい。私はあそこが嫌いだ」
「えっ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。しかし、あそこが嫌いとは気が合う――じゃなかった。どういう意味なのだろうか?
「やめたほうがいいというのは、どういう意味なのでしょうか?」
「君も感じているだろうが、あそこは性格が悪い。人のスキャンダルをあげつらって人から金を巻き上げる様はまさに醜悪の一言に尽きる」
なかなか言うなこの人も。しかし、やめろと言われてもそれは難しい。イオラにだって、すでに話したことだ。
「……内容については否定しません。ですが、私はもう長いことここに勤めてしまっています。今更やめたり、再就職先を見つけるのも手間なんですよ」
私は肩をすくめた。こう言ってくれば、諦めるだろうという判断でもあった。
「では、私の母がやっている新聞社に行くといい。話は私が通しておいてやる」
「はい?」
しかし、彼女は引き下がらなかった。
「今日一日で分かったが、君は随分真面目なようだ。稼げればなんでもありなフロータイムズとは相性が悪いだろう」
「それは……」
「だが、ウチは違う。もともとは紛争地帯の現状を伝えるために立ち上げた会社だが、今は他にも色々やっている。その起源から、あの会社はかなり真面目だ。君と同じくな」
「は、はぁ」
「イオラも君のことが嫌いではないようだし、母の元で働くのも悪くないだろう」
そう言われて、私は少し考え込んだ。
確かに、いい条件だ。しかし、決断には相応のコストがかかるものだ。
「まあ、今すぐにとは言わない。決心がついたら、ここに行け。今からお前が行く街に本社がある」
そう言うと、彼女は一枚の住所が書かれた紙切れを渡した。住所の上には『白い鳩新聞社』と書かれている。
「これから街についたあとに、ですか? 今私は出張中ですよ?」
「伝書鳩でも飛ばして辞表を出せばいい」
いや、うん、まあ、できなくはないが。どうせ出張費も出ていないのだし。
「……まあ、正直私はどっちでもいい。ただ、母が喜びそうな人材だと思ってな」
そう言われて、私は改めて考えた。
不思議なものだな。どちらでもいいと言われると、余計興味が湧いてくる。
「……分かりました。考えておきます」
私はそう言って頷いた。しかし、まだ少し不思議なことがある。
「ですが、気になることがひとつ。どうして、フロータイムズが嫌いなのに私の取材を受けてくださったのですか?」
「君はまともそうに見えた。それだけだ」
アンバーは表情を変えずにそう言った。なるほど、ありがたいことだな。
「はは、そうですか。ありがとうございます」
「えっ、もしかしてこれほんとにジストさん白い鳩新聞に就職するの?」
彼女はどこか驚いたような、呆れたような表情で言った。
「さあ、どうでしょうね。しかし、その選択肢が魅力的なのは確かだと思っていますよ」
「そ、そうなんだ……」
イオラはやはり、少し呆れたように私を見ていた。
「さてイオラ。もう帰るぞ」
「え? もしかして今から列車を降りて跳んでくの?」
「ああ、時間がもったいないからな」
「ま、まあいいけど……さすがにスピードは落としてよね?」
イオラは困惑しながら、アンバーのあとを追って席を立った。
「ではな、ジスト=アメイン。また会える日を楽しみにしている」
「ええ、また」
アンバーはそう言うと、車両の前の方へと歩いていった。そのあとどこへ向かったのかは見えなかったが、きっとここに来たときのように、光となって空を跳んでいったのだろう。
まさに嵐のような人だったな。
しかし、私はついにフロータイムズ社をやめるのか。まさか、こんなことになるとはな。
ふと車窓の外を見ると、そこにはやはりどこまでも続く雪原が広がっていた。昔出会った魔法使いが振らせてくれた雪も、こんな風に美しく降り積もっていたような気がする。
もしかしたら、この雪が私に魔法を掛けてくれたのかもしれない。
そんな妄想をしてしまうくらいには、私は気分が高揚していた。
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